近江の長野家に伝わる法秀院(一豊の母)が使ったとされた青銅鏡と鏡函のふた
「その母公の所持せられ給いし鏡のごときは青銅製肉厚の円鏡にして、決して当時のものにあらず。」
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「一豊公紀」
より─
沼田頼輔・山内家史編纂主任
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