スピリットオブヤーパン


「・・・・・また、浮かない顔だな、周」

「・・・・・・・・・うん」

「・・・・すぐに終わるさ」

「わかってるよ・・・・・本家の行事なんてのは、もう慣れてるし、それとは違うんだ」

はてな、絣は隣を歩く、鬱蒼とした妹の
思いがけない瞳の色に戸惑った、いつもの
忌み嫌うといった、鈍く赤い瞳じゃない、深淵を司るかのように
青みの懸かったとぐろを巻くような模様が、瞳を満たしている

周の心内は、前日の春の言葉に締め付けられている
『周・・・・・・・・・・・今まで、何人斬った・・・いや、殺したことあるの?』
とうの昔に、数えるのを辞めてしまった事を
おぼこい娘に、少し言われたくらいで、何を気にするのか
だが、純粋な娘が放った台詞だからこそ
はた、と琴線に触れたのだろう、音が鳴った気がする、びぃぃんと
弾かれて反響し、振動が体中を蝕んでいる

当たり前に殺す事、疑問を浮かべてしまう

「まずい、周・・・・・・本家でその顔は」

「え、あ・・・・・・・ごめんなさい、お姉ちゃん」

周は慌てて顔を引き締める
絣は苦笑を浮かべて諭した、その内心は凍り付くほどの恐怖をたたえている
絣の恐怖は、周の浮かない顔が、本家にとって恥ずかしいモノだと判別された時の仕打ち
それに集約されている、二人の姉妹にとって、膳所の家に来ることは
時勢のどの事件よりも、重く痛々しい

今は、この「家」というモノが、周に対して、完璧という飾りを欲している
求めるなどという、生やさしいものでなく、周を人として見る事なく、完璧、それだけを欲している
周に、膳所の家は、次代の当主という牢屋を用意している
かつて、その牢屋には絣が入る予定だった、だからその重圧と仕打ちの残酷さは身を以て知っている

同じ力ならば、より若い力に家督は継がせる
そういう伝統にのっとり、膳所家にとって末妹となる周が継ぐこととなっている
そのせいで、あの恐怖を今、可愛い妹が継がなくてはならない、絣にとっては解放の喜びと、
周をそこに追いやった自分のふがいなさが、鎖となって締め上げている

膳所の家は女系の高貴血統だ
女同士でしか子供を孕まないから、女しか生まれない
そういう、遺伝子的にも生粋の束縛された血筋なのだ

すす・・・・・・

ふすまが滑る音がする、その内側の空気が外に漏れた
ぴり、肌が破れるような緊張を強いられる
一族の視線が、周を舐る
その中で一番の威圧が声をかける、周を

「遅かったね、周・・・・・・・・・・・・・元気にしているかい?」

殺すように

「・・・・おかげさまで、無事、武専特級にも昇級いたしました」

うやうやしく頭を下げる、正座で一礼、両の手を畳につけるが
ふるふると震えて、支えるのが難しい、ふるえは寒さから身を守る本能
止められないまま仕方なく、悟られまいとだけ務める

