スピリット オブ ヤーパン
槍は間合いが命だ
これは、あくまで、原田初の弁だ
本当の槍使いがどう思うかはわからない
初は、自分の身体の小ささから、槍の間合いを
ことさら、他人の何倍も気を使い計る
cm、mm、そんな単位で計っても足りないやもと思うほど
精密さをそこに求める
ちぃ、ちぃ、
槍の先が床を少しずつこする
下段に構えている、なりが小さいから、下段の構えは
地に寝かせているかと見紛うほどだ、死地に居るからなお
そう誇張して見える
相手の男は、微かに初を見くびっているらしい
身体が小さい、そして、貧賤の出だという事
その二つだけで、自分より格が上になることはない
そこまで信じている
驕り、とまでは言わないが、油断の破片にはなる
ぎし、ぎぃ、ぎし、ギ、
踏む音がいたずらに流れていた
時折、踏みしめが強く、音が堅く震えるが、お互いに
撃は起こらない、計り続けている
鬩ぎ合いは、この構えの状態で8割以上行われる
疲れ、あるいは、しびれ
どちらかが顕れた時に、それが、きっかけになる
チィッ
火花が散るような、熱い音が奔った
初の槍先が床を削って、いよいよ首をもたげる
1尺、3分、5分、1尺・・・・・・・・
ちびちびと、槍の先は、出ては引き下がる
実に巧みに操るものだ、新しい生き物のように、それは
予期せぬ拍子で、伸び縮みを繰り返す
男は焦る、少しずつ圧されるように後ろへ下がる、腰が浮つく
「腰っ!!!腰が浮ついてるっ、しっかりせんかっ」
Cの女の声が響いた、男は慌てて
自分の浅はかさを呪った、知らない間にペースを握られている
ぎゅぅ、と目に邪気をこめて今一度、四肢に奮発を込める
その、一瞬だけ堅くなる時、針に糸を通すべく
槍の獣はいよいよ、アギトを開いた
ずんっ、ずんっ、ずわっ、じぃぃっ
4手、突きが3度薙ぎが1度、初の巧みが真骨頂を見せた
ほうほうの体で、男はそれをなんとか捌いた、3尺の鎬(しのぎ)をめいっぱいに使って
あわよくば、槍を絡め取ろうとこちらも、妙技だった
・・・・・こいつ、マジ、強ぇっ
初は改めて、自分の不利を悟る
今の隙をついた攻撃は、勝負所だった、その気概で及んだ
だが、浮ついてなお、初をみくびっていた男はしのぎきった
万策が尽きるとまでは言わないが、楽ではない
一連の攻撃で、初は心理的に有利に立っているとはいえ
実に微々たるもの、対峙するからこそわかる、そして同時に悔やむ
私の背が、あと10cmあったら・・・・・
リーチがやはり槍をもってしても、180cmを越える男の3尺の刀に
優位を保てない、小柄というのは、戦闘では本当に
ハンディキャップ以外の何者でもない、身体が軽いから、自然攻撃も軽くなる
どうしても不利だ、アドバンテージが少なすぎる
緊張の空気は依然、周りを包んだまま
どっぷりと、汗だけはしたたり落ちる
初は、相変わらず牽制を続ける、正直、身の丈以上の槍を奮い続けることは
尋常の体力では及ばない、圧倒的なスタミナで、それを
ひたすら行い続ける、動きが止まった時が負ける時と
背水として、ただ繰り返す
「・・・・・・・・・・・・・・まずいな」
離れて、勇姿を見守る花が呟く
誰にも聞こえないくらいの音で、しかし、思わず口をついた
初の奮闘は、かなりのものだ
牽制といっても、いずれ劣らぬ突きを見せている
豆タンクと呼ばれるほどの、疲れ知らずとはいえ
動き続けることは至難だ、初に疲れが見えるのも時間の問題に思える
しかし
それをどうにかする、技量も策も無い
それが、一番の問題だ
花はなんとかして、糸口となるアドバイスをかけたいのだが
何一つ思い浮かばない、いたずらに、儚げに舞う女の背中を見守るしかない
歯痒い、自らの失態も加えて、なおのこと
ざ、ざ、ざ、
汗が散る
初に、疲労が見え始めた、息が荒く、上がってきた
男は頃合いと見た、決を挑む
「なろぉっ!!!」
じわり
染み込むようにして、男は流ちょうに間合いを詰めてきた
いきなりだ、初は対応できるだけの気を張っていたはずなのに
その隙間をすり抜けて、端からは誘い込んだとしか思えない風で
男は初に迫った、切っ先は見えない、振りかぶった音だけが在る
ガンッ
「つ・・・・・・!!!!!!」
凄まじい上段が襲った、槍は辛うじて受けている
流す暇が無い、初はすぐ体勢を立て直す間合いを確保するため下がる
しかし、初の歩幅の倍以上、男が詰めてくる
狭まるばかりだ、休むことなく、今度は木刀が牽制を始める
ガ、ガン、ガ、キ、ガキ、
堅い音がいくつも連なる
初はなんとか全て受けている、身に余る長さの槍を
なんとも持て余すことなく、振りかざし木刀の動きを捌く
槍の空を切る音が、刀の荒々しい声をかき消している
ずど、がん、ど、ど、どど!!
