<−第九夜

誰も思いもしないところで
話はとんとんと進み、あれよあれよと解決へと向かう
なるほど、女の世界はともかく忙(せわ)しい
煩雑で、強欲で、意固地で、抜け駆けの機会と裏切りの時機
そのさぐり合いが続いているわけだ

「やぁ、浩之、どうしたんだい?」

「ん、ああ、雅史か」

浮かない面長は、かりかりと頭をかいて
相変わらず気怠そうに、使い道を見いだせない背を高くそびえている
友人の猫っ毛は光を受けて、不思議な色に輝く
茶色味を帯びた、極めて日本人らしい瞳で
相方の表情を見ている、言葉は彼のものだ

「何かあったの?元気ないね」

「いや、俺には何もねーんだが、周りは色々あったみたいでな」

「何言ってるかわかんないなぁ、浩之は」

「なあ、雅史・・・」

「?」

「いや、なんでもねぇ」

面長は一瞬、何かを訊ねようとしすぐにためらって、やがて辞めた
それが何かを友人は追求せず、ただ
茶色のガラス球に光を一筋落としこんで、その様子を観察している
どうにも何かあった様子だが、自分からは語らない性質だ
友人は、詮索するでもなく推理をする
情報は少なくない、おおよそ最近の事柄を思い出して一つずつ確かめていけば
すぐにその答えが返る

「女の子?」

「うへ」

「まったく、モテるから凄いなぁ浩之は」

「そういうんじゃねぇだろ、そんなのだったら雅史のほうがモテるだろう、サッカー部で有名だってな?」

「なにそんなワイドショーに躍らされたみたいな事言うんだよ」

「は、確かにそうだが、実際雅史はモテるだろう、客観的に見てそう思うぜ」

「はは、ありがとう、褒め言葉と受けとくよ」

こんな会話を続ける友情がとても心地よい
快い空間に身を置いて、やはり男友達の楽しさを悟る
当たり前のようにガキの頃から続けてきたが
色気づいて手を出した、異性とのいざこざの楽しさは
どうにも、この領域には届かない、別の何かのように思えてしまう

「雅史、そういや、お前一年の子と付き合ってんだって?」

「早いなぁ、志保?」

「だからお前は有名なんだよ」

「なんだかな、まぁ、確かに付き合ってるけど、うん、可愛い妹みたいな感じだよ」

「そいつは、アレだな、可哀想な話だな」

「そうかな?浩之ほどじゃないよ」

「お、どういう意味だ?」

「浩之こそ、噂は聞くよ」

「噂・・・・になってるのか?」

「そりゃそうだよ、学校の子とそうなったら必然じゃないか、相手がほら、ますますさ」

面長は黙りこくって、少し視線を落とした
自分の中に問いかけている風の表情を晒す
友人は、それを変わらぬ茶色の瞳で見つめる
にこにことしているわけではないが、そもそもの作りが笑顔なのだと
信じさせることができる表情が風のように穏やか

「別にどれがどうってわけじゃねぇんだよな、なんというか目の前は本気なんだよな」

「男理論だね」

「雅史は違うのか?」

「そう言われると立つ瀬が無いなぁ」

「ま、そういうことだよな、実際のところさ」

面長は、仕方ないという顔でその理論を展開していく
友人は、これも仕方ないという顔でその理論を清聴している

「目の前で困ってる女の子が居れば、それは助ける」

「うん、そうだね、そしてその結果」

「ああ、そぉいう関係になったとしても、それは遊びとかじゃなく、その時点、その段階では本気なんだな」

「都合がいいけど、実際、そんな時は他の事考えないもんね」

「まったく、ふしだらで不誠実なことで、困ったことだけど、仕方ねぇよなあ、そういう性質なんだから」

「まぁ、でも、あんまりそれに忠実すぎて、他の女の子を傷つけたら意味ないけどね」

「それなんだよな、そうなるかもって思うが、目の前の子を放っておく後ろめたさがなぁ」

かしっ、ジッポから橙色の火が伸びる
躍るようにゆらめくそこへ、タバコの先が突き刺さる
実態が無いような、透明で、物質というのとは違う気がする
その炎という空間に身を投じると、すっかりとタバコの先は
暑い熱いと言うでもなく、叫ぶでもなく、ただ身を焦がして
やがて己もその欠片を纏ってくすぶる、匂いはともかく、煙があがる