「その耳の醜聞と、特級昇進の遅れは・・・・まぁ、いいだろう、遊びたい盛りだしねぇ・・・・」

みしみし、声の主は畳を踏みしめて近づいてくる
周から1間ほど後ろで絣はそれを見守る、いつものような冷たい表情だが
こわばりが身体のはしばしから発せられている

ぐぃっ

「・・・・っくぁ!」

「いいかい周、お前は膳所の当主になるんだ、寄り道をしている暇は無いんだ、ほどほどにしておかないと
さっさと駆け抜けていかないと、お前は一刻も早く美しい女にならないと、他人が追いつけるごときの速さなんて
1円の価値すらないと、目で、声で、腕で、足で、刀で、邪魔なモノは殺して、追いすがるモノも殺して
ただ、独虎として生きていかなくてはならないんだよ、お前は少し忘れてるね、膳所の家を忘れてるね
いわんや、軽んじてるね、なめてるね、この、私を、次はお前となる、膳所の当主を、背任だよ、謀反だよ、離反だよ
お前の心持ちはちっとも上等じゃないし、下劣で汚点だよ、解らないとダメだね、お前は当主になる
それだけを忘れるな、いかようにも人を殺してしか、お前は、人は居きられないよ、殺した奴を踏み台にしなきゃ
高い所には上れないんだよ、忘れるな、覚えておきな、殺すことで、お前が生きることで、たくさんの上等が
さらに上等となれる、そういう役目だよ、触れるのもおこがましい奴を一刻も早く導く為に、選ばれた人間なんだよ」

ぎぃぃ
周の髪を握りしめ、無理矢理頭を上げさせている、当主の瞳は
麗々と冷たく、凪の海の如く静かだ、波紋の一つも広がらない、宛てのない色をしている
その中に、自分の顔が写っている、そこが牢屋だろう、周は次々と吹きかけられる
鬱屈してねじ曲げられたとしか思えない儒学的約束事を、髪を掴まれた痛さに顔をしかめて、じっと堪える

「失望させないでね、さもないと、お前も絣のようにしてしまうよ・・・・ねぇ、絣や」

「・・・・・・・・・・・・・」

絣は黙っている、当主の言葉は、絣は生きる価値の無い女、と説明している
当主から転落し、中層連中と関わり合いのある、そんな仕事に付くこと
それは価値が無い、毎日をすり減らしているだけだと、膳所の家は言っている
活用されるなどという、人の下の生き物だと、家畜と一緒だと

「まぁ・・・・・・・いい、近い内、特務があるだろう、いい知らせを待ってるよ、ごめんね痛かったかい?」

心配そうな顔をして当主は、慈しむよう周の顔を優しくさすった
するする、何本か抜けた周の髪が畳を這う
周は、黙ったままでその仕草を受け入れる、震えはやはり収まらない
みしみし、また畳を踏んで寒因が退いていく、周は一礼をする
家族会議は終了した
何も思わない、こなすだけでいい、周はこの行事を
気に病まず流すことができるようになっている
さらに立礼を以て退席する

すすり、ぱたん
絣はまだ残っている、足音を立てず当主の前に移る
空気の重さが、今度は絣を包んだ

「絣・・・・・・・・・・監視を緩めるな、怠慢が見られる」

「申し訳ござません」

「あと、斉藤某についてだが・・・・・・・もう少し調べろ、詳細に、全てを、裸にしろ」

「はい」

「お前には、それしかない、他の下司も出来得るだけ近づかせるな、特にあの、愛知のを」

「・・・・・・・・・・」

がず、ぐじぃっ

「ぅく・・・・あっああぁぁっ・・・・!!」

「お前、何を沈黙なんぞひっさげてるんだい、誰に向かって逆らおうというのだ?
まだ解ってないの?今度は、その右腕も無くしてしまうよ、足りないというならいくらでも
畜生は、人間の為に身体を売って生きていくしかないって、一からまた教えてやるよ・・・」

にくにくしげな顔つきと口元で、当主は絣を責める
嗚咽を漏らす絣、左腕を蹴り上げられ、腕の継ぎ目を踏みにじられる
涙と声が絞り出されるように、ぼたぼたと畳を汚す

「わ、わかりました・・・・・・・・」

「どうだかね・・・・まぁ、いい・・・・・・」

意見をすることなど、求められていないしする事は許されない
絣は屈辱だけを、この家から与えられている、だが、そんな所作すらも
次期当主であることよりは、軽々しくて楽だ
当主を降りた時に、腕を引きちぎられた、そんな事件を経てまでもなお、そう思う

「さて、やはり・・・・・・・・・・最終的には、周に殺らせましょう、あの小娘わ」

当主が、今後の周の人生のシナリオを創作する
家の老獪達と頭を寄せ合い、その相談が綿密にされた
絣は、再び音を立てず、静かにそこを後にする

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

長い廊下を歩く、本家は、斉藤春を周に殺させようとしている
友情が芽生えた相手を殺させようと、それは邪魔を排除する至極当然の行為だと本家は考える
斉藤の、家柄が足りない、そういう理由で殺そうと

