<−第六夜

姫川琴音は気が弱く、岡田は気が強い

17歳くらいの女の子の敵意は、おそろしい
見えないところで、見えるところで、見せないように、見えるように
身体を、精神を、尊厳を、生活を、幸せを
何もかもあざとく、どうしても取り返せないほど
おそらく、女の子は生まれついてそれだけの攻撃力を備えている
女同士となれば、その敵意と戦意が火花を散らして
笑顔の下で渦巻き、憎悪の下で育まれる
陰惨で、残酷な仕打ちの数々、習うわけでもなく知っている、思いつく、手を下す
初めて振るわれる、無垢な力

「きゃははははははははは」

「・・・・・・・・・・・」

「くすくすくすくすくす」

「・・・・・・・・・・・」

「あははははははははは」

「・・・・・・・・・・・」

岡田、吉井、松本の三人が交代で笑い
お互いを見てまた、嘲笑う
合図は、保科智子の一挙一動だ
なんてことはない、立った、座った、ノートを出した
こんなことの度に笑い声を上げて、ひそひそとやる
委員長は、それを甘んじて受けている
まだ、この段階なら相手にしていないという虚勢が張れるぐらいだ
それを解って、悪戯にその笑いだけを
岡田は指揮し、他二人にも続けさせる、無論、自分が最も狡猾なタイミングでそれを行う

「・・・・・・・・」

ぱたり、委員長が本を閉じて立ち上がる
一際大きい笑い声、しかしぴくりとも表情を変えない、不機嫌な顔はいつもの通り
長い昼休みは憂鬱の色が濃い
委員長は苦しい立場に自ら乗り込んでいる
無視をすると決めた以上、完全に無視しなくてはならない
これは想像以上に辛い生活だ
反射的に嘲りそうな自分を抑え込む必要がある、相手にしては負けになる

だから、無言で立つばかりだ
その立ち去る姿と琴音は初めてすれ違った
教室から聞こえるあからさまに嫌悪を催す笑い声
それだけで、今、すれ違う人の境遇が説明され理解できる
自分からいじめられる、いや、疎外されるほうへと飛び込んだ琴音には
自分の意志以外でそうさせられることへの強い畏れがよくわかる

メガネのおさげは、別段変わらぬ表情で
瞳も潤むわけでなく、ただ、無表情に、だけどため息を漏らして消えていった
自分にはできないことだとその強さを感じる
その目の前を、笑い声をあげて三人が過ぎていく
言ってはいけないけど
何も考えていなさそうな感じ、ただ、感情だけで何もかもをしている感じ、不快な感じ
それを琴音は覚えて目を伏せる

「邪魔よ、一年」

「ご、ごめんなさい」

「なぁに、岡田?」

「なんでもないよ、行くよ、ほら」

ツインテールで目つきがきつい人に睨まれた
琴音は背筋が静かに粟立つのを感じて身をよじる
不快を覚えたからとて何かするわけでもない
今は自分も、望んでそんな境地に立って、そういう人を煽っているような具合
甘んじて受け入れる、誰とも隔絶された一人になろうと意識が通り過ぎる
また過ぎる、一人で過ぎる、時間が過ぎる

「岡田どうすんの?」

「別に」

「別にって、頭くるじゃん、なんであんなに無視しちゃってるわけぇ?」

「吉井、あんた頭悪いんだからあんま喋らないほうがいいよ」

「わー、ひどー、あんただって数学赤点だったじゃん」

そういうことじゃねぇよ
岡田は心で毒づくが、声には出さない
顔には出ているかもしれないが、普段から不機嫌な顔をしているから吉井や松本には解らない
こういう集まりを嫌いでもないし、バカにしているけど無理矢理付き合ってるわけじゃない
やっぱりこの三人でいるのは楽しいと思っている
それは置いておいて、なぜか、あのメガネだけは気に入らない
ここ最近の岡田は、そればかりに執着している
面白がって吉井や松本はついてきているが、彼女たちのその無邪気な悪意を利用している
随分自分が悪い奴のような気がしてきてるが
そうだとしても、なぜか、緩められない、どうしてかイライラしている

「ねー、今日さぁ、午後の授業フケよっかぁ」

「いいじゃん、オケでも行こう」

「ああ、志保がこないだ店紹介してくれたからさぁ、そこいこー、割引券貰ったし」

「っつうか、今時フケるとか言うかぁ?」

今度は心からの笑いあい、もっとも品の良いものじゃない笑い声だけど
それでも楽しそうな三人は、そのまま学校を抜け出して消える
背中で午後のチャイムを訊く
別にどうということでもないありふれた女子高生