男は斬る、薙ぐの攻撃にいよいよ突きを混ぜてきた
初の技量ではここまでが限界だった、2度の横攻撃は交わしたが
突きは、とうとう防御の編み目を通り抜け、初に刺さった
「!!!!!・・・・・まだっ、浅いっ!!」
自ら吠えて、一本を許さない初
事実突きは浅かった、しかしそのダメージは計り知れず
さらに加えて、どん、どん、と身体を痛みが貫いた
ぐぅ、唸る声、同時口から血がこぼれる
「初・・・・も・・・」
「るせぇっ、黙ってろ、花っ」
止めにかかった身内を叱咤する、叫ぶと口内の血は火を吹いたように散った
痛打を受けて、なお、槍を手放さなかったのは褒められる事だろう
男は突きの4連打を使い一連の連続技が終わり、一旦の間を置かざるを得なかった
一拍間合いを外した、後手づめが来るのに一瞬だけ空白が産まれる
まるで演奏が始まる寸前のようだった、クライマックスの前の一拍の休符
1秒が長すぎると感じる、儚い時間の後、怒濤が押し寄せる
振りかぶる音、男の攻撃は雷撃の如く奔った
もう、初は捌くことができない、乱打、乱打、殴られ続ける、3度に1度は打撃を受ける
一度崩れると弱い、真剣でないから生きていられるだけだ
そして、急所を外すことだけに集中しているから、打たれてもまだ、初は動いている
「・・・・初・・・・・・・もう・・・・・・ああ・・・・・・・・あああああ」
花が、悔しさに涙を零す
いっそ負けを宣言してもいい、そんな事も思うほど追いつめられる
だけど頑として目の前の女は敗北を認めず、まだなお抗っている
一本だけを防ぎ、ただ殴られている、形式の恐怖
一本さえ取らなければ、いつまでも殴られ続けなくてはならない
相当の時が過ぎたように思われる
だが、男の攻勢が始まって、実際は1分と満たない
勝負とは、そういうものだ、決まるのは一瞬、その一瞬が、今
ざぁっ!!!
魂が抜けたように、初が棒立ちになった
同時に、男が最後の一撃を見舞う
もう、初の槍では長すぎて攻撃をすることはできない
間合いが詰まりすぎている、刀充分の距離だから槍では、どうしようもない
槍・で・は
こん、
勝負の初め、初は身体が小さい事で、自分の不利を唄っていた
しかし、不利の裏には有利が潜んでいる
初が小さい事
これが、取引先の同情を引き、自前の槍を使うことに導いた
思えば、それこそが最大のハンデとなった
初の目は笑っている、刀の完璧な間合いの中で
男は、勝負が決まったものだと、最後の油断を見せた瞬間だった
軽い音とともに、初の槍は真ん中手前で、二つに別れた
仕込み槍
手元に残った柄部分は、普段の木刀と相違ない長さ
お互いの刀が届く距離の場合
雌雄を決するのは、速さ
刀短く、身体小さき初が、どうして大男に劣るだろう
ざががっ!!!