「目の前の困っている人を助けることが、今後その人の為になるのかとか」

「そんな理路整然としたことじゃねぇんだよな、理屈じゃねぇってのはバカだけど、そうじゃんかなぁ」

「浩之は優しいからね」

「それが残酷なんだとよ」

「そんな事言われてみたいものだよ」

「何言ってやがる、雅史だってその内」

「ははは、そうかもしれないね」

友人は、勝手な理論だと自分のことも含めてよくわかっている
面長は、課ってな理論だと思いつつそれを説き伏せるだけの説得力が
目の前のことを捨てておけないということに帰結している
だから彼はそれを重ねていると釈明する

「でも、まぁ、浩之も色々大変だよね、まだ言われてないかもしれないけど、これから」

「・・・・だなぁ」

「あ、未来予測ができてる?」

「そりゃ・・・というより、それを忠告してくれてんだろ?雅史」

はは、
渇いた笑い声が聞こえるような、しょうがないなぁという表情で友人は答える
何も言ってないが、それだけによくわかる
面長は心底困った顔で、この状況に身を置いている
どれだけ彼の論理が覆されようとも、それを譲れないという意地を確認している
ただ、その意地というのも、力の前ではどれだけ無力かを彼は知らずに居る
だから、警鐘を鳴らすためにも友人は側にいる

「しかし、女ってのはわからないな」

「浩之・・・」

「いや、雅史、お前にだから言うけど、幼なじみで過ごしてきた奴をいざ女と見ようとするってのは、なかなか」

「うーん・・・・」

「なぁ、雅史、お前から見て、どう思う?」

「どうって?」

「意地が悪いな」

「そういうんじゃないよ」

歯切れ悪く会話は続く
嫌な話題だが、それでも逃れることができないと解っている
だから面長は、避けられないまでも、もっとも回避しやすいだろうと踏んで
友人にこの話を持ちかけている
自分の中で整理できない、いや、するのが怖い
することで何かが終わる、そういう予感めいた恐怖から逃れるため
ただ時間稼ぎのこの話題を彼に振る
彼との他愛の無い会話で、考えたふりができれば、それでまた
少しの時間が稼げる

「雅史の、その一年の子ってのはどうして?」

「ああ、なんかサッカーの試合をさ、ずっと見てくれてたんだって」

「そんなの、もっといっぱい居たろうに」

「うん、でもなんていうのかな、本当にそう言ってきてくれたのはその子が最初だったんだ」

「なんだ、先着順かよ」

「だから、僕はモテないんだからそうなっちゃうよ、どうしたって、浩之みたいに、色々けしかけないからね」

「言われる言われる、いやだいやだ」

「ふふ、まぁ、本当の気持ちをぶつけられるってのはやっぱり、さっきの浩之じゃないけど揺れるよね」

「まぁなぁ、俺の場合は無意識の内で、そうなるのを想定してそうさせている気がするけどな」

「・・・・浩之」

「ああ、ずるいって解ってる、こうやって言い訳してても一つも誠意が無ぇってな、でも、そういう性質なんだよ」

「苦労人だね、浩之は」

「男は苦労したほうが、渋みが増すんだよ」

煙がふぅと上がる、相変わらず白い煙で
なんだか下品に見える
ばぁっと広がるだけ霧散する
昇るわけでなく、ただ、生臭い息の一つでしかない
そう思うような広がりがふあっと周りを囲んで、また元に戻る

「浩之」

「?」

「タバコ変えた?」

「え?ああ、前の無くしちまってな」

「・・・・」

「・・・・・ああ、嘘だよ、変えたんだよ」

「ごめん、追いつめてるわけじゃないよ」

「知ってる、雅史はそういうのすぐ顔に出るからな、これは」

「’妹さん’のだろ?」

「まさし・・・」

「ここまで知ってるのはどうなんだろう、当事者達だけだろうって僕は思うよ、多分志保も知らない」

「当事者って」

「その界隈ってことだよ、気付いてたろ?来栖川先輩の時とかに」

「・・・・・・・」

「ばつが悪そうな顔するなよ浩之」

「続けてくれ、悪ぃ」

「うん、まぁ想定してたんだろうし、今日は、その話をしに来たんだろうから言うけど」

友人は初めて、表情が笑いのそちらから
怒りの側へと移った、ベクトルはそういう方向だ
ただ、怒っていると短絡できるほどの顔じゃない
真剣な顔で、でも、笑顔を連想させるパーツが全て隠れた
だから、怒り、という言葉に間借りしている
そういう表情だと思われる

「当然、あかりちゃんも知ってるよ」

「そうか」

「ま、その効果が出つつあるんだろうね」

「・・・・」

「僕も幼なじみの独りだからね、よくわかるんだ、それに」

「そうだな、昔は二人で好きだとか言ってたもんな、悪い」

「謝るなよ、浩之」

「まぁ、な」

「女の子は敏感だからね、みんな薄々気付いているんだ、その上で浩之には伝わらないように見せかけて、
その実見えるように、策謀が飛んだんだよ」

笑顔が戻った
苦笑という形で
ふと、面長の手元でじじっと音がした
熱さを感じたらしく、すっかり灰の塊となったタバコを
鬱陶しそうにもみ消す、次のをガサツに探す
そこへ友人が別のを進める

