鈴音御使


「…報告ご苦労、沙汰は後ほど連絡する」

その後、誰も声をかけてこなかった
何度か、ぽん、なんて肩を叩く仕草を見せるくらいで
何も言わない、触れてこない、聞こうともしない
聞きたくないからだろうか
甘鈴は置かれた立場をまだ、しっかりと見ることができていない
はれぼったい目は、女の魅力を大きく殺いでいる
もともと大した容貌じゃないが、いよいよもってよろしくない
泣きはらして、それでもまだまだ、枯れることもなくて

「それでも、練習だけはしているんだ」

大夏が話しかけてきた
頭の中を読まれたのか、思うほど驚いて
目をぱちくりと動かした、まばたきじゃない、動かしたんだ
死んだそれから、生きたそれに

「練習ってのは凄いね、もう9割方成功するようになったじゃない」

「大姐、いつから?」

「それは、何に対して聞いてる?」

大夏が強い視線を投げる
怒っている、甘鈴は怖じ気づく
戸惑いのようなものを顔にあらわす
それを見て、また、語気、いや、怒気を強める
何に対してというのは、
甘鈴が聞こうとした、いつからそこに居たんですか?ではなく
いつから怒っているかという大夏の想いだ

「任務が終わった時から言いたかったよ、だけどね」

「ごめんなさい」

「違う!!!!」

びりびり、頬がしびれる
叩かれたんじゃないかと思わず自分の頬を撫でる
ただ、怒鳴られただけだ、だが
体のそこかしこが、恐怖の痕を作っていく
頭を抱えて、ただ、叱られる姿勢になってしまう
か弱い小娘のていを

「演ってんじゃないよっ」

「そんなんじゃ…」

「あんた、前線に出たんだ、任務もやったんだ、だからもう」

「ごめんな、さい…」

ふと、浴びせられていた怒気が弛んだように感じた
伏せていた目をあげる、甘鈴の瞳は相変わらず泣いたあとのそれだ
だが、目の前に、現在形の涙が見える
大夏も泣いている、今回の事件は彼女がさらわれたことから始まった
だから、彼女にも責任は発生する、しかし、大夏は前線ではない、あくまで裏方だ

素人同然とはいえ、前線になった甘鈴の方が責任が重い
だから罰というものがやがて与えられる、
しかし、大夏はそれを与えられない、それどころか、責められることがない
大夏は狂ったように怒る、自分の不甲斐なさと甘鈴の不甲斐なさ
女二人の情けなさにだ

「そういう仕事で、そういう生き方なんだ、あんただけが泣いて、黙って練習して、
反省していますなんて、そんな都合のいい、いい子ぶりが…、そんなのが…」

「…」

甘鈴は言葉を喪った、そんなじゃないです、なんて
馬鹿なことは絶対に言えない
本当にそんなつもりはないけども、そう見えている時点でダメなのだ
仕事ってそういうことなんだ、きっと、多分
墨曜だったら、そう言ってくれるだろう

「甘鈴、仕事だよ」

「!」

「馬籠県の県令について、早くも不正を働いているという情報が入った、
鈴に目をつけられたヤツが、のうのうと同じ仕事をしているなんて赦せない」

「わかりました」

「これは、あんた一人の仕事だ」

「!」

「下調べは私がした、この通りになってる、方法や手段や、それらはリンが考えること、
全てのために、世を糺すために」

「必ず、鈴を…」

「鳴らせ」

大夏はそういって、ぎゅっと甘鈴を抱き締めた
甘鈴の目は、もう蘇った色のままとなった
死を覗いたような色はまるで失せている
任務に集中する、陶酔に近い、人生の全てをそこにとけ込ませる
甘鈴は一人で向かう、立ち止まってなんていられない
動いていないと、だって、腐ってしまう
そんなのは絶対、ダメだ

