スピリット オブ ヤーパン


かんかんかんかんかん・・・・・・・・

踏切が騒ぐ、赤いランプはいったりきたりを繰り返して
黄色と黒のシマシマ模様は、来るな、近寄るな、危ないよ
そうやって誰かを守ろうと努力しているらしい
田舎風景が周りに広がっている、見渡す限りに田圃、あるいは畑
むずむずとした独特の生っぽい臭い、生臭さではない、草なんかの
息吹いた臭い、そういうのが鼻腔をくすぐっている
懐かしい、斉藤春は奈良の地に降りた時、そうやって思った

「・・・・・・・・ここからは、バスか」

二本を腰に差して、いつも通りの武専の制服
ただ二本に加えて、竹刀と木刀を一振りずつ余所行きに整えてる
古めかしいデザインの制服は、田舎風景にもすんなりととけ込んでいる
黒みの強い生地のセーラー、膝を隠す丈のブリーツ、磨かれた靴
ポニーテールは、何か幼さみたいなものを味付けてるが
最近の春は、少しだけ大人びた表情をしている、そのせいか
周には及ばないにしても、それなりの人気が出てきた

少し歩いて、大通りでバス停を見つけた
相変わらず長閑な景勝は、都会で「ぎすぎす」しがちだった心を
いい塩梅で解放してくれる、そんな風に浸る所に

「?・・・・・・珍しいトコで会うな」

「え?・・・・・・・・・初さん?」

ふいに声をかけてきた、小柄の女は知っている人物だった
油断していたせいでもないが、よそよそしく対処してしまった
規律整った礼をぺこりと行う、相変わらずのそんな仕草を、お約束だとでも言うように
小柄の女は笑い飛ばした、一目置いて、春から話す

「奈良に何かご用なんですか?」

「そりゃこっちの台詞だ、平日になんだ?武専も、サボって大丈夫な学校なのか?」

「あ、違うんです今日は野外実習というか、実は宝蔵院にお邪魔しようと」

「宝蔵院・・・・槍の稽古か、ちょうどいい、あたしも行くトコだったんだ、一緒に行こう」

「え?初さんも?なんの・・・・」

「なに、子供を作ろうかと思ったんでね」

初が少し照れた笑いをした
宝蔵院           
天下に知れた槍の流派の一つである
興福寺内に一派を構え、遠い昔に一度滅びたが再び今の世に蘇った
奈良藩の山の中に総本山を構え、天下に名を轟かせている
が、この宝蔵院にはもう一つ顔がある、宝蔵院というよりは、むしろ、奈良藩、大和というほうが適切な顔が

「お、バスだ、乗ろう」

「はい」

バス、と称したが少し違う
馬車のようなモノだ、馬ではなく鹿が引いているのだが
10頭前後の鹿が、犬ソリのように連なって、大きな箱を引いている
これが、ここ「奈良藩」のバスだ、乗れる人数が少ないからむしろタクシーかもしれない

奈良藩は、全ての生まれいづる都という肩書きを持っている
汚れるものは一切を排除、自然をありのままに残すという不自然が常となっている
そして妙な風土として、鹿を多用する、何事にも鹿が現れる、不思議な街だ
だから、県境までしか電車も通っていないし、道はノリ面を芝生で固めた畦道のような作り
牛や馬、鹿といった四足動物を移動の手段に使うことが義務づけられている

ここまで来ると、異文化だ

てってってってってって・・・・
鹿の足音が地面を刻んで、ゆっくりとバスは走り出した
晴れている時は屋根が付いていないので、吹きさらしになる
風を受けたままで乗るとなかなか気持ちのよいモノで
振動さえ気にしなければ、随分と居心地が好い
春と初は並んで適当に座った

「あの、お子さんを・・・・・ですか?」

「ああ、産女(うぶめ)を探しに・・・・・・ほら、この前会わせただろ?五条の小鈴」

名前を聞いて、いつだったかの芸妓を思い出した
だから、宝蔵院・・・・・春はすぐに納得する、それがもう一つの宝蔵院の顔、大和の特異、出産だ
産女という、子供を孕むコトを生きる全て、生業とするモノが存在する
全国に居るが、高位となる産女はすべてこの大和に集まる、それ故に、大和は生まれいづる地だ
妊娠という事態が、想像以上に難しいこの世にとって、子供を産むという仕事が必要となっている
女と女が結ばれ、子供を宿すためには当然だ、男と男でも、無論、男と女でも

