鈴音御使


足音が無い、だが、恐ろしく速い。
闇の中を迷いもせずに走り抜けていく。
隠していた矛を携えて、一目散に県令の部屋へと向かう。
暗殺に似た、静かで、汚い仕事になる。
それを自覚しながら、私心を宿すことなく、黙って仕事と割り切りながら遂行する。
部屋へと侵入し、よどみのない動きで寝所に狙いをつけた。闇に瞳だけが光る。

ちりん。

「天より響く鈴の音の下に、て」

「笑わせるな、いつまでも変わらぬ愚か者が」

「!」

すわ、鈴の音のあと吐き出す台詞を遮った声。
いや、言葉だけではない、闇に紛れて何手もの攻撃。
墨曜の瞳が闇夜に光を弾いて、糸を引くように無尽に彷徨う。
流星の如く、それは暗い部屋の中で明滅しながら場所を変える。

「また、会ったな、盗賊」

「ふん、待っていてやったんだ、有り難く思え若造」

すんっ、墨曜が下段に構えた。
暗がりでよく見えないが、どうやら盗賊も長柄の武器を携えているらしい。
お互いが鏡合わせのように同じ構えで対面している。
つぅ、切っ先が闇に刃を立てる。
なんの合図もなく、気付けば戦闘へと突入していた。

区切りのない行動が二人を駆り立てる。
しっ、ちっ、スッ、
かすれる音ばかりが不規則に作られる。
どちらも足音をさせず、そして有効打の音もさせずの攻防を繰り返している。
繰り出しては引き返る矛。引き返る刃に敵の攻撃が乗る。
身体をくねらせかわし、また反撃の手に繋げる。
曲芸のように二人は刃を合わせ続ける。
いや、武器同士は一度も交錯していない。
だから刃を合わせるは語弊がある。

休む間もない攻撃、交互に約束したように繰り返されるそれは、
お互いが何にも接触しないから、そのスピードは弛むことがなく、
はた目にも凄まじい緊張が見てとれる。
淡々と続く短い空気や塵を切り裂く音だけが、その数を増やしてばかりいる。

強い。

お互いの感想。
精神をカンナで削るように薄く減らしていく。空振りの応酬。
無論わざとしているわけじゃない。
どちらも急所しか狙わない攻撃を出し、防御ではなく回避しかしていない。
武器を防衛の道具としては全く想定せず、
攻撃と回避ばかりを続けていく。
どちらの攻撃も当たらない、だから音はしない。
息を抜く暇が無い。おっさんしんどい。

「少しはやるな、3年前の輩とは違うらしい、若いだけあるか」

「ふん、宰相の暗部の者か、仇討ちといかせてもらうぜ」

「仇?あの時の生き残りか、当時のしんがりだった年寄り鈴に劣るようじゃ、俺には勝てん」

ぶぅんっ!凄まじい音が鳴った。
間髪入れずにその音が交互に繰り出される。

先手は墨曜の手だった。
矛は突き出された後、すぐに回転して遠心力を纏い、
盗賊の右から闇を切り裂いた、そこで盗賊が反撃に転じるかと思いきや、
墨曜の矛尻が今度はアゴをかすめて上へと昇った。
矛を柄の中心で回転させて攻撃してやがる、
盗賊はすぐに間合いの確保へと焦る。
だが、それを執拗に追いかけて、蛇のように矛は追いすがる。

ギィンッ!初めて火花とともに金属音が散った。
闇に冷たい光がいくつも飛び散っていく。
トン、盗賊が跳んだ、闇に姿が吸い込まれた。
気配が消えた。墨曜の矛先が一瞬迷った。
刹那。
ズゥンッ!

「くそ、重て…ぇっ!」

矛の上に乗られたらしい、支えきれず矛先が床に埋まった。
乗り上げた盗賊が歩いて矛を登ってくる。
ここで手を、武器を放すわけにはいかない。
だが目の前に盗賊の足が見えた。蹴りが来る。

ビュゥンッ

蹴り音というよりは、突風のような轟音が耳をくすぐった。
矛は抱えたまま、頭だけを下げてそれをやり過ごした墨曜。
だが、その蹴り足は回転する勢いそのままで、
残った逆脚を後ろ回し蹴りにして跳ばしてくる。

二段構えにたまらずのけぞりながら、渾身をこめて腕にある矛を持ち上げた。
横になった竿を立てるような具合。
みしり、音とともに矛の先がさらに床へとのめり込み、
踏みつけられた矛の傾斜は角度を上げた。
当然その上に居る敵は、一瞬だが体勢を崩す。
いや、崩す前に重石が無くなった。また跳んだ。

「逃がすかよっ」

墨曜は矛から伝わる感触だけで空へと逃げた敵を知覚すると、
すぐに床から矛先を引き抜いた。
バキっという音が床のひしげを伝えるが、
かまわず矛の頭を持ち上げ前へと踏み込み、
棒高跳びの要領で跳び上がり追いかけた。

しなう矛に乗って、下がり逃げていく敵との距離を瞬時に縮める。
墨曜の蹴りが敵の脇腹あたりを捉えた。
ぐぅ、と唸る声が聞こえた。
昼間に与えた傷に当たったらしい、確かな手応え、そのまま床へと叩きつける。

ドガンッ!

