スピリットオブヤーパン


「いよいよだな」

「んー、長かった♪けど、ようやくだな、本当」

晴れ晴れとした笑顔を見せて
初がどかどかと歩く、少し遅れて花もついている
二人で取引先へとやってきた
意外と大きな仕事だが、まぁ、部長の姿を借りる必要もないような
そんな大きさで、二人でのんのんとしている

コピー機を10台納入、随分と金額はでかくなるが
10台程度なら、ぎりぎり一営業で裁ける範疇
それに、だんだんと大きな仕事を仕切ることで
次へのステップが近づく
目の前にぶらさがる人参の為に、馬車馬は働くのだ

ちゃらりちゃらり、刀のつなぎはいつもの、硬質の音を奏でる
機嫌がいいせいか、その音も気分が良いように聞ける
辿り着いたそのビルに入り
ゆっくりとエレベータに

「さて、今晩どこ行く?」

「そうだな・・・・・・久しぶりに、鴨川行くか?」

「いいねぇ」

二人でうししし、と楽しげな顔をする
ちん、音がしてエレベーターが到着、すぐに顔を引き締めて
フロアを通り、約束の談話室へとかかる

ちゃ、

「!!!」

「・・・・・・・・・・・てめ・・・・なんで、ここに?」

二人が同一の驚きを表す
中には、取引先の係がいる、それはいつもの事だ
しかし、その前に3人の別の会社の営業が居る
C社、老舗でもあるが、未だ力衰えぬ強力な会社だ
そこの営業担当が3人、そして、その内に一人

「・・・・・・・・・・お前らこそ、なんの用だ?」

かつて、太郎が死ぬ要因となった事件、その時の担当と同じ顔が居る
震えるほどの怒りが、花の内側からこぼれそうになる
初も話に聞きまた、ずっと探っていたからその存在については
憎悪以外に浮かぶものを知らない

「いやー、三菱さん・・・・・すいません、Cさんがどうしてもって言うもので」

「そんな、確かに前回うちとやると決めて頂いたはずっ!」

噛み付くように、初が吠える
狼狽もあるが、この行為は一種の裏切りだ
煩悶とする顔、嫌な予感がずっと拭えないで
ただ、なぜを繰り返す

「なぜ・・・・と言われましても・・・・やはり、競合して頂いたほうがより・・・ねぇ」

取引先の担当は口を濁す
確かに競合のほうが、より強い絆で仕事ができる
が、それは方便だ、くちごもりながら、視線を外す様に
ありありと、初に対する不審が臭っている
それが、なおのこと、花に火をつける、爆弾は今にも

「取引先に、そんなくってかかるような営業じゃぁ、そりゃぁ、鞍替えもするさ」

「だと、このっ」

ぎぃっ、視線が女を射抜く、太郎の仇
そういう意志も含んで、二人の視線は容赦なく鋭い
気圧される取引先の係、ここまで殺意や怒気がこもると
この商売が、破談ともなりかねない、わずかな理性を必至に引き寄せようと
一旦、息を吐いて落ち着けようとする

「まぁ、わからないでもないですね、そんな・・・・・・・素性の知れない担当の所相手では」

嫌味な声で、そう侮蔑を交えて発した
C社の女は、つれづれとさらに悪態を続けた
が、それは逆に初の気持ちを落ち着けさせた、子供じゃない
自分が罵られたら、それに対応することができる
我慢は、むしろ、花が強いられる

「で・・・・・・・・・C社と取引をなさるおつもりですか?」

初は、落ち着いて、しかし禍々しい目でそう続ける
担当はおろおろとしているが、言いつくろう
そして、提案が降りる

「そのー・・・・・・形式で、競合として頂けませんか?」

「けいしき・・・・・」

「うちは構いませんよ、そちらの二人がいいと言うならね」

相変わらず煽る、Cの女は心理戦を構えるようなそぶりだ
花はそれがわかって、なんとか抑える、ぐっと、その提案を呑むことにする
いずれにせよ、断ればこの話は破談、出世も、初の将来も暗い
拒否の意志は無い

「いいでしょう・・・・・・・・ただ、うちは二人ですから、後日」

「待つわけないだろう、今日調印だというのに」

Cの女はしたり顔でそう言う
謀られた、それが狙いか
日を改められないというのを、どんな不利な状況でも受けなくてはならない
それを見越しての、今日いきなりか
小賢しい、実に小手先の、小計を持ってきたものだと、花は
つくづくその嫌味な女を忌む