この日は4月16日

「あんた、マジ下手っ」

「いいの、気持ちよく唄えたらそれで」

「あれ、岡田、どこいくの?」

「学校」

「えー、どうしてぇ」

「ちょっと悪戯しに」

「なに?」

いぶかしげながらも、楽しそうな匂いを嗅ぎつけたのか
吉井がなつっこく近づく、岡田はそうすればついてくると解ってる
にやりと、悪い笑顔を見せてから足は学校へと踏み出される
背中はついてこいと誘惑する、断る道理はないと二人は連れる

「あれ、あんたたち帰ったんじゃなかったの?」

「あー、午後ちょっちカラオケ行ってたんだ、志保ありがと、あの店よかったよ」

「いいわねーあんたら、そんな呑気で」

「呑気?」

「こちとらアレよ、色々情報収集に忙しいのよ、一年に超能力少女が居るとか居ないとかさ」

「ちょうのうりょくしょうじょ?なに、電波?志保ちゃんニュースもブブカの仲間入り?」

「冗談、真実のみを伝えるのがあたしの仕事よ、なんでも予知をするとか、不幸を呼ぶとか」

「うさんくさ」

「その子の近くにいるとね、体育館で照明が落ちたり、人が転んだり、物が倒れてきたりするらしいのよ」

言いながらすいすいと、本当、忙しそうに志保は三人の横を抜けていく
ポルターガイスト?ちがうかな?そんなことを他二人は言っている
岡田は志保の表情を追ったが何も無い様子
すれ違いの時、岡田だけに聞こえるよう、見つめられた志保は呟く

「今なら、教室誰もいない」

「そう、だから?」

「別に、志保ちゃんは何も見てないわよ」

にや
松本と吉井は気付いた風もなく岡田の背中、志保は笑って過ぎていく
岡田は志保のそういうところが嫌いじゃない
誰とでも気軽に話せて、誰とでも喧嘩ができる
自分には無いものを間違いなく持っているが、あれはあれで
なかなか生きるのが難しいんだろうな
親しくしたことはないが、岡田なりの観察眼は志保をそう評価している
ともあれ、今は関係無い、誰もいないとお墨付きを貰った教室へと
もう、誰ともすれ違うことなく入っていく

「ねぇ、どうするの?」

松本が楽しそうに聞いてくる
岡田は「微笑み」ながら無造作に保科の机をあさる
中にはいくつかのノートが整然と入れられている

「あいつ意外とものぐさだね、こんなにノート入れてて、悪いんだー」

「あんたなんかノートすら持ってないじゃない」

「なんにせよ、都合がいいのよこのほうが」

岡田が仏頂面に戻って、取り出したノートから一冊を無造作に開く
丁寧に書かれた文字、板書が綺麗に並んでいる
おそらくこれを写してもらうだけで随分助かるんだろう
でも岡田はそういう所からも、ひしひしとムカツキを催す

「こんだけ物置いてるところがムカツク」

「えー、なんで?」

「バカにされてる気がする」

???
吉井と松本の二人はその意味がわからない
岡田はその怒りをそのまま、そのノートに落としていく
どこから出したのかペンで、唐突に落書きを始めた
驚く傍観者二人、流石にそれはまずいと思ったのか、弱々しい顔になった

「お、岡田、ちょっとやりすぎだよ、それ」

「そうだよ、なんていうか幼稚だし、そういうのは」

「何言ってんの、幼稚だからキクんじゃない、くだらないことの方がいちいち挑発できんのよ」

確かにね
二人はそう思って、それ以上深く考えなかった
すぐにアイノリするみたいに、各々がペンを片手にノートを埋めていく
より猥雑で、下劣で、品性を疑うような内容
それがいいと落書きを連ねる
岡田はそれをしながら、ムカツキを必死に解消しようと務める
イライラする、あのメガネの存在が一つ一つ癇に障る
それを払拭するように落書きを続ける
その場だけは楽しいように、吉井も、松本もつらつらと落書きを連ねる

