<−第十夜
マルチはセリオに恋をしている
「セリオさん♪」
こちん
「マルチ・・・さん」
こちん
いつも通りのうつろな瞳を背の高いメイドは携えている
いつも通り造り上げられたビー玉の瞳
いつも通り人間味を少し疑ってしまう、整然とした立ち居振る舞い
「まるでセリオさんらしくなりましたね」
こちん、へろへろ
「そうかもしれません、マルチさん」
こちん、へろへろ
「はわわ♪」
メイドはメイド同士
それなりに仲がよいものだろう
二人でゲームセンターでエアホッケーで単純で退屈なラリーが
機械が織りなすそれだと解るような、それにしては鈍くさい
一定のリズムでずっと玄関脇は支配されていく、こちん、こちん
鳴る音が、大音響にかき消されてもなお、止まらず、止まず、続く
長岡志保と保科智子は恋をしている
「せやからゆーとるやろが」
「うっさいわね、あんた黙ってなさい、一個も獲れなかったくせに」
「うるさいはボケっ、あんた程アホとちゃうねんてっ、ほら、貸しぃさ」
「ああああっ!!!あんたが横から口出すからほらっ、また取れなかったっ」
「ウチのせいちゃうやろっ、早よどきぃっ、その縫いぐるみはウチのもんやっ」
「あんた、時折すっごい性格変わるわね」
「るさいわアホ、黙っとき、集中でけへん」
「おまけに関西弁が、あたしにすら解るほどおかしいわよ」
「あああああっっ!!だぁかぁらぁ、黙れ言うたやんっ、アホ、ボケナス!」
「ほらこーたい、こーたい、メガネ娘には無理なのよ、今度こそ志保ちゃんが、ほら、どきなさい」
「次、取られへんかったら、覚えときや」
「あら、なにが?」
「な、なんでもあらへん」
「ふふーん、今夜聞かせて貰うわよ」
「ふん、いつまでも上におれる思たらあかんで」
「ほほぉ♪そいつは楽しみ楽しみって、ああああっっ、また畜生、アーム壊れてんじゃないの!?」
長岡志保と保科智子はそんな具合で仲が良いらしい
ただ仲が良いというのは、どっちかが上だの下だのと
それからもなかなかどうして忙しい、そこが楽しくもあり、切なくもある
松原葵は宮内レミィと恋について考える
「最近、綾香さんの元気が無いんです」
「そう?ソレデ?」
「え、や、何か知らないかなって・・・」
「ふーん、ソーリー、まだ何も聞いてないネ、どうしてだろうね?」
「はい・・・でも、なんだか、’ヘレン’は嬉しそうですね」
「そんなこと無いヨ?」
「う・そ」
つれない表情と睫毛がそう呟いて突き放した
その優しい突き放しの手のひらがレミィの身体にしとりと降りる
手首を強引に取りながら、レミィが身体を引き寄せるが
それでもなお、手はしなやかにかわす
つれない葵は格闘ゲームに執心で
しぶしぶレミィはシューティングゲームに没頭
「今度、綾香さんに会いに行こうって思ってるんです」
「ホワイ?」
「いえ、なんとなく、たまには私からって、ほら、積極性が必要だって言ってくれたじゃないですか」
葵が言うその視線はいつまでも変わらぬ
純真を絵に描いたままで
だけども、その内実はむしろ、ずっとレミィにとって
困難を提示すると同時に、食指を動かすに充分なそれらを備え付ける
「フム、葵は、変わったね?」
「はい、もっと積極的になってって言ったじゃないですから、だから」
「Non,,,,,,,,,You are clever,,,,,,,,,,,,became cleverness?」
「??」
「hum.............too dif...」
やれやれ、そういう顔でレミィが顔を横に振る
久しぶりにそんな言葉を呟いたと思いつつ
脇に座るわがままお姫様に笑顔を向ける
寝ている子を起こすでもなく、どちらが狙い狙われているのか
