クォーツ


洛北の姫様

シュウという名の黒髪の女はそう呼ばれている
まごうことなき、京都名門の出
名家の小娘などと揶揄できない、気位と実力が並んで高い御仁だ
いつ、本隊が瓦解するかわからない現状、
彼女なら京都北部を統治する独立領主になれる、それだけの器だ

各地方はそれぞれ中央から派遣された領主に治められている
京都に集約された強い権力組織は、まもなく破綻をむかえようとしている
時代とはそういうものらしい
強い絆は断ち切られ、築き上げた組織は脆くも崩れる
全ては腐敗という名前で片づけられる
実際そうなのだ、誰かが言ったとおり、水と一緒だ、滞ると腐る
中枢を担うそれこれは代替わりをする度に愚鈍化し、
やがて驕ることが仕事とあざける阿呆に成り下がった

シュウは、その中枢とは少し距離を置いている
親は中枢にどっぷりと浸かっている、そして他の兄妹も中枢に入っている
どちらかというと、彼女は外の子供という扱いを受けている
冷遇にも見える、妾の子というでもない、しかし、扱いはそれだ

だけど、それがよかったのかもしれない
あるいは、そうなるのを彼女の親が予見していたのかもしれない
もう、腐敗に呑まれた彼女の両親から、その真意を聞く機会はないだろう

「おめでとうさま」

「ありがとう、サノ」

「ほとんど働いてないよ、滋賀作如きに遅れるもんかよ」

「そうだけど、それが比叡山超えてくるんだから、まぁ、考えないとねぇ」

滋賀から京都へ入るルートは、山科を超えて東山から入ってくる道だ
しかし、ここは門番として御東様が鎮座している
これら仏衆が関のごとく待ちかまえており
易々と抜けられるものではない
そこで考えたのか、あるいは、その仏衆と仲が悪いからか
比叡山を巻き込んでの北ルートというのが最近出来た
そこからちょろちょろと湖西の田舎者が入洛を果たそうとやってくる
京都の都域に入れば、賀茂、天神、平安と名だたる神衆が
凄まじい武力をもって鎮圧をはかるわけだが
その前に、シュウやサノが北を護っている

「たまには見過ごしてやってもいいんじゃない?どうなるか面白そうじゃん」

「その役は私じゃないだろう、近い内に南で起こるさ」

「伏見?」

「いや、宇治のほう」

「平等院が?」

「噂話よ」

シュウは面倒そうにその話題をそこで止めた
それよりも彼女には仕事がある
部下達の前に顔を出さなくてはならない、凛々しく、それを煽らなくてはならない

現場は戦勝のムード一色となっている
華やか、そんな言葉がよくよく表している
誰も彼もが、浮かれているというよりも、生きている喜びを
最大に発揮して、その象徴である姫様を担いでいる
担がれている御仁は、そのやり様に応えるように
笑顔で手をふる、それだけでアイドルは十分だ
安っぽく、みんなありがとー、なんて、
そんなことは絶対に言わない

明るく、煌々と輝く日の下で、一人の男が陰鬱に歩いていく
足の運びに癖がある、動きがぎこちない
どこかが不自由だ
そう、見た人が思うような動き方をしている
その動作のまま、ずるりずるり、ひきずるように
体を左右に振りながら、戦車にとりつく

ゴロウザ、片目と片足の自由が利かない、あわれな整備兵だ

緑色の石を首から下げている
笑顔はない、ただ、戦車の様子に大事がないか
それだけを気にしているという表情を作っている
実際は、もっと複雑な、形容のし難い感情を渦巻かせている

それは怒りに似ている

かつて、自分をこのような体にした名家のお嬢様
その下で、せっせと働かされているという自分
生きていく以上、どこかの組織で、人間として、人の間に居なくてはならない
ごく当たり前のこと、生まれたから生きる、そうするためには
洛北の姫様のほか、頼るものを知らなかった、因縁など、ちゃちなものだ

感情的な思考が駆けめぐっている、早い話、
酷い目に遭わされた相手に、頭を垂れて雇われなくてはならない
やりきれないというのが、比較的近い表現だ
しかし、いつまでもうじうじさせてくれるほど世の中は甘くない
個人的な我が儘という言葉で、それらの私情は姿を失い、
ただ、世間に振り回されて、ふりほどかれないようにしがみついていく

