スピリット オブ ヤーパン


ざら、ざら、ざら

雨の中、ひきずるような音が響いた
ともかく酷い雨だった
屍は6つ、いずれも即死だろう
苦しまずに死んでいる所は、菩薩の所業と言ってやることもできる

宝蔵院の然は周の骸をひきずり脇へとかたした

そして、よいせと腰を下ろす
幸い木陰で、雨が若干しのげる
泥の撥ねた骸の面を、ハンカチで優しく拭っている
雨の音は泣き声のように騒々しい

それに混じって、肉の音がいくつかしている
然は小唄を口ずさむ
経のようでもあるし、童謡のような様子でもある
小声で、しかも、雨の音が酷いから
何かを歌っているという所しかわからない
でも、優しい顔は側の骸を・・・死んだ周を弔っているようだ

雨に混ざる、肉の音は膳所 絣に因る
周の亡骸にたかろうとした、愚か者に天誅を・・・・
そんな言い訳で、ただ、自分の中の怒りにまかせて
憂さを晴らしている、暗いから見えないけどさぞ綺麗だろう
然の歌に乗ったように、踊る姿、雨の中
酷い音

絶叫と、少しばかりの泣き声

やがてそれも済んだらしい、雨音と歌声だけ残った

「・・・・・・・・・♪」

「然様」

「済みましたか?」

「はい、見苦しい所をお見せしました」

ざぁああぁぁぁぁ・・・・・・・・・
しばらくして絣が木陰にやってきた
武器は一つも持たず、身一つで、どれだけの連中を「懲らしめて」きたのか
少しだけ息を切らせて、冷たくなった妹の側に来た
この姉は相変わらず表情の無い、人形顔をしている
雨に打たれたせいか、なおのこと冷たい様子

然は黙って見ている
腕が痛むようだね・・・・・雨の日はやはり辛いのか・・・・・・
その感想は周の死となんら関係が無い
そういった感傷に浸らない、そういう雅に流されないのが、然の優れた所だ
情緒や感動を理解はするが、それに浚われることがない
だから、いつだってその人を冷たく見ている
人がどんなに辛い状況に居て、その振る舞いが悲壮であっても
偉いもんだね、というような目で見ていられる
他人に移入しない、同調しない、数少ない性質の持ち主だ

「・・・・・・・・・あまね・・・・・・・・・・」

重たい言葉に聞こえた
絣は右手でそれをなでる、左手はだらりと下げている
以前に失った腕だから、雨の日は特に自由がきかないらしい
然はそんな纏わる事を思い出す
絣の表情を見て、そこを立った、席を譲るようにして
身を下げていく

りりん、

「然様」

「ん?」

「本家に?」

「いや、別に寄る所があるので、これで失礼しますよ・・・・お気をつけて」

「・・・・ありがとう、ございます」

礼を言う姉、木陰は暗くて
表情を読みとるような視界を許さない、光りがともかく乏しい
そこは姉妹二人だけの小さな箱のようだ
然は鈴を鳴らし雨の中に消えた

しとしとしと、しとしとしと、、、、、
雨は細かくなったが、それでも酷い量を
空から垂れている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その頃、春は報告を終えていた
武専は、春が戻ってきた事で
全ての状況を悟ったらしく、別段何も言及しなかったし
事実だけを受け止めて、今後を検討する様子だった
くだらない
そんな事を思う

雨の中、傘も差さず下校する
濡れたまま歩くという、妙な事をしているが
武専の制服を着ているだけで、それは
さも当然という説得力を持った、見かける人が
この少女に不審を抱くことはない、こんなに

悲しげで、辛そうなのに

生き残る、という望んだ結果を得たというのに
虚無感と、後悔がずっとあった
歩くすがら、ひたすら
周の事を、考えて、思って、知れば知るほど
彼女をどれだけ自分が好いて、慕っていたかがわかる