前回と同じ道順、使う札は最初から手に持っておく…

甘鈴はゆっくりと仕事を疑似体験する
頭の中で組み立てて、一番よい状態を描き続ける
それぞれ鍵となる行動や、仕掛けを念入りに数えなおす
まもなく雲が出てきて月を隠す
そうなったら仕事を始める

札はたくさん持ってる、術式は四つに分けた

反省はしすぎるほどにやりこんだ
前回のそれは術式を一つに絞ったせいだと判断した
札の秘術は簡単なものだと乗っ取られてしまうと師匠に教えて貰った
先日の相手はそれをやってきたのだ
防ぐためには、自分だけの札を作らないといけないが
甘鈴にはまだそれができない
だから、分かり易くともいくつかの術式を用意すれば
前回よりは、使えるはずだ

「行こう」

小さく呟いた、雲が空を覆う
闇が世界を包み、その中をしたり、音を消しながら甘鈴が走る
見取り図はあの時と同じまま、屋敷の一部は騒動で壊れたが
執務室の類はそのままだ、そんな修繕等にカネは使わず
ただただ、太めの女中を愛でることだけに県令はカネを費やしている

迷うことがない、計画どおりに走り抜けていく
その足取りはまるで止まらない
でも、思考は途中で止まっている、疑念がありそれより先に進めていない

あの秘術使いは、生きているのだろうか

前回の反省を生かし備えたが、それは失敗を繰り返さないための処置だ
同じ相手が出てくるという想定の下ではない
墨曜と相打ちに見えた、本当にそうなのか、自分の術で自爆するなんて
あの手練れがするだろうか、甘鈴は密かに願っている
生きていれば、出てくれば

「仇を、とるだけだ」

この思考は迷いじゃない、疑問はあっても答えが出てしまえば
すぐに次の行動に移ることができる、だから思考が止まっていても問題はない
迷いというのは、どっちの答えが出たら困るかなんて
馬鹿なことに気を取られる、愚行だ
ひたひた、歩く、相変わらず人の気配を感じない
障害にあたることもなく、ゆうゆうと歩いていく
そろそろのはずだ

「?」

ぴた、足が止まる
頭の中にたたき込んだ地図の通りに歩いてきた
すっかり夜目もきくようになったし、道を間違えたなんてあり得ない
そもそも、こんな狭い屋内で迷子になるだなんて…
角を曲がって、見えた光景が地図と違う
その事実に甘鈴は狼狽えた
すぐに振り返る、来た道を見る

「こっちも、違う?」

地図のそれと似ている、似ているだけで別の景色だ
山道での遭難に似ている?
そうじゃない、最初からある道じゃない、
唐突に現れた迷路に入った、いや、飛ばされた?引きずり込まれた?

「これも、秘術?」

「よくよく、練習してきたらしいじゃないか」

「!?」

ぼぉううっっ!!!
間髪入れずに、札を声の方向、そしてその逆の方向二つに投げた
いずれも勢いよく発火を見せたが、その先に男は見えない
しかし、炎のおかげで位置を確認できた
男の位置じゃない、自分の位置をだ
いつの間にか広い部屋に入っている、道の類はおおよそ見えない

「大したもんだ、術式をいじってきたか」

ばさっ!!!
会話はしない、甘鈴は一方的に札を使いまくる
今度は四方八方、でたらめに投げつけた
その内のいくつかが、発動よりも先に打ち落とされた
もう術式がバレてきているらしい、だが、まだ一つだけだ
全体が真っ赤に光った、そしてようやく男の位置が掴めた
真正面、少し離れた位置、見覚えがある
あの「必殺」の時と同じ距離を保っている

「ほう?」

男が、少し疑問を持った様子だ
甘鈴の札を全弾叩き落としたつもりが、一部しか落とせなかった
その詐術がどういうことか、それを計りかねているらしい
勝機はここだ
甘鈴は距離をつめる、札をまた出す
手元で何枚かが燃えた、知ったことじゃない
燃えてない分を投げつける、できるだけ早く、そして追いつめるように

