鈴音御使


太めの女中は、人さらいにあって売られてきたことになっている
実際に売られたのだ、それぞれ別の場所に
だから、大夏もそういう身持ちとして、宮とは別のところに
売られたことになっていた、その、売られた先から消えた

「…」

墨曜がゆっくりと、正確に今回の事件を洗い直している
責任を重く感じて、焦りも感じているが
仕事にそういった感情を盛り込まない、じっくりと考える

「ヨウさん…」

「…俺の失敗だろう、当初の予定と狂った部分がいくつかあった」

目は蝋燭の炎のようにゆらめいている
甘鈴は少し脅えをうかべる、怒るという表現を自分自身に向けている人、
そういうものを見ると、酷く恐怖を覚えてしまう
他人を怒る人なんかよりも、ずっと、なんだか怖いと

「最後のところで、夏が戻ってきた、そして俺の仕事を手伝っていた」

「見られたの?」

「おそらく、そうなんだろう…」

陳腐なものだ、弛みすぎていたとつくづく思う
仕事を甘くこなしていたんだ
本来ならば、絶対にそういうことがあってはならなかった
女を運び出す仕事は、あくまで墨曜の仕事だったのだ
組織から見れば、その場に大夏が戻ったのも問題だし、
安易に手伝わせた墨曜も問題だ

「ヨウさん、つるし上げられた県令は、もう復帰してるって」

「!本当か?」

「うん、別の県に異動となって、ほとぼりを冷ましているっていうか、ほら」

「宰相派に!?まさか、調べではそんなことなかったはずだが…」

資料をいくつか見せる
それは機関が作った報告書だろう
鍵となる言葉がいくつか書かれているだけで
それ単体では何を示すのかわからない
パズルを組み立てるのは、甘鈴の役目だ

「私腹を肥やして妾を囲う県令でした」

「そうだ、俺の調べでも間違いなくそうだったし、それ以上は何も」

「言葉面は間違いなくそうなんだけど」

「言葉面?」

「その、執着が…人知の範疇を超えていたの」

「…?」

「妾を囲うということのためなら、なんだってする男で、できる男だったの」

何かに執着するときがある、絶対に譲れないものがある
そのために戦う力を持つ生き物、それが男だ
この論法からすると、くだんの県令は本物の男だ
かっこよく言っているが、ようは、重度の太め好きだ

「よくよく考えると、凄い能力なんだよあの県令、
あの県は特産品もないし、産業もない、だのに私腹を肥やすなんて
相当難しい、だけどそれをやってのけていた」

「確かに、そうかもしれんが、天帝の表に出せない荷物にまで手を出したなんてのは間の抜けた話しだ」

詳細になるが、県令の罪は荷抜きにより私腹を肥やしたことだ
その程度なら、通常の表役人によってさばける範囲なのだが、
抜いていた荷物のいくつかに、天帝派にとってよくないものも含まれていた
鈴音御使が出る必要が産まれ、墨曜と大夏が送り込まれていた
その胡散臭い背景は辟易するところだが、組織に生きる人間として仕事をこなした

「違うよヨウさん、手を出していけないと思いながらも、出してまでお妾さんを養いたかったんだよ」

「そ、そうか」

「ともかく、そういうわけで、現在は宰相派の県令として北部の馬籠県で県令をしている」

「夏は、ヤツに?」

「正確には、宰相派の差し金だと見えてます、あの県令の能力に目をつけて雇い、さらに…」

甘鈴は言葉をそれ以上継がなかった
もう聞こえていないな
そんな風に見える、墨曜の顔が仕事のそれになっている
浅黒い顔は彫りも深い、影がよく表情に現れる

「もう準備できてるけど、ヨウさんは?」

「準備なんざいらないよ」

二人はこの日のうちに馬籠県に向かった
馬の商いで随分と儲けている県だ

「北か、あまりよい方角じゃないな」

「ヨウさん、南鎮守の朱雀だもんね」

「朱雀が北にいくと、鳳凰になれるなんて伝説がだな」

「やだ、鳳凰って、死の鳥じゃない」

無駄話をしながら、ゆるりと道を歩いた

憂鬱な顔をしている
墨曜がだ

「夜なのに明るいね、ここらわ」

「月がよく出てやがる、山が近いせいか、空気が透明な気がするな」

詩人のようなことをいう墨曜に
目をぱちくりとさせ、甘鈴がいぶかしげに見つめ直す

「なんか、変なもの食べた?」

「いや、緊張してんだよ」

「え?」

「明るい夜、お前のような素人を連れていると思うとな」

悪かったな、大姐はそうじゃないでしょーよ
甘鈴が毒づくような顔を見せる
しかし、そんな嫌味も今はどうでもよい
墨曜と二人で夜襲の準備、今までの甘鈴の仕事からは
考えられないそれだ、体力については常人に毛が生えた程度までは
なんとか訓練を積んでいる、だが、本格的なそれを積んでいる墨曜とは
凄まじい差がある、だけど、それを補う秘術を甘鈴は持っている

