鈴音御使


城でのことである

「杏介さん、杏介さん」

「?リンか、どうしたんだ」

眼鏡の青年「杏介」に、不細工ではない少女「甘鈴」が話しかけている
外は陽光柔らかい、場所は城でも「鈴音御使」の根城、
聞こえはいいが、実際はほったて小屋のようなものだ
宮城の内々にある馬小屋に似た建物で、働く人々は物置のようなものだと認識している
しかし、手品師や、料理人、門番、文官、勘定方等々、
様々な職種の公人が出入りをしている不思議な空間だ
表向きは、宮に仕える全てのものの社交場として機能をしている
立ち呑み屋のような風情なのだ、税金の無駄遣いと呼べる

「その、ね」

甘ったるい声を出し、少し腰をくねらせて上目遣いで見つめる甘鈴

「?なんだ、どっか悪いのか」

杏介は真顔でそう答える、その言葉を理解した甘鈴が
絶望に似たものを表情から発露する、杏介は悟る
しまった、心ない一言が女の子を傷つけてしまった場面だ

「いや、その、なんだ、す、すまない」

「うう、酷い、色目をうまいこと使ったのに、どっか悪いだなんて」

「色目を使うとか、なんというか、なんだ、光彦に何入れ知恵されたんだ、殺しておく」

物騒なことをしゃらりと言ってしまうあたり、杏介という青年も人間が出来ていないのだが
ともあれ、その相方である「光彦」から、甘鈴はあることを聞いてきた、その上でのざまだ

「実は、秘術を教えて欲しくて」

「秘術?リンには必要ないだろう」

「なんでみんなそう言うかな」

「だって、戦闘要員じゃないじゃないか」

「杏介さん、あのね、秘術が使えないから戦闘要員じゃないのじゃないかしらって」

「なんだそのしゃべり方、気持ち悪い」

言いながら、杏介が目を逸らしていく
甘鈴もバカじゃない、その仕草から男が逃げ口上を述べていると推理する
追いつめるなら今だ、女の子を嘗めんな

「とりたま理論よ」

「とりたま?」

「そう、親子丼作るときにどっち先か、結局どっちが先でもいいと思って
卵先に入れたら固まって食べられなくなった、どないなってんねーんていうアレ」

「俺の知ってる話しと随分…」

「つまり、原因が先にあって、結果がついてくるっていうお話、
絶対にそう、私が秘術使えないからそういう仕事させて貰えないんだって」

杏介が座り直した、木の椅子は平坦で
長い間座っていると、お尻が痛くなってしまう
よい位置を確かめつつ、頭の中で揃えた台詞を甘鈴に向ける

「リン、何があった、なんでそんなに前に出たい?」

「うぐ」

「お前の働きは、現状で申し分ないはずだ、正直斥候役なんてのもお前の役目じゃない、
いつだったか、ヨウさんに連れられてやったらしいが、だいぶ危なかったそうじゃないか」

と、そこまで喋る、当然杏介は
前に出て危ない者をわざわざ秘術教えてまで出す道理がない
という話しまで繋がっている、甘鈴はバカな子じゃない
杏介がそう思っていて言わないというのを汲み取る、今度は女の子的に視線を逸らす番だ

「ぇえっとぉ」

「光彦が俺を紹介した理由をよく考えるんだな」

「どゆこと?」

ぱちくり、甘鈴がわからないという顔で見上げる
既に杏介は立ち上がって、その場を離れる様子だ
背中を追うように視線を向けていき
態度から、賢い女の子は悟る

「なるほど、説教をして頂けるという有り難い教え」

「ま、そういうことだ」

「…に見せかけて、女の子とうまいこと喋れない杏介さんに、あたしがそういうのを教え、
対価として秘術を教えて貰いなさいってことでしょう」

「な、何をバカなこ…」

シタ、不用意だったのだろうか、
武術に関しても達人の域である杏介が、察知できないほど容易に間合いを詰められた
いや、女の子特有の詰め寄るアクションだ、こういうのを対処できないのは事実
怒った甘鈴の顔、その後ろに、にやにやしている光彦の顔が透けて見える
あのバカ野郎…

「というわけで、なんとしても、ほら女の子紹介してあげるから」

「いらんっ!バカなこと言ってないで、そろそろ仕事にだな」

「あたし今日有休だもん」

「俺ぁ忙しいんだ、馬の世話が…」

「大丈夫だよ」

にぱ、甘鈴が笑う
嫌な予感を覚える

「なにが?」

「馬はさっき全部逃がしておいたから」

「!?な、何をお前っ」

「午前の馬番は光彦さんだしね、あの人のせいにしておけば」

うすら悪い笑顔で、ふししし、などと甘鈴が笑う
戦慄する杏介、沸き上がるように思考が汚染される
光彦、俺、どちらも甘鈴を子供扱いにしすぎた、その報いか…
力無く腕を降ろしてしまう