だのに、なんで殺したんだろう・・・・・

今、ベンチに座っている
相変わらず雨は止まないし、ざぁざぁと音を響かせている
場所は公園、何度か、中華まんを食べた公園
雨に打たれて、随分とくたびれた身体をベンチに預けている
空をじっと、降り注ぐ雫を見つめて
ただ、顔を上げている

打つ雫は冷たい、伝う雫は温かい

声は出さずにどうやら娘は泣いているらしい
春は、自分自身が理解できていない、理解する気も起こらない
忽然と、後悔とも、悲壮とも、憐憫ともつかぬ
奇妙な感情を抱いている、ただうつむくことだけは拒んで
空を見上げて、降り注ぐ雨に涙を混ぜている

ぱらぱらぱらぱら

「・・・・・・・・・・・・・春?」

傘を穿つ音が近づいた、それは名前を呼んだ
呼びかけに対して、声は出さず、少しだけ注意を向ける
不思議そう、いや、心配そうな顔をしたOLが居た
なんだか、OLも疲れている風に見えた

「花さん」

「何してんだ・・・・・・・・・・・特務か?」

「・・・・とくむ・・・・・・・・・ああ、そうかもしれません」

「?・・・・はる?」

大丈夫かな?
花は気が触れたのではないかと、女子高生を観察する
どんよりとしたようにも見えるが、以前の
酷い鬱騒ぎとは、何か違うらしい、瞳はまだ生きているし
感情や、生命が蠢いている
ただ、なんともいえない、動揺でもなく、沈没している

「・・・・・・・ちょっと、辛かったんです」

小声で春は囁いた、かすれた声が尋常でない事だけを色濃くしている
しかし、聞いている花も心の底が疲れて、冷え込んでいる
初が、酷いことになった、そのすぐ後だ
春も心配だが、どこか冷めてしまっている

「・・・・・・・春も・・・・か」

「わたし、も?」

「うん・・・・・・・まぁ、悪いコトは重なるんだろう、そういうもんだ」

「初さんに、何かあったんですか?」

図星、表情に透けてるのかな
春の抑揚のない声が、思いの外正気である事に驚いた
かすかに肯定をしておく、言葉にはしない

「・・・・・・・・・花さん、わたし・・・・・・・特務で人を斬り殺しました」

「ん、まぁ、そういうもんだしなぁ」

またか・・・・・まだそんな事で悩むのか
花は不快を露わにする、引っ越してきた時にも
同じ様な理由で落ち込んでいた、それを思い出した
花はもう少し深くまで思いやれない、やはり
自身もかなり参っているからだろう、それに気付くわけもない
春はもう一言付け加える

「・・・・・・・・・・友達だったんです」

花は黙るしかない

「大好きだったんです・・・・・・泣くほど」

春はようやくベンチに頼った身体を起こした
花の方を見る、あくまで花の居る方向に視線を移すだけ
春の長い髪は、たくさんの水を吸ったらしく
起きあがった上体に、たらりたらりと幾筋も水を流した

「・・・・・・・・赦せません」

小さく主格を省略した言葉で
雨と涙に濡れた顔を、花に押しつけた
ふるふると肩は細かく揺れている
声は押し殺しているが、それだけに一層
直視できないほどの哀れが匂った
花が抱き締め返す、ぎゅっと強く、何も考えないで咄嗟の動作だ

目を丸くして
お互いはお互いを見ずに、身体だけを寄せ合う
花は言葉の重みに気持ちを奪われ
春はただすがりたい一心で
OLは脳内に、かすれた声を聞いた

赦せないんです、好きな人を殺した自分が

赦せないんです、と

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雨の中を一つの影が歩いていく
ペースは遅く、一歩一歩踏みしめていくように歩いていく
姉が、妹を背負って歩いている
仲睦まじい姉妹の姿だ

「周、昔はよくおぶってやったね」

背負っているけども、器用に傘をさしている
鴨川沿いをゆっくりと上がり、三条通りへ向かっている
天気のせいだろう、祇園の界隈もいつもの人手が無い

「まだ私が次期当主だった頃、雨の日にあったよね」

薄暗いから、姉妹の事は道行く人には見えない
人を背負って歩いているというくらいしか解らないんだろう
道の人々は、姉妹よりも自分の事で余念がない
それぞれがおのおのの道を歩いている
対岸や、すれ違う人なんてのは、風景と一緒だ

