鈴音御使
「店主の趣味か?」
公営ほったて小屋で客が漏らした声だ
太ましい女性が2人、せせこましく働いている
新人のお給仕さんらしいが、なんとも、ふくよかというか
寒い冬には優しい存在だ
「ヨウさんが連れてきたって聞いたけど、そういう趣味なの?」
「違うよバカ野郎、そんなことより仕事はどうなんだ、できてんのか」
「ちゃんとやってる」
それなりの賑わいを見せている店内
墨曜と甘鈴が同じ席で昼飯を喰っている
安月給組の憩いの場と化しているらしく、
馬の世話役やら、伝票整理係やら、おおよそ政治家上層部のそれこれとは
縁遠い人種がたくさんいる、中には出入りの業者までいるようで
なかなか面白い人間風景だ
「やってる割に、あの二人のふくよかさんの素性がわからんようじゃ…」
「はいはい、知ってますよ、大姐と大活躍だったんでしょ、県令の不正について」
「この時間にする話しじゃねぇ」
厳しい目で墨曜が甘鈴を睨む
いつもこの場所で、男の人に睨まれてしまう
なぜだろう、甘鈴はそう思ったが自業自得だろう
そして、反省しないからだ、無論今回も反省などしない
そのまま、ラーメンをすすって話しを続ける
「それよか、大姐がこの前おごってもらったラーメン不味かったって文句を」
「あの女…、5杯も喰ってそれか、おい」
「ねぇ、ヨウさん」
「なんだ?おごらんぞ」
先手を打って出てきた
そのいいざまと、本当にもうお金の心配しかしてない
そういう表情の墨寧に、随分カチンときた
ジト目で甘鈴が見つめる
「昼休みらしい話題よ、ヨウさんて大姐と付き合ってんの?」
「はぁ?」
「もしくは、付き合ってたの?」
くだらねぇ、女は…
「『女はどうしてそんな話しばっかすんだ、頭湧いてんじゃねーか』」
甘鈴が太めの声でそう呟いた
相変わらずのジト目で、墨曜の動揺を見逃さない視線を投げる
「なんだ、甘鈴さん、どうしたんですか」
「そう思ってんじゃないかって、ヨウさん分かり易いよね顔にすぐ出るし、丁寧語になるし」
「いいじゃねぇか、女はそういう男が好きなんだろ?」
火に油を注ぐとはこういうことだろう
女心がわからない男を絵に描いたような言動に
深い深いため息を浴びせる
ラーメンは片づいたらしく、墨曜が食べている餃子に手を出す甘鈴
あぁあ、情けない声をあげる墨曜だが文句をつけられない
そんな空気になっている
「それよか、なんだ、そんな話しがなんの得になるっつうんだよ」
「別に、よく仕事出るからなんでかなーって」
「リンとも出ただろう」
「一回だけね、その後まったくなし」
…。
墨曜が少し考える、すねている様子の女の子
そして会話の流れから考えると、なるほど
「なんだ外出たいのか?ダメダメ、お前は向いてない、だから内でやったほうがいい、
いや、むしろ内に圧倒的に向いてんだ」
諭すような調子で墨曜が喋った
俺様好いこと言った、そんな具合でさらに続ける
「だいたい外なんざろくなことがない、命の危険もある、言いたかないが、
ああいう仕事は年寄りに任せておけばいいんだよ、お前みたいに若いのがだな」
ようようと喋る墨曜、その言動を聞きながら
終始和やかな顔で甘鈴が、墨曜の皿を取り上げて食べ始めた
「おいこらっ、そ、それはいかん、馬鹿野郎、俺の楽しみが、ああ、ニンニクチャーハンが!」
「くはっ!、嘘、ニンニク効きすぎじゃん、女子にこんなもん食べさせて…」
「お前が、勝手に喰ったんだろうが、同僚に嫌われんぞ」
「うるさい、外まわりのヨウさんこそ、こんなもん食べてたらあっと言う間にバレちゃうわよ」
「これはおっさんのふりをする為の儀式みたいなもんだ」
「おっさんじゃん!」
くだらない罵りあい、だが、こういう喧噪も慣れたものなのか
客の誰一人として気に留めない、ちらりと店主が伺ったくらいで
風景にとけ込んでいる、ちなみに店主は皿が割れてないか見ただけだ
「おっさんじゃん」
「二回言うな、…リン、悪いことは言わない、外なんて望むな、向いていない」