「というわけで、教えて」

じっと、杏介が強い調子で睨む
だが、甘鈴はまったく気に留めない
心得たもので大きな声で怒鳴り散らすなどの対処はしない
そういうもの全てをスポンジのように吸収する
ある意味、最強の受けをなし得る逸材だ
女のこういうところ、確かに、弱いな俺は…
杏介が自身の反省も付け加えながら、教師の顔つきになる

「いいだろう、ただしテストがある」

「試験?」

「資質を見るためのそれだよ、これが出来ないヤツはどんだけやっても無理だ」

「え、秘術って練習したら誰でもできんじゃないの?」

「それだったら、世の中そんなヤツだらけだろう…座って待ってろ」

言うとカウンターに何かを頼みにいった
甘鈴は言われたとおりに椅子に座る
客は自分たち以外にはいない、店側も御使の一人だから何も問題がない

「なに?」

「見ての通り小皿と小刃だ」

料理用のものとは別の小さな刃物がぎらりと光る
小皿はなんのへんてつもない、醤油などを入れるような白い陶器だ
二つを置いて、机を挟んで向かい側に杏介が座った

「基本は知ってるか?」

「教えて」

「秘術は、基本的に札を用いる術式だ」

「うん、それは知ってる、よく札投げて火を起こしたり、水を呼んだり」

「そうだ、あの札は術者の血で出来ている」

「え!?」

「血という対価を支払うことで、様々な現象が起きるんだ、原式では血そのものを使ったんだがな」

言うなり杏介が刃を使って、己の指を割いた
ツツ、左手の薬指から紅い血が落ちる、白い皿に落ちるとことさら綺麗だ

「ちょ…」

「血ぐらいで騒ぐな、リン、そんな程度じゃ」

「ちがくて、これ料理用の小皿じゃないの?ふ、不衛生じゃ」

がば、むがが
杏介が甘鈴の口を塞いだ、少し焦りの色が見えるあたり
杏介も想定してなかったツッコミらしい、青年も脇が甘い
目できつく黙らせると、こくこくと甘鈴が答える
そして、口を解放した途端

ぼわ、

「わ!」

「これが発火式だな、もっと複雑なことができるらしいが、俺にはこれくらいしかできない」

「え、でもいつももっと凄いのを」

「そのための、札だ」

どこからか、札を一枚出した
何が描いてあるのかはわからない、ただ、赤茶けた文字が並んでいる
説明から考えると血で描かれたのは間違いないだろう
甘鈴が、なんとなく嫌な気分という顔になる

「ここにその術式を載せるんだ、血を媒介として秘術を起こす、その式を
念じて構築するのと、札にしたためるのでは精度がまるで違ってくる、
つまり、札のものはそれぞれ凄まじい効果を発揮できるんだ」

「なるほど、で、試験は?」

「急くな、血を媒介として現象が起きることは解ったろう、そこでその試験だ、
リン、お前の血と能力が術式を体現できうるかどうかを見る」

「血液検査?」

「似たようなもんだな」

杏介が刃を甘鈴に渡す
ごくり、喉をならしてしまう、自傷行為などしたことがない
そういう人種には、それなりの恐怖がつきまとう

「皿に血を載せろ、そして最も簡単な火の術式を教える」

「そんな、テストっていいながら、いきなり本番みたいな」

「今、世界で最も正しい式だからな、これでできればだんだんとレベルが上げられる」

「正しい式?」

「秘術そのものが、まだまだ解らないことが多いということだ、
式だって、日に日に新しい物を開発してくる、建築なんかと一緒だよ、
新しい物理のように、術式も新しい発明があるんだ」

勇気を出して指に刃を当てた
プツ、鋭い痛みが指先に走る
声が小さく漏れてしまう、決して可愛らしい白魚のどうしたというものではない
無骨な下働きの指だが、自ら血を出すというのは初めてだ
甘鈴が、顔をしかめつつ、皿にその血を落とした

「これで?」

「この式を頭にたたき込め、そしてそれを投げるんだ」

「は?なに?」

「すまんな感覚の話しになる、頭に浮かべて投げるんだ、血に向けて」

呆気にとられるような顔をする甘鈴
嘘を教えられてるんじゃないか?そう思うほどだ
が、杏介はいたって真面目だ、そういう嘘をつくような輩ではない
全然理屈ではないもの、それがやはり、秘術なんだ
甘鈴はじっと、言われたとおりにする
目の前に置かれた札を見つめる、それが網膜に焼き付くように睨み付ける
そして、それを、それを、それを…

「う〜、わ、わかんない、なに、投げるって、どういうこと」

「血がこの形を描くような、そういう想像をするというか、いや、するだけじゃだめだ
そうなる、なったというものを……投げるんだ」

「一緒じゃん、意味わかんないっ!!」

皿の上には、若々しい血液がぷっくりと液だまりを作っている
あまり長くなると凝固が始まり大変なことになる
凝固してしまうと、ますます使いづらくなる
札は、そういう姿に加工されているので、逆に強固となる
そんな理屈もあるが、今の甘鈴には重要な話しではない

