鈴音御使


甘鈴は杏介に弟子入りしたような形で
しばらく秘術の鍛錬に没頭した
無論、通常業務とよぶべき、鈴音御使としての仕事はこなしている
裏方役というのは、仕事量は多いもののきっちりと遂げればなんとかなり、
そういった鍛錬の時間をとることができる
それを最大限に生かしている

だが、裏方が日常を過ごしているとき
表方は、当然のように派手な、いわゆる前線で新たな戦いを始めている
鈴音御使の中でも一、二を争うおっさん「墨曜」もその一人だ
ある県令の不正を暴く仕事を相棒と一緒にこなしている

「夏、どうだ?」

「まぁ、眼目どおりじゃないかな」

夏と呼ばれたのは女御使「大夏」、姉御肌で甘鈴は大姐と呼んで懐いている
年齢は30を越えているのは間違いがない、子供っぽさはまるでなく
大人の女という中学生男子が喜びそうな姿をしている
当然のように古株で、墨曜とは何度もチームを組んでいる
気心が知れている、そんな柔らかい表現で言い当てられる関係だ

「わかった、今晩でも鈴鳴らしてやるぜ、…しかし、寒いな」

真っ暗な県令邸宅内、庭の隅という具合だが
何かを喋るたびに、白い息が辺りを包むように吹き上がる
月明かりがその白煙をきらきらと飾る
遠目からは見えないだろうが、間近な二人の間には
お互いの呼吸が目に見えている

「最近はあれね、寒いとかいって、抱きついてくるとか挑戦的なマネしないのね」

「なに言ってやがんだバカ野郎、俺ぁ紳士だからそういうこたぁ」

「あんたね…」

大夏がジト目で墨曜を見る
過去に何度そういった辱めを受けたか
その怨念にも似たものを、もの凄い瞳で訴えかけている
墨曜は当然、その目を見ない
20を越えた女は魔物だ、30越えると怪物になる、くわばらくわばら

「俺ぁ、乳の貧相な女は相手に…」

すぱかーん

「というわけで、行って参ります、大夏様」

ぷんすか、一発殴ったくらいでは大夏の怒りは全くおさまらないが
気合いを入れられたように、墨曜は顔つきをかえて邸宅内に侵入していった
仕事はほぼ完了している、大夏は静かにその邸宅から去っていくだけだ
進入路の図をわたし、その通りに全ての錠前をはずしてきている
それでいて、不正の痕跡を見つけ、裁くのに最高の機会を外、つまり墨曜に教えた

立ち去る途中、邸宅で騒動の声が聞こえた
派手やかに立ち回っていると見える
これで、囲われていた女中や、妾の類も大わらわで逃げていく
数人の妾を囲う艶福家だった県令だ
騒動にまぎれて、妾が一人、二人といなくなるなど不思議ではない
無論、不思議でなくするため、墨曜が二人ほどの女をさらうわけなのだが

「いけない、肝心なこと言うの忘れてた…参ったな」

つと、この場にいては怪しい女になっている大夏
だが、今回の任務の仕上げ部分に不安を覚えた
妾が何人か行方不明にならないと収まらない事件なのに
今のままでは無理がある、そういう理由がある
智恵をまわして、はたり、駆け出した

その頃

「天より響く鈴の音の下に、天誅!!!!」

りん、
墨曜の鈴が鳴った、悪魔の音だと裁かれるもの全ては記憶する
県令の罪は横領だ、よくよくある話しで、
肥やした私腹は、腹の肉と女を囲うそれに全て使われていた
墨曜の頭には「殺すほどではない」という計算ができている
そうそう殺人をおかすわけもなく、いわゆる、社会的抹殺という具合で
なんなしと手を打つ、もっともその方が酷いという話しもあるが

