鈴音御使


「失火が原因らしい、県令様はお亡くなりになったんだろうか」

「いや、商工の街を燃やしたということで宰相府様の怒りを買って、
地方へと飛ばされたとか」

「そうではない、なにやら裏で悪いことをしていて、その天誅がとか聞いたぞ」

「天誅って、それじゃまるで」

「そんなことよりこれからどうなるんだ」

「新しい役人がやってくるんだろう、なんでも中央から来るそうだ」

「なんにせよ、いい人だといいなぁ」

市井の声はこんなところだ。
失火により街を焼いた、その末の更迭。
そういう噂がばらまかれている。
失火という事件のみを伝えた高札に、街中の暇人が集まっている。
ここにある報せの類は全て宰相方から施された物だ。
しかし情報操作如きでは払拭できない、
真実は噂という形で喧伝せずとも、口の端に登っていくだろう。
集まった人いきれの中に、女の顔と浅黒い男の顔がある。

「ヨウさん、大手を振って歩いて大丈夫なの?」

「ん、高札がアレに替えられたから、俺の手配書は火事とともに無くなったんだよ」

「まさか、計算づく?あ、あくどい」

「黙れ小娘。賢いと言え」

二人はそのままこの街を後にする。
県令の邸宅で働いていた者達は、
甘鈴の指図で脱出ができていたおかげもあり、
職を失った以外は無事そのもの。
皆が職探しに出るという形なので、甘鈴がここを去ることも当然の成り行きに見える。

「ああ、リン」

「姐様」

聞き慣れた声がして甘鈴が顔をあげると、
いつもの薄倖顔が目に映った。
随分と衰弱した様子だったが、実際は随分と頑丈なもの。
一晩明けたらすっかり調子を取り戻しているようだ。

「もうお体は?」

「大丈夫よ。へこたれている暇は無いもの、次の仕事を探さないといけないしね。
命があるだけ私は幸せだよ、あなたのおかげ、リン、ありがとう」

相変わらずの物言いで、幸薄い笑顔をふりまく。
墨曜はこの婦人を初めて見たわけだが、なるほどと、大きく頷いて甘鈴を見る。
甘鈴からは苦笑ともとれる表情と視線が返された。
それから一言、二言と言葉を交わし別れた。

「さて、仕事も終わったことだし中央に戻って報告だな」

「そーだね、しかし随分と長い任務だったこ」

「居たぞっ!あそこだ、悪人だっ」

ぎくり、聞き慣れた声、そして雰囲気、展開。
墨曜は全身の毛穴が開くのを感じた。うおぅ、チャクラ全開(違う)。
ゆっくりと作り笑顔で振り返る。
目には見慣れた若者が数人、いや、数十人飛び込んでくる。
甘鈴は一瞬驚いたが、すぐに冷たい目をして墨曜を見つめる。

「知り合い?」

「なんというかな、そのなー、俺の手品のおっかけというかー」

「いかん、お嬢さん離れるんだ、大変だみんなっ、今度は女の子を拐かそうとっっ」

「あ、あ、あ、阿呆っ、どこがどう拐かすように見えんだよっ」

「ああ、抵抗する気だ、みんな槍を並べろ、一列になって陣を組めっ」

若者の号令とともに、近所の荒ぶれどもの、
恐怖を覚えるほど整えられた軍営が展開される。
声を上げている奴に従い、こともあろうに、歩兵陣形の一つ「槍衾」を形成。
驚くほどの軍隊行動に、肝を潰すとかそんな安い表現では表せない狼狽。
なんだ最近の若者は、その情熱をもっと他に、というかそれでどうして盗賊に負けるんだ。
思うが声に出している暇はない。
一列に並んだ槍の群が、危急を告げて迫る。

「くらえぇ、ド悪党っっ!」

「は、話を聞けぇて、ぎゃあああああああああっっ」

逃げた。
取り残された甘鈴だが、すぐに囚われていた姫の様子を醸しだし、
自分の分だけの取り繕いをした。
走り追う口々に、奴を生かして逃がすな、七度生まれ変わっても殺し尽くす等々、
若者らしい傑出した残忍な言葉を登らせ、墨曜を追いかけて消えていった。
近い内にまた、高札が立つんだろう。
ぼんやりその様子を甘鈴は見送った。
ふと、自分に視線が向けられているのに気付く。
きょろきょろと辺りを見回す。

「あ」

「鈴、達者でな」

一瞬だけ、そうやって口が動いていたように思う。
人ごみの向こうに見えたその顔は、まばたきをした次の瞬間には居なくなっていた。
今の男のことを道行く人に聞こうとも思ったが、ありふれた流浪の料理人なんて、
この街には、この国には珍しくもないし、誰も気にとめていないだろうと諦めた。
この後、右腕の悪い料理人が小さいながらも一角の成功を収めたと聞くことになるが、
それは甘鈴がもう少し大人になってからのことだ。