「やっぱ、大和じゃないとな・・・・・空気も綺麗だし、なにより安全だ」

「だから、宝蔵院に・・・・・・」

「ああ、だけど宝蔵院てのは、他にも理由があるんだ」

「?」

「私の原田は、ここで貰ったんだ。こう見えて、宝蔵院流の皆伝だからな、わたし」

驚きと感嘆の声と同時に、鹿の鳴き声も響いた
宝蔵院の原田というのは、遠い昔に、皆伝で名手だった者の名字だ
道では、鹿に乗った人とよくすれ違って進んでいた
到着する山中、鹿は偉い、伊達に一ノ谷を駆け下りたりしていない
山道も足を緩めることなく、到着しても平然毅然としている

「じゃ、わたしは奥行くし」

「はい」

そこで別れた、春は道場へと移動する
初は、奥の間へと足を進めた、ふすまを開けて、7ヶ月か8ヶ月かと思わせる
産女幾人かとすれ違う、ここは本当に、生気に満ちている
産まれるというコトの原点をここでは回帰することができる、宗教とも取れる

「来たよ、然(ねん)」

「初?・・・・・・・懐かしいね、産女志願かい?」

「今更なれるか、バカ」

笑顔で二人は挨拶を交わした。然と呼ばれた女は身ごもっている
然はここの産女の一人だ、年は27,8、初よりは上になる
彼女を通った子供は、10人、この歳で10なら、まぁ、産女としては上等だ
彼女は初がここに槍を習いに来ていた頃から知っている、生い立ちも、成り立ちも
だから、友達だ

「産女を探しにきた、子供を作ろうと思う」

「ふぅん、あんたが出来ないのは知ってるが、相手もなのか?」

「ん・・・・・・・ああ、五条の芸妓でな、肝(はら)を潰されてる」

「売られた子か・・・・・・・・・お前は、つくづく底辺づいてるな」

「神聖なる産女が、平等以外を唄うなよ」

「あたしゃ、不良だからね、いいよ、半年くらい前に8人目を産んだのを紹介しよう」

「ありがとう」

初は紹介されるままに、別の部屋へと移った
さて、物語は春を追う
道場には、槍の練習生がたくさん居る、何かの時に、産女を守る為に習うものも居る
その中で、竹刀を構えて、槍との他流試合に挑む春が居る

「せいぃああああっっ!!!」

すぱぁんっ、小気味の良い撥ね音が道場に響く
目録付けあたりの、使い手では春は手に負えないようだ
辟易したのか、皆伝クラスの使い手が、相手に降りてくるようになった
だがそれでも、春の初太刀はなかなか凌げない

「・・・・・・・・流石武専様ってトコかな」

用事をすませた初がそこに来る、槍の皆伝相手にも
遜色無い春を見て、ほうほうと頷いた、
春の動きを見るのは初めてだが、その姿はなかなか勇ましく写る
ぱぁんと、とうとう皆伝の者から面を取った所で
初が、面白そうと思ったのか練習をしていた一人から槍を奪った

「おい、ジョシコーセー、やろうか?」

「あ・・・・・え?あ・・・・」

「言っただろ、最近はやってなかったけど、試して損は無いだろう?」

戸惑う春だったが、初が構えると、すぐにそちらに向き直した
身体はわかっている、今までと段が違う、生殺が関わる事になる
初の槍先が、すーっと伸びたような感じがする、やや腰が浮つくが横半身を見せ切っ先を止める

「・・・・・・・・示現流?ちょっと違いそうだけど、いいや、初太刀が凄いんだろ、打ってこいよ」

初が挑発する、ほいほいと槍が伸びたり縮んだりしている
春は、挑発に乗らない、刹那を狙っている
初は適当な調子で、槍を出したり引いたりしている、伸縮自在の棒のようだ
ふわふわしているが、隙がない

するり

「くわっ」

ずばぁんっ

初が少し遠目に突いた、それを逃さず春が前に踏み込んだ
槍先を脇腹でぎりぎりかすめて、その奥に足を叩きつける
ガバ面が初の目の前、春が最も得意とする大上段の一撃
だが、振り下ろした竹刀はかすりもしない

「?????」

「はい、一本」

ちょん、

気付いたら、首もとに先ほど伸びていたはずの槍の先があった
呆気にとられる春、いつかの周に打ち込んだ時と同じような気がした
確実に捕らえたと思ったのに避けられた、驚いて、むしろ脅えて、すすっと下がった
初がぽんと槍を、持ち主に返す