「あんまり遠くまで行くから、帰ってこられなくなって」

鴨川沿いはいつもなら若い男女が
一定距離ごとに寄り添うという、面白スポットだ
しかし今日はそれも、ごくまばらにしか居ない

「当主に見つかると、ただじゃ済まないから、黙ってたねぇ、あの頃も可愛かったよ、頑固だったけど」

河畔もやがて無くなり
橋を渡って、西へと向きを変えた
三条は、どことなく落ち着いている、御池や
四条とは大分顔が違う

「あたしが背負ってた時に、泣いてた事だって知ってたよ」

新町までは距離がまだある
しかし休むわけもなく、ただするすると
牛のようなスピードで足を進める
その様子は、どうにも都会離れしている、田舎風景に熔ける風情がある

「まだ、私を頼っていたね、あのころから、お姉ちゃんて呼んでくれた」

車の数は多いようだ
徒歩の人の分だけが、車に化けたようにも見える
何度か、タクシーが近づいてきて歩みに合わせるそぶりもある

「継承を争う時に、迷ったんだ、勝つか勝つまいか、本当は、まだあの頃なら私は周に勝ってたと思う」

思い話を楽しそうに姉は続ける
聞いて貰うという意識よりも、話したいという気持ちが強い
そういう口調で、自分の感想ばかりが思いついている

「だけど、周が負けたらどうなるか・・・・・思ったら、結果、わたしが腕を無くしたよ」

傘の中で、声はそんなに大きくないから
外に漏れない、少しずり落ちてきたのか
一度足を止め、よいせと背負い直した

「ナイショだよ周、これは先代も知らない、乳母も誰も知らない事なんだ、言い訳みたいだけど、本当だよ」

やがて車も道には少なくなる
煙のように細かい雨がさらさらと舞っている
顔に冷たさだけが伝わり、気付かないうちに
随分と頬を濡らしていた

「私の腕は雨のごとに痛むから、その度に周を思い出すよ、何もかも忘れないんだ、だから辛くない」

絣の腕は、ホンモノの腕だ
ただ一度「ちぎれた」のを蘇生させたから
不自由にできている、傷口は
雨になると、しくしくせせび泣くように痛む、今も殊更重く

「謝る事もあるな、諜報で周の廻りを調べていた事、ごめんね、調べられているというのがイヤだったろ」

信号で一度止まった
ふいに止まった風だったから、勘違いしたタクシーが
側に止まり顔を覗く、絣は苦い表情でそれを断る
気を悪くするわけもなく、タクシーはまた
元の流れに戻っていく

「周、ごめんね」

信号が変わる

「今朝、出ていく前に泣いてた事も知ってたんだ、私だけは知ってたんだよ」

背中の妹はとても冷たい
絣のうなじに周の頬が当たるが
それが濡れていて、酷く冷たい
妹はずぶぬれだ、それを背負っているから
だんだんと背中から染みてくる
成長したせいもあるだろう、ともかく重たい
押し黙った顔は、髪から流れる雨水で
泣いたように光っている

「さ、今の事は誰にもナイショだよ、お姉ちゃんと約束」

ようやく辿り着いた、小さな光りがぽぅと灯っている
新町の豪勢な住宅達の中に、古めかしさを誇った家が一つ
表札の「膳所」を見取り
門をくぐる、石庭と見紛うほどの玄関
差していた傘を畳み、とんとんと小突いて雫を払った
そして、絣は普段通りに声をかける

「ただいまぁ」

凛と張った声調
はらはらと流れる雫を一つも気取らせない美しい旋律
奥から、遠い声が返ってくる
ずっと昔、こんなに殺伐としなかった
大切な幼い時間、その時から、変わらない景色

おかえりなさい、随分と遅かったじゃないか

かすり、あまねや

つぎ

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