「次々と、なかなか五月蠅いな小娘!!」

舌打ちを交えながら、流石に弱ったのか男は札をかわす仕草を見せた
ぺたりぺたり、暴発しなかった札が男の足下、床に落ちて発火を見せる
火柱がいくつかあがる、甘鈴は全力を投入する、
術式のうち二つまでが解読された、だが、まだ二種類の札は使える

「くらえええ!!!」

ずばばばばっ!!!
勝負に出る甘鈴、まだ破られていない札をまとめて投げつける、
その半分くらいがうち破られ、真っ赤な火の玉になって消えた
だが、それでも多くの札が男の足下に貼り付いた
札の数と位置を瞬間に確認する、予定どおりの位置にその枚数、できたっ

「貰ったっっ!!」

甘鈴が吼える、札の乱れ打ちに見せかけた罠が完成した
火柱の札をフェイクにして、大がかりな仕掛け札を地面に貼り付けて回った
さらに大きな秘術を起こす、方陣を描いていた
男は火柱を避けながら、その方陣の中心におびき出されたのだ

「連鎖術式、火精来来!!!」

ぴしっ、最後の一枚を投げつける
それが、ガラス板にヒビを入れたような小さな音を立てて
導火線に火を灯した
床に貼り巡らされた甘鈴の札が、一斉に炎を吹き上げる
それまでの単発では考えられない
業火が空間を灼く

男は余裕の笑みを見せた
次の瞬間、ふわん、空間が歪んだ、
あの時の恐怖が蘇る、何か、とてつもなくよからぬことが起きた
それを意識させる大きな力を感じる

「え、え!?」

「お前の術式、四つか、短期間によく覚えた方じゃないか」

「な、んで…」

ずわっ!!!
男が巻かれるはずだったその位置に、甘鈴が居る
もう止められない、自分の術が襲ってくる
なぜ、方陣の中心に自分が、そして、自分が居た位置にあの男が
疑問を抱いたまま、凄まじい爆発が起こった
目の前が真っ白になって、己の身が焦げていくのを感じた

「きゃああああああっっ!!!!」

「大きな声だ、しかし、外の誰にも聞こえない」

男は楽しそうにそう言った、
外、その鍵となる言葉から、うっすらと秘術の正体を掴む

「そうか、空気を操ってる…」

「よくわかったな、まぁ、わかった所でなんともならんがな」

高度な技術だとそれだけでわかった
とらえどころのないそれを作用させる、そんな異能力
師匠にもできるんだろうか
意識が混濁する、傷みで意識が飛びそうになる
だが、それでもなんとかなる
ぐっと、奥歯を噛み締めた、血の味がする

「く、の…」

「?なぜ立てる、我慢強いのはいいことだが、死ぬぞ、覚えたてとはいえ、それなりの術だ」

「駄洒落はもう辞めたの?」

ぱぁんっ、
爆ぜる音がした、これはきつい
もんどり打って甘鈴が倒れた、懐に隠していた札が爆ぜたのだ
一瞬完全に意識を飛ばした、目の前が真っ暗になる
だが、すぐに戻ってくる、ぐっと、何を掴むのか
わからないが意識はまだある

「【鈴】も大したものじゃないな、お前のようなのを使っているとわ」

「何を、私程度であんたなんて十分、そういうこと…」

「まだ、喋れる、それだけであれだ、お前の術が弱いことの証明だ」

男はバカにした口調で甘鈴を見下す
当然だろう、圧倒的な差がそこに存在する

「わざとよ、あんたが死なない程度に弱らせる術だったから…」

「はっ、口答えだけは達者だな、前のおっさんといい」

「…ヨウさんをどうしたの」

「さて、どうしてるやら」

どういうことだ、
甘鈴は心で呟くが、すぐに、見透かされていると理解した
自分の誘導尋問なんかにのってくるわけがないのか
愕然とする、力が、何もかもが、もう、まるで足らない
言われたとおり、強がりばかりだ
しかし、それらを本当に綺麗に見透かされて、何もかもがダメになったように思う

ぽんっ!

