<−第五夜

来栖川芹香は裕福で、雛山理緒は貧しい

「じゃぁ、流しますよ、先輩」

こく、

水を珠と弾く白い肌に
黒く艶やかな髪がうなじで二つに別れ前へと降りている
背中は磨かれた水晶のように透明で光沢がある
理緒の手桶から優しく湯が流れ落ちる
背中をすべり降りる液体は、留まることもなく泡を流れ落とし
また、円くなった雫をいくかしこに作り
その匂い立つ女の背中を飾る

「先輩の肌は、いつ見ても綺麗ですね・・・いいなぁ」

「・・・・・」

「私とは全然違うんだもんなぁ、凄い」

流した後の背中にまた、理緒が優しくスポンジを当てる
こしこし、柔らかく、細心の注意をこめて
スポンジはその小さく、でも、高貴な背中に円を描いていく
肩口をゆっくりとまさぐるように撫でるようにさするように
磨くとは違う、洗う、そう、スポンジで身体を洗うというのは
こういう仕草、手練、所作を言うんだよう
理緒のアンテナ髪は、湯気をまとって少し元気がないように
その角度を下げている

湯船に水滴、波紋が広がる、ぴとん、音は安らぎを報せ遠慮もなく落ちる

芹香の背中側で、浴衣は尻をからげるように着ている理緒が
その美しい生き物を本当に、慎重に、丁寧に扱う
されるがままの綺麗な生き物は、黒い髪をいっそう黒くして
それでも重たいとか、暗いとかじゃなく、美貌をそのままに存在している

「じゃぁ、腕を洗いますね」

こくこく

理緒が断りを入れてから、芹香の左手を取る
心得たもので、芹香はされるがままに、そして自らの力も加えて
腕を横へと開くように持ち上げる
曲線を描く、無駄な肉のない上腕をスポンジがゆっくりと撫でていく
泡がまた、次第にその美しい生き物を包み込んでいく
念入りに、理緒は一心不乱と言っても差し支えがないほど没頭して
その腕を丹念に洗っていく、泡は汚れることがない
実際は、洗う必要がない、この人は汚れることがないんじゃないかな
そうまで思うほどなのに、それでも、理緒は日に一度、
こうやって芹香の身体を洗いにやってくる
これは、そういうアルバイト、芹香に頼まれて、誰にも報せていないアルバイト
ナイショのアルバイト

「私も、先輩みたいに綺麗な肌になってみたいです、羨ましいです」

「・・・・・」

「艶やかで、素敵だなぁ・・・次は反対の腕にいきます」

檜で作られた銭湯にある腰掛けみたいなのに
先輩は、丸いお尻を乗せて黙っている
お湯をかけられやすいように、少しだけうつむいた具合で
あとは背中からかけられる、理緒の声に頷くか首を振るかの
そういうアクションを続けている
沐浴とは違うけども、そういう言葉が持つ、神聖さみたいなのは似合う

「はい、では、また流しますね」

こく、

ざぱー、お湯自体も高価いものを使っているのかもしれない
理緒はまじまじとそう思いながら、丹念に泡を流していく
石鹸もきっと、知らない国のものなんだろう
水仕事ではあるはずなのに、お湯と石鹸が良いものだからか
あかぎれが酷かった指先は、今ではつるつると人並みの
それなりの女の子の手に戻ってきつつある
でも、それまでに培った理緒の人生が、その手と指には刻まれて
もう、芹香のように美しい指先には戻れない、どんなにつるつるとしても
理緒の指は理緒の指で、先輩の指は先輩の指なのだと思う

「背中は終わりました、痛いところとかなかったですか?」

ふるふる

スポンジとはいえ、こすりすぎると肌を痛めてしまう
そういう機微を繊細な動きでカバーして洗い続ける
素質があるのかわからないが、ソフトタッチという言葉を
本当によくわかっている
理緒の技術は素晴らしいものがある
先輩の背中はほのかに上気し、白かった肌は赤みを帯びて
より色艶を増した