そんな音はしなかった。
想定した音の感じだけが、墨曜の脳内だけで木霊した。

なんだ?どうなった?やばい、やばいぞこの感じは。

焦る墨曜が恐怖から逃れるように離れる。
叩きつけたはずの床の感触が全く無かった。
不可解だ。不可解ということは敵方の術中にはまっているってことだ。
正体がわかるまで、下手なことはできない。
防衛本能が、これまでに鍛え上げられた、戦闘での勘が、
墨曜に警鐘を鳴らして止まない。
矛を前に向けたまま、後ろへと跳び下がり、低い姿勢で相手を伺う。
何が起きたか。観察する目に、飛び込んでくる幾数の赤い弾丸、
パタッ、タタタタッ!

「つぅ!?」

何かが走った音がした。
そして一部が凄まじい痛みに変わった。
じゅぅっ、焦げる匂いがする。
考えるまでもない、忘れていたわけじゃないが、想定できなかった。
叩きつけた感触が無かったのも、このせいだろう、

「秘術かっ」

「ガキが、甘かったな、札使わずに秘術を使える奴を見たことが無かったか?」

口答えをする暇がない。
先に聞いた走る音は血の弾丸が着弾した音だろう。
秘術は「札」にして様々な事象を引き起こすのが通例だが、
こいつは手っ取り早く己の血をそのまんま代価にして術式を完成させている。
蛮行だが、高等技術だ。
昼間のことを考えれば、奥の手にしているのは明白だった。
抜け落ちていたのは、指摘された通り、

「お前みたいな奴ぁ、実際、見たことねぇよ」

「そうかい、いい経験したろうが残念だな、見納めだ、くらえ、即式火術」

盗賊は呟くと、さく、という小さな音の後、印を結び小さく何かを唱えた。
己を傷つけて、媒介とする血液を術式に乗せている。
墨曜は間合いを取ったせいで、この術に割り込める攻撃範囲から外れている、
それを止める術はない。

さらに先に飛ばされた火弾を足に被弾している。かわす手だてもない。
決して他には燃え移らないまやかしの炎が、盗賊から昇った。
突然、真っ暗だった部屋が煌々と明るく染まり、お互いの顔が闇に一瞬だけ浮かんだ。
すぐそれを覆い尽くすように、龍の如く炎の柱が踊りながら盗賊から離れた。
墨曜を炎が包む。

焼けた匂いだけが漂った。
火事必至とも思えるほどの火量は、嘘のように静まり返った。
秘術で導かれた現象は、術者の操作で条件付けができる。
つまり、周りには燃え移らない炎が放たれたのだ。
範囲や威力が増すほど高等な式と長い前振りと、
何よりも多量の代価である血を必要とする。

この即式では限界があるのだろう「燃え移らない」という条件付けではなく、
「燃え移る」という条件付けができていない。
その限定が幸いしてか家具などは、全く焦げた様子すらない。
もっとも館を火事にするわけにはいかないから、これはこれで良いのだろう。

確実に敵だけを燃やした炎は、役目を終えて霧散した。
暗闇がまた部屋を支配する。
盗賊は一息をつく、張りつめた緊張が解ける瞬間、全てが弛緩する刹那、

「そう、俺ほどの古参が見たことねぇ術なんだから、欠陥があったてわけだな、おっさん」

「…若造、てめ」

「年には勝てないらしいな、体力が落ちてるぜ、そこらへん、若い俺の方が上だったな」

「ほう、お前もいい年のおっさんじゃねぇか」

「黙れバカ野郎、おっさんがおっさん言うな阿呆」

「へっ」

背中に回った墨曜は、刃を盗賊の首もとに当てている。
一瞬の炎で見えなくなっていた目が闇に慣れてきた。
炎の龍が噛み付いた辺りが、ぼんやり見えるようになってくる。
薄汚い布が半ばを灰にして落ちている。

