スピリット オブ ヤーパン


翌朝、雨はとくりと止み
快晴が広がった
青く、高い秋空だ

「おはよう」

「おはようございます」

そして、食卓にはいつもの朝
テレビも明るい話題で、陰鬱は一切無い
ゴキゲンな今日が始まる

「薬、呑んだ?」

「え?・・・・あ、はい、おかげさまで大丈夫です」

女子高生はやや照れた調子で笑う
昨日の怪我の為、いくつかの丸薬を呑んだ
おかげですこぶる快調らしい
OLも、物を掴むことすら容易でなかった手首の怪我が
憑き物が落ちた如く、完治している

「・・・・・・・・・・」

どことなく気まずそうな春
もじもじと、話題を探すようだが
見つからず、ただ朝食を進めている
花は意地が悪いわけでもない
少し、それが楽しく写るらしい
かつて、周が感じたのと同じものを心に産んだようだ
無論、花はそうであると気付くわけがない
春は生来、そうやって弄ばれがちな性質なんだろう

前日の夜
二人はすっかり慰めあった、
花は乱暴に春を攻めて
春はされるがままに花を受けた
酷く色に狂ったようだ、その仕草、その吐息、そのぬくもり
全てに酔って、途方もない快楽に委ねた

驚いたのは、花だ
春は、そういう行為に花以上に慣れた節が垣間見えた
初めて外泊した時に、そうなったとは聞いていたが
あまりに妖艶で、攻める側をくすぐり続けていた

まぁ、そんな堕落を堪能して
今朝は、お互い裸で朝を迎えたのだ
春が照れるのは無理もないのだろう、夜と朝とで
こうまで表情が違うと、攻める側としては喜び極まるものがある
花は、まだ色情が続いているような
ほんわかとした弛みを全身に漂わせている

「・・・・・・・・ああ、そういえば」

「?」

「今日ね・・・・・そうだな、6時頃、待ち合わせをしよう」

花は唐突に呟いた
まどろんだような目のままで、旨そうにみそ汁をすする
春は、虚を突かれた風でじっとそれを見ている
花の伏せられた睫毛が長くかげを作っている
瞳は存外正気だ、いつもよりも確かだ

「そうだな・・・・・・・・・・七条油小路、あそこがいい」

「七条油小路・・・・・・西本願寺のあたりですか?」

「もう一本入る所、解ってるならいいだろう、今日、6時に」

言うといつもより早く
花は会社へと出ていった、取り残される春
不思議に頭を捻るが、何がどうなってるか
提案された側にわかるわけもない
もたもたと、ただ、食器を片づけた、少し遅れて春も家を出た

・・・・・・・・・・・・・・・

会社に着く、花はだるいと思いながらも
営業用のスマイルを準備する、更衣室の鏡の前で
何度かにやけ顔を作り、まぁ、できたかと
確かめて部署へと向かった

「おう、長坂、早いな」

「部長こそ・・・・・・、いつも遅刻間際なのに」

「余計なお世話だ」

言うと瀬田は、いつものように笑った
部署には、ぽつぽつと人が見えるが
大半がまだ出社前だ、朝日が窓から入り
淡い影がいくつも机に伸びている

「ちょうどいい、長坂、始業時間になったら総務に行け」

「総務?」

「ああ、膳所の所だ、話があるらしい」

瀬田はそれだけしか言わなかった
直属の部下の進退、既に瀬田は
花が呼び出された理由を聞いているのだが
ここではおくびも出さない、黙って、新聞に目を落とした

「・・・・・・ああ、来たか、こっちだ」

言われた通りに花は、絣の元を訊ねた
ぱたぱたと、相変わらず忙しそうにしているが
花を見つけると、それを素晴らしい手際で片づけて
応接間へと誘った

「また、稽古ですか?」

「無駄口を叩くな」

相変わらず、愛想も素っ気もない
平坦な調子で、絣はソファーに腰を沈めた
花は別命あるまで待機、という感じだったが
すぐに座れと、向かいの席に腰を落ち着けた

「朝一から悪いけど、人事だ」

「・・・・・・・・・・・」

「明日から、総務に来い」

「え」

「前回の仕事の報酬だ、原田は残念な事になったが、その分だけお前に働いてもらわないといけない」

「・・・・・・・・いきなり・・・・準備や、なにより引継が」

「ああ、大丈夫だ、私が本気になれば、書類の類は1時間で片づく」

絣はてきぱきと話ながら
書類を花の前に提示する、なんだか保険の勧誘みたいだ
朝から、微塵の油断が無い様子、そんな女しかつとまらないような
とんでもない所に抜擢された
やりがいは汲みきれない程だが、はたして・・・とも思ってしまう

