スピリット オブ ヤーパン


「・・・・・・不思議、あの枝だけ紅葉してる」

「??ああ・・・・・・病葉だね」

「わくらば?」

「あの枝だけ弱ってるんだよ・・・・・・樹は弱ると急いで紅葉するんだって」

「そうなんだ・・・・・・・・・・」

りん
いつもの音がして、ぱさりと、くだんの枝は空を掃いた
落下するそれを器用に春は、手で掴む
しなう枝に見事な切り口、その切り口の少し上の所に
虫が入った痕がある、このせいでこの枝だけ弱ったんだろう

青々とした紅葉の木、平たく横に広がる樹冠のわずか一本の枝だけが赤く染まっていた
そこだけ場違いな雰囲気で、また、いやに黒ずんでいるような色彩を起こしていた、けど
切り落とされてまた、緑の中に呼び込まれていた赤は無くなり、もとの初秋を覚える景色になった
二人はゆっくりと歩いていく、春はわずかに緊張をしている
周は、普段と変わらない、いや、何か柔和な顔をしている、多分
それが彼女の緊張なんだろう

「・・・・・・・・・聞いたね、春」

「うん、54人だって・・・・・・・周の報告?」

「そう、54人、最初は47人とかかっこつけてたけどね」

普段とは明らかに違う、好きになれない笑顔を見せた、軽い侮蔑を孕んでいる
春は改めて思い知る、普段と、任務の周の顔の違いを、本当の実力を

二人とも、いつもより厚手の制服を着ている
武専の外出用制服だ、頑丈で軽い、防具として申し分の無い
本当に素晴らしい制服だ、姿こそセーラーの形だが、内容はあまりにも
殺伐としていて、残酷だ
白の籠手をはめて、頭には鉢金を巻いている、二本を腰に
都の人間なら、この姿を見て、決して手を出そうとは、声をかけようとは思わない
知れ渡った、「余所行き」だ

「どういう手なの?」

「ああ、武専の落伍と、地域の無法だよ、とるに足らない・・・・烏合さ」

「27人か・・・・・・」

「何が?」

「あ、ほら二人で割ると・・・・・・、大丈夫だよ、この前、30人抜きを突破したし、私」

「ああ・・・・・・そういう・・・うん、そうだね、20人も・・・・まわせるかな」

「?」

「いや、ともかく怪我だけ気を付けて・・・・・油断だけは絶対いけないよ」

「解ってる」

向かうのは、零条塩小路
当然の如く裏名だ、京のどこを探しても、零条という通りは出てこない
だが、一条より、十条より、外か、内か、表の光りをかいくぐって
零条という地域が存在する、混沌としていて、実に近寄りがたい
自然、害悪はたまる、そういう場所

「梁山泊」

「え、水滸伝の?」

「ああ、あいつら自分達の場所をそうやって呼んでる」

「・・・・・・志は、あるって事なのかな」

「頭が悪いよ、54人、108つの目、108だから梁山泊・・・・ばかげてる、47の時は一力茶屋だったんだから」

ふいに周は無表情になった、いや、厳しい初めて会った時の顔になった
そうだ、この仁は武専の風紀委なんだ
春は、戦場よりも、周に多大なる怖さを感じる、感性が鋭い

「女だから、108穴ってことかな」

「ぅえ?」

珍しい、周の品の無い台詞は
笑いよりも、なんだか不気味なモノを含んでいた
いつものような、間の抜けた返事をしたけども、そういったおぼこい仕草が
なんだか、周の気に障っているんじゃないかと、春は強ばるしかなかった

「あ、春抜かない方がいい・・・・」

「そうなの?約束?」

「いや、最初から自分の刀だと、最後までもたないから、敵のを奪って頃合いで自分のを使って」

周は、春をそうやって制して
いよいよそのたまり場へとやってきた、雑居ビル
以前は、何か企業が入っていたのだろう、中はそれなりに広いようだ
周は無論、春も既に、そこから幾多の視線が飛んでいるのがわかる
戸惑うことなぞ、あるわけもなく

