クォーツ
バガン!!!
静寂が訪れる、とてつもなく大きな音が周りを襲った
叱りつけられた後のような、耳にツンと緊張が残る
寸前に聞いた凄まじい破壊音は、その危険さを推察するに十分
夢にまで見てしまうような壮絶さをはらんだ
「ま、まずいよ…」
小さく呟いた、声は震えている
眼前で倒れた子供を見て、目撃した子供達は一様に暗く視線を落とした
倒れたというよりも、壊れたように見える
投げ出された雑巾のようにして、男児が一人動かない
やがて、血がにじみ始めた
「み、耳から血が出てる、これ、絶対やばいって!」
倒れた男児はの瞳はうろんと上を向いている
意識を無くしているのだろう
狼狽えている何人かの子供と別に、その倒れた男児の前に
立ちつくし、見下ろしたままの女児がいる
彼女がそうしたのだ
呆然と、自分がしたことを確認している
そう見える、泣いたりしない、じっと、目の前で紅く染まっていくものを
見下ろしていた
☆
戦車の整備士になろう
物心つく頃には漠然とそう思って過ごしていた
戦争は生まれた頃からずっと続いていて
それでも、世の中は疲弊せず、
お母ちゃんはオヤジを元気に送り出し、
オヤジは家族に手を振って仕事に出ていく
仕事は戦争だ、違う、人生が戦争だ
野菜を作るという食糧調達任務、衣料や嗜好品を作るという後方支援、
道路や鉄道を整備する兵站構築などなど、当たり前の話だ、数え上げるのも恥ずかしい
ばたばた人は死んでしまうし、ぎゃあぎゃあ新しい子供は生まれてくる
サイクルが早いんだから、戦争していてもさほど不経済じゃない
土地だとか、いい武器だとか、何を奪い合って生きているのか
もうよくわからなくなっているけど
年がら年中そうやって、一生を慌てて駆けていく
戦車整備士を目指していた少年は事故にあった
それはとても不幸な事故で、彼の人生はここで閉じかけていた
閉じておけばよかったのだ
そんなことを、最近になってようやく、笑い話に呟いている
年齢は26を数えた、新兵として働いて10年、それなりに生き残って
また、最前線に送られていく
幼稚園の時、殴り倒されて生死の境を彷徨った
その元凶たる女のもとへと、部下として配属されている
彼女は「いい所」の出だったから、
彼は「平凡な所」の出だったから、
あの事件は不幸な事故となるべくして落ち着いて、
彼もまたその事実を受け入れて、戦車の整備兵として働く
☆
「シュウ」
「なに?」
女将校が二人出陣前の中枢に陣取る
シュウと呼ばれた女が、くだんの殴り倒した女だ
髪は黒く長い、ストレートで実に美しい
戦車隊の隊長を務める、立派な指揮官だ
もう一人の女は、それの同僚にあたる
階級は同じ、だが、こちらは純然たる戦闘員だ
指揮は現場指揮のみ、自ら先頭を切って敵をとっちめる
「あんた何使ってんの、きれーな髪」
「別に配給のリンス使ってるだけよ、あんたは染めすぎなんだよ」
「だって黒髪なんて目立たないっていうか、ほら、暗いじゃない、あと美人じゃないと似合わないし」
「バカにしてる?」
「褒めてんだよ、シュウはいいよねー、顔の作りもステキ、あんたのためならなんて雑兵が…」
「くだらない話だけならそろそろ準備に向かっていただけるかしら、サノ操縦士」
「…初めての30人指揮、どう、緊張してる?」
「別に、教練と一緒じゃない」
「そうそう、そうやって平然とした顔つき、いいね、絵になる、立派な司令官だね」
「まだ、指揮官よ」
「なにすぐよ、あたしがついてるからね、武功一等はうちの部隊で貰おうね」
にやにやしながら、サノがシュウの頬を撫でる
サノの陽光を思わせるボリュームある髪がふわふわと揺れる