「私で、本当に?」

と、聞くのは仕方ないだろう
どう考えても不安だ、特別な教育を受けたわけでもないし
居合いが少々使える程度の自分だから、なおのこと

「明日からは、とりあえずみっちり教育だ、努力ってのは便利でやりゃぁ、やっただけ身につくはずだ、弱音は許さない」

ばっさりと言う
そうまではっきりと言われたら、そういうものかと思ってしまう
花は現実を受け止めた、ただ返事はしてない
どうしようかと迷う・・・・いや、本心
どう断ろうかと言葉を探している、すると

「・・・・・・・・長坂」

「??まだ、何か?」

「いや・・・・・・・・少し、まぁ、・・・・うん」

珍しく歯切れが悪い
不審な様子に、おどおどと花は座り直す
妙な沈黙が少しばかり続いて、絣が物語をしだした

「お前には、私の後を継いでもらうんだ」

「え?・・・辞めるんですか?」

意外な顔で花は思わず聞き返す
絣は、表情を変えず話を続ける

「昨日、妹が死んだ」

ずき、花の記憶が痛む
しかし、精一杯にそれを悟られないように
平生を演技する

「私は次期当主に返り咲くことになったんだ・・・もっとも、場つなぎなんだけどな」

「そう・・・・ですか」

「飾りみたいなもんだから、誰でもいいんだろうが、歳と実力で私しか居ないらしい、家も随分困窮してる」

絣は、綿々と続ける
この話がいったい、どれだけの情報で
どうする為の話か、花はひたすら頭を悩ませる、何が言いたいんだろう、と

「新しい妹が出来てね、それが使えるようになるまで、現行当主と妹との間を繋ぐだけなんだ」

表情が出た
寂しそうな、そういうのが面に現れた
そこでやっと気付く、いつものような
深い思慮による、何かの情報ではなく
ただの愚痴なんだと、花は、そんな人間臭さが
この女から出る事に狼狽した、だが次の言葉

「妹を殺った奴なんだけどな」

来た
やはりその為の牽制?花は逼迫する
事と次第によっては、自分にも何かが、いやこの瞬間に沙汰があるやも
花は気構える

「斉藤 春・・・・・まぁ、知っての通りの顛末だろう?」

「・・・・・・・・・・はい」

声が鈍った、それに気付いたのか
薄く上目遣いに、花の様子を見た
そこで思ったのか、なるだけ柔らかい口調で言う

「ああ、大丈夫、それについて意趣返しなんて思わない、膳所の家はそういうのを忌むから」

じゃぁ、なんで?
とは聞けなかった、絣は話しながらそんなに感情を高ぶらせて
あまつ饒舌となっているというのに、動揺していると悟らせるとは指摘できるものか
絣が、言うことと矛盾している様も、
意趣返しが無いと言うことに、憎悪と怒りがこもっている事も

「・・・・・・・・・・・・・・・・・やはり」

少し溜めがあった

「私が殺しておくべきだった・・・・・・・・・そうやって、後悔してるんだ」

台詞の後、微かな嘆息がこぼれた
やりきれなさ、そんな当たり前の感情が
ありありと言葉の端、仕草、雰囲気、それぞれから漏れている
花はかける言葉を知らない

「・・・・・・・・・・・・・」

「こんな事になるなら、私が、妹を殺しておくべきだった」

意外、花は相づちも打てない、黙る

「死に顔が、とんと安らかだったんだ、斬られて尚、かわいい笑顔だったんだ、私にはずっと見せてくれなかったような」

存在は相変わらずそのままだが
泣いている
そんな空気だ、声色と身体が
女をそう見せた
当主という苦しみからの解放が、それほどまでに良かったなんてね、
続く言葉は、どうも表情豊かで物寂しい色合いばかり
花は絣という女が甚だ可愛そうに見えた
その、名家に産まれたばかりに熾烈を強いられる、「年下の女」に哀れを覚える
話はそれるが、絣は23、花は前述通り26になる
そういう歳の差だから、ますます、絣の不憫が募る