「まぁまぁだな・・・・・実戦をちょっと積んだら、いいんじゃないか?まだまだ道場剣法だね」

「そ、それは・・・・・・」

「殺りたりてない証拠さ、私だったら、あそこであんな手は打たないって話」

春にはなんだかわからない、稽古はとりあえず終わり
二人で昼を食べることにした
蕎麦をすすりながら、春が、先ほどのコトを問いかける

「んー、あたしが突いた一撃があるだろ、お前、あれを脇腹でかすらせてしのいだだろ?」

「ええ、飛び込むにはあれくらいの方が相手に対して気組みで勝てるかと」

「技術的にはお前が、かすった時に、あたしが薙いでんだよ、だから、お前が踏み込んだ位置は実際より遠いんだ
んでもって、それが解ってるから、わたしは落ち着いている、だから、「気組みで勝っ」てない」

「驚かないということですか?でも」

「うーん、まぁ、なんだ、実戦積んでると在る程度の事は想像できるし、大して驚かない
ともかくだ、奇をてらうような手よりも、確実な連続技の方が上回るって事だよ
そういう点で、示現流は現在劣ってるわけさ、見た目が派手なのは結局、大味なんだ」

ずるずる、蕎麦をすする初が、後半は面倒になったのか適当にはしょった
納得しないような、解ったような、曖昧なまま、昼が過ぎた
初はまた別の所に用があるらしく、春は一人道場に戻った

「・・・・お、あんた初のツレだったかな」

「あ、はい・・・・」

産女が一人、やれやれと出てきた
お腹もすっかり大きくなっているから、あまり道場のような
刺激の強い所は良くないんじゃないかと、やや心配してしまう
おろおろと、なるだけ視界に稽古姿が入らないように、妙な気配りをする春

「??・・・・ああ、大丈夫だよ、今更人が目の前で死んだって、流したりしないよ」

「え、あ・・・」

「宝蔵院はね、人が生まれる所でもあるけど、同時に死ぬ所でもある
あんたは、まだ若いから見たコトないのかな?随分、青い匂いがするよ」

「そうかも・・・・しれません」

先ほどの、初の指摘が多分こういう所に現れているんだろう
春は賢い、そのあたりの機微が解る、悔しさを少し滲ませた、まだ若い

「ま、イヤでもその内見るだろうよ、刀持ってんだから、突き詰めれば、殺すか殺されるかだ、あんたらわ
あたし達、産む者とは違うからね・・・・・ところで、初のどういう関わりだい」

「あ、私が居候させて頂いている先の、従姉妹の、お友達です」

不器用、というか不自然な表現だな、ボケてんのか、天然なのか・・・
然は、興味深げに、初の知り合いにはまず居ないタイプの娘を見つめた
若いが、何か業がある、産女は直感で気付いている、微かな澱みを感じる
伊達に人の生き死にを何百何千と見てきていない、見透かす

「初のコト知ってる?」

「え?知ってるっていうのは・・・・・」

「兄殺しの、反逆県出身、子を生めない身体で、捨て子同然にここに来た、階級上がりだってコト」

「・・・・・・・・」

「好いところのお嬢さんのようだから、知らないんだろう?
カーストの中層にずっと居るから見えそうで見えてない、低層階級は未だ存在してるんだ
宝蔵院は、宗教だよ、だから俗世が全て詰まっている、見ていくといい、学校もそれを望んでる」

妊婦はよっこいせと立ち上がる
きょとんと、つらつら長く吐き出された台詞を聞かされ
消化するのに少し時間をとった、頭で解るより先に産女が手招きをする
春はついていくしかない

宝蔵院は、仏の駕籠だ
産む所でも死ぬ所でもある
世界の階層と六波羅から行き交う冥と世
古くから受け継がれる概念は
人智の及ばぬ隅々にまで行き渡っている

広いような、狭いような、四面は竹藪に包まれ
そこに生死が、短絡している

「どっから人が来てどこに行くのかとか、見られるだろう、この場所だけはそれがとても分かり易いから」

立ち止まると然が春に告げた、然の位置はまだ廊下の中だ
明るいらしい外の光りを浴びない、外を見ない
春は脇を抜けて、中庭に踏み入れた

ざんっ

同時に大きな音がした、竹藪に包まれた四面の小さな、しかしながら、広い庭で
死骸は山となっている、脇の屋敷ではいよいよ臨月の産女が幾人も準備をしている

ざんっ

また大きな音がした、するとどうだろう、山がまた高くなる
物理的には狭い四方だ、産女の屋敷はその場所に背を向けているように構えられ
嫌味なくらい、生死は背中合わせだと偽造されている、縮図だとでも言いたげだ