「くぬぬぬぬぬ〜」

念じるというのか、呻くというのか
わからないまま、自分の思うなりのそれを施してみる
端から見ていると少々おかしい人に見えるが、知ったことではない
時間をはかるように、杏介は指で拍子をとっている
60を打ったら終わりだろう、表面凝固が始まって、素人じゃまず無理になる

「くききききき〜」

「…残念だな」

「え?ちょ、ま、待ってほら、今ちょっと動いた、動いたから」

「動くというのは違う、それじゃできない、血が炎に変わるのに動く必要がないからな」

さばさば、杏介の冷徹な声が響く、教師に向いてない
だが、優しい立派な大人であるようにも思う
甘鈴は、ぎゅっと口を結ぶ、一瞬にして夢を叩き壊されて突き放される
そんな感想を抱く、だが、諦めきれず、まだ念じてしまう

「ぬぬぬぬ〜」

「無駄だ、というかほら、いい加減にしないと洗っても落ちなくなるだろう」

「あ、っていうか、これあたしのせいに?」

甘鈴が驚きの顔を向ける、そして、ゆっくりと視線を逸らす杏介
はめられた、大人の男にダマされたんだ
その感想は違うと、誰も言ってやることはできないが
甘鈴は絶望を覚える、なんというか、皿に血を盛って台無しにするとか
はしたないことのように思える、いや、なんだろう
自分の血で汚したという事実が嫌すぎる

「し、しかも、この皿って店長のお気に入り…」

「!?な、ほ、本当か」

「うう、同じ印の白い皿をヨウさんが割って、夕飯の具材にされ損ねたとか言ってた…」

倫理的に、いや、なんだろう、色々つっこみどころがあるが
杏介は脊髄で、その危険性を悟った、そして、冷徹な男はすぐに結論を出す

「じゃぁ、そういうことだ甘鈴」

「ちょ、いきなりフルネーム、あ、逃げる、逃げる気、ひ、ヒトデナシっ!」

「大丈夫だ、女の子には優しいと聞いてる」

「嘘よ、大姐が不眠不休で一週間働かされたって…」

「生きていられるんだ、よしとしろ」

言うなり席を立つ杏介、本当はこんな酷いヤツじゃないんだが
そんなヤツが、ここまでしてしまう、この店の体制に問題を突きつけよう
絶体絶命、空気の変質が店中に充満する、感じ取ったのか
カウンターの向こうにいた、くだんの店長がこちらの様子を伺う仕草を見せている

「うう、や、やだよぅ、ううう」

ぽろぽろ、甘鈴の泪が落ちる
皿の血は既に固まり始めているらしく、涙水ではさほどに崩れない
水滴に淡く赤が広がる、しかし、既に縁が凝固してシミを作っている
いよいよ店長がカウンターからこちらに向いて歩き始めた
無念の表情を作る杏介、絶望の面もちの甘鈴
そこへ、

「大変だ杏介ーーっっ!!う、う、馬が逃げたっ、た、助けてく…」

「光彦?」

杏介がゆっくりと振り返る
甘鈴がそちらを見る
同時にだろうか、二人の脳裏に描かれる
この男のせいにできないか
瞬間、奇蹟が起きた

どばばがたがががががっっ!!!!!
皿から、凄まじい量の炎、いや、溶岩のようなものが吹き上がった
やがてそれが形を求める、龍だ、水を支配する龍の姿を象った
紅蓮のそれが、皿から上り、そして

「「あいつがやりましたっ!!!!!」」

眼鏡の青年と不細工でない少女二人は、
外からきた光彦を指さす
店主は、その炎の龍を一瞬だけ驚いて見たらしいが
すぐに秘術のそれだと理解し、さらに
皿が割れていることも理解した

「ということで、後は頼んだ」

「馬のことは任せておいてね」

「え、お、なんだお前ら、おい、なんか、空気っつうか、色々まず…」

その後のことはよくわからない
ホラー映画のクライマックスのように、杏介と甘鈴は逃げおおせたのだ

「でも、見た?できたよ、さ、教えて貰わないと」

「そうだな」

ふへへへ、嬉しそうな顔で甘鈴が走っていく
杏介は少しだけ頷いて、黙ってしまった
脳内では先ほどの事象について考えている
血を使って、簡易術式で、炎の龍を出す、しかも火を使って水の精を呼んだ
式がどうだったのか、何もわからない、しかし
とてつもない力の片鱗を見た

不安と希望、一抹の両者を覚えるに至った

つづき

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(09/01/13)

久しぶりの新作で震えております
キャラ借りまくりですし、
前作の焼き直しですが
次に本出す時用にとっておいたネタというか
ともあれ、頑張ります
(R)