切り上げて払い下げて突き刺す
振り下ろされる刀を外し、急所を寸分の狂い無く、なますに斬った
男の後ろに斬り抜けた初、勝負は決した
「一本、三菱社」
勝ち鬨があがる、万感が初を抱き締めた
花は駆け寄り、その、ぼろぼろになった娘を大事に抱える
錦で包むように優しく、そして、親愛を以て
「初っ!!!!・・・・・・ういっ」
「言ったろ?・・・・私は、宝蔵院の高弟だってば」
くしゃくしゃと、花は強がる初を愛でたくる
生意気な事を、立つのも辛い身体で言い張る真の女に
最愛を示して、喜びを噛む
「バカ・・・・・・・でも・・・・・・・」
「ああ・・・・・さぁ、三本目、もう大丈夫だよな?」
「うん・・・・・初、ありがとう、この感謝は敬愛を超越するよ」
「むずかしいこと言っても、わかんねぇよ・・・・・・・・さ、頼むよ、居合いの娘」
こくり
花は頷いて、初を道場の隅にそっと休ませた
怪我の具合は相当酷いようだ、長くほっておいたら死んでしまう
不安?いや、どことなく花は安心している
初は死なない、手当をすれば助かる傷だ
少し寝かせておいて、すぐに手当はしてあげられる、すぐに
気力は満ちた、焦りと、謀は振り払った
良きパートナーに恵まれて、花は心底から感謝をする
声なくとも、伝え合う絆、チームとはそういうものだろう
どどどん、三本目の刻が鳴る
真っ赤に腫れた手に、テーピングを巻いて、一回分の力を乗せた
木刀をわきに、試合場に臨む
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
両者声が無い、また何か乱す言を発するかと思ったが
Cの女は沈痛な面もちだ、勝負にかけてきている
裏技があるかないか、それはわからないが、ただ勝負に挑む表情だ
花は引き締める、全体を、見回すように視界が広がる
「三本目、始めっ」
私怨を遠くにして
私事と公務の分別をする
かつてない程の、心の静けさがたわる
四方の気配が、細かい砂が触れるようにわかる
とぅん、とぅん、とぅん、、、、
細かい音、心臓だ
脈を打つ音だ
さきほどまで、未だ止まなかった籠手の痛みは
既に覚えない、わずかな違和感が脈の大きさだけで感じられる
花は、動かないでじっと、動かないままの攻勢に出ている
始め、のかけ声の瞬間に
Cの女は、二択を迫られていた
一つ、かけ声と同時の攻撃
一つ、静寂の敵を見る防御
迷っていたが、二つ目を取った
取らざるを得なかった
居合いが、本来の力を十二分に自覚している、これは安くない
Cの女は心で舌打ちをする、能面のように感情を出さないで
冷たい表情を晒しているが、心内の沙汰は相当だ
なんとしても、一度空振りを誘う必要がある
幸いにして、籠手の怪我は酷い、ちらりと垣間見ただけでもかなりの痛みだろう
一度振らせれば、二度目は無理だ
ざ、ざ、ざ、
細かく、足を使い揺さぶりをかける
Cの女は、浅ましいとまで取られるほど、どたばたと花の廻りを動いた
しかし、花はどれに対しても打ってこない、誘いに決して乗らない
それならば、と一瞬でも殺気をくべれば、それには
敏感に反応してくる、花の宙を掻く手がぴたりと止まる
どちらが牽制しているかわからんな
Cの女は、また間合いを外して、いたずらに動き続けた
Cの女は小太刀を使う、短い刀は
剣速において他に勝るものを知らない
技に長ける武器、しかし、いかんせん間合いが狭い
通常なら受けて、寄り、攻める
という手順を踏むが、居合いが相手ではそれも取れない
一撃目を防ぐ自信が全くないのだ
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・」
息が上がってきた、Cの女
無理矢理踊らされているような、道化を自分に当てはめた
おかしい、止まっても奴の攻撃は届かないはずなのに
だけど、止まる事を強く拒んだ、それに怯えた
アゴを伝う汗は、ぱたぱたと床を濡らしていく
床の傷が幸いしてか、汗で足下を滑らせるということは無い
どたばた
足は、だんだんと下品に音を立てて廻りを騒がせた
Cの女の気持ち、今の状況は、後ろに控える男達もわかるらしく
何も言えない、どんなに下策でも
それを打破する、代わりが無い、いっそ暗器という手も考えられるが
流石に形式では卑怯が過ぎる、精神攻撃も受け付けない、万策が・・・
気付けば先の戦いの逆、初の状況とよく似ている
ただ、結果はそれに習わなかったが
ばっっっっっ!!!!!!!!!