誘われるまま猟師はエモノをもとめて森へと入る
そんな童話が思い浮かぶ
目の前では自機が縦横無尽に飛び回る、弾をかいくぐり、射落とす
狙った獲物は逃さない、きっとこれからも逃さない
ハイスコアが気になる、葵の筐体では激しい音が繰り出される
来栖川芹香は雛山理緒と恋占いをする
「あ、先輩もこういうの興味あるんですか?」
「・・・・・・・」
「ああ、わたしは、その、勿体なくてこういうのは、ほら、コックリさんとかはよくするんですけどね、元手かからないし」
「・・・・・・・」
「え、それは危険?そうなんですか?あ、でも先輩なら自分でわかるんですよね?どうして」
「・・・・・・・」
「ああ、合ってるかどうか見てみたいんですね、やりかた?ああわかりますよ」
「・・・・・・・」
「操作の仕方は知ってるんですよ、バイトしてる時に説明とかしたことありますし」
「・・・・・・・」
「ゲーセンの店員て時給がいいんですよ、えへへ」
「・・・・・・・」
理緒がそっと手をとるようにして
操作を手伝う、誰と問うまでもなく
入力する画面まで誘導して、入力の仕方だけを教えれば
それで済んでしまうこと
わざとらしく不可思議に作られた筐体は
紫と黒で彩られて、ところどころに赤と金をはめあわせて
なにやら面妖な雰囲気をとりつくろう
その前で、黒髪の長い美しい女が青白い顔で操作をするのだから
これもまた、随分と説得力が増すように見える
理緒のアンテナが伸びる、何かを感じ取るかのように伸びる、理緒の髪も黒い
二人の髪は同じ色だが、艶が違う
「そう、誕生日と血液型を入れるだけなんですよ、大したことないですよね」
「・・・・・・・」
「え、それでも結構わかるものなんですか?」
「・・・・・・・」
「あ、結果が出る」
きらきらと画面が輝いて
それらしくお告げの如く、それでいて随分と安っぽい
結果は画面にしずしずと揺れて、それが紙に落ちて外へと出される
カタンと音がすると騒々しい店内で、一際静かになった気がする
おそるおそるそれを理緒が取り上げる
なんとなしに、その表面を見るのが怖くて
おどろおどろしい裏面だけを見て、そのまま、結果を見ずに芹香へと渡す
芹香の白い手が伸びる、美しい大理石のような艶やかさと乳白の肌
ツメは昨夜に、自ず手で磨いた通り、美しい甘さを讃えている
細い指先が紙を上手に受け取り、そして
芹香の顔の方向へと表を写した
「先輩、どうですか?」
青白い紙の色が反射して
芹香の顔がそれらしく光る
瞳にはその紙が映り込むが、真っ白な四角でなにやら不思議な面もち
ただ、理緒だけにはやはりわかる、何か残念なことがあったのか
そうでもないのか、自分に起きたのか、誰かに起きたのか
何一つ言われないし、手がかりもないけど
ただ、共有している時間からもしかしたらと思うところが一つ二つと思い上がる
上がる空想は空へと昇る店内の空は低く暗がりのブラックライトが安い演出をして
ノイズの混じるスピーカーの音が、ただけたたましく、だのに、鼓舞するではなく
だらしなく、でも快活に別の時間を切り取っている
そうだ、まるで別なんだ今、この人とこの世界とは、ようやく合点がいく
「・・・・・・・」
「あ、わたしも行きます、今日はどうします?身体洗いだけでよいですか?それとも」
折り畳まれた予言書は、切なく小さくなって
カバンの中に閉じこめられた、封印される予言とはなんと美しい響きだろう
理緒はそう思いながらも、その予言の中身を悲しいとだけ判断して
芹香の後ろにともなった、自動ドアが開くと周りの音が小さくなる
いや、外へと逃げるから小さくなっていく
折り畳む紙にあった、報われぬ世界、その言葉がずしりと重く何かを司っている