周が先にくぐる

「武専特級の膳所周だ、綱紀粛正、お前達の不作法を糺(ただ)す、せめて名誉に去れ」

小声だった
くぐもったような、聞き取りづらい発音だった
春は驚く、いつものような、はつらつとして敵を気圧する、飲み込むような声量を期待していたのに
あまりに喋り言葉のような雰囲気、どうしたんだろう、疑問が浮く、同時

「春、私は奥から上を、このフロアは譲るよ」

「あ、うん」

たっ
蹴った音は聞こえた、そこから周は脇目もふらずに奥へと進んだ、走っていたのか
歩いていたのかわからなかったけど、敵としては近づいてくる、という感覚に相違なかっただろう
見とれている間もなく、春に敵がかまってきた、言われたようにそいつから武器を奪い

戦闘に、なった

「せああああ!」

最初の敵は、刀だった、かけ声に気付き腰を落とす春
目は鋭く、肩の動きをよく見ている、切り下げてきた刀を
刹那でかわしすぐに、手首を極める、ぐいとねじり刀を落とす
流水が如く、乱れを起こさず整えて、終に腕を折った

これで充分

そう判断して、うめき声を上げる女を突き飛ばす
刀を拾い、敵の数を把握にかかる
わらわらと出てきた奴らは、まだ陣を整えるほどの仕度はできてない
一対一なら絶対に

するり

拾った刀で鮮やかに一人を斬って落とした、着込みを入れていたようだが
春の刃はそれを造作もなく裂いた、血が弾ける、油断無く廻りを、その間合いを
全て把握する、妙な高ぶりが身体の奥から上がってくる

「見える・・・・・見えてます、動きが・・・・・・降参しなさい」

何を言ってるんだろう、自分で可笑しくなったが
それしか思い浮かばなかった、人を軽んじるなんて経験は無かったが
今は、その状態だろう、見くびるとは違う、なんだろう確信めいて、自分の強さがわかる
不思議と以前のような、斬った後の畏れが上がってこない
恐怖に鈍くなってるのかな、自問自答をぐるぐる繰り返すほどの余裕を持って
さっと構え直した、いつものトンボ、八相の構えだ

「おのれ、この犬畜生っ!!!!!」

すわ、槍が伸びてくる
春は動かない、ぎりぎりで届いてこない、いや届くほど伸ばしたら
その使い手は完全に無防備となる、その位置を確保している
追い手もわかっているらしく、槍は伸びきらないで、うろつく
する、と引いた

ど、

途端、引いた槍に吸い寄せられるように春の身体は跳んでいる
慌ててもう一度突き直そうと力を込める、が、遅い
脳天を断ち割られる、槍が死ぬ
それを見ておそれをなす奴が数人、逃さない

ずん、がきっ

一人は斬れた、もう一人は撲った音
もう斬れなくなってる、春は驚いて、その刀を捨てて
まだ止めの入ってない輩の刀を奪う、同時に脚を斬って不能とした
が、その動作にわずかな隙が生まれた
一撃がくる

ぐ、ぎぃっ

「・・・・・・・っ!!!!のぉっ」

白刃は肩口を狙って袈裟に降ってきた、春は籠手でうまく流して腰骨のあたりに誘う
どん、と重い衝撃が春の内蔵を揺すった
春は、ぐっと奥歯を噛んで堪える、武専の制服は流石だ
斬れることは全く無い、ただ重い鐵棒で殴られた感触が響いた、それはそれで
気持ちのいいものじゃない、すぐに睨みつけて切り上げた、どごむ、と
骨を砕く手応えが小手を奔った