「わかりました・・・・・・・・形式で望みましょう、本日、今からですね?」

「花・・・・」

苦々しい顔でそう呟く
ほっとした様子で、取引担当は奥へ奥へと連れ出した
こちらへどうぞ、ゆっくりと奥の間が開く

形式
試合の形で、双方の力量を計ることを言う
乱刃より、よっぽど崇高だし格式の高い方法だ
だが、格式が高ければ高いほど、新参の会社は不利となる
形式という場数が少ないという不利がつきまとう

「えーと、3本2本取りでお願いします」

「・・・・・構いませんが、うちの場合はどちらかが二度出る事になるがよろしいか?」

花は、凛とした態度でそれを聞く
言いながら、仕度のため、腰の二本を外し静かにかたす
取引先は、こくりとうなずき、5分後に
と残して出ていった

「初・・・・・・・・先に私が、出て、二本目をお願い」

「三本目は、花・・・・・・・・だなぁ」

初が、口惜しそうにそう呟く
相手を見ると、高慢な女の他は、男が二人だ
背が随分と高い、初では槍を使っても五分とれるか微妙だ
作戦もなにもなく、順番だけで
あとは5分、身体をほぐして待った

先に三本目の話をしたが、はなからそんな気は二人には無い
短い時間で、2本を全力でこなすなど、ほぼ無理だ
2本先取が必須として、二人は構えている
それに対してCは、静かに時を待っている様子だ
何事か、作戦なのか、入れ知恵を高慢な女がしている
他男二人は、ふむふむと頷いて、じっと、花達を睨み付けている

「イヤな奴らだな・・・・・・」

「奴だろ?花、しっかりしろ、捕らわれすぎるとまずいよ」

初はモノが解っている
が、それは確かに正論なんだが、花の感情はそうともしがたい
花にとって、振り切れない過去であり、そして、それを解っているかのように
目の前は、ひたすらに掻き乱してくる
奇しくも昨日、墓を参ったばかり、思し召しかとも考えるほどだ

「あの女、暗器を使うよ・・・・・・初、気を付けろ」

「暗器!?・・・・・・・御法度も・・・・ったく、厄介な、性格だけじゃなく薄汚ぇ」

暗器と言っても、鉤爪や隠し刀なんてものなら文句は無い
この世界で、今、堅く禁じられているのが、飛び道具
筒は無論だが、それ以外も、くない、菱、鋲、針、手裏剣、等々
それらは良しとされない武器だ

「あの時は、言い訳になるけど、あいつの含み針にやられた」

「・・・・・・・」

「一瞬怯んだ、そこだった・・・・・・・・私の油断もあったけど、ともかくだ、一瞬を盗まれるよ」

「わかってる・・・・・けど、様子からして、あいつぁ三本目だろう」

「・・・・・・・」

「花、やりたいのは解るけど、今は任務中だ、商談に私事を持ち込まないこと、ね、花」

少しだけ優しく、殺伐とした雰囲気を必至にこなすため
初は出来る得るだけの自分を振る舞った
花は、それを聞いているが、解っているかは妖しい
ただ、その時の光景を、少しずつ、嫌なほど思い出している
声が聞こえる、心が捕らわれるから
思い出してしまう、あの時の心持ちを、逆恨みのように



「花さん・・・・・卑怯とか、そんなんは、まぁなんだ・・・・・そうだけどよぅ、勝つ為の方法はぁ、色々さね」

「お前、言うことが違ってるじゃないか、曲がった事嫌いなんだろう」

「曲がった考え方が嫌いなんだよ、初さん嫌うとか、ああいう曲がり方が嫌いなんだ」

「一緒じゃないか、つうか離せっ、今のままじゃどの道、わたしわ」

「シャラップ、向こうが勝つために手段を選ばないってのは、立派な事
ここで花さんが、死んだら、それこそアレだぜ、向こうの思うつぼなんだぜ?
生き恥ってのも耐え難いけど、それを越えた所に、最終的な勝ちを取ればイーヴンはおろか
ずっと格別だ、黙って、ここは下がるよ」

「るせぇっ、バカっ!!!そんな、許されるわけ・・・・許されるわけ・・・」

「佐幕だ、勤皇だぁ、面倒な事ぁどうでもいいんだ、俺ぁ、ともかく、花さんに死なれるわけにゃ、いかない」

「あほう・・・・・・・」

「いいぜ、バカだのなんだのと・・・・花さん、ともかく今は生きよう、死ぬ時じゃねえよ、絶対」



「はな・・・・・・・」

「ん・・・・悪い、大丈夫、大丈夫だよ初」

ことさら不安な顔、そうだろう
あの女に会ってから、ずっと様子がおかしい、顔が常に思い詰めている
初は危惧してならない、なんとかしないと・・・・そもそも
花がこんなになってしまうのは、あの事件が起きたから
あれは、初が居なかったから起きた・・・・・とまで、考えている、いつか恩は返さなくてはならない
花に、いや、太郎に