姫川琴音は佐藤雅史に恋を覚えたと思う
「あ・・・・・くる」
じゃらじゃらじゃら
「凄いね、琴音ちゃん」
「佐藤、先輩・・・・」
頬を赤らめながら、不幸を好んだ少女は
今、その対極に身を置いて、その自分の不甲斐なさと浅はかさを呪いながら
それでも楽しいと、手短くて届きやすい快楽に身を置いている
目の前では、予言した通り、いや、操作した通りに
じゃらじゃらと鳴り響くメダルの排出される音
「先輩、あ、あの」
「??」
「い、いえ、なんでも、ありません・・・佐藤、先輩」
メダルを拾い上げるため
雅史がいつになく接近する、その一挙一動、その近さが
遠ざけていただけに、たまらなく愛おしくて、苦しいほど渇望して、狂いたくなるほど甘い
こうなりたいが為に、この特別を得るために今まで
他人を遠ざけていたんじゃないかと、己を辛く置いた日々を振り返るほど
この触れ合うほどに近づくことへと、堕落していく
「琴音ちゃん、そんなに緊張することないよ、あんまり男の人と喋ったことがない?」
「あ、はい」
「うん、じゃぁ今度、僕の友達を紹介するよ、いい奴なんだ、凄く好きになると思うし、
また、仲良くなって貰いたいな」
雅史の屈託のない笑顔が、少しだけ残酷な言葉を放つ
琴音はそれでも、それを甘受して強く念ずる
あなたが思うなら、仲良くしましょう
あなたが願うなら、仲良くしましょう
あなたが言うなら、仲良くしましょう
その度合いが、どの程度になろうとも、それで喜ばれるなら
そんな代価を支払って、琴音は雅史への愛の深さを己の中だけで計り
またそこに酔いしれている、恋をしていると信じている、自分を犠牲にすることで
その重さを計るという方法が、どれほど、それ以上は言うまい
ただ、琴音は信じて、ぼんやりと猫にエサをやりつつも
岡田のことを思い出しつつも、メダルを吐き出すスロットのように
くるくると回って、自分と関係なく、出して、吸い込む、チェリーばかりが並ぶけども
小出しくらいがちょうどよいと思う、願う、言う、そして信じる
くまの縫いぐるみをキャッチャーで手に入れたカップルが
自動扉から外へと向かう、光に消える、自然な風景
のらりくらりとした猫背の彼氏と、黄色いリボンで短い髪の可愛い彼女
そんな二人は、熊のぬいぐるみを何か、二人にとっての何かと
象徴するかのように大事そうに、女のほうがそれを抱えて
男は無頓着に出ていく
ばがんっ
パンチングマシンが悲鳴をあげる
「私のパンチを受けてみろ」
勇ましい声に相応しい、重たくて鋭い一撃が
280tというあり得ない数字を叩き出している
記録したのは女だ
すらりとした脚と、真っ直ぐな黒髪に猫の気性を備え付けている
まるで隙がないし、どうかしている、相手になるわけない
「凄いね、来栖川さん」
「ああ、佐藤くん」
琴音は今、メダル配給に忙しい
「それから、どう?」
「うん」
それ以上は言わない、言わないでも言葉よりも確かに
その愁いと麗しさと気品と貴さが溢れて洪水になる
とかくのこの女は上等だ、誰に負けるわけもなく間違いなく高等だ
「佐藤くんは、なんていうか、油断ならないね、私が出会った今までで誰よりも」
「褒め言葉ととっとくよ」
「そう、そんなの、どうしてなの?」
「さぁ、ね」
「都合のいい男・・・優しいふりして一番酷い」
「そうかな、彼ほどじゃないよ」
「違うよ、私だからわかる、両方を知ってるからね」
悪戯な笑顔はやはり、一等だろうと男なら誰もが思うそれ
まるで違う人、そういう印象を今、この女と男はお互いに持っている
いや、男は持っていないだろう、多分こういう女だと見ていただろう
どうなのか、ゲームセンターは色とりどりの色と騒々しい音と干渉されたがるくせに