「じゃぁ、次は前を洗いますね」

すくり、ここで芹香は立ち上がり理緒のほうへと向き直る
その際に前へと流していた髪は背中へと戻す
結い上げたようにはしない、なぜかはわからないけど
芹香は決してそれをしない、背中を黒い髪が水分を含んで
不思議な模様を描いて流れる

「では、失礼します」

ぴく、

くすぐったそうに芹香は身を少しよじった
首筋から胸元にかけてを理緒のスポンジが嘗める
理緒はやりにくいと思うのだが、どうしても前を洗う時は前からと
芹香の要望があるので、この、不思議な光景をずっと続けている
決して品の良い格好とは思えないけどなぁ
自分のうらぶれた庶民さを差し引いたとしても
股を開くようにしてバランスをとって座る姿は、少し、知っている美しさと違う
それでも、理緒は不平や、異論を唱えるわけもなく
ただただ仕事をしていく、なだらかな身体の隆起を
余すことなくスポンジが走る

「そういえば、学校はどうですか、最近はあまりひなたぼっこしてるところを見ませんけど」

「・・・・・・・・・・」

「ああ、猫。動物って可愛いですよね、私も犬とか好きなんですよ」

他愛のない会話をしながら、理緒は目の前に晒された女を磨いていく
スポンジを越して、肌の柔らかさを酷く自覚してしまう
この感触は、決して私には無いものだ
貧富の差というのを、こんなところで、ずっと感じ続けている
輝くような肌艶と無駄のない肉付きが、全てそこに帰結していると錯覚、
違う、確信している
今まで見た、どんな人よりも綺麗で、気持ちのよいこの身体は
間違いなく、育ちという、住む世界の違いだと
理緒だからこそわかるといった具合で一人思う、それでも口は猫と犬の話をしている

ぴとん、また湯船を水滴が打つ、シャボン玉が弾けるように音は小さくぱちんと弾ける

ふる、
芹香は内腿が弱いらしい
その部分を洗う時に、あの表情がわずかにくすぐったそうな顔になる
相変わらず何も喋らない、また、喋ってもとても小声だけども
細かな表情と仕草で、大方のことは伝わるんだと習ったように思う
相手をよく知ろうと思うことで、疎通は計れるんだから
多分、先輩のことをよくわかろうとしている誉れなんだろう
理緒も、湯中たり気味になってくる
随分と時間が経っている、すっかりアンテナはへなへなと倒れてきている
額を汗が流れていく、湯気は相変わらず立ちこめたまま
それでも、石鹸の匂いはまだわかる

「私そういえば、猫とか犬とかの世話のバイトもしてるんですよ」

「・・・・・・」

「お散歩に連れていったり、身体を洗ってあげたりとか」

「・・・・・」

「あ、もちろん、先輩のこのこととはまるで違いますよ、そんなの当たり前じゃないですか」

笑いながら、特に念入りに足を洗う
疲れているのがここからよくわかる
どういうわけか、時折、酷く疲れていることがある
それをマッサージもかねて丹念に洗い、揉んで、もとの
綺麗で柔らかい足に戻すのが仕事
理緒の指が器用にスポンジを越してツボを圧していく

「そういえば、もう、道ばたじゃヤマボウシの花が咲いていましたよ」

「・・・・・・・・・・」

「あ、はなみずきって言うんですか?私よくしらなくて、でも、綺麗ですよねあの花、いっぱいに咲いて」

すっかりとほぐれた様子で
ほう、と一つ吐息を吐いたのがわかる
理緒はそれをアンテナで感じ取って、マッサージを終えることにする
最後は、本当に丁寧に指の間までを
柔らかく洗うこと、すべすべのぴかぴかになる
綺麗で、汚れるなんてきっと無いんだろうと思える身体になる
理緒の仕事がほぼ終わる、もう一度ゆっくりとお湯をかける
泡が流れ露わになる、とても美しい身体
赤みのさした白い肌は、最初と同じようにお湯を珠に弾いている
黒い髪をまた前へと戻す、乳房の上をゆるやかに流れる黒い髪
まるでそういう液体が身体を塗ったように、先のほうはわずかに
ウェーブしながら、お腹のあたりまで奇妙な模様を象る

