スピリット オブ ヤーパン
他愛なく過ぎていく時間
春は、一人での特務もこなし格を上げていく
花は、出世のかかった仕事を仕上げの所までこぎつけた
周は、変わらず武専の筆頭の頭角を表し
初は、五条の小鈴との間の子供がついに付いた
女達はただ、そのままの自分の運命を歩いていく
生きる事に必死で、脇目もふらず
時折、憂うべき事態や、涙するほどの喜びに会いながら
曲がりくねった道を、じ、と上がっていく
思えば、花の所に春が来て、1ヶ月が経とうとしている
月日はいい加減に過ぎていく、平等に与えられた時間の中で
成長の跡は、硬質な墨を溶いたように、くっきりと残っていく
立派、に、昨日よりは明日、より優れて
日々、前に進んで来た
秋の装いが、色味を増してきた
木々がそれぞれ、散る間際の彩りを重ね
空が、青くただ、高く高くなっていく
雲は梳いたように淡くて、夕陽の色は
悶える姿で、煌々と、紅に世界を染めた
「なぁ、春」
「はい?」
「ちょっと出かけようか」
「??」
「忙しい?」
「あ、そんなことは」
「じゃぁ、決まりな」
4回目の休日
花は、春を誘って表へと出た
涼しくなってきた空気は、ヨゴレが少ないような気がする
愛車のセリカの助手席に、女子高生を乗せて
休日の午前、ドライブに
「初に子供ができたらしい、まだ、産女の中だけど」
「あ、そうなんですか」
ぱちくりと、驚きを表情で表す春
素直にその話題に対して、反応をするが
突然のこの誘い、そして、これからどこへ連れていかれるのか
そんな疑問も、不安とは言わずやや暗い影を纏わせている
それを知ってか、花は信号待ちで声をかける
「ちょっと、墓参りに」
「お墓・・・ですか?」
「ああ・・・・・・・・・昔、別れた男の墓なんだ」
ぴん
信号が青になりまた、アクセルが唸る
軽いGが身体をシートに押しつけた、その折り
なんとなく春の前髪は、撥ねたように一度、ひたいを叩いた
車はすいすいと大通りを抜けていく、東山のほうへと入ると
休日の観光客で、ごった返してくる
いつになっても、この辺りは、修学旅行生でいっぱいだ
物珍しげな、学徒諸君が、よろしく歩いている
「春は、修学旅行どこだったの?」
「え?・・・えー、東京でした」
「珍しいな・・・・いまどき」
「ああ、それでもほら、千葉に近いほうでしたから、ずっと都会でしたよ」
はにかみながら、誰かを擁護するような口振りで
春はその事を話す、相変わらず誰と違わず、自分によって
何かの価値が下がりそうになるとそれを庇う、可愛いしぐさ、優しさ
成長しても失わない、麗しい性質が顕れる
さておき、どうやら楽しい思い出もあったらしく
それをつぶさに説明する、花はしげしげとそれを聞いて
「話すの、旨くなったね、春」
「は・・・・・そう、ですか?」
「ああ、見違えた・・・・・・・・・ちょっと前は、そんなに話すなんて考えられなかったもの」
おかしげに表情をほころばせて花はステアリングをぐいぐいと回す
ちかちかと、方向指示機の音がする、すいすいと
人の間を抜けていく車、東山もやや北のほうへとあがってきた、相変わらず
雅た景色が広がる、やがて上り坂に入り、それを
ずいずいといった所で、駐車場に車を停めた
ばたむ
「さ、少し歩くけど・・・・・ごめんよ」
「いえ」
二人は並んで歩き始めた
道を囲むように、大きな広葉樹がいくつも並んでいる
どれもこれもが、化粧をしたように、美しく飾られ
一際情緒を感じさせる、秋の日にふさわしい、快晴で
陽光が、色づいた葉を透かし、整然と美しさを誇張している
歩く、山のかなり上のほうにあるらしく
意外と時間を取った、お互い特に会話もなく
黙々と、刻を知らぬ間に歩いていく
春は、何か話すべきかとも気を病んだが、何も見つからず
いたずらに進む背中を見送るだけに甘んじた
「いいよ、そんなに気を使わなくても」
「あ・・・・・すいません」
気付いて、花が声をかける
それに謝る姿は、やはり来た頃のそれと一緒だ
短期間で、人間の本質は変わるわけがない