「こんなもんでどうかな?」

「いいんじゃない、吉井の超ウケる、今時メガネボインとか絶対言わねぇって」

「明日、楽しみだね」

岡田が満足そうに、心底頭の悪い落書きを見てうなづく
一通り終わった風で、三人がにやにやと笑う

ぱたり、ノートが閉じる
窓は閉められて、風など一つも入ってこない

ただ夕陽の色だけが教室に入って
朱というよりは、黄色く世界を繕っている
バロック調とは違う、でも目がおかしくなりそうな色合い

「さ、帰ろ、ね、なんか食べてかない?」

「あー、ヤクド行こう、100円でだべり放題、最高、アップルパイ大好きだもん」

「あんた、そんなもんばっか食ってっから太んだよ」

「るさいな」

「岡田?」

「ああ、後でおいつく、先行ってて」

「またぁ?ていうか、まだあんの?」

「違う、マジで忘れ物」

流石に呆れた顔で二人は岡田を見たが
本当の忘れ物の様子で、とりあえず言われた通り先へと行くことにする
岡田は教室へと戻っていく、二人の視界からその姿が消える
二人は笑いながら下校していく女子高生になる

「・・・・・・・・」

いつもの仏頂面、備わる目が酷く冷たい、そして
決めていたようにはっきりと迷いのない行動
ドダンッ、大きな音を立てて一度、教室にある掃除道具入れを蹴飛ばした
音は派手だけども、扉がひしゃげたり変形するほどの力はない
でも、充分に脅しにはなる、特に

中に閉じこめられている人間にとっては

「・・・・・・・」

ガタッ、不自然な向きをとっていた掃除道具入れが
蹴りで向きを少し変える、扉は方向が変わったおかげで
ようやく開くようになった、つまり

「いじめられてんの?こんなとこで、何してんだか」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」

ぐいっ、中からお姫様を無造作に救い出す?いや引き出す
岡田は容赦ない、優しさがその所作一つ一つから抜けている
乱暴に引き出すとそのまま近くの机に抑え込んだ
押し倒すようにして上にやや乗りかかり気味で
じっと、冷たい瞳で睨み付ける

「す、すいません、閉じこめられて、だから、見たくて見たわけじゃ・・・」

やっぱりね
先のを見られたのは、どことなく不快な気持ちになる
保科は相手が自分たちだとすぐにわかるだろうが
それを突き止める術が一つも無いところがいいんだ
この小娘が知っていたら全てが台無しになりかねない

イライラするんだよ、一年

そう、目の前の色素が薄い少女に唾とともに吐きかけたくなる
だけどもそれを辞めた、本気で怯えた様子
ふるふると震える瞳、小刻みに揺れる身体、どれもこれも
恐怖に蝕まれたそれで、岡田はそれ以上のいじめの必要を感じない
でも、その奥底に眠る、いじめたいという欲望が今の状況を作っている

「名前は」

「姫川です」

透けるような美しい肌がうらやましいと思う
それに顔も随分可愛い、頭のどこかが、この娘のように私も可愛ければ
なんて思わないでもない
岡田はじっくりとその少女を睨み付けて、目で犯すように視線でなぞる
琴音は、とうとう行きすぎたいじめに遭い、ここに放置されている
掃除道具入れに閉じこめられるなんていうのは
結構ある話だし、中で頑張ったらすぐに箱は動いて逃げられるもの
そうやって安心して犯人達は捨てるんだろう
だが、この娘は気が弱い上に身体も弱い、閉じこめられるべくして閉じこめられ
逃げられるはずが逃げられない、だからここに居る

「志保が言ってた超能力少女ってあんたか」

「・・・・・」

「さっき、誰が触ったわけでもないのに勝手にノートが閉じたの、おかしいと思ったんだけど」

「・・・・・見て、ません」

ふん、その答えには何も思わずただ鼻をならす
でも、ただ、このいじめられている時にどこかうつろとも思う瞳で
吐き捨てるようではなく、言わされたというわけでもなく
ただ甘受して放つ言葉に満足する
岡田の心が少しだけ満たされる、わかってる
いつか保科をそうしたい、奴にそう言わせたい、いや言葉じゃない
そういう関係を構築したいと思ってる
だからつっぱねてくるあの態度が、あのすかした
私を視界に入れないような仕草がとてもムカツク