「ま、ヨタ話だ、気にするな・・・・・で、明日からだけども」

「その件ですが」

ぎりぎりの言葉を選びたい
花は既に、断ると決めている以上、波風の立たない事を望んだ
しかし、あたまから否定の分節、絣の表情が強ばる

「不服?それとも、反骨?」

そうきたか、
しかし、実際破格の抜擢に背くというのは
謙遜ではなく、上意に背く事と直結する
花は、仕方なく理由を説明する

「いえ・・・・・そうですね、明日、私が出社できたら・・・・」

「?・・・・・・・」

不可解な事を?
いや、既にその言葉から絣は二つの選択肢を見つけている
花が今日、何をするのか、二通りの予想がついた
しかし、どちらか

「原田か?それとも」

「両方です」

花はすぐに答えた、よくできた笑顔でそう告げている
絣は人事上、それを止める義務がある

「解ってるのか?原田の方はいくらでも処理するが・・・・・・あの同居人の方は、知ってるのか?あいつ」

「知ってます」

「・・・・・・・・・」

「だから、ですよ」

言って、花は席を立った
絣は止める気も失せたらしい、去っていく背中を
黙って見ている、作り笑顔は扉が閉まるまで
決して崩れやしなかった

5時40分

時間はすっかり過ぎた、一応引き継ぎ業務が発生したが
もともと初、花の二人でゲリラ的な営業をしていただけなので
具体的な引継取引先などは無く、瀬田に事情を汲んでもらい
事務処理だけで済んだ
そして、帰宅
いや、会社を出ただけで、家には無論向かわない
脚は別を求める

場所は七条油小路

ここに小さなパーキングがある
いつもは会社の地下に停めている車を、そちらに移した
そして、中で待機
黙って、眼光鋭く刀を殊更大事に抱えて待っている

「・・・・・・・・・・・・・・5分くらいかな、あと」

小さく呟く、デジタル時計の文字盤を
じっと睨み付けて、尋常じゃない顔つきで車内、薄暗い中
ただ、待ち続けている
間もなくここには、初の仇がやってくる
Cの女とその連れだ、この近くで彼女達が仕事をしていると
昨日、事件の後にすぐ調べた

無論、意趣返し、敵討ちの為

時勢、既に多く過ぎて
敵討ちという所業は、明治に既に法度とされ
なお破られていない、世論はいくつか荷担することもあるが
いずれも酌量の余地無く、刑罰の対象となる
しかし、それでも堪えられない
花の怒りは、安くない

まだ初は死んでいない、だから敵討ちとも表面上は言い難い、
しかし初の身分や現状を見れば、葬られたのと同義だ
近く初は、宝蔵院に戻り、守り役になるつもりだろう
養う女と子供が出来た以上、なにかにへつらってでも
生きる必要がある、自力で生きる必要が
あんなに世間に抗って、必死に上ってきたというのに、実にくだらない事で
その努力が泡に消えた、積み上げた山の高さを知るからこそ、なお
想いは激烈極まる

「・・・・・・・・・・・・」

子供じみているし、唐突なのも解っている
が、赦せない
大切な人を屍に帰した事、まして、その手口
周りには愛想笑いだけをずっと振りまき、安穏とした皮をかぶり
たった一日だが、必死に我慢をして過ごした、それもあと5分のうちに果たす
いや、5分もかかるか?くだんの相手は、何も知らずに
するりとやってきた、花、起つ

「・・・・来た」

途端、血塵は荒び
一瞬で殺戮が行われる
ばたり、音を激しくして車から飛び出ると
有無を言わさず、名乗ることもなく男を二人、歩きながら斬り払った
歩く居合い、その業の凄さについては今は語らない
ともかく、尋常離れた業で二人を一瞬で屠る