「盾か、布如きで防がれるとは」

「違うよ、一瞬明るくなった時に、お前が見た人型がアレだったんだよ」

「変わり身?」

「ふふふ、俺の図画工作『3』の実力を見たか、
人ごみに隠れる為開発した隠れ蓑だ、驚いたことに俺そっくりの絵が書いてあんだよ」

「お前、それ、隠れ蓑の意味無ぇだろう」

「な、なにっ」

普通のつっこみに喫驚する墨曜だが、その隙に乗じて男が反撃することはない。
観念して反撃しないわけでなく、できないのだ。
肩で大きく息をし、立っているだけでも膝を笑わせるほど疲弊しているこの男では。

「先回使った後にすぐ居なくなったあたりからおかしいとは思ってたが、
札を使わず、そして簡易術式で発動させるんだ、当然、莫大な代償を払ってるわけだ」

「うるせぇな、ネタ晴らしなんざ、わざわざ俺にする必要はねぇよ」

「俺ぁ手品のタネとか見破るの大好きなんだよ、ほっとけ」

もともと寄る年波からだろう、体力が衰えていた。
盗賊は長時間の戦闘は不利になると悟り、危険な賭に出ていたらしい。
若い頃は、多少の出血など大した問題ではなかったが、年を取れば苦しくなる。
この方法の弱点だ。絶対的に秘術を使える人口が少ないことを考えれば、
用いられることがない割に合わない戦術だ。
術者の腕によっては、発現まで時間がかかるのが弱点の秘術を、
近接戦闘で最大限有効にする方法だが、あまりにも危険が大きい。
同程度の効力ならば、札の方が遙かに安全、普及しているわけがない。

「右手が自由なら札に文字も書けて、使えただろうに、残念だったな」

「そこも解ってたか…負けだ」

観念した形で、ぐったりと身体を墨曜に預けた。
ようやく一息をつきたいところだが、時間が無い、
墨曜は殺すわけもなく、そのままで話を続けさせる。
無論、本命のことを聞かないといけない。

「県令はどこだ?」

「下手人は俺だ、旦那様は関係無い」

「そうもいくかよ、本命はアレなんだよ、早く言え」

「本命な、最初から旦那様目当てか、罪なぞ関係なく」

「そうじゃねぇよ、罪はある、奴がここで布いている政についてな」

「…そうかよ」

ぱたん、不可思議な音がした、何かが閉まるような音が。
不審に思って墨曜は周りを見る。
暗がりでもわかる、来た時の扉が閉まっている。
己の血の気が引いていくのがわかった。
閉じこめられた閉塞感が肌を通してやってくる。

「畜生、今のがそうかっ」

「おっと、旦那様に手ぇかけるんなら、そのまま行かすわけに、い、く、か、よ」

「何してんだ、てっ」

ボォブンッ、爆裂する音が足下から上がった。
吹っ飛ばされる墨曜、爆発に巻き込まれたらしい盗賊はその場で倒れた。
血溜まりが爆発しやがった、そんな力がまだ残ってたのか。
油断していた墨曜の顔に焦りが浮かぶ、
すぐにめらめらと炎が辺りに燃え広がりだした。
さっきのとは違う、長い話の間に全霊をぶちこんだ巨大な秘術を完成させていたのだ。

「バカ野郎っ、そこまで忠義を尽くす相手かよっ」

「はっ、お前にはわからんだろう、前線から追いやられた俺を拾い上げてくれ、
年が上の俺を決して軽んぜず、料理という新しい生き甲斐すら与えてくれた。
あの方は若いが大器だ、それを汚すようなマネさせてたまるかっ」

「バカ言ってんじゃねぇ、てめぇがここで死んだら、その生き甲斐とやらも続けられねぇだろう」

「恩義には報いねばならんのだ」

頑固爺っ。墨曜は頭にきて駆け寄った。
周りには既に回り回った炎がその勢いをどんどん増している。
炎の海の中で、満足げな顔で倒れている男の胸ぐらを掴んで持ち上げる。

「ふざけんじゃねぇっ、お前の個人的な恩義で大勢の命を奪っていいとっ、おいっ、起きろっ」

ぐったりとして返事がない、意識を失っている。
都合のいいこったな、この年寄りがっ。
憤りを隠せないまま、手前勝手に自爆を試みた男を何度も揺さぶる。
死んではいないが、先からの消耗で気を飛ばしてしまっている。
どのみち、このままここに居ては死ぬのは必定。
墨曜は盗賊を背負って出口を探す。思いっきり壁を蹴り上げるがびくともしない。
もともと閉じこめるためにおびき寄せられたのかもしれない。
そういう作りをしている。目の前には、鍵がかけられた扉、そして燃え広がる炎。

「どちくしょうがあああっっ」

ごうごうと、火炎が躍る。

つづく

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(09/01/02)