鈴音御使


「あら、手配書の悪党だわ」

「な、なにをいきなり」

「ヨウさん、失礼承知でおたずねしますけど、あなたバカですか?」

のっけから冷たい視線で暗闇に潜む悪党へと声を投げつけた。
酷く狼狽というか、泡を食った顔で墨曜は小娘に違う違うと弁明をする。
訝しげな顔で甘鈴は、黒い男を睨み付ける。

「なんだ、随分今日は機嫌が悪いな、おい」

「そういうわけじゃ」

「まぁ、いい、それよりもだ、いよいよだシッポを掴みつつある」

「しっぽ」

甘鈴は黙った。暗闇に踊るようにゆらめく、墨曜の瞳を見つめる。
表情まではわからない暗さ、だが、墨曜の側から甘鈴の顔はよく見えている。
何かあったのか、表情が沈んでやがる。
墨曜はその少女の若い表情を真剣に読み解く。
その上で敢えて先手を取った墨曜の言葉が続く。月が無い夜。
それでも藪の中と外とで光量がまるで違う。青白く浮かぶ娘の顔を見据えて話す。

「今日の昼に敵と接触した」

「姿を見たの?」

「いや、面は拝めなかったが左利きらしいクセは見た、あと傷を与えた」

「左利き、怪我を、させた」

「逃げられはしたが、盗られた乾貨は取り返した」

「乾貨を、獲った」

「かなりの手練れだった、さらに、俺より歳を食ってる風だ」

「手練れで、ヨウさんよりおっさん」

「おっさん言うな」

思わずつっこむ墨曜だが、知った風ではない小娘。
じっと何かを考えている様子で耳を傾けている、いや、
今のツッコミ聞こえてないから聞いてないのかもしれない。

「俺の方の収穫はそんなもんだ、まぁ、その代償にあのザマなんだがな」

「手配書、さっき私も見たよ、旦那様が持ってた」

「用意のいいこった」

「働き者だからね、旦那様わ」

間が取られた。

「じゃ、私からの、報告を」

また間が入った。
その不必要な文節に不審を覚えるが、墨曜は気付かないふりをしつつ、
ただじっと、その娘の瞳を見つめている。甘鈴はその目を見つめ返し、話す。

「まず手伝いの姐様なんだけど、三年前の政変で不幸を被った人でした」

「不幸?」

「親を亡くし、妹さんと外道に捕まって酷い目に遭ったそうです」

「そうか、辛いことだな」

「そう、宰相様と天帝様の喧嘩が、大きく民草に波及しているのがわかりました」

非難。
墨曜は怒鳴りつけようかと一瞬怒気を含んだが、
それを抑えさせるに充分な視線が、甘鈴より向けられている。
黙らされた、小娘といえでも、鈴だな。
おっさんはそんな事を考えた。娘の言葉は続く。

「それでも、今の幸せ、いや、ここで働くことが幸せだと感じてそこに安心しています」

「そう、か」

「料理人の劉さんも、今は自分の料理がどれだけ美味くなるか、それに苦心して、
日々、辛い修行を続けているみたいです、右手が不自由なのに頑張ってます」

「…」

「みんないい人ばかり、そして二人ともやっぱり三年前の政変で人生を変えてしまった」

「何が、言いたいんだ」

たまらなくなった、というのが正解だろう。
年端もいかない娘にトゲトゲと突き上げられ、音を上げたような感じで聞き返した。
口喧嘩でなら、負けたということになるだろうか。
墨曜は苦々しい顔で、喋り続ける小娘の顔を睨んだ。
いつになく強い目つきで睨み付けてしまう。
どっちが子供だかわかりゃしねぇな。だが、
その視線から決して逸れるコトのない瞳、なおも女は言葉を続ける。

「旦那様は、旦那様なりの平和を考えて、民草を考えて今頑張っています」

「当然だ、県令はそれが仕事だからな」

「ええ、仕事熱心な方で、こうおっしゃいました『天帝方は治世を知らぬ阿呆ばかり』と」

黙らせよう。小娘にこの任務は重すぎた、バカ野郎。
幼すぎる、そういう情に流されてしまい、挙げ句信奉すらしかねない。
若いというのはそういう全てにおいて危ういんだ、だから、
ガキを争いに巻き込むのは嫌いなんだ。
墨曜は瞳の色を、いつものおどけたそれとは間逆に染めた。
目の前で得意げともとれるほど揚々と喋る娘に憤りを最早留められない。
バカ野郎と、誰を罵ったのか、それは後で考える。
ぎり、奥歯を噛む音を頭の後ろで聞いた、己の歯噛みに足を踏み出す。

「その後『邪魔をして困る』と言いました。
間違いなく、昨今の盗賊騒動の首謀は県令です」

「!」

「更に、先の話から推測するに盗賊は料理人の劉です。
手負いであり右手が不自由と、風体も先ほどの話に合致します。
彼は三年前の政変で、鈴音御使の掃討も担当した模様、相当の腕前でしょう。
本日、おそらくはエモノであったと思しき、乾貨も持ち帰って来ました。
証拠として、それなりの説得力があると思います」

「…そうか」

「以上、私的な推測を含みますが、報告終了、です」

ぎゅぅ、結んだ口元を見た。
墨曜は踏み出した足を止めず、その声を耳に残して、甘鈴とすれ違うようにして側に並んだ。
顔は見えない位置に立った。墨曜の肩くらいまでしか背が無い。
小さい女の子だ。
そんな子のきりりと背筋を伸ばした姿が、月の無い夜に溶けている。

「あ、あとは」

「よくやった、任せておけ」

ちりん。
鈴の音が闇に波紋を投げた。
墨曜の気配が無くなり、甘鈴はその場に崩れるように座り込んだ。
自分の鈴を取り出す、目の前に下げて振る。
ちりちりと、切ない音が鳴る。なんてことはない鈴の音。

災いをもたらす南鈴の音。

音の主に彫り刻まれた、己の名前を見つめる。
まばたきをした途端、頬を涙が伝い落ちた。
酷いよ劉さん、足を洗ったとかって、そんな夢を嘘として語るだなんて、だけど、

「ごめんなさい、劉さん、姐様」

もっと酷いのは私のほうだろう。
呟いた声は、鈴の音よりもか細い。

つづく

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(09/01/02)