「・・・・・・私が代わるべきだろうな・・・・・・どうしたって」

じんじんと響く腕をさすり、門を出た所
思いがけず、妹がぽつりと立っていた

「絣お姉ちゃん・・・・・・・」

「あ、あまね・・・・・・・何してるんだ、早く帰れよ」

「・・・・ああ、帰ろうと思ってたんだけど」

言うと、周は絣の腕をそっとさすった
驚く絣、不覚にも瞳が潤んでしまう、周はそんな姉を静かに見ているだけだ
周は絣を可哀想、と思ってそうしている
この感情はもう、姉妹ではなく、上の人が下の人に感じる情けだ
立派に当主の格が備わりつつあるじゃない、絣は世話役であるが故そんな冷たさは喜びだ
不本意な喜びだ

「・・・・・・本家は、春の事を疎んでいるの?」

「・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうだよ」

「そうか・・・・・・・・・ごめん、ありがとう、お姉ちゃん」

言うと、妹は名残惜しそうな仕草で手を離した、振り返らず帰っていく
利用しただけだね、絣は残念がる
けど、それにしたって優しさは心に染みる、身に余る光栄だ
絣もそこを後にする、ようやく、空気が軽くなった心持ちだ


特務

学校の命に従い、様々な任務をこなすこと
社会に出てからの、任務を遂行するまでの練習を兼ねている実践的授業
武専、特級の必須単位科目

「特務を言い渡す、斉藤 春」

「はい」

「明後日、零条塩小路に行くこと、以上」

「?」

「よし、今日は終わりだ」

「あ、あの」

「なんだ」

「行く・・・・・・だけでいいんですか?」

「そうだ、行けばわかる」

ぶっきらぼうな教師はそれだけ告げてさっさと教室を出ていった
教室内には、春しか居ない、もう他のクラスメートは下校している
春は、なんだか拍子抜けしている

「斬れと言われると思ったのに・・・・・・」

机をかたして、ぱたぱたと帰りの仕度をする
下駄箱を経て玄関まで来ると、立ち替わるようにして周がやってきた

「あ、あま・・・・・ね」

「?・・・・ああ、春か・・・・・帰り?」

春は一瞬、声をかけるのを戸惑った
彼女が、あまりに血にまみれていたから、怪我は無いだろう
間違いなく、他人の血の色だ、なぜかそういう確信があった
だが、あまりに美しく散った、赤い華は、周を改めて上級の人だと知らしめる

「え・・と・・・・・特務?」

「ああ・・・・・・・私の場合は、風紀委員も兼ねてるから・・・・・ごめん、こんな汚い服装(なり)で」

てへり顔で笑った、けど、いつもより元気が無いな
はきはきと喋ってはいるが、それがおっくうそうなそぶりが見える
血の色に疲れてるのかもしれない、そう考えて、一緒に帰ろうと誘ってみる

「え・・・・ああ、いいよ、報告して着替えてくるから・・・そうだね、コンビニで待ってて」

「・・・・・・ん」

つかつかつか、堅い音を響かせて、いそいそと血にまみれた女は先へ行った
心音が僅かに早く打っている、春は自分が、未だ血に慣れていないことを感じた
二、三度深く呼吸を起こして、くだんのコンビニに急いだ

「・・・・・・・零条塩小路?」

「うん、行くだけでいいって・・・・」

「・・・・・・・・・そう・・・・・」

コンビニの中でまた中華マンを頬張る、ここは中に飲食スペースがあるから
そこに二人で座っている、他にも幾人かの客がいるが、武専特級の記しを見て
おいそれと近くに座る奴は居ない、だから座っているのは二人だけだ