「何かは知らないし、興味もないけど、そういう態度がそのあんたの変わってる所を際だたせてるんじゃない」

「・・・・・」

「まぁ、また閉じこめられたいって思うんならそのまま続ければいい」

「・・・・・はい」

「たまには従順に寄り添うようなのが、頭のいい生き方だよ、つまんねぇ学校生活送るなよ」

言うだけ言って、ずいぶんと説教臭いその台詞に
自分で嫌気がさしたのか、最終的にはごもごもという具合で
岡田はもういじめられっこを見ることなくそこを出る
その背中を視線は追う、冷たい視線
琴音は戸惑ったままの顔で、ゆっくりと体を起こし
背中に痛みを背負って教室からいなくなる

こんな日も、そうじゃない日も
帰りに公園で小動物と遊ぶ
琴音は物憂げな目のまま、公園で猫に魚を与えている
ワニワニと魚をむさぼる貧乏猫
エサとひきかえに、その身体を撫でさせて貰う
そんなことを考えて、今日も琴音は猫にエサを与える

「どうしたの?」

猫の視線が止まった
食事が止まった
後ずさりした

バチン、いきなりの音で目をつむる琴音
少し遅れて自分が叩かれた音だと、痛みで気付く
いきなりのことで狼狽えるが、べたりとそこに倒れて
おそるおそる振り返る、学校で別れた人がいる
さっきまでとは、まるで違う目は怒りを覚えている

「な、なにも」

「何やってんのよっ、猫にそのまんま干物とか与えたら塩分取りすぎで死んじゃうじゃないっ」

「・・・・・・・は?」

ばちんっ

「きゃっ」

「は?じゃないのよ、この子を成人病にする気?」

岡田はそれこそ烈火の如く怒り
容赦なく琴音をぶつ、机に押し倒した時とはまるで違う
渇いた激しい打擲は、しつけられるように琴音の身体に赤みを灯す

「ご、ごめんなさい・・・・」

「・・・・・」

謝る琴音など視界に入れず
岡田は持ってきたとおぼしき、ふにゃふにゃの魚を与えている
猫は当初怯えた様子を見せたが、すぐになついてついばむ
多分、前々からエサを与えているんだろう

「最近太りがいいと思ったら、あんたもエサやってたの」

「・・・・ずっと、面倒を見てらっしゃるんですか?」

「別に、気まぐれよ」

岡田はぶっきらぼうに言って、それ以上会話は無い
琴音はその様子をじっと見つめて、教室の中の人と
猫にエサをやる人とが、同じ人なのかどうか考えている

「ふん、わかったら次からはエサの内容気を付けろよ、もう来ないから」

「え?」

岡田がいなくなる、エサを与えて撫でもしない
琴音は言葉とともに、公園に置き去りにされる
閉じこめられるではなく、自らこの世界に閉じこもり
そして見捨てられる、そんな風に思えてしまう
猫がすりよる、にゃーと啼く
思わず撫でてしまう、ごろごろと声がきこえる

その後の日

琴音は一部始終を目撃する
愁いを帯びた瞳でそれを濡らす
三人の先輩は一人の先輩に謝っている光景

その日の公園でも猫はおとなしいもので
琴音から与えられる魚をついばんでいる
ヤセ具合を見ていると
本当に先輩はここに来なくなったんだろうと思う

最初にすれ違った印象と
道具入れから救い出された印象と
猫にエサをやる印象と

全てが自分に施されたことと一緒だと気付いて
琴音は自分の力を制御できない怖さを
きっとあの先輩も知るんだろうと願う
そうであって欲しいと祈る
でなければ

琴音は己の力を制御できず命を奪うに至る

その時に思う
制御できずに己の命を奪うこともある
生きながら死ぬことの恐怖を知るからこそ
岡田が謝る姿を忘れることはできない

無垢の力は振りかざされる
それは力の違いはあれど誰もが経るものなんだと
二人の少女は胸に刻む
それでも力が失われるわけではない
より鋭利に磨き、そして使い慣れていく

姫川琴音は弱く、岡田は強い
だけど
どちらも己の力に負けている

猫が鳩を食い殺す
自然の力もふるわれる
食われる鳩は油断をしたのか、惰眠を貪ったのか
自らそれを差し出したのか

わからないまま
六夜を超えた鳩はそれでも生きている

つぎ

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あと4話も無理だ・・・
というか既に今回のが無理だ、何を書いているんだ
何が書きたいんだ俺

思わず本音が出てしまいますが、
それでも書き出した以上終わらせないといけません
がんばりましょう、私
でも、もうカップリングが残ってません
坂下?無理

駄文、誠に失礼しました
R(05/06/06)