「なんでよ、そんなの一回やったから、今度はもっとうまくやれるし」
「解って無いな、…前のでも十分だったんだよ、リン」
「だったら!」
「違うんだ」
墨曜が力をこめて言う
言葉を選ぶ、この瞬間、この場所にいる誰が聞いても
御使のそれだと思わず、仕事のそれだと思うように
選びながら、それでいて、しっかりと諭さないといけない
御使同士が会話をするという機会はほとんどない
「仕事」の時くらいしかできないのだ、それ以外で接点があれば
当然のように疑いをかけられる、それを禁止するため
御使同士の交友などは、ほとんどされることがない
昼飯どきは貴重な時間だ
「外は、そういうヤツが危ないんだ、それにリン、お前の性格は向いていない」
「なんで、大姐は」
「夏はその生粋だ、お前とは全くちが…」
「嘘だよ、初めの頃に大姐に似てるって褒めてくれたし」
「それは…」
愚かな過去の自分を呪う
一貫性がない、仕事のために嘘をつく、色々ある
墨曜も他人をけなせないほど、普通のおっさんだ
思想みたいなのにかぶれだしたのは、年齢を痛く重ねたせいだ
くだらねぇ
「大丈夫だよ、私、絶対素質あるから、ヨウさんの目は確かだよ」
「なんだ急に」
「それ以上は言えない、けど」
「リン、秘術は忘れろ、絶対に覚えるな」
「!なんで知ってんの」
「いや、覚えてもかまわない、だがむしろ、中途半端な時期だからこそお前は外に出せない」
「あ!、論旨をすり替えた!」
「ば、バカ野郎、そんなわけねぇだろ、ともかくだ、お前はまだ出る段じゃねぇ、いや、出る必要が無ぇんだ」
「意味わかんない、っつうか説明になってないし」
とりあえず、机の上に並んだ皿から
食べ物の類はほとんど消えてしまった
頃合いだろう
楽しい昼飯どきが終了したと思われる
墨曜がおあいそと言う、店員がやってくる、ああ
「なんでお前が働いてんだ、しかも、なんつー顔だ」
「ヨウさん、給料天引きでいいっしょ」
光彦が顔を柘榴のようにして店員をしている
どういうことか、墨曜はわかってないが
ともかく、天引きに承諾して店を出る、リンも渋々ついてくる
「あ、あのバカ、まさか天引きの話し、リンの分まで」
「いいじゃん、若い女子とご飯食べられたんだから」
「俺ぁ、悪いが、そういう趣味ぁ無ぇんだよ、さっさと文官として過ごせ」
「どこ行くの?」
「光彦に天引きのこと確認すんだよ、おごらねぇつっただろ」
「何よケチ、貧乏性、甲斐性なし、非モテの脂性オヤジ!」
うべー!
店に戻っていく墨曜を甘鈴が思いっきり悪態顔で見送った
ぷんすか、怒りながら通常業務へと帰っていく
だが、そんなのは大した問題ではない
正直、予想できた会話だった
甘鈴はそう思っている、墨曜はおっさんだから話しを聞かないだろう
そんな具合で思っている、だが、そのおっさんが無視できない、
そういう力を私は持っている、きっと、多分、だといいな
「練習しよう、言われたとおりだ、中途半端だとダメだし」
このあたり、甘鈴もバカじゃない
練習を初めてからの真剣さ、取り組みへの素直さは目を見張る
そのがんばりは、甘鈴のそれまでの良い評判とあいまって
御使の間で、ちょっとした話題となっていた
だから、墨曜が知るところとなった
「おう、光彦」
「なんすか」
「今夜、杏介と会えるようセッティングしてくれ」
「…わかりました」
「あと、支払いは…」
「大丈夫です、リンの分も全額ヨウさんの分っすよ、恥かかせませんて」
その後、光彦がどうなったか誰も知らない
いや、そんな物騒なことにはなってないんだが
著しく、不幸な目にあったとだけ書いておく
さておき、そんな目にあいながら、光彦が杏介をある場所に呼んだ
そこに墨曜がやってきた、なんのことはない
同じ店で、夜の部に二人がやってきて相席になった
それだけの話しだ
「ヨウさん、お久しぶりです」
「ああ、相変わらずいい眼鏡だ」
「意味わかんないですよ、ま、雑談はよしましょう、リンのことですね」
さばさばと、くだらない会話を捨てていき