「やっぱり、凄く綺麗」

なで、

見惚れる理緒の頭を、さきほど洗った手がゆっくりと撫でる
裸のお嬢様は、匂い立つ高貴さをその美貌に梳いている
その羨望の眼差しを見て
じっと、かがんでいる理緒を見下ろすように
上から芹香の視線が投げ落とされる
その黒い瞳と理緒の黒い瞳がお互いを見つめ合う、ぴとん遠慮のない雫がまた落ちる

おもむろに、芹香が理緒の手を取って
それを自分のお腹に、ぺとり、とくっつける
理緒が驚いてひっこめようとするが、それを許さないように
ふるふる、いつもの合図をする
理緒はおそるおそる、そのまま、されるままとされているが
もう、見ているという感覚を凌駕する、掌から脳へと伝わる感触が
全ての思考を台無しにしてしまう

「や、柔らかくて・・・それに」

吸い付くような
この表現を人の肌で初めて知ることになる
肌理の細かさがわかるような、手の、自分の掌の
一番柔らかいと思える親指の付け根の部分ですら
カサカサとして酷いものだと理解できるほど
触れたものは、愛おしい感触に溢れている
呆気にとられて、そのまま、少しだけ指に力が入ってしまう
誘われるように、指が吸い込まれるように沈む、埋もれる
弾力が、恥ずかしい、なぜ私の手はこんなにも酷いのだろう

長く芹香を洗うバイトをしてきたが
この日、5月3日は、初めてその肌に触れた日になった
理緒はいつまでも忘れないこの感触を衝撃とともに思い出にする
羨望の眼差しは、よりそれを深めたが、どうしてか

この肌が汚ることはない

と思っていたことだけは、忘れてしまった
汚れるとかそういうのとは別のような気がするんだけども
汚れないというのは、何か違うとその時感じて芹香を仰ぎ見る
酷く、哀しそうな、それでもやはり美しい瞳はそのまま
だけど、今まで美しいと思っていた所に、人間み
いや、ともかく人形を見るような目とは別のものを交えたせいもあるかもしれない
生き物なら、汚れることもあるだろうと
そういうあたりで落着しておく

「では、仕上げますね」

風呂からあがり、
指先を見つめながら、甘爪の手入れをする
その前にヤスリで爪を削った
お金持ちは爪を切るということを知らない
爪は削るものだと初めて知った
理緒は、ここでも手先器用にそれをすすめる
甘爪の手入れをして、少し横顔を盗み見るようにしてみる
芹香のどこか愁いのある瞳が
黒い瞳を潤ませているように思えた

そしたら、どうしてかわからないけど、とても切なくなって
なぜか私は泣いてしまいました

理緒の目からなぜか涙が落ちる
それでも手先は、さぼることなく仕事を続ける
それが終わると、芹香の優しい手がまた
理緒の頭を撫でる
わけもなく流れる涙の理由を、多分、芹香だけは解ってくれるだろうし
芹香のことを解った上で理緒は泣いている

5月2日の夜は呼ばれなかった

だけど今日になって急に呼ばれた

理緒はこの理由を説明もされないまま解ってしまった

ずっと続けてきた、見てきた、触ってきたから

涙は珠になって理緒の腕に落ちた
理緒の肌も珠に弾く、だけどそれは綺麗というよりも寂しい
別れ際の給金が、
貰う理緒の手に酷く重く思える
渡す芹香の手に酷く軽く思える
酷く悲しく思える、寂しくなる

春のぬるさが空気をくさらせる
鳩は喘いで薫風を嗅ぐ
甘くたるい、春のくさりは、むせかえるほど濃い
5つ目の夜は、一羽の鳩も泣かずに明けた

つぎ

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文体が壊れてしまった
俺の不甲斐なさ爆発

そんな具合でありますが、前半はのりのりで
これエロくねぇ?とか思ってましたが
やっぱり無理でした、官能表現無しでエロい小説を書いてみたいです

5月2日は芹香ルートで大変重要な日です、その翌晩は。

駄文、誠に失礼しました
R(05/05/03)