「あれ、土竜(モグラ)じゃん」

「サノ少尉、ご無沙汰です」

「相変わらず辛気くさい顔してんなー」

そら、あんたと比べられたら誰もがそうだよ
ゴロウザは思うが口には出さない、モグラというのはあだ名だ
なんとなく、ゴロウザのことをよく当てている

「そうか、整備隊はお前の所のか、前の所はどうした?」

「全滅しました、山城戦で総崩れ」

「山城?そうか、南隊に居たのか、しかし、全滅なんて話は…」

訝しげな顔をする、ゴロウザはそれ以上語らなかった
少し動きに不自由があるとはいえ、年齢と経歴から整備隊の隊長を務めている
それなりに目端がきく、戦闘部隊隊長にどの程度の情報を与えるべきか
それくらいはわきまえている

サノは上位階級に所属しているが、兵卒あがりだ
実力でぶんどってきただけに、ゴロウザのような現場と話があう、だから親しげだ
前線では心強い指揮官の一人だろう
以前、別の戦場で整備をまかされたことがある、その頃から
サノの紅車といえば、武名轟いたものだ

「お前、何人連れてきた?前隊が全滅ってことは減ってんだろ?」

「そうですね、前々からのは5人だけです、あとは新兵というか…」

「どうした?」

「いや、寄せ集めばかりで、洛北の姫様とやらもその程度かなんて思って」

「シュウの悪口はよしときな、周りも五月蠅いが、なにより、あたしが怒る」

目がマジだ
ゴロウザは反省を催しつつ、その軽口を止めた

「寄せ集めなのは、色々理由があんだよ、ま、楽しみにしてな」

わずかな情報交換
サノは慌ただしくでもないが、姫様を迎えにいったようだ
残していった台詞の内容が気に懸かるが
ゴロウザとしては、自分の仕事をまっとうするだけ
いい加減に戦勝気分に浮かれた隊員をどやしつけないといけない

「ゴロウザ隊長」

「?ああ、お前か」

少年とは言わないが、随分若いのが声をかけてきた
最近、部下としてやってきた見ず知らずの男
名前はカラタチ、小柄だが、足腰は強い、漁師の出だという

「ちっとも嬉しそうじゃないですね」

「そんなことはない、それより仕事だ馬鹿野郎」

寄せ集められた中にいた一人
ただ、他の寄せ集めと違い、いち早くゴロウザに近づいてきた
世渡りがうまいのかもしれない
ゴロウザは注意深く部下を値踏みする

「お前、漁師とかいってたが、そもそもどこの出身だ?」

「愛媛ですよ」

「海軍県か、なんでまたこんなところに」

「三男坊なんですよ、食い扶持がないから稼ぎにきたんです、海より山のほうが好きですし」

「そうか、稼げるかどうかはわからんぞ」

「そうですか?なんだか、きな臭くて面白そうじゃないですか」

ゴロウザは黙った
若いヤツらしい考え方だとも思う、現状のこの不穏な情勢
そして食い扶持がないという身分を考えると
何か、機会じゃないかと思ってしまうものだ
実際は、そういうのに乗っていくんではなく、自分で漕いで進むのが正しいだろう
説教はせず、自分の意見を飲み込んで仕舞う

「しかし、姫様は、流石姫様って感じですね」

「なんだそれ」

「いや、美人というか可愛いというか、あれは、いいなー」

屈託のない笑顔で若者は痴れ言を語る
辟易した顔を見せて、年寄りは力無く対応する

「そういうのはやめときな」

「みんな言ってますよ、俺が一番言ってるけど」

「サノ少尉が怒るぞ」

「え、そういう関係なんですか?あの二人」

知らねぇよ馬鹿野郎
こういう無駄以外の何者でもない会話が苦手だ
ゴロウザは、口を真一文字に結んで仕事に没頭した
返答を待っていた若者も、そういう雰囲気がなくなったと諦めたのか
側で手伝いを続ける、戦勝ムードもとりあえず収まってきた
夕暮れが近づいている、紅く空が染まり
西日に照らされて、じんわりと汗をかいている