「雅史、お前スポーツマンなんだから」

「ああ、貰っただけだよ、僕は吸わない、好きじゃないからね」

「そうか、じゃ、貰うぜ」

シボ、またジッポが泣いて火が灯る
煙があがる、不自然な軌道で昇っていく
少し、苦い顔をして面長は、タバコを口から離す
その口から煙が横へと漏れる、なるほど確かにこれは渋い

「雅史、お前、アメリカンスピリッツなんて吸ってんのか?誰だよ、こんなの薦めたの」

「癖があるらしいね?」

「なんつーか、ダメだ、俺はJTのじゃないとな」

「僕にはよくわかんないよ、辞める?」

「いや、これはこれで味がある」

言いながら、どう見ても馴れてない様子で
その葉っぱから煙を吸い込んでいる
恥ずかしいからむせ返るようなことはしないが
久しく抑えていた濃いタールが喉を灼く

「久しぶりに重いな」

「その軽さとメンソールで足がついたんだよ」

友人の声が、頭によく響く
久しぶりに吸う、12mgは脳を、意識を司るあたりを
クラクラとさせて、目眩を引き起こすほどだ
ただ、それも二度ほど大きく吸ったら、和らいだ
むしろ、それが気持ちいいと思うようになった
ぐらりとくる脳髄、自然と頭を後ろに
顔を天に向けて吸ってしまう、まるで線香のように
口元から昇る葉の紙巻き
また線香と同じように、ゆっくりとした軌道で蒼い空に煙が吸い込まれていく
香りも悪くない、英国人が不味いと捨てた理由が解る
濃厚な苦み、いや、重たさが喉と言わず、肺に、そして、なにより、脳にくる

「俺も解ってた、変えてすぐくらいだったと思うが、あかりの家でタバコ無くしてな」

「・・・・・」

「メンソールに変えたばっかだったんだが、そんなの忘れてて」

「・・・・・」

「今、思えばわかるという具合さ」

「まるで無意識だったみたいじゃないか」

「本当にそうなんだぜ、俺は酷い奴だからな、無意識で結局全ての女の子を平等に傷つけてる」

「かっこいい台詞だ」

友人の相づちは、そういう意志が込められているいないに関わらず
痛いと自覚できる鋭さをもって、彼に突き刺さる
酷い時は、突き刺さった先をぐりぐりとねじるようでもある
そうだ、言葉に酔って肝心なところを考えないようにしている
そういう自分が見えて、酷く辛くなる
その辛さを紛らわせるように、正当化するように
弱った女の子の近くに居たのかもしれない
それは弱った女の子を救いたいというよりも
自分の欲望を満たし
同時に
言い訳をする為だったんだろうと

「そろそろ辞めておかないと、色々辛いと思うよ」

「ああ、わかってる」

「結局、一つしか選べないんだよね、いや、選ぶってのはおかしいかもだけど、残酷さは同じくらい」

「そうだな、雅史」

ぐらりと自分の頭がふれたのがよくわかる
面長は、久しく口にしてなかった重い煙と重い話に
すっかりとやられた様子になっている
ただ、そのやられた中でも、むしろ、やられたからこそ
鋭くなってくる部分がある、推察力と洞察力、そして、勇気

「昨日のことだ、唐突に、綾香から別れ話をされた」

「・・・・」

「いや、別れ話なんてもんじゃないな、特に付き合うとかそういうのを
決めて始めたわけじゃなかったから、会うのを辞めようとかそういう具合だ、
お前の言う通り、いつかこんな日がくると思ってたし覚悟してたが、」

「・・・・」

「覚悟なんてちっぽけだった、実際は、より酷かったんだ」

面長はうなだれて言葉を続けている
友人はただ、ただ黙ってそれを聞き続ける
相づちをうつわけでもなく、聞いてないわけもなく

「言われた言葉は’こういうの辞めようか’それだけだった」

「妹さんが言いそうな具合だね」

「そう、いつもの通りの言葉だったんだ、だけど様子が明らかにオカシイんだ、
怪我をしたとか、体調が悪いとか、そういう物理的な表層じゃないんだ、ただ」

「ただ?」

「・・・・・・・・元気が、無い、いや、空元気なんだ」

絞り出すように言った言葉
それが引き金だったように、急に言葉は堰を切ってあふれ出す
いよいよ貯めていた根幹のものが露呈する
面長の人間の底が見える、暗く、深い、底が露わになる