「!!!!!!」
驚愕、そういう動作が人を殺すか
そんな疑問を思うほど、花に驚いたCの女は凄まじい勢いで昏倒した
まさに刹那、Cの女の動きが疲れにともない澱み
緩慢となった時、誰も、本人はもちろん仲間達すら気付く前に
その、居着いた瞬間(剣術においての死に体)を木刀は叩き斬っていた
斬った、と言っても寸止めだが
目に留まらない攻撃は、ただその殺意だけを浴びせかけ
女はそれに中(あ)たり、気を失った
どぉと、倒れて初めて
「一本、三菱社・・・・・・・よって、この度、三菱社との取引とさせて頂きます」
取引先も声を出した
最後はやはり居合いの本領だった、生きたまま魂のみを斬る、鬼業だ
ようやく仕事が終わった、花は解放を喜ぶ
すぐに契約書へのサインとなる、が、その前に
初の手当を依頼した、頭を垂れて、お願いしますと毅然で
私事ではなく、あくまで、公務の一巻として初の助命を乞う
初の手当は、さっさと済んだ
今日日、首がもげるとか、心臓が取れたとか言わない限り
なかなか死なないほど、医療は発達している
特に薬の力は凄い、骨折すら服薬で治る
まぁ、そんなご託はいいのだが、ともかく、初は命をとりとめた
「もう大丈夫そうだな」
「うん、あちこち痛いけど、死にそうじゃないよ」
初は青い顔をしている
そりゃそうだろう、いくらとりとめたといえ、一時間前までは棺桶に片足突っ込んでたはずだ
快復とまではほど遠く、足取りなどおぼつかない、また打たれどころも
決してよくは無く、完調には時間を要するだろう
初はどこかしこを庇うようにして、ひょこひょこと歩いた
花は、それを支えるようにした
久しぶりの、極大の達成感
二人は、どうしようもないくらい喜んでいる
喜悦が極まる
初は、これによって出世となるなんて事は知らない
だけども、自分の働きに、100%の自信がある、だから
その嬉しさは、筆舌しがたい
「よかったよな・・・・・・・・乾杯したいが」
「ごめんな、花・・・・・・流石に今日は無理そうだ」
やんわり顔で、初は残念と言う
またいずれ、と思い、二人車に戻る
去り際、Cの女の姿がちらりとだけ見えた、もう気に掛けない
ぱたんと、扉を閉めて、車はゆっくりと発進した
「・・・・・・・・・・・・なぁ、花」
「ん?」
「よかったよ、本当」
「ああ、今日の初は、久しぶりに惚れなおした」
「ありがとう」
「ゆっくり休んで、治すといいさ、この手柄は相当だし、有休取っても誰も文句言わないよ」
からから
笑う声が漏れた、車内は心地の良い揺れ
うれしそうな顔、初は少しひきしめて口を開く
「花・・・・・・・・・私、男嫌いだろ」
「・・・・・・・・・」
「だけどさ、太郎はそうでもなかったよ、長井さんは男ってのと違って仁として好きだったけど、
太郎は、なんていうか、男として許せたよ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・なんでかって、今気付いたんだけどね」
Cとやったせいだろうか
太郎の話題が、初から出たのは初めてな気がする
声色は不思議な音程だ、悲しそうな寂しそうな、でも、喜色さえも伺える
初は、ためらった後、次を言った
「太郎な・・・・・・・・・・・・兄貴に、面影が似てたんだ」
「初・・・・・」
「うん、物心つくかって頃の私をヤった男、くそったれで、憎たらしくて、イヤでイヤでたまらない」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「だけど・・・・・・・・本当は、だいすきだったんだ・・・・・・殺したいくらい好き?違う、そんなじゃなく、普通に、でも
最大限に、大好きだったんだ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「今思えば、もっと愛してくれる方法が他に、他に欲しかったんだと思うんだ、いきなりで
自分の子供ぽさも許せなくて、それを犯す男なんて最低が、兄貴だなんて・・・・赦せなくて・・・・・・でも」
「・・・・・・・・」
「好きで好きで仕方なかった、たった一人の味方だったし、血が繋がるって安心があった、今思えば嘘かもしれないけど
だけど、妹であって、兄貴が居たっていうあの生活が・・・」
「・・・・・・・・・」
「おにいちゃん、・・・・・・・大好きだったんだよ、手に殺めても、今で・・・・すら」
初は呟いてそのまま落ちた
好きな人を・・・・・・か
花は複雑だ
想う人を殺すという、業を背負うこと、初も、花も
そしていずれ、春も・・・
そう思うと、いたたまれない
なんとしようがない、弱い生き物だ
「うい・・・・・・・・・・・・」
?
疑問符
花にこれが浮かんだ時には、事は遅すぎた
初の様子は、明らかにおかしかったのだ、話題も、内容も、容態も
そのはず
首もとには、覚えのある、いつか自分に刺さった
忌まわしい、一本の針が光りをたたえていたのだから
Cの女の姿、去り際に見えた姿、忌まわしき姿
初の首は白く、針は鋼の光りを零していた