独りを好む、そういう輩と力と空気でいっぱいになっている
群たがりながらも、孤立したがる
愛すべき孤独、疎むべき共存、必然と偶然がインカムに変わる
全ては、群れたがりと寂しがりの独りよがり
「ただいま」
「ああ、おかえり、雅史」
「うん」
「ぁ、どうしたの?」
「千絵美姉さん」
「なぁに」
ぐるりと巡る全ての輪
何もかもに意味があって
全てのことが必然であって
計算と予測と願いと祈りと
「姉さん、やっぱり浩之はあかりちゃんの事が好きみたいだよ」
「そう、残念ね、絶対彼はいい男なのに、あのだらしなさと中途半端な真面目さが、本当、とてもいい具合なのに」
「でも仕方ないよ、結局、あかりちゃんが一番みたいだよ」
「そう、じゃぁ、仕方ないなぁ」
「そう仕方ないよ」
「うん、そうだよね、雅史」
「そうだよ、千絵美姉さん」
「なんて、まだ喜ばせてあげられないわ」
「相変わらず、姉さんには頭が上がらない」
「言いながら、何かあるのね?なぁに?」
弟は、言いたいばかりの気持ちを
一生懸命に抑え込んで、出来うる限り平常心を保って
少しでも、ちょっとだけでも上に立てるように
自分が持っている、手持ちのカードをおそるおそると切っていく
それが、大富豪で言うところの「2」にあたるか「7」程度なのか
それは切ってみないとわからない
だから、今、切ってみようと思う、まるで子供のカードゲーム
相手が大人だのに、自分の一生懸命で勝てると思える、そういうゲーム
「浩之はダメでも、僕には、それに一番近しいものがあるよ」
「そう、そんな不潔なことをしたのね」
「それでもいい」
「そう、そうか、それでもいいかなぁ」
「いいよきっと、絶対いいよ」
「そうかなぁ、どうかなぁ、でもやっぱり実物がなぁ」
「そんなことないよ、実物とまるで近いよ、だって僕は」
あかりと綾香と琴音の顔がぼんやり浮かんで消える
彼の中でカードが切られる
雅史はそれだけの経験を重ねたし努力もしてきたなにより
「浩之とも、してるもの」
「・・・・・・はぁ♪」
ぐるりと、目がどろどろとなっているように
姉のふしだらなときめきに、弟は右往左往する
その様子ひとつひとつがたまらない、これを手に入れるため
ずっと全てを繕ってきた
何もかもを利用して、全員がみんなでみんなを利用して
ただ、目の前のお腹の大きな姉を見て、じっとりと汗ばむ自分を意識して
「危険な橋を渡ったのね」
「うん、でもどうってことないさ、葉っぱなんてリーフなんて」
煙の匂いが立ち上る
もうそれ以上はわからない
ただ、うすぼんやりと目の前に執心する自分に
だんだんと酔いしれていく、全てを擲つのはあたりまえ
一夜の夢を手に入れるため、たった一つの夜でよかった
それまでに費やした九つの夜
帰結する十夜、鳩の悶える声が聞こえる、喉の奥で寂しそうに泣く鳩が見える
知られざる鳩の習性
酷く粗野で凶暴な素性
己の家族以外を顧みず、いたずらに家族をかわいがり続ける
それは盲目で、夜には何も見えなくなる
闇では何も見えなくなる、だからむしろ、一層にいとおしがる
十夜の内で鳩が鳴いた
幾度となく、自分の領域をかけて闘争する
一見大人しく、平和を冠するからこそ
その素性の鋭さに酔いしれる
結局全て、自分のために回り続ける
つまるところ夢と同じで
自分が心地よいように
自分がかわいいように
鳩は豆をついばみ巣へと帰る
十夜はそうして、更けて、明けて、言うまでもなく何もなくなった
「姉オチかよ」
そんなツッコミを期待というか、色々期待していた人を
全部残念な方向で裏切りつつも
俺としては満足だ、悪いかこのやろう
そんな具合でごめんなさい
駄文、誠に失礼しました
R(05/06/29)