今回の任務は、その秘術が使えるかどうかの試験の意味もかねている

墨曜は何もいわずに甘鈴を使う
命令だから当然だ、それに、墨曜の役目は
その素人を助けるだけの働きを見せることだ
機関も十分にそれを認識している、任務の難度でいえば高いほうではない
だから、実力十分の墨曜に、素人の甘鈴をつけている

「場所まで解ってんだ、あとは時間だけだ」

「時間?」

「そうだ、奪還作戦のキモは時間の短さだ、いかに短時間で無駄なく要領よく、
全ての任務を遂行するか、それが肝要」

「なるほど」

甘鈴は先生に学ぶ生徒よろしく、言葉をしっかりと頭に刻む
授業のような目的も兼ねているとはいえ
あまりにもそれらしすぎて、墨曜の腰が落ち着かない

「智恵をつけやがったのか、警護に人間を割いてるのが気がかりだが、まだ素人だ」

「うん、ヨウさんの作戦どおりの手順なら」

「当たり前だ、お前は俺の指図通りに動け」

言い方がいちいち嫌だな、いつもは抱かない反感を甘鈴が覚える
まるで自分を駒のように使ってる
そのいいざまがよく座るような、悪い顔をした墨曜が月に照らされた
怖い顔だ、甘鈴の目にはいつもとは違う表情の男が見えた

「いくぞ」

「うん」

大姐のことがそんなに心配?
そんな簡単なことが聞けなかった
二人は敷地に飛び降りる、音を立てず約束の通りの部屋へと向かう
屋敷は部屋に別れているというよりも、それぞれ、家屋に別れている
母屋と小屋が集合しているような作りだ
北方にはよくある建築方式だそうだ、この場合
寝床が母屋の中心部にあって、最も暖かさを確保できるようにしてある

二人は誰に気付かれることもなく家屋の間を移動し、母屋にとりついた
月の光はもう届かない、暗闇の廊下をどうしてそんなに早く歩けるのか
墨曜の気配がどんどん遠くなるのに甘鈴が焦る
待って、
なんて言えるわけがない、じっとついていかないといけない
音を立てずに、邪魔をせずに

「…夏」

小さく、とても太く
墨曜が囁いた、少し遅れて到着した甘鈴は
その優しい声色に驚いた、いつものヨウさんだ、なんて感傷に浸るほど

「…」

囚われている中から返事がない、異変だ
そう感じたのか、すぐに優しさをどこかへと投げ捨て
墨曜が戸を開いた、中に囚われた大夏がいる
猿ぐつわをはめられ、両の手足を縛られている
見た瞬間、墨曜は側にきた甘鈴を捕まえてそこに投げ入れた、いや投げ捨てた
いきなりのことで、驚くものの、なんとか音を立てずに着地をする甘鈴
振り返ると戸は閉められた

「なんなのこの扱い!…って、そうだ、大姐」

あまりの適当さに苦言でもと思ったところだが
すぐに事態を呑み込み、拘束された大夏を解放する
手足がとても冷たくなっている、きつく縛られていたせいだろう
冷たくなった手足が痛々しい、多分、紫色に変色しているんじゃないか
全てを解き終わると、大夏はぐったりとした様子ながらも体を起こした
近くに寄って甘鈴が支える、小さく喘ぐような声をあげる

「痛むの?どこか」

「リン、なんであんたが…」

そんなことよりも、
甘鈴は眉根を寄せるが、暗闇でお互いの表情は見えない
自然と近づいて、お互いの顔がぶつかるほどの距離までくっつく
小声でやりとりをするためだ

「立てる?走れる?助けにきたんだよ大姐」

「ヨウさんと、事務方のあんたがどうして」

「大姐…傷…」

少し触れてみて、なんというのだろう
様々なところに酷い傷があるように感じた
爆ぜたそれではない、ただ、打ち身がいたるところにあるんだろう
そっと触れたそこかしこで、傷みの声が小さく響いた
支えてあげたいけど、どこを触ったらいいかわからない
そんな具合だ