そんな偉そうな、冷たい事を考えていると、ようやく花の足は止まった
「・・・・・・・・・・ここが」
「そう、私が付き合ってた男、近江太郎のお墓」
小さな墓が立っている
それには、確かにその名前が刻まれている
墓地というのは、どうしてこう、モノ寂しく作られているんだろう
無理矢理悲壮感を煽っているような、そんな寂れた地区に
いくつもの墓石は、同じ顔をして並んでいる
「・・・・・・・・・・・どうして、亡くなったんですか?」
遠慮がちに、だけど意欲を見せて
春が、花に訊ねた
「・・・・・私が殺したんだよ」
「好きだった人を・・・・・・・ですか?」
「・・・・・・・・・人間を長くやってると、妥協ができない事が産まれる、殺さなくてはいけなかったんだ」
寂しそうな顔は、それをとても悔いているようにも見える
だけど、口振りとその声色は後悔ではなく、むしろ感謝の意すら覚えるようだ
花は、墓に水をかけて、静かに手を合わせた
春もそれに続く、墓石に向かって、真摯に手を合わせる
「好きだったんだ・・・・・・この男の事が」
「・・・・・・」
「だけど、私は殺した、思想が合わなかったから、あいつは勤皇で、私が佐幕だったから」
「・・・・・」
「理解出来ないだろうね、若いから」
言って、花はそこを立った
墓の周りに生えた雑草を、少しかたす
春も習うようにして、それをまねた
表情は、ずいぶんと強ばっている
「春」
「は、はい」
「好きな人を殺すってのは、本当に辛いようだけど・・・・・・・・いざ、そうなると、意外とそうでもないんだよ」
春は黙って、喋るOLを見ている
「周りが思うのとは、全然違う・・・・その時の心持ちは本人にしか決して解らないものだ」
「・・・・・」
「後悔とか、懺悔とかそんな単語じゃ言い表せないたくさんの人間の感情が入り乱れる、一言、辛い」
かがめていた腰を戻すと花は、また歩き出した
用が済んだように、墓地をあとにして
また来た道を戻り始める、春はついていく、後ろ髪をひかれるように二度、その墓を振り返った
とてとてと、足音は幼い
しかし、どこか瞳の色は曇ったままで、れいれいと湧き水がたまるようだった
いつかの、黒い瞳、それが
久しく灯らなかった、鬱屈の闇が、春の瞳の色を塗り替えていた
「あの・・・・・花さん」
「ん?」
春から珍しく声をかけた
二人は下り坂をゆっくりと歩いている
来た時と変わらぬ、色づいた木々の合間を、時折こぼれる
陽光にまぶしさを覚えながら、黙々としていた折りだ
「・・・・・・・・・どういう、おつき合いだったんですか?」
「・・・・・・・太郎・・・てのがあいつの名前なんだけど・・・・・あいつが入社して少ししたくらい」
懐かしみの声を好奇の表情が聞く
「僕はぁ、花さんが好きですよ」
「はぁ?」×2
間の抜けた女の声が二つ同じ感嘆詞を漏らした
そうさせた男は、にこにこと悪意を感じさせない、のんと気の抜けた笑顔で立っている
花、初、そしてその男こと、太郎の3人が組んで、3ヶ月ほどした時のことだ
突然思い立ったようにそう告げた、本人曰く本気の告白だったらしい
「お前は、バカか?」
「酷いな初さん・・・・・・僕はぁ、本気ですよ、花さんが好きだ」
「恥ずかしいから、二度も三度も言うな」
「いやいや、何度だって言いますよ、僕はぁね、花さんが」
「いい加減にしろよお前」
初の声、殺意に交えて
刃が首にあてられる、磨き上げられた刃に
にこやかな顔は、少し歪んで写ってる
「てめぇ、なにいきなりわけわからねぇ事言ってんだ、だいたい、花はあたしのなぁ」
「おい、初。それはそれとして違うことを勝手に吹き込むな・・・んでな、太郎」
「はい」
「お前は、喧嘩を売ってんのか?」
一時止めるそぶりを見せて、今度は花が同じ目をして言う
まだ若い、それ故だろうか
このころの花は、常に尖っている印象があった
言いながら、柄に手をかけている、返答次第で殺す決意があった
「やめてくださいよぉ、本気なんですからぁ」
この!