今は少し茶の強い金色に染めている、まさに太陽のそれといったところだ
軍服の濃い緑とよくあって、こちらも負けずステキな女に違いない
だが、黒髪が似合うそれではない
5人一組の6部隊を率いる
6つのユニットを動かすのだから、なかなか複雑なそれになる
今回はディフェンス、3つが戦車兵、1つが整備兵、2つが歩兵だ
3両もの戦車というのは壮観だ、各々好きなように改修をしている
通常部品を揃えるなど、様々なことを考えたらこんなバカは絶対通らないのだが
国民性か、同じ部品を勝手にカスタマイズして、だけども基本性能は変わらない
などという無茶を通している
「さて、作戦行動に移りますか、指揮官殿」
「よしなに」
サノは首にかけた紅いクォーツを手に握る
それが戦車のキーであり、動力源であり、サノの命そのものだ
シュウは青いクォーツを持っている
それは腰の刀、その目釘に埋められている
根っからの歩兵気質、歩兵は槍と刀で闘う
「歩兵大好きのあんたが、うちの虎の子戦車3両も率いるた、楽しみだね」
「なんなら、全員降りて闘わせてもいいんだよ?」
「はっ、そんなに近づけさせるもんですか」
笑いながら戦車の女が自らの車両へと向かった
中枢、ただのテントでしかないが、その中に涼しげな風が通る
シュウの黒髪を弄んで、どこかに吹き抜けていく
一人残されたように感じるが、腹は据わっている
「まったく、よけいなことを」
手のふるえが無くなったことを確認、台詞とは裏腹、
サノに感謝を向けつつ、時間を気にする
まもなく敵が見えるだろう、斥候が駆けつけてくるだろう
その時の第一声、昨夜までに練りに練ったその台詞を
たった一言呟いただけで、役目は終わる
一言だ
自信に満ちた目で戦場を見下す
いつかと同じ目で、眼下にあの青年がいるなんて
まるで知らないままだ
「敵、歩兵、50!位置は予測方角と一致!」
斥候が戻ってきた
こちらもクォーツで動くバイクに乗っている
正式には6本足の移動兵器だ、ぺたぺたとマヌケな姿だが
なかなかのスピードで走る、車輪と違って砂埃が立たない優れ物だ
「迎撃行動開始せよ」
声に呼応して、戦車三両が展開する
こちらはキャタピラだ、武器は「投石」、操縦には3人が必要、残り2人が投石手
ぎゃらららららららら、派手な音で移動をする
現在窪地に隠れているという様相だ、敵から見えないが、敵を見ることもできない
しかし、それでも3両の投石はことごとく敵を駆逐する
自信はまるで揺らぎなく、事実をそのまま横たえる
戦場におびきよせた、いや、やってきただけで完遂している
それだけの準備を行っていた
彼女自慢の歩兵がわずかばかりの迷路をこしらえた
ただそれだけで十分だった
罠にはまった敵兵は、決められた通りに落ちてきた石によって粉砕された
「敵影見えません、退却行動に移った様子」
「了解、作戦終了、各員厳戒態勢を解除、戦闘勝利を宣言します」
透き通る声でシュウは放った
その声に兵隊が声をあげる
戦車からうろうろ人も降りていく、とりあえずの小さな勝利に
全員で喜びを見せる
「つまんない仕事ー、まったく、活躍もなんもないわね」
サノが一人ぶーたれる
戦車の窓から指揮官殿を見上げる
涼しげな笑顔で隊員に手をふる、凛々しいがやはり
「やっぱり美人は得だな、アイドルじゃない」
吼えている戦車兵に混じって、一人そちらを見上げていない整備兵を見つけた
はて、少し気がかりに思ったが、マメで仕事熱心な男なんだろう
その程度で捨てた、事実、彼はすぐに戦車の整備にとりかかっている
緑のクォーツを首から下げている
彼の名前はゴロウザ、平民らしいテケトーな名前だ
がんばろー、おー
(09/07/21)