「ぐげ!」

したたかに打ち据えられて、昏倒して倒れた県令
あとは証拠の品と、大夏に不審が及ばないように妾をさらうだけだが

「さて、妾の部屋わ…と、ここか」

がらがら

「!?」

息が止まる墨曜、薄暗い部屋、寝てるのに灯火があるのは
この後、県令がなんかする予定があったからだろうか
部屋奥から漂ってくる香の匂いからも
そんな雰囲気を感じる、ステージは整っている
だが、舞台に上がっているものが問題だ

「野郎…大した男だぜ…」

絞り出すように正直な感想を漏らす
すやすや、寝息が聞こえる、ぶひぶひじゃないだけ凄いなと
ちょっと真剣に考えてしまう、それくらいの肥満女が寝ている
しかも、複数人
特にでかいのが二人、あとは、ちょっと太め、いや違う
最初のが特大でこっちも大だ、だいぶ太いのが二人、全部で四頭、いや、四人

「…夏のやつ、着やせするタイプだったのか?」

「たいがい失礼なこと言ってるわね」

「うわっ!!!!」

「し」

静かにしろ、というポーズをとる大夏
何時の間にやってきたのか、墨曜の後ろに立っている
全く気配を感じさせないのは流石である

「お前、実は隠れ肥満…」

「立場わかってんの?あたしが大声だして、しらばっくれたらアンタなんざ」

冷たい目でいちから説明してあげている
本当にやって見せないあたり、まだ、優しさが残っている
墨曜もそれがわかってか、従順なそぶりを見せる
大夏が来ただけでは、はた目では何も解決したように見えない、が
墨曜は既に安心を得ている

「で、今回はどのように助けて頂けるかな」

「外に車用意したよ」

「なるほど…?」

「どした?」

「いや、車はいいんだが、そこまでは」

「あんたが運ぶにキマってんじゃん、何言ってんの、じゃ、そゆことで」

言い終わると、すたすたと歩いていく
慌てた様子で墨曜が捕まえる
腕をひっぱって、抱きすくめるようにする

「!!!?な、にすんのよ」

「なに怒ってんだか知らねぇが、ちょっと行儀悪いだろうよ、大夏さんよ」

「こんだけあたしが仕度してあげたんだから、後ぁ、あんたの仕事じゃない」

「確かにそうだが、証拠をお前が持っていく必要は無いんだ」

「あらやだ」

墨曜がめざとく、横領の証拠であるやりとりの文書を奪い去る
ちゃっかりスリとっていたらしい、恐ろしい女だ

「ったく、手癖の悪いところは変わってねぇ」

「だから、重宝してあたし選んでんだろう?どっこいだよ」

「もう一つ、お前にゃ期待してることがあるんだよ」

「っつうか、離れろよおっさん、遠い国じゃセクハラつって、死刑に値すんだぜ」

遠くから見たら、ちょっとした男女の雑い話しに見えなくもない
墨曜が手を離すと、長い髪を二度、手で梳いた
40がらみのおっさんと30がらみの女
あまり、絵づらとしてよい方ではない

「もー、だから、ヨウさんモテないんだよ」

「うっせぇよ、モテねぇことねぇよ」

二人文句を言いながら、大女を車まで運んでいる
不思議なもので、太めの女は全て、一度寝入ると起きることがないのか
少々乱雑な手口ではあるが、運ぶ最中に微動だにしなかった
大夏は意外と力持ちで、なんとかその助けとなった
2人ほどを車、というか、荷車なんだが
そこに載せて、ついでに大夏もそこに並んで寝そべり
牛にひかせて脱出をした

「似合ってるよ、ヨウさん」

「うるせーよ」

墨曜のおっさん加減が、牛飼いというか
荷物運びのそれをあまりにもリアルにトレースしている
よほどおかしいのか、大夏が随分と面白そうに笑っている

「笑ってると、まだまだいけてるな」

「はん、笑ってなくてもいけてるわよ、でないと妾役なんて出来るもんですか」

「あ、そうだ、なんでお前が太め好きの男の妾に…」

「あたしゃ表向き用だったんだよ、接客、接待用というかね」

面倒くさそうに大夏が説明した
それ以上、その話題は続けない、墨曜が少しだけ表情を暗くした
接客接待ということに、どんなことが含まれているのか
それは、墨曜にはわからないし知ってはいけない
当たり前の仕事としてこなしている、大夏の尊厳を傷つける権利など持ち得ない