「貴様っ、意趣返しかっ!!!!!」

すらっ
Cの女は小太刀を抜いた、そしてすぐに切り返してきた
花はやり過ごす、目は憎悪にまかせて
計算や策謀は何一つ無い、純粋に、手前の力で御前を殺すのだ

「下劣がっ、せめて死んでニエとなれっ」

ざんっっ
吼え立てて花は渾身の一撃をたたき込む
びん、と受けた腕が痺れる
Cの女は極端な劣勢を悟る、これだけ接近し、性急ならば
巧緻に富んだ技よりも、力、ただ力だけが勝る
日頃たしなむ剣技など、戯れのようなものだ

がいんがいん、がいんっ

力任せの振り下ろしが、何度もCの女を叩いた
なんとかして防いでいる、ただ防ぐにしか気をまわせない
得意の暗器も使う暇が無い、含み針は既に悟られていて通用しない
だがそれでも間合いは小太刀に分がある、それを頼りにして
たった一撃、外す事を考えている

すん、

端から見れば不可解な、そんな間が一瞬できた
雨霰だった斬撃に、たわみが現れた、リズムがガランと崩れた
ここだ
Cの女はすぐにそれを嗅ぎ取り、一気に勝負にでる
あまりの圧され調子だったため、一瞬の勝機を逃さない
罠だとは、決して思わない、いや思うほどの余韻は無い刹那だ
身体が反応して、反撃を繰り出していた

ぶんっ

「ご苦労」

あ、口を小さく開けて、Cの女の肩口は凄まじい血しぶきを上げた
一撃が身体を引き裂いて、内に込めていた力が
全て血となって噴出していく、命が散るようだ
四肢の力が抜けていく、吹き上がる血とともに散っていく

かつて絣さえも脅かした、花の奥義が炸裂したらしい
間合いを外す、神業のような芸当で小太刀は空を切り
同時に花の刃は敵を裂いた、しかも一撃で終わらず
例の、歩く居合いにて脇、背中、と白刃を奔らせていた

力任せに見せて、最大限の技を発揮している

血の雨があたりを赤く染める
怒りがまだ抜けない、白目を血走らせ
花は屍を見ず刀を仕舞う、残心はとてつもなく分厚い

「・・・・・・・・・・・はな・・・さん」

「春か」

申し合わせたように、5時53分
女子高生はその辻にやってきた
どんな意味かも計りかねて、わからないままにやってきた
辻を廻った時、現場に遭遇する
ちょうど、奥義が発動する瞬間から終わるまでを
網膜に焼き付けた
目の前の凄惨な光景が脳裏をえぐる

「血風塵・・・・・・・・これが・・・・」

随分前に、クラスメートが呟いた鬼業を思い出す
血が、際限なく細かくなり散り荒ぶ時に
目の前を真っ赤に染める霧が浮かぶと
常軌の技では無い、それを目の前の人はやってのけた

周と一緒でも見たことがないそんな芸を

全身が粟立つほどの戦慄を覚えた
目の前の女は、未だ怒りを眼に留めて
ぎょろりと振り返る、語気が荒い
冷静さは皆無

「・・・・・・・・・・・・・」

「血風塵ね・・・・古い言葉を知ってるな」

「・・・・・・・」

「これを見るのは二度目だ」

憑き物が落ちたように
やっと、花の目は朝の時と一緒になった
正式には、今朝の目と一緒に

「前は、近江太郎を誅殺した時」

「誅殺・・・・・・・」

「・・・・思い出話はいい、もう終わりにしよう・・・・・・春」

なにを
とは言わない、春は解っている
ただ、その事を花が知っていたのが怖い、
だからわずかに重心が後ろに傾いだ

「おいで、私を殺したいんだろう」

「花・・・・さん」

「近江太郎を殺したのは私だよ・・・斉藤 春」

花はゆっくりと、全身を翻した
春に正面を向ける、ぴりぴりと緊張が伝わる

「かかってきな、義妹・・・・・太郎の妹、さぁ、お前の仇は目の前だ」

花の声は、春を
呑むように響いた

つぎ

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