「全く予想できないような一面を見せられた、その裏で何があったのか
俺の想像力では、どうやっても綾香をああさせないんだ、
何があっても、それなりに傷ついてもその傷ついた傷が見えるはずなのに
その欠片も見えないのに、目の前には、最悪の状態、だから怖いというよりもダメだと思った」

「・・・・・・」

「今までの、どんなことよりも一番堪えたな、これを俺が招いたのかと思うと
さらにな、なんというか、酷く疲れたんだ」

言うだけ言うと、一息ついたように
ぐったりとうなだれた姿勢のままで、友人に同意を求めた
いつだってそうしてきた気がする
意識してなくても、気付いたらそうしてきていた

「そうか、色々大変だったんだね浩之も」

「ああ、まったくしかもだ」

「?」

「トドメがお前、雅史なんだよな」

「ひろゆき・・・」

「あかりに言われたのか?いや、言われたんだろう?俺がお前を訊ねるからって・・・悪いな、そんな役を回して」

「・・・・・」

面長はゆっくりと煙を吸い込んだ
もう馴れたのか、いや、寄りかかるようにして
背中に壁の確かな感触を確かめつつ
肺いっぱいまで、脳に届くまでしっかりと煙を吸い込んだ
そして、少し貯めてから吐き出す

『でもね』

「まさし?」

『それは、浩之ちゃんが招いたことなんだよ、予想できなかったとか言えないんだよ』

「???????」

『誰を責めるとかそういうんじゃないんだ、もう抑えることもできないくらいまで』

「あ、あかり?」

『私は浩之ちゃんのことが好きなんだよ、どんなにされたっていいんだよ、大好きだもん』

「!??????!!??」

『わたしが身体を投げ出した後、それを避けて逃げた浩之ちゃんの、そういう繊細なところもわかってる、私は待ってるんだ』

「・・・あかり」

『でも、もう、幼なじみじゃ嫌なんだよ、もう、そんなのに押さえつけられないんだよ、浩之ちゃん』

「あかり」

唇が重なる感触がある
柔らかいそれは、それまで様々に経験してきたどれよりも
不思議と優しいと感じた
多分これも、今までと同じで、今、現在、目の前ということで
最高だと判断しているんだろう
ゆっくりと思いながら、ずいぶんと頭がぼっとしているのに気付く
いや、気付くというよりも意識が勝手にそこへと
流れ落ちたという具合だ
実際は、正気を保っているかどうかわからないくらい、ぐちゃぐちゃになっている

「ひろゆき、ひろゆきっ」

「・・・・・」

「しっかりしろ、ひろゆきってば」

「・・・ま、雅史?・・・・あれ?」

「大丈夫かよ、いきなり、なんていうか・・・困るよ流石に」

困った笑顔の友人を
なぜか彼は抱き締めている
呆気にとられて、白昼夢を反芻してしまう

「俺・・・あれ?」

「あれ、じゃないよ、いきなりそんなの・・・」

友人の困り顔がさらに困惑を強める
その様子からありありと解る
ああ、今柔らかいと感じた唇の持ち主は・・・

「わ、わりぃ・・・・いや、なんだ、ノリだよノリ」

「何がだよ、急に倒れるかと思ったら、本当」

「いや、すまん、マジで、そういうつもりじゃねぇんだ」

「当たり前だよ!」

怒る友人に少しだけ安心をする
これが、雅史じゃなかったら多分とてもとても大変なことに
面長は思いつつも、実際のところ
自分がそうしたと思うだけで、頭がおかしくなりそうになる
なぜ、しかも、雅史だからといって赦せる範囲とは到底思えないのに・・・

「疲れてるんだね、そろそろしっかりしないと、そういうの馴れてないんだよ、浩之」

「そうかもな」

「色々考えちゃうんだから、そろそろしっかりしたところで線を引くべきじゃないか?」

「ああ」

「僕はもう帰るけど、気を付けろよ、なんか足下ふらふらしてるぞ」

「ああ、ありがとう、雅史、じゃぁな」

ぴらぴらと手を振り面長は足取り重く去っていく
その背中を友人はじっと見つめている
何があったのか、とても他人には言えないこの時間を
静かに胸に留めて思う

浩之はこれで、あかりのものだろう

つぎ

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夢十夜の十夜目最後の一行
「パナマは健さんのものだろう」
を思いっきり意識してみました
まだ、九夜でそれをしたところに
自分の実力の無さがあります
十夜で、ろくでもないことになりますが、本当
大変申し訳ございません
誰にって、漱石先生に申し訳ございませんっっ

駄文、誠に失礼しました
R(05/06/26)