「だいぶ世話になったしな、今度ラーメンでも驕ろう」

「いっつもそれじゃん」

「じゃぁ、なんか喰いたいもんあんのかよ」

「手料理」

「は?」

「ヨウさん、男の一人暮らし長いでしょ、作れるんじゃないの?」

「お前…」

「光彦あたりは上手いのよ、最近の若い男子は料理できんのよねー」

かちん、そんな音が聞こえる
墨曜は挑戦されたと理解する、キーワードは若いというあたりだ

「バカ野郎、最近のは軟弱な野郎が多いから、料理で気を引こうというだなぁ」

「なにムキになってんだか」

「おっと、早とちりするんじゃねぇ、俺だって料理くらいするんだぜ、だがな」

「あー、そうか、ヨウさん最近若い女捕まえてるから、料理する必要ないんだ」

「は?なんだ、おい、なんの話しだ」

「甘鈴」

「馬鹿野郎、ありゃ」

「妹?いや、娘かしらね…、まぁ、犯罪だわね」

「手ぇ出したわけじゃねぇから、犯罪にゃならんだろうがよ、っつうか、20に届く娘なんざ持ってねぇ」

「持てる年齢じゃないのさ、今更なんだかね」

ふしし、揺られながら大夏は面白そうに笑う
寒い夜だが、太い女に囲まれているとそうでもないらしい
二人の会話の間に、ふもーふもーと、牛ではない女達の寝息が入る
ある意味幻想的な光景だ

「さて、お父さんは困っていますな」

「…甘鈴はな、外に出さないで十分だと思うんだ」

「優しいことで…」

「そうだな、お前のように、…したくねぇんだな」

「妬けるねぇ…、わからんでもないけど、帝はそれを望むかしら」

無音にはならない、が、会話がとぎれるという現象が
耳鳴りに近いものとして、わんわんと鳴り響くように思う
がらりがらり、車の音は響いているが、遠い音だ
墨曜は、今回大夏を選んだのは、このためだったと
思い出した、いや、明確に思ったことは一度もなかったが、今、この時点で確信している

「殿方が責任とれる女の数なんて、たかが知れてるしね、先約のあたしがいるんだから」

「誤解を招くような言い方すんじゃねぇよ」

「初陣、あたしが16,あんたがいくつだったよ」

「御免なさい」

「こんな生き方しかないって、ダマされたな」

「そうだ、俺ぁ騙したんだ、だから、もうしたくねぇんだ」

がらりがらり

「ヨウさん、あたしがもし…」

「監査だったらどうするんだって話しか?」

嘆息が漏れる、大夏からだ
墨曜の言いようが、やはりおっさんめいていて、それを聞くと安心してしまうからだろう
監査というのは、内部監査役のことを言う、さして大きな組織ではないが、
鈴音御使は非合法がつきまとう機関だ、構成人員は人間的に怪しいものも多い
そうなると、危険因子がないかと探るものが必要となる、それが監査だ
これは「役」であり、持ち回りになっている
専属じゃないからこそ、不正を働きづらい、そうなっている

「監査に聞かれたら、即刻始末されるな、甘鈴を甘く扱ってるなんてのわ」

「危険思想だものね、若いヤツに危ない目をあわせないなんて」

がらがらがら、荷物を載せた車は夜闇に消えていく
月明かりが照らしている、牛と墨曜の吐く息が白く光っている
ちりん、鈴の音が冷たく通った

つづき

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(09/01/19)

いきなり滞っておりまして
あいすみません
前作というか、最近、文章力が富みに衰えて
よいのか悪いのか、文字量が赤まるちの頃みたいになってます
うまく物語が転がればいいんですが
ご愛読感謝いたします
(R)