「では、警戒態勢は維持の方向で」

「了解いたしました」

ゴロウザが声に顔をあげた
その動きを察知して相手方もゴロウザを見た
二人の目、視線が交錯する
洛北の姫、傍らにサノもいる

「おろ?シュウも知ってんのか?」

「え」

ちょっと狼狽えたような表情を見せた
サノが小さくゴロウザに合図を送る
カラタチにそれを伝えて、ゴロウザと二人、シュウに向かって姿勢を正す

「ゴロウザっていって、なかなかの整備士だ、色々不具合が多いんだが腕は確かだ、
何より長生きだしな、な?」

「はい、サノ少尉にはモグラと呼ばれております」

「モグラ…なるほど、そんな感じだな」

失礼な
そういう感情が働かない、眼前の人とはいつか、
必ず聞きたいと思っていたことがある
それは、そのような台詞じゃないんだ
ゴロウザは己の瞳の色がどうなっているか不安になった
怨嗟や、怨念の類が、漏れていないか

「隣のが若手だとか言ってたヤツだな、シュウの下にはこういうのが増えてんだ、顔覚えてやりな」

「かような小さな陣容で、部下の顔名前を知らないとは申し訳ない、今更だが、
洛北鎮守のシュウだ、見ての通り、女としてはトウが立ってるが、士官としては若すぎる、助けて欲しい」

「あ…」

「ありがとうございます!!、姫様のため、粉骨砕身の働きをご覧にいれます!!!」

ゴロウザが言う前に、カラタチが唐突に吼えた
テンパってんじゃないのかこいつ
それくらいの轟音で敬礼まで見せている

「名前を聞いてもよいか?」

「は、はい、愛媛出身の現隊整備所属カラタチであります、好物はミカンであります!」

「そうか、私も柑橘は好きだな」

「ほ、本当でありますか!」

その後、実家からミカンを寄越させるという話でもしようと思ったのか
さらに何か語ろうとするところ、ゴロウザが流石に黙らせた
サノの目が冷たくなっている
うまくこの場を回すには、少々残念だと思いつつ、ゴロウザも自ら名乗ることとする

「申し遅れました、現隊整備隊長をつとめておりますゴロウザであります、
まだ着任して間もないためご挨拶もできておらず申し訳ございませんでした」

「いや、結構だ、私もずっと留守にしていたからな」

「私も、先にサノ少尉がおっしゃられた通り、腕と目がうまくいきません、それでも精一杯務めさせていただきます」

「ありがとう、苦労をされたのだな」

は、
ゴロウザは思わずシュウの瞳を見つめ返した
シュウはそのままの表情を続けている、目の前の部下を見る眼を晒している
覚えて、いないというのか?
とぐろを巻いたゴロウザの心根が、うねり始め瞳を揺らす

「はい、幼少の頃、剣術教練の際に事故で…」

絞り出すように告げた
それを聞いても、シュウの表情は変わらない
いや、かつてのそれと重なるように見えた
おそらくはゴロウザの心持ちのせいだったのだろう
その場で、何一つ違和感のない表情だったのだろう
カラタチはその二人に何も不思議なことを覚えなかったというのだ

「そうか、励んでください」

高い位置から見下ろしている
物理的にそうなんだから、それ以上の意味はない
ゴロウザが心の中で必死に己自身の説得を続ける
しかし、全身を襲う何かが、凄まじく走り回る
そうとも知らず、ことを終えたというわけか、シュウとサノはそこをあとにした
カラタチが凄い笑顔で送り出した、ゴロウザも同じように敬礼を続けている

「シュウ」

「なに?」

「ゴロウザのこと知ってた?」

サノが聞いた
話題の人とその部下には聞こえないようにそっと

「いや、知らない」

シュウははっきりとそう答えた
夕焼けに向かっていく
ゴロウザはあの時をはっきりと思い出している
あの時紅かった世界は、己の血だったか、この夕陽だったか
記憶はもう、曖昧になっている
ただ、強い、感情だけは忘れることはできない

つづく

もどる

いきなり連載終了ぽい具合で困った
(09/09/27)