『鈴』が帰ってきた。
そんな噂が、間もなくここを席巻するだろう。
砂煙を纏って甘鈴も消えた。
砂漠の街から鈴が去った。

ちりん。



「早かったな、ご苦労」

「いえ、陛下のご苦労に比べれば」

「こら、口を慎め『鈴』」

「よいのだ、他ならぬ鎮守の墨曜だ、朕が許す。お前は下がれ」

涼しげな風が通る宮殿。いや、宮城と言うべきだろうか。
天帝の宮に墨曜の姿があった。
街辻でオヤジ狩りに遭っていた時とは顔つきがまるで違う。
くだけた様子の天帝に対して、あくまで臣下の礼をおろそかにしない墨曜。
ただ、その礼も体面上だけのようで、目元と声色、
言葉遣いは少し乱暴、いや、失礼を働いている。

「南でタネは播きました。もう芽が出ていることでしょう」

「そのようだ。宰相の方が数日慌ただしい、若い連中もよく働いてくれている」

「そうですな、若い奴が育てば、私のような老害は退かねばなりますまい」

「なんだ、今日は皮肉ばかりだな」

「そのようなこと。ただ、若い奴にはもっとしなくてはならないことがあるだろうにと」

「今回、甘鈴を預けたのがそんなに不服か?」

心配そうな顔で天帝は、墨曜を見つめた。
側近が下がり二人ぎりとはいえ、天上人と下民がこのように喋る様は、
天帝がくだけているとかいう問題で片づけられない程の失礼だ。
そんなこと、墨曜は百も承知だ。
この所作の無礼を若い天帝より遙かに熟知している。
それでいてなおそれを働く。
その意味を言葉の下で天帝は静かに受け止める。

「汚れ役は私がやりましょう。だが、いつまでもこんなこと続けてられません。
若い奴にそんな仕事をまわすのはもっといけない、一刻も早くこの」

「わかっておる、その為に『鈴』を再集結させたのだ。大丈夫だ、墨曜先生」

その呼び名に、はたと墨曜は姿勢を糺した。
墨曜は先代の天帝より使える旧臣だ。
その頃、教育係の一つを担ったことがある。
先生とは、その頃の墨曜に天帝が授けたあだ名だ。

民の地位に上下を築かず、本当の意味での敬愛と慈悲を体現する。
その頃と変わらぬ視線に、墨曜はうなだれるように改めて跪き、
静かに頭を垂れた。天帝はそれをじっと上から見下ろすように立つ。

「私如きが諫言など、思い上がり甚だしく、礼儀を欠…」

「墨曜」

「は」

「久しぶりにそなたの手品が見たい、やってはくれぬか?」

「それは」

「あのつまらぬ手品が、朕の心を癒してくれるのだ、見せてくれ」

「つまらぬとは心外な」

墨曜は不平を返しながらも、既に手品の準備に入っている。
本当に大好きらしい。発表できる場と機会があれば逃さない。
ある意味玄人肌のその根性だけは敬服に値する。
それまでの重苦しい空気が一変して、違う緊張が漲り始めた。
墨曜は、顔の大きさほどの穴を側面に空けた手桶を、
兜のように被り準備を進めている。
仕込みの段階で、ネタとオチが見えるところが、
天帝としては個人的に凄くツボらしく、
いたく気に入っている、感想ついでに小さく呟く、

「本当につまらんが面白いな、朕はうれしい」

「さっぱり意味がわかりませんというか、まだネタやってません、陛下」

「ははは、真面目な顔でするところがまたなぁ」

「これは初ネタで、他人には初めて披露します故、緊張をしておるのです」

「そうか光彦あたりもなかなかやるんだが、墨曜のは爆笑だからな」

「感動と驚愕の間違いであります、陛下」

天帝の笑い声が少し小さくなった。
目元は笑っている。
それでいて墨曜から視線を外さない。
楽しみにしているという顔つき。
一言、歌った。

「そうだな、そうやって先生には朕の間違いを糺してもらわねばならぬな」

宮城の中は相変わらず、青空から流れ落ちてきたような、
涼やかで気持ちのよい風が吹き込んでいる。
木漏れ日のように柔らかい光が、しっとりと床を白く輝かせている。
緑の匂いを伴う薫風が、一陣、触れられるかと思うような美しさで通り抜けた。

「さて陛下、わたくし実は、首がぐるりと回転するという特技がございまして…」

得意げな語りに乗って、手桶がくるくると、
穴から覗く顔とともに回り始める。

長閑な笑い声が、窓より外へと漏れていた。

(了)






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(09/01/02)