一刀を浴びせた女は、目を見開き後ろへと飛んだ
骨は砕け、ぱっくりと斬れた身体は、まだ瑞々しい
春が構え直し、周りを威嚇する

「うああ・・姉や・・・・姉やっ!!・・・・・・おのれっ、姉やの仇ぃっ」

「かたき!?・・・・・・ち」

春が放つ殺傷力を含むかの視線に後れないで
狂ったように一人がかかってきた、春は反射的に刀を払いすぐに切り払う
すばっ、勢い良く首を通した、鮮血が上がる、形相を歪めて仇と叫んだ女が死ぬ
どお、倒れる音は響いて広がる、手は未熟だったが気迫が春を叩いた
・・・・しまった、殺すほどでもないのにっ・・・・
どくとくどくとく・・・
いきなり浴びせられた感情に、戸惑いが涌いた、忘れていた言葉が誹りが返る
今は、斬っている?殺している?どっち?????
いけないと気付いた時には遅い、透けるほど見える動きだからこそ悟る
毛穴の全てが閉まるような冷気を、殺気を浴びる

!まずい、捌ききれない

四方を囲まれた、一瞬の躊躇が命取りとなる
槍が二人、刀が二人、十字を塞がれ尚、春は整わず敵は万全だ
怒号と罵声が飛ぶ、そして四方がそれぞれ動いた


りん、ちぃん、きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんん
冷たい音は、風紀委員を中心にして、一定のリズムを刻むよう
繰り返されている、啼く度に一人ずつ動かなくなっていく
死んでいるのもいるし、そうでないのもいる
が、いずれにせよもう戦えない状態になっている

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「こ、このっ・・・・・・・・・・特級なにするものぞっ!!!!」

「うあらぁっ!!!!」

二人がかりで襲ってきても、造作なく、一対一の瞬間を逃さない
周は戦闘に入ってから、一言も声を発していない
いつもそうなのだ、喋るのがおっくうになる、気が入っている証拠
自分が部隊を率いる場合以外では、示威行為をする必要を求めず
その分の力を、自力に注ぐ

ただ、強い、恐ろしく強い、沈黙は恐怖だ

冷たく、凪の瞳は敵を喰らう
既に周は、5度にわたり武器を変えている、刀以外でも
その筋は鬼の如し、無論無刀であっても、その力は尋常を逸している
膳所の家は、一刀流を主としているが本来は、殺生術と呼ぶが相応しい
全ての武器に精通するし、特に得意の武器を持ったならば、武双の強さを誇る
殺す業に長けている

その家の次期当主にあたる周が、雑兵ごときに負ける、或いは、要らぬ感情を抱く必要は無い

ぶんっ、手にあった槍で一人を貫いた、すぐに手放し
小太刀をぶん取る、鮮やかな筋は煌めきを放つと、もう二人動けなくなる
絶え間なく働き続け、同じ位置には2秒と居ない、だから
隙を突くという暇を与えない、あれよあれよと人頭が減っていく
悪鬼の所業に脅える猶予も与えない

「!」

ぴん、ようようと歩いていた周が、異変に気付く
四方に張り巡らされた鋼糸だ

結界か

ここに来て初めて表情を見せた、ひぃんっ、同時に
周りを囲っていたその糸が周を縛り責めに来る
きゅぅいっ、イヤな音がした、周は腕をからめ取られる
いや、腕にからめ取ったと言う方が正解だ
首ならば撥ね飛んで死んでいる

「ははっ、流石だがっ膳所周取ったっ!!!!!」

ぎぃぃぃぃ、二人ほどがその糸を操り腕を責める
同時背中に刀が三人迫る、ようやく雑魚とも言われない
そういった連携がやってきた、しかし、已然として周の瞳は凪だ

どだんっ

床を蹴る音、上段を見せる時と同じ踏み込み
その所作が、とても女一人からとは思えない力を産む
鋼糸はねじ切れるばかりに張る、操り手はむち打ちかくやと
前後に揺すられた、籠手にうまく絡めた糸は、ぎぃと絞まるが断ち切るまでは至らない
周はそれを利用する、後ろから懸かってくる刀を糸に絡める
凪の瞳は相手の瞳を見つめ続ける、恐怖が飲み込む頃
そいつの腕は壊れている、鋼糸の操り手は必死に周を引きつけるが
微動だにしない、その間にまた一人刀が倒れる