「まずい、早く外に…」

甘鈴を無視するではないが、それ以上何を告げることもなく
大夏はそっと戸を開いて、外で見張っている墨曜にすがる
甘鈴にはそう見えた、まるで自分が部外者だなんてヒガミもあるんだろう

「ヨウさん、まずい、これ、罠…」

「わかってる、だが、お前を助けないわけにいくか」

「ごめん、ヨウさん」

「リンと二人で逃げろ、いいな」

唐突な展開だ
墨曜と大夏の間では今の事態が共有されている
ここに罠をはって、「鈴」をおびき出している
そういう宰相派の何かを嗅ぎ取っている
墨曜と大夏の二人が組んでいた理由がよくわかる、呼吸が一緒だ
吸った後に吐く、そんな単純なことがとても揃っている

「リン、手はず通り、夏と帰れ」

「わかってる、けど、ヨウさんは」

「俺も帰る、お前らとは別の道でな、来るぞ」

足音が近づいてきた
それまではなんだったのか、罠ならば、なぜこの部屋に誰もいないのか
甘鈴は思うが、今は言われた通り逃げることに集中する
脱兎、大夏を肩にかつぐではないが、脇を支えるようにして
もう足音も隠さずに走る、ちりん、鈴の音が鳴る

「リン、正面に」

大夏が身構えようとする
だが、それを制して甘鈴が懐から札を出す
やれるはず、自分を信じる
念じる、想像する、その札をもって敵を倒す

「火精来来!!!」

発声とともに札を投げつけた
敵はさるもの、投げつけられたそれを斬るという動作にうつる
札が切れる、切れた途端、発火し術者の思いとともに
敵方を炎に包み込む、甘鈴の秘術がその力を発揮する

「うおあああああ!!!!」

転げ回る雑魚どもの間をぬって逃げる
大夏はその現象に驚きを見せたが
すぐにそれをどこかへと追いやって、ただ逃げることに専念する
しかし、また新手が現れる

「ほう、鳥をとりにきたつもりが…」

「駄洒落?」

「違うわっ!!!」

行く手を遮った風体怪しい男に、甘鈴が迷わずつっこみを入れる
おっさんの駄洒落はその瞬間に息の根を止めておかないといけない
言い放った瞬間から腐り始めているそれだ
新鮮なうちに叩いておくのが儀礼というものだ

「先手!!」

挨拶がわりのような会話のあと、テンポよく甘鈴が札を散らす
札は師匠の杏介ゆずりで、どこからともなく凄まじい枚数が現れる
全て火式なのは、まだ見習いだからだろう
五枚の札を一気に投げつける、それらが発火をして、また一人男を倒す
”はず”だったが、

「れ、し、失敗!?」

「リンっ、危ないっ!!!」

横殴り、いや、横倒しで大夏が覆い被さった
甘鈴が立っていた場所が真っ赤に燃え上がった
甘鈴の投げた札の効果が、敵にではなく甘鈴に襲いかかった
どゆこと?
甘鈴は理解できていない、だが、大夏はほぼ理解している
りりん、鈴が鳴る

「相手も秘術使いよ、しかも、かなり使える…リンのを逆手に」

「囮女、まぁ、役に立ったわけだ、鳥男に加えて、秘術使いまで罠にかけられるとわな」

男はにやにやと不気味な笑いを浮かべている
鳥男というのは、朱雀の墨曜を示すのだろう
元々、墨曜を捕まえる、あるいは、殺すために張った罠だったのかもしれない
しかし、予想外に現れた秘術使いの甘鈴にも食指を動かされている

「罠にわなとか…」

「だ、だから、違うっつうのっ!!」

甘鈴のつっこみに、同じ調子で応対をするが
その直後、甘鈴が構えた札が、またもその場で燃え消えた

「きゃ…ど、どして…」

「見習いか?術がまるで出来てないな、卵の間に死んでおきな」

「リンっ!!!、夏っっ!!!!」

ギャイン、暗闇から槍が男の背後に殺意を飛ばす
慌てた様子もなく、その獣のような一撃を男はするりとかわした
槍の使い手は墨曜だ
奥の戦いが片づいたのか、ようやく二人に追いついてきた

「夏!」

「うん、わかってる」

大夏のその台詞が終わるや否や、墨曜の槍が凄まじい勢いで暴れ始める
狭い廊下だというのに、縦横無尽に、壁や柱、天井などに、ぶつけることなどなく
絶妙な槍裁きで、駄洒落男を追いやっていく