殺気が飛ぶ、抜く姿が見えないのが居合い、しかしその速さの上に出会う
刹那に、腕は封じられた
あ、本来の動きをできない違和感からの声、それを覆うように
二人が重なる、唇が塞がる
呆気にとられる初、そして不意を突かれてどうしようもない花
離れると只、にこにこ、目の前で狼狽える花へ
太郎はもう一度告げる
「好きですよ、花さん」
殺気立っていた二人が、どうでもいいやという空気に呑まれた
怒りを通り越えて笑える、そう思った初は、完全に打ち解けた
そしてむしろ、けしかけるようなそんな気持ちすら抱いた
安穏に呑まれたが花は割り切れない、別段、言われて頭が来ることもないはずだが
いきなりの告白劇に対する動揺、なにより居合いを抜く前に止められた事
それが、とてつもなくイヤになった
「るさいっ、バカ野郎っ、てめぇごときがあたしの相手なんかつとまるわけないだろっ」
「何云ってんだ花」
「るせぇ、黙ってろ初っ、いいか、そうだな今日の仕事、あんたメインでやらせてやる
こなしたら、考えて・・・・・」
「二言は無しですよ、花さん」
ぞくっ
顔を赤らめて、何に怒ってるかわからないまま憤慨していた花が
無茶苦茶な提案に笑った男を見て凍り付いた
初も驚いている、見くびっていたな、そう気付いた
まぐれで、花のヌキを防いだわけでもなさそうだ、なんて
「いいですか、二言は無しですよ、花さん」
太郎が二本抜いた、どちらも僅かに短く仕立てられている
小太刀にしては長い、だが、元来一刀用の長さには足らない
「二刀流?・・・しかも、刀が特注ってこたぁ」
「ホンモノか」
たん、と地面を蹴って、営業に来ていた他二社の担当と乱刃を抜けた
初も抜いて入ろうかと思ったが、追随を許さない、そんな雰囲気が漂った
二刀を、別々に動かしている、人間業ではない、右手で右を下げて斬り
左手で左を捌いて薙いでいる、完全に左右が別々の働きをしている
一人だが、その様子は二人だ
「驚いた」
「本当に、二天一流なんて存在したのかよ」
かつて剣聖が唄った、最強の流儀
左右の腕が両の腕と同じだけの力を持って、全く別々に働くこと
それこそが最強である
実際目の前には、血の雨が降っている
集団戦でこんな使い手が居たらどれほど怖いことだろうか
5分、8体の死骸
「・・・・・・・・・ね、二言は無しですよ、花さん」
相変わらず笑顔、屈託のないそれが、太郎という単純な名前に
印象をもたらすには、あまりに充分
その後、断るわけにもいかず、その告白を受け入れる花
大喜びする太郎、特に興味がなくなった様子の初
抜群のコンビネーションで、3人のチームは、会社内でも評判になった
そして、営業一課に配属となる、瀬田の下で働くこととなった
「いいねぇ、若い奴ぁ」
「瀬田さんもそんなおっさん臭い台詞吐かなきゃ、全然大丈夫っすよ」
「口のききかた知らねぇな、このデコ助」
ずけずけとモノ言う姿はこの頃からだった、普段温厚な瀬田を割と本気で怒らせるなど
悪意が無い、それ故に悪質な指摘を繰り返す太郎、離れてみていると、初にしても花にしても
楽しいことに変わりなかった、すっかり熔けきっている三人で
一課の仕事も、楽々こなしていた
「花さん」
「んだ、太郎」
「タバコは辞めた方がいいっすよ」
「?」
「ほら、肺活量が落ちるし、なにより、身体に悪りぃ」
「お前、意外と古いなぁ」
「いやぁ・・・・・・・・・・ん、それとさ、ほら」
「んあ?」
「あん時に気になんだ、その匂いがさ、悪いっす」
不思議なもんで、ぱたりと辞めた
思えば、それくらい従順なのは、そんだけはまっていたという証拠かもしれない
信頼、それを築いていく
言葉にすると、ともかく陳腐だが、信頼関係が着実にできていった
終いには、愛し合う二人、なんて言葉もまんざらでない感じになった
初が云った
「狂うってのは、恐ろしいねぇ」
「だけど、太郎を斬らないといけなくなった」
「ことは簡単だった、私がへまをして足をやられた」
「その時に、太郎がかばってくれたんだが、手負いのあたしをかついで、その場を逃げた」
「つまり、怯懦(きょうだ)だ」
「わたしは、置いていけ、戦って死ぬんだと云った」
「だけどあいつは、代償が大き過ぎる戦いだ、得るモノが失うモノに敵わないとか、わけのわからない事をぬかしやがった」
「抵抗したけど、ひょいとかつがれて這々の体で逃げさせられた」
「この日に限って、初が風邪で休んでた」
「チームとして初めての失敗だった、だからかもしれない、太郎は見くびっていた」
「一度くらいの失態は叱られて済むだろう、そんな事をいつものように思ってたんだろう」
「だが、世の中はそんなに甘くない」
「怯懦は許されるもんじゃない、なによりも、わたしが許さなかった」
喋りながら山をくだり、また車の所へと戻ってきた
扉を開けて、花は乗り込む、そして促す
太陽は南中をやや越えたくらいらしく、小腹もすいてきた
ミラーの具合を見て、また車を出す
そして、最後の一行を呟く
「だから斬った、妥協は許さない、自らの信念を貫くために死ねないとかいう、そんな「勤皇」を私は斬ったんだ」
春は黙っていた、泣く様子もないが
泣いているような空気だった
墓参りに相応しい表情、そんな感じで
花は少し遠回りをして、ドライブを続けた
堀川通りのあたりまでずっと車を飛ばした、さらに奥へ
そして天神のあたりへとやってきた、旨いと評判の豆腐屋の前
「ここでお昼にしよう」
「はい」
春は、いつもの通りの返事ができた
この墓参りで得た事は、ことごとく昇華できた
表情に曇りは無い
「花さん」
「ん?」
「・・・・・・・・・・・・一ヶ月経ちます」
「・・・・・・・」
「もう、特別実習も・・・・終わります」
「ああ」
呑気に、でも、ちょっとだけ残念そうな顔で
花は気のない返事をした、春は、相変わらず困った笑顔で
出てきた豆腐を食べている、箸を置いてもう一度
「終わりますよ、早いものですね」
あまり明るくない店内、だけど、窓際の席だからか
空から降る光りは、いやに影を強調させて見せた