「・・・・・・今、言うことじゃないかもだけど・・・・・花」

「・・・・」

「太郎は、花を生かす事を望んだんだ」

「初・・・・お前まで・・・・・」

「ああ・・・・ち、違うよ、なんていうかな、佐幕だから生き恥とか、怯懦とかはわかる、下がる気は無いよ
でもね、なんていうかな・・・・・・・・・・賭して、守るよ」

「わたしを、か?」

「ううん、約束を」

「?」

約束、太郎が「花を生かしてくれ」と死ぬ前に、その死を初に悟らせる前に
三人の内、誰かが死なないといけない、それを自ら買ってでたバカな男の
あの笑顔で呟いた言葉、約束を守るため全てを賭ける
そこに死ぬなら、佐幕の本望だ、なんと笑われるものか

静かに、思い思いは駆けめぐり、幕が上がる

5分、取引担当が戻ってきた、正装

「では、一本目、双方」

シン、

さして広くもない、けど燦々と明るい陽の光が射す
床板は、美しさが無い、細かい傷がいくつも奔り
姿を映すことはない、頑丈で
そして年月を感じさせる、何百、何千という踏み込みが
この床のしない、味を出しているのだろう

打った静けさ

中央に、花が向く
相手は、男だ、木刀の大小を「二本」
その姿に眉をひそめる花、二本?
咄嗟に、男の後ろ、高慢女の目を見る

クソ女・・・・・・・・・・

あざ笑う表情は、花を乱すに充分だった
太郎の流儀を、揶揄してやがる
すぐに花の意識はその域までいった
怒髪天を衝く、殺気は全身から放たれた
瞬間、開始の合図は轟く
タイミングとしては最高だ、死地に挑んだ瞬間に殺気を解放
しかし

殺気の方向は、女であって、目の前の男ではない

ツ、

「花ぁっ!!!!阿呆っ!!!」

「!!!」

初の声が通った、はた、気付く春、動きが、形式は始まっている
スピードが、威圧が、重圧が、濁った水を浴びるような感触
試合という場所に、花はようやく足を下ろした
男は、すぐに片方を捨て
上段に構えて、一本で振り下ろしてくる
花は、当然出遅れる、ぬかった

コォンッ、

一発目、振り下ろされる木刀は
見事に弾かれた、花の後の先が炸裂した
目にも止まらない抜き打ちは、さしもの一刀流の男も驚いたらしい
ささっと、引いた、しかし一歩踏み込めば届く位置
抜いた花は、刀を戻す暇が無い

しくじった・・・・・・・・何やってんだ・・・・・・

後悔は先に立たない
汗がじわりじわりと、にじんで来た
花はあくまで、居合いの使い手だ、居合いは鞘の内でこそ
その最高の技術を発揮する、今でも、花ほどの使い手でなければ
とうに一撃にまみれている所、それを
叩き壊すように振り払った、妙技だ、が

じり、じり、

円を描く、お互いは間合いを計る
花はなんとしても木刀を、脇に構えたい、が、隙が無い
じっと、下段に構えて防御を見せる
男は正眼、ふるふると、切っ先は震えている
一撃目の花の速さに、まだおそれを抱いている様子だ
なんとしても、二度とあれを打たさじ
男はそう考えて、剣気を圧しつける

使えるな・・・・・・・野郎・・・・・・・

花は構え直す、おそらく、どれだけ時間を使っても
居合いに持っていくことはできそうもない
仕方なく、抜いたままで勝負をする、不安だ、が、仕様がない
追いつめて、自分の力を引き出す、瞳を、相手の瞳を睨む
じぃと、焦点を引き絞り、その、瞳孔の動きをつぶさに捉える、捉える、捉える・・・・・・

くる、くる、くる

円を描く、落ち着いてきた
二人しか感じない、もう、外の声は無い
花はじっくりと、ただ、じっくりと、動きをコマに割る
刹那を打つために、そして、奥義の妙を思い出す
口伝を、抜いた後の居合いを

ト、

動き
男が飛び込んできた
花はぎりぎりまで見る、降りてくる刀を
平で受ける、流して小手を狙う、じぃっ
焦げるような音が、木刀を削った、両者無傷
ばばっ、衣服の音は激しく、またお互いの恐怖は絶頂を越える