「くぅっ!」

また爆ぜた、次に使おうとした札が燃えてなくなった
次が、次の手を、なんとか、ああもう

何もない、たったこれだけなんて

「さて、終わりだな、ゆっくり眠るがいい」

また、黒い札を出した
怪しげなそれは、前回と同じにも思えるし、そうでないとも見える
どっちかなんて、甘鈴ではわかるはずもない
体中に痛みが走り、もう、動かすこともままならない
心は不思議と平穏を得ている、何か、悟ったという状態なのだろうか
あきらめに触れるような、それでも、何か違うような
目の前がぼやけてきた、ああ、泣いているのか

うわぅ

小動物の鳴き声みたいな声をあげた
涙が落ちる、自分の播いた血と混じる
そのイメージが、脳に龍を描く、なんだろう
ぼんやりと、しかし、思いの外確かに
その姿は雄々しく、猛々しく、揺るぎ無い強さと正しさの証

ふつ、

何かが沸く、熱を感じる、どこからか深いところより昇る姿が見える

「?おい、小娘…貴様…」

男は黒い札の秘術を発現させる前に
その動作を中断した
まるで動く様子のない小娘から、異様なものを感じ取ったからだ
場数を踏んでいると、そういうことに遭遇する
本来はこんなことになる前に片づけておかなくてはならないのに
手遅れという言葉が喉まで上る
男は思い出したように、黒い札を投げる

しなり

その札が、途中で消えた
いや、札から力が消えた
なんだ、どうなっている、なんだというのだ
男の方がパニックを起こす、自分の術が、秘術札が撃ち落とされた
絶対に解読されないそれを、やすやすと
目の前の小娘が破った、そういうことなのか

ふ、ふふ

笑いが、どうしてかわからないが、男は何故か笑った
震えている、おびえが全身を駆けめぐった、目の前で
うろんとしている娘が、凄まじい何かを使おうとしている
それがわかる、脅威が迫る

「龍が、見える」

甘鈴は声に出して、そう現象を説明した
何がというわけじゃない、だが、その言葉が誘うように
床に散った血と涙が龍の絵を描く
甘鈴を中心にして、龍がとぐろをまく、螺旋に広がっていく
幻想と現実の区別が曖昧になっていく、あいまい、平仮名のほうがしっくりくる

あいまいになってく

甘鈴は、自分の生き血をそのまま、術に使用していると解った
理屈じゃない、そういうものなんだと悟った
事象を撫でていく、起きていくものは起きていく
それがどういう結果に行き着くのか、なんとなく、ぼんやり解るけど
もう、それはどうでもいい
己の身一つ使って、人の命、自分の命を費やしたら
どれほどの秘術となるのか、見た瞬間に死ねるのか、死んだ時に発現するのか
どっちでもいい、龍よ、その力をもって、眼前のそれを葬りたまえ

誰に習うでもない、いや、習わなかったから自然偶発的に呼び起こしたのだろう
自分の全血液、いや、命を引き替えにして、とてつもなく大きな秘術を使うこと
甘鈴の目にはもう、現世が見えていない
視覚のようなものは、ただ、龍の蠢く姿を見ている
それがやがて、自分自身が龍となり、その龍の視線を手に入れる
体中が熱くなる、血液が沸騰していく、そんなイメージが沸き上がる
手足が、動かなかったそれに必要以上の力が漲る

ちりん

「鈴を鳴らす、あなたは南鈴にさらわれる、耳を塞いでも、目をつぶっても無駄」

「小娘ぇっ!!!!」

「五月蠅い、黙れ、おっさん、龍に喰われてしまえ」

ぐるり
何かがうねった、甘鈴の体が撥ねた
外法の力が、その場を食い破る

つづく

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(09/03/16)

結局一ヶ月遅れとかどんだけ
しかも、来週あがる予定ないとかどんだけ…
なんとか次回でこの話終了としたいです
(R)