「ねぇ、周・・・・・・・特務って、斬る以外にも何かあるの?」

「いや、斬る事しかないよ、大儀は様々だけど、最終的に行う事は、斬る、だ」

思い詰めた眼差しで言う周、春は静かにそれを聞く
外はまだまだ街路樹が葉をつけたまま、色づくまでにもう少しかかりそうな感じだ
銀杏は、青みが強い、隆々とした肌を真っ直ぐに天へと貫いている

「行くだけでって言われたの?」

「あ、行ったらわかるって言ってた」

思い出した顔で春が告げる、周は慎重な顔を緩めずに
手元のジュースのストローを口に加えた、上目遣いで春を見る
春は、周の仕草を見ている、見ているだけだ

「・・・・・・・・・・そういうことか」

「ぇ・・?」

「ああ・・・・・・その特務・・・・・私と一緒だよ」

「どういう」

「私のサポートをしろって事だと思う・・・・・単独じゃないんだ・・・・」

伏せるようにして語尾が小さくなった
春は判然つけられない、周がどこまでその事を考えているのか解らない
言われる事をただ聞くだけで居る、手元のピザまんが無くなってしまう

「周・・・・のって」

「うん・・・・・ここ、二、三日の私の特務、零条塩小路でやってるんだ」

「なにがあるの?」

「・・・・・・・・不逞分子のたまり場があって・・そこの調査をしてる・・・・多分、
私は、そこを叩けって言われると思う、春と一緒に」

周と一緒に、人を斬る
春はそうやって初めての特務を考えた、周が一緒なら
随分心強いと、信頼を寄せて考えた、表情に出る、周は気付く
そして優しく教える

「春・・・・・・・・斬るんだよ、それも大勢を」

「??」

「まだ解ってないね、武専特級が二人も向かうような場所なんて、常識だと大規模な戦場だよ」

周は語気を強める、春は気圧される
いつもの困り顔が覗いた、外は風が出てきたらしく
歩く人が髪を気にしている

「・・・・・・・・・・・・・望む・・・・・ところだよ、周」

「気概はいい・・・・・・けど、・・・・・まぁ、いいか・・・・・多分明日、細かい指示があるだろうから」

周はふぅと、一息ついて残っていたあんまんを食べた
二人で席を立つ、店員の声を背にして、風が強くなった外を歩く
がちゃん、周は自転車にまたがる、その後ろにまた春が乗る
坂道を降りる

「ねぇ、周」

「??なに」

「いや・・・・・・・・・・二人というのに心配してるみたいだけど、大丈夫」

周は答えないで聞く

「ようやく一緒だよ、二人なんだ、辛いのは二人で分かち合える、少しでいいから、私を信頼して」

肩につかまっている手のぬくもりを、周は確かめた
じん、音がして心の中を洗浄してくれた気がした
波紋が広がるようにして、ほわほわと頼りない力が浸透する
泡沫のような、はかない感情が走った

「・・・・・・・・・・・本当、ありがとう春」

「ううん、私の方こそだよ・・・・・」

いつもの自転車は駆け抜けた
そんな事を言ってくれる人はついぞ居なかったよ、言う人は、堕落してると教えられてたよ
周は、悟られないよう、本家への憎悪を丹田に溜めた
鎮めて、少しだけでも、春と関わることで、自分に人間性を、本来の人間性を取り戻したい

あの本家の言う方法以外に、自分が上となる方法は必ずある

危険思想を身に潜めた
この日周は、3人を斬っていた、綱紀粛正のために斬っていた
斬り際に、自分に向かって、敬意と好意を向けた女を3人
そういうのが重苦しくて、少し参っていた、辛いというより疲れていた
けど春と話すだけで、この娘がどう思ってるかはわからないけど
癒されてる、全てが弛緩する

ことによると春を欲してしまう、かつてない心地よさを覚えるからそれが肉欲を起こす
膳所の血が、女を好む血が、生臭い性質が春にそんな事まで求めてしまいそうだ
二人の感情は、交わり合うが、混濁はしない

ともあれ翌々日、この二人は特務をこなす事になる

つぎ

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