杏介が墨曜に書簡を渡す
無論、甘鈴の仕事ぶりと練習の成果について書かれている
物わかりの良さに、少し辟易する墨曜だが
じっと、その練習の成果と方法のところを見る
そして、決められていたようにため息をつく
「御使としては大歓迎ですよ、使い手が増えるのは望ましい」
「そうだろうな、困ったもんだ」
「…ヨウさん、反分子ですか?」
「なんだ、杏介、今監査役でもしてんのか?」
墨曜が意にも介さずに返す
余裕があるあたり、誰が監査役か知っているようなそぶりだ
杏介くらいの微妙なおっさんだと、これくらいのは老練に見えてしまう
40と30の間には、凄まじい隔たりがある
墨曜が、ハナから杏介がそういう輩じゃないと踏んでいる
「リンに素質があるってのは、正直厄介だな、杏介、お前の話しを聞いておきたい」
「いや、それについては、あれだけの才はあまり見たことが」
「それは天賦のそれか、それとも」
「どちらもです、努力も素晴らしい、そして素質も…」
最悪だ、墨曜はそういう顔をした
苦い顔つきで、目の前に出された刺身をつまむ
その面白くなさそうな顔つきが気に入らないのか、店主がぎろりと睨む
墨曜が違う違うと、飯について文句をつけたんじゃないなんて
手振りで示す、その傍ら会話を転がす
「お前が言うならよほどか」
「実戦に使えるならば、本当に特級のそれです」
杏介は隠し立てなどしない、そしていらぬ心遣いもしない
純粋な気持ちからそう言い放った
それを墨曜はよくよく知っていて、絶望に近いものを覚える
甘鈴は、前線で働かせるに十分な逸材だと
そういう評判が立ってしまっている、もう、墨曜が思っていたような
内勤はさせられないようになるのか
「わかった、ありがとうよ、光彦にいって俺のツケにしておけ」
「いや」
「いいんだ、これは俺が悪い」
何が悪いのだろうか、杏介は判然つかない顔のまま
立ち去っていく墨曜を見届けた
頃合いを見計らったように、顔を腫れ上がらせた光彦が近づいてきた
「おう眼鏡」
「なんだ不細工」
「!、まぁ、いい、それよか、お前、色々まずいだろ」
「何がだ、さっきの話しか?全部本当のことじゃないか」
「本当のことだから、まぁ、そういうんだからヨウさんがお前を呼んだんだろうな」
「お前にはわかるのか」
眼鏡の問いかけに答えず、光彦は伝票の控えだけつけて
後かたづけをして離れていく
杏介からすれば面白くない、が、光彦の言うことが
なんとなし、わからないでもない
自分が提供したそれこれが、逐一、墨曜の何かに合致していなかったと
「…わかっている、うまくやれてないってのは、だけど、曲げられないだろう」
呟いた言葉は小さなそれだ
30がらみの男子は悩みが深い
光彦もそうだ、杏介もそうだろう
そして、もう一人の30がらみも悩むこととなる
「なんだと?」
後日、墨曜が声を裏返してそう発した
様々あった半月ほど後のこと
すっかり、太め好みの県令事件が沈静した頃だ
次の仕事がやってくるか
そんな風に、話しを待っていた、やってきた話しは想像の外のものだった
「大夏の行方がわからなくなりました、前回のあの件と絡んでいます」
「まさ、か」
「墨曜、あなたにはその救出を頼みたい」
「もちろんだ、どこだ、どれくらいの情報を得ている?」
せっぱ詰まったように墨曜が使いに詰め寄る
だが、使いは慣れている様子で、それをいなす
そして言う
「甘鈴に訊ねよ」
「か、リンだと!?」
「そうだ、甘鈴とこの任務は務めて貰う、久しぶりのそれだしっかりな」
「ば、な、これは」
「無論、天帝のそれだ、よもや…」
「…あるわけがねぇ、了解した、鈴の音を…」
「必ず奏でよ」
言い終わると、使いはそそくさといなくなった
墨曜が思い描いた
最低最悪の事態となったわけだ
(09/01/26)
す、すんません
前作(K)よりさっぱりダメだ
俺ぁもう駄目だ、そんな恐怖に打ちひしがれつつ
時間伸ばしの新作第三話です、ごめんなすっって
(R)