「くぁっ!!!!」

「ぜぃあああああっっ!!!!」

男の声が花の声を呑む、声がでけぇ
花は声量自慢をするつもりはない、丹田に溜めた力を
ぐぐっと少しずつ解放していく、かつっ、かつっ、かつッ
三度、刀は触れ合った、渾身の一撃では
いずれもない
だが、気を抜けば、そこからその一撃に繋がる、そういう布石だ

どう、どうどう
床を踏む音は、ずんずんと低く響いた
ぐぎぃいぃ、その音が一つ、大きく啼く
鍔迫り合いの両者、男が踏み込んでそれを押し出した、勝負だ

引きながら胴を払う、剣速は私のほうが、上だっ!!!

花は目をひきしぼり渾身を込めて、どんと、圧される以上に引いた
思いは確信ではない、信念だ、負けるわけがないと
自分を奮い立たせて、渾身の胴払いを見せる

ぐぎ、

「!!!!!!」

ぱぁんっ

「それまで・・・・・一本目、C社」

「・・・・・・・・・・・」

「花っ」

試合の結界は解かれた
どぅと、疲れが現実が襲いかかった
花は腰から崩れへたりこんでいる、ただ小手を打たれた感触が残る
小手で済んだのは幸いだったのかもしれない
頭なら、いよいよ、危ぶまれたかも

静かに、一瞬どうして負けたかわからなかったが
試合場の、自分が居た場所を見る

「・・・・・・・・最初から・・・・・・・布石だったのか、あれが」

ごろりと、開始同時に敵が捨てた小木刀が転がっている
花は下がり足を、それに掬われた
重心を崩し、よろめいた時には、小手は見事に打ち叩かれた
幸い骨にどうこうは無いが、すぐに、ぱぁと赤く腫れてきた
心配そうに初が声をかける

「花、大丈夫?・・・はな・・・・」

「ごめん・・・・うい、ごめんね・・・・・ごめん・・・・・・」

なんて・・・・・こった・・・・・・
絶望が、漂う、花が取り込まれる
くだらない事に捕らわれるから、前に進めない
長井の声が聞こえそうな、そんな、だらしない惨めな姿
なんてことをしてしまったんだろう、こんな大事な一番で・・・

「花・・・・・花・・・・・・」

「ごめんよ・・・・・ごめんよ、初・・・・本当」

「まだだよ・・・・終わってない、終わってないよ・・・・・私がとって、最後を花が取るんだ」

初はじっと、瞳を張った
塞ごうかという花を勇気づける、次の試合の刻が迫る
取引先は、とくとその様子を見ているが
どう思っているかは伺いしれない、わかるのは

Cの女が、したり顔で座っていること
あまつ、笑い声?ともとれる、味方を励ます声
つくづく心理につけこむのが旨い、裏表の暗器だ

「・・・・・・・・・・・・・そう・・・・まだ、だよな」

「そう、そうだよ花・・・・・・少し休んでな、しっかり冷やして・・・大丈夫、一撃打てれば花は勝つ
それが居合いなんだろ?一瞬あれば充分なんだろ?」

初の声は、力強い
励ます声は、受ける側に同情なのかとか、そういう気を起こさせない
存分に正の心を沸かせる、花は鈍っていた自分の心を叩く
そう、ここから・・・・・ここからが大切

「花、大丈夫さ・・・・・・・・・私を誰だと思ってる?」

「うい」

「そう、原田初・・・・・・宝蔵院で、原田の名を冠した、高弟だ、安心しろ・・・」

どどん、刻を告げる二つ目
二本目の合図で、初は立ち上がる
自前の模擬槍を取る、刀だと思っていたらしい相手は
いくつか文句を取引先に告げたが、取り合わなかった
助かっている、本来なら、老舗の言い分が通るんだが
初の背格好を見て、不憫と思ったからだろう
いや

私を愛知と知って、この話を断ろうとした、今更の懺悔かな?

最初の、くちごもった担当の顔を忘れていない
いつだってそうだったから、すぐに解る
人を蔑む、そういう目、それを初はわかっていて、何も言わない
言うことは負けになる

とんとんとん、槍の尻を床に三度打って
準備を取った、充分、初が構える
相手は、3尺を越えるような、長い木刀

「二本目・・・・・・・」

音もなく、試合場は広くなったように
空気を舞わせた、試合の空気が、初を飲み込む
相手を飲み込む、恐怖で飲み込む

恩義に、報いる時だな

原田 初、槍を奮う

つぎ

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