ざんっ

三つ目が鳴った、今度はそれに被さるように屋敷から子供の産声が重なった
春はただじっと、その光景を見ている、視点は空間全体を把握しようとする
目の前で行われている

初が、人を殺し、積み上げていく、そんな作業めいた行為、を

「・・・・・・・・・・」

「初は、47のうち47番目の土地にゆかりがある、そんな理由であいつは低層だ」

「・・・・・・・・・あ、愛知の血筋」

「お前さんは、中層だね、だから知らないだろう、愛知という土地が本当は、まだ存在してるなんて」

ずくん、初がまた殺した、瞳の色は見えないが
とても機械のようで、精密に彩りの無い行為を続ける、切り上げて払い下げて突き刺す
動かなくなれば、それを山の上に放り上げる

「初さんは・・・・・・・何を・・・・・」

「練習だよ」

「れんしゅう・・・て・・・・・・・」

「殺し合いの中に居るんだ、殺す練習をするのは、当たり前だろう」

然の声が、インクが滲むみたいに春を侵した
じわじわといくつもの線が重なるようにして、黒く塗り込めていく

「あ、あのひと、たちは・・・・・」

「低層だよ・・・・・・初からみたら、同じ位でもあり、仇でもあるね、初ももともとはあちら側だった。
奴らは死にたがりだよ、佐幕ではない死にたがりだ、死ぬ事でしか最早救われない
まわりだってそう思ってる、上下を無くすには、下が無くなればいいんだって
だから死にたがるんだ、殺されたがるんだ、生きていく価値も意味も甲斐も、全てが無いんだ、そんな奴らだよ」

然は、さらに詳しく説明をした、春は瞳に脅えを浮かべて、それを聞くことを否定しようとする
が、口からは何も発せず、表情は拒絶のまま、その言葉に耳を傾けてしまう、求めるように
それを聞きたかったのだろうと、本当の事を教えられる、世界は誰かの上に立つことで成り立っている現実

「さて、もういいだろう・・・・・・・・・・わたしも、子供が驚くといけないから行く」

「あ」

然は優しい顔に戻った、はっと気付く、然はそれを説明しながらもなお
その光景は絶対に見なかった、口と頭と心でわかっていても
見られないんだろう、だとすれば、あの行為は間違っている?正しい?

当惑が漏れた、然はさらに甘く諭す

「助言だよ、良く聞いて・・・・・・・・・」

「?」

「言葉なんてのは、全部が作り物だから真実は写さない、けど、目に見えないと信じられないから必要だ」

「・・・・・」

「初は、ああすることでああいう人達を救っている、そういう行為だってある」

「・・・・・・・・・」

「覚えておくといい、殺すと斬るは、似て異なるものだ」

然は嘘をついた、目の前の不憫な少女の為に
その嘘は、少女を確かに救った、闇におぼれかけた不穏から
引き上げられたように、感謝を瞳に浮かべて、言葉に真理を得たように
殺した重石から逃れる為の便利な言葉を、知って、信じてしまう

『斬る』というのは、『殺す』のとは違う・・・・・・・なんて真っ赤な嘘だよ、欺瞞だよ

然は嘘を破らなかった、鵜呑みにする春を見て
帰りを促す、少しだけ注意をしてあげる

「もうすぐ日が暮れる、初は少しかかるだろうから先に帰ったほうがいい」

「あ、はい」

「わかったかな」

「ありがとうございます、頑張ります」

「違う、あんたの肝の底だよ」

「え」

「覚悟を決めておくんだね、『殺したい』奴が居るんだろう?」

どくん、心臓が撥ねた
然の視線が、心を射抜いているのにようやく気付いた、春は脅える

「さ、冷える前に帰った方がいい、無駄死にしなさんな」



翌日

「春、どうだった?」

「うん・・・・・・・ちょっと・・・・・・・・」

「宝蔵院、強かったの?」

「あ・・・・・うん、そう、ちょっと私は甘いんだって気付いたよ」

「そう・・・・・・・元気出してね、私も武州に行ってきたよ、知らないコトがいっぱいだった」

桂浜の石像みたいに目を細めて、周が言い、ぽんと、春の肩を叩いた
周にとっては元気づけのつもりだったんだろう
しかし、それが引き金になったように、春がぽつりと呟く

「周・・・・・・・・・・・今まで、何人斬った・・・いや、殺したことあるの?」

脅えた目が、震えた、か細い声で
畏れを謳う

つぎ

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