「あ、周・・・・・・・・・・・」

「?」

残った一人の刀は切なそうな表情と声で、周を呼んだ
不審を一瞬だけ走らせたが、すぐに知った顔に気付いた
ああ、先輩か
遠い記憶の縁に僅かな印象を浮かべる、だからといって
動きが鈍ったりはしない

ぎゅぅんっ

どうやったのか、腕を二三度左右へ躍らせると、鋼糸を編まれるが如く
操り手が逆に、引き寄せられた、周の暖かな胸中に抱き留められ、静かに臥(ね)かされる

「相変わらず・・・・・・強い、どうやっても、上を行く」

「・・・・・・・・・」

周は独り言を呟く女に特別な注意を払わない
聞いてはいるが、気にとめていない
独り言の女は、その様子にさらなる憤懣を覚えるが、それも届かない

さん、

細い鉄線が折り重なった厚く高い音が折られた
鋼糸の操り手がついにそれを捨てて逃げたらしい、自由を取り戻した周は
手に絡まった糸を、造作もなく操る、手慣れた動作で相手を絡め取った
殺さないが、動けないようにする

そして、歩道を歩くような雰囲気で
一瞬の挙動が、独り言の女を屠った
おそらく、誰の目にも見えなかったろう、時の無い抜き打ち

女は何事か呻いてそのまま逝った
周は少しだけ顔を曇らせる、またか、そういう感情しか覚えない
愛してるよ、あまね、だいすきだったよ、あまね、こんな後の燃えるような逢瀬を、忘れやしないよね
不快を露わにして、辺りを見回す、もう癇に障る動きは一つも無い
周は僅かにうめき声の残る二階をゆっくりと後にした

「・・・・・・・・・・・・・・・春」

周は普段と変わらぬように声をかけたつもりだった
しかし、声色が機械のようで感情を映していなかった
それを聞いた春は、血にまみれて立っている

「怪我?」

「・・・・・・・・・・・・・・・ううん、ちがうよ」

静かすぎる
多分そこに居ると誰もがそう思うだろう、しかしそこには
機械声の周と、平仮名声の春しか居ない
だから不自然に気付かない
それが異常だと、覚えない

春の立っている一階は、壮絶な赤が至る所に塗布されている
姿も汚れたという模様で、美しさではない、赤があちこちと飛び散っている
春の両手には、刀が一本ずつ、先日周と一緒に買いにいったそれだ
先からは血がしたたり、たまりには艶の無い波紋が、ぽたりぽたりと起こされている

「二本?」

「うん・・・・・・・だまってたけど、ナイショだけど、わたし、二刀なんだ、ひだりききなんだ」

周は色を戻してきた、耳に音が届き始める
そしてやっと気付いた、ああ、一階には春しか生きてない
二階からは、わずかなうめき声が聞こえるのに、どうして、一階からは何も聞こえない

「ご苦労、斉藤春、特務終了だ」

「ありがとう、ございます、膳所風紀委員」

しきたりに則って、形式を交わした

「・・・・・・・・・たくさん、ころしたよ・・・・・・・・・きったんじゃなくて、ころしたよ、かたきと呼ばれてまで」

「おめでとう、立派なことだよ」

「あまね・・・・・・・・、いつも、こんなに辛かったんだね」

瞳が曇っている、言葉は平仮名のままで抑揚が皆無だ
拙くも二本を仕舞い、春はそうやって周に自分の言葉を聞かせた
周は、何も言わずに春の側に寄る
どっぷりと、心身と問わない、疲弊を分かち合う
生暖かいお互いで、労る

周の瞳に、初めて風が吹いた
凪が終わり、山から颪がやってくる
湖を巻くように、風がぐるりと巡った

「あ、あまね」

春の声は驚きを帯びて

「・・・・・・・・・小指芸、・・・・そんな技でも、あるんだ、ょ」

周の声は切れ切れで

暗がりと吐息、生暖かさと血の匂い

54名中、周は32人、春は22人
命を取り留めたのは、内、15人

二人は、ほどなく、特務を終えた

つぎ

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