「お前が朱雀か」

「待たせたようだな」

墨曜が槍を使う、遠間に逃げられる、その瞬間を狙い砂のつぶてを懐から出す
目ツブし、いや、めくらましだろう、これで逃げる時間を稼いでやれる
その展開を読んでいたように、死角となる場所をすぐに見つけ
大夏がリンを連れて走る

「逃がすか、小娘ども」

駄洒落男が言うなり、またも甘鈴の札が発火を始める

「何度も!!」

甘鈴もバカじゃない、その展開が読めていたのか
ありったけの札を男に向かって投げつけた
それぞれが凄まじい勢いで発火をした
派手に廊下が明るくなる
しかし、それにより甘鈴の居場所がはっきりと浮いた
そこに狙い打つように男の刀が伸びる

「させるか!」

キィン、大夏がそれをさばく
甘鈴はかばわれて、なんとか無事のままだ
忙しい、ともかく展開が早い
甘鈴はなんとか、自分の札を当てたいと
隙ある限り投げつけるが、何一つ届かない
なるだけ逃げ道を確保しようと大夏は動く
それを助けるように墨曜も動く
甘鈴は、敵を叩くために動く

あれ?

依然、戦闘は続いている
駄洒落男は、すっかり駄洒落もなく墨曜の槍をさばきながらも
大夏達、いや、甘鈴を狙って術をしかけてきている
それらを三人でうまくさばいている、そんな風に甘鈴には見えた
どうやって、この男を倒そうか、そう思っていた
気付いた
倒そうと思っているのは、自分だけだ

今、この状態は、ヨウさんと大姐が、私を守るという動きをしているんだ

「リン!!!ぼさっとするなっ!!!」

「はぅ」

一瞬、気を取られたような状態になった
その瞬間だ、またも手にした札が発火させられた
熱い!、自分の札によって傷を受けるなんて馬鹿馬鹿しい
その状態で、甘鈴は棒立ちになった
発火して、足下までもがよく見えている

「頃合いだな」

墨曜が甘鈴の盾となるよう動く
大夏も甘鈴の火を払うため動く
その瞬間、駄洒落男は自由を得た

札が出た、黒い、不気味な札だ

「秘術は必殺のそれだ、切り札を最初から出してちゃ勝てな…」

「札が切り札とか、そのまん…」

「だから違うと!」

振りかぶった
台詞はかけあいのそれだが、既に秘術が発動している
黒い札が、怪しく蠢く、いや、蠢いて見えるのは
空間が歪んでいるからだ、墨曜たち三人の前で大きな力が産まれつつある
視界が不安定になっていく、とてつもない何かだ

「夏!!!!」

「わかってるっっ!!!!」

何度目だろう、そのかけ声を聞いたのは
二人が同時に叫んでいたのが解った
どちらもその台詞に言葉としての意味を求めていないと感じた
これはそういうかけ声で、動物の鳴き声みたいなそれだ
意味は、伝えたいそれはもう感じ取っている
それは声から伝わった
大夏からは、一緒に逃げなさいと
墨曜からは、さっさと逃げろと
どちらも甘鈴に向けたそれだ

「ヨウさん!!!!」

甘鈴の呼び声に返答は無かった
うなり声のような音の洪水に巻かれる
その歪みの中に墨曜が飛び込んでいった
歪む背中ごしに、駄洒落男の驚いた顔が見えた

「ヨウさん、ヨウさん、ヨウさん!!!!」

「リン!!、早くっ」

そのすぐ後

ちりん

「鈴のおと?」

鈴の音がした、か細いその音は
囂々となり響く、秘術の向こうから確かに聞こえた
その直後に全てが停止した
音が、動きが、見える聞こえる感じる何かが

「そんな…」

目の前から消えた
空間全てがえぐりとられたようにして、ぽっかりと消えた
その真ん中に鈴を見つける

墨曜と描かれていたであろう、御使の鈴が寝ている
鈴は割れて、いや、削り取られて、墨の字しか残っていない
使い古されたそれは、もう音を鳴らせられない
朱雀は北に行くと死の鳥になる

「ヨウさん…」

鳴らない鈴が涙を吸った

つづき

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(09/02/16)

どんだけ時間かけてんだ俺
というわけで、まったくもって申し訳ございません
自分の描写力の衰えに驚愕を隠せません
うう、う、もともとそんなの無かったじゃんとか言わない
(R)