スピリット オブ ヤーパン
世間は冷たい
平生知らない世界に対して、それは恐ろしく冷たい
無関心は罪だ、最も醜悪な暴力だ、見て見ぬふりあるいは
知りたくもないといったそぶり、それは
我が儘で、薄汚いことだ、けど、共通意識に違いない
集団が全く同じことをすることに奇異を感じないとか言うのは、大嘘だ
気付いているはずだ、統制が取られ過ぎた行為は浮いてしまうと
必ずその目に、違和感を覚えるはずだ、シンメトリーは
最も統一されているが、最も不快な図柄、一寸の狂いも無い世界
そんなものは、存在しない
合わせ鏡に引き込まれるのは、そこに興味を引かれるからで
興味を引くほどの、普段と異なる姿があるからだ
統一は奇異なのに、統一されないと集団になれない
だから集団は、仲間意識という弱い所を重点的に責めてくる
共通意識を持つということが、集団と組織を作る
共通意識という枠組みを作って、それを模倣させる
劣化コピーでも構わない、それをなぞっているということが
弱い所を安心させる、だから、はみ出ている奴は粛正をする
意図的に、はみ出た奴を造り出して、それを迫害する
それによってますます意識を強める、一つは、自分たちは仲間だ
もう一つは、はみ出たものは害悪だ
もっと分かり易く、異なる物を異なると言うだけで、仲間という誓約は結ばれる
それが異なっているかどうかは、どっちだっていい
大切なのは、同じ物を異なると否定するという行為だ、実によく出来ている
異論を唱えれば、次は自分がそうなってしまう、異なると言われてしまう
人の間で生きないといけないのに、人の枠組みから追い出されてしまう
そういう警鐘を打ち響かせ、同時に締め上げて動きを止めていく
おそらくスケープゴートなんて言葉は、言語が発達するより前に産まれた
人間の一番根っこの、偽らざる、飾りを取り払われた
本性
「♪」
なんというわけじゃないが、思わず鼻歌が漏れる
そういういい気分で休日を迎えている
長坂花の自宅では、香が焚き込められている
白檀の香りが、ふわふわと部屋の中を飾る
準備は整った、後は酒を入れるだけ
26女ともなると、休日の暇を潰すにも贅沢を要する
値の張る酒をそっと、グラスに注ぐ、とぽとぽという音も
高価だという曖昧な基準によって、凄くいい音な気がする
「さて、昼まではこれでっと」
この日、同居人の女子高生春は、友達と刀を買いに行くと
朝早くに出ていった、なんだか珍しい出来事というよりも
妙にそういう俗世まみれた姿がうれしかったので、思わず小遣いを渡してしまった
苦い顔でそれを受け取る春の姿を、今に、いい女になるんだろうなぁなんて
わけのわからない物覚えに浸る、保護者が板に付いてきたとか、そうやって思う
自分の存在意義とかいうのを、そこに求めている
さておき、久しぶりに本当に独りの休日だ、昼飯だって自分で作らないといけない
いつもなら、そろそろ初が遊びに来たりするんだが
どうやら五条の芸妓に費やすのが忙しいらしく、花はおいてけぼりだ
悲しいとか寂しいとか、そういうのは思わないが
少し物足りない感じはしてる、だから、贅沢に身を任せている
心の潤いってのは気の持ちよう、その上向きの気分を持ってくるには
「とびきりの五感よね」
うそぶいて、白い細い煙が上る香炉を臨む
嗅覚をくすぐる、贅沢な香り
味覚を満たす、極上の酒
視覚には、上等な午前中の陽射し
触覚と聴覚には、自分しか居ないという感触と、自分が生きている音を聞かせる
雑多な生活が、五感というフィルターを通すだけで
小説のように脳に響きわたる、酔っていると
全てが肯定的になる、ああ、なんて幸せな時間なんだろうなんて
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
こりん
グラスの中の氷がお決まりの音で囁いた
幸せな時間
欠落している、五感以外のもう一つを
思い出してしまう、それは
男と過ごした、短い時間、一緒に、この部屋で
同じような匂いと同じような酒で
ほぼ同じように過ごしていたというのに
ほんの少しだけ前のそれは、今よりも充実や満足がひたひたと音をたてていた
「花さん」
「んー」
まどろみの声に、うわっつらの返事を奏でた
部屋には、うっすらと伽羅の香りが漂っている、気持ちの良い余韻に浸っている女はだらしない
仕方ねぇなぁ、そういう顔をして、男は静かに花に寄った
首もとに口づける、淡い感覚が、酔って、そして情事にくたびれた身体を
ことさら快楽に落とす、花は、堕落を堪能していた
「飯喰おうぜ、俺ぁ、腹減って仕方ねぇよ」
「勝手に作って食べな、冷蔵庫に一式揃ってっからさ」
「つれねぇなぁ、っつうか、アレだぜ、男に料理作ろうとかそういう甲斐性ねぇのかよ」
「ありませんヽ( ´ー`)丿」
自堕落な声で、顔もあげずにぴらぴらと手を振った
花は解っている、そうすると、この男は不機嫌を纏って
それでもしぶしぶと、飯を作りだす
便利とかそういうんじゃない、そういう仕草が可愛い、年上女として
この年下の男をそうやって見ている
案の定、男は台所に立ったらしい
がたがたと、音がする、雑音に他ならないのに、この男が
自分の男が鳴らしている、それを思うだけで
下手なJAZZよりも、小洒落てて気味がいい
花は、ゆっくりと頭を上げた、台所の平凡ではない男の
丸出しになった美しい尻が、目に飛び込む
「裸で炊事するなよぉ」
「んあ?セクシーだろ?俺ってば、ほら、マイトガイだし」
バカを図解したらきっとこの男を説明することになるだろう
花は、仕方ない顔をして返事はしない、脱ぎ散らかしたTシャツを手にとり
それを着る、裸Tシャツなんて、ちょっと流石に情けないかな
思いもするが、面倒という単語がそれを凌駕した
台所からは、いい匂いが漂ってきた、男は意外と料理上手だ
「何作ってんの?」
「あー、ペペロンチーノ、楽でなおかつ旨いだろう」
「お前なぁ、ニンニクなんか喰ったら、明日営業どーすんだよ」
「牛乳呑んだらいいさ、仁丹のスースーとかでもよぉ、と」
じょわわー
ニンニクの焦げる匂いと、オリーブオイルが為す色合いは
起き抜けの胃袋を確かに刺激した、男は自分が食べたいと言ったにも関わらず
ちゃんと花の分まで作っている、本当行き届いている
花は、そういう幸せを噛み締める、いい男を釣った、いや、釣られたのか?
どっちでも、とりあえず
「太郎・・・・・・・・」
「ん?」
「ありがとう」
「おうよ、俺こそ、そんな素敵裸体を眺められて、感謝感激だね」
バカップル、もう、誰も言わないような単語は
ぼけている人たちの間では、生き続けている、この二人もそうだ
できあがったらしく、温かいそれが盛りつけられる
皿に大盛りのパスタをつるつるとお互いがつつく
温かい陽射しを受けて、いい大人二人は休日を楽しんでいる
りんごんりんごん
「んあ、なんだ休日だっつうのに」
「あー、多分、アレだ、初だろう」
「初さんか」
太郎はもたもたと玄関に行って鍵を開けた
コンマ秒内に、ぎゃぁという叫び声と刀が振り回された音が響いた
「・・・・・・・男嫌いの女の前に、裸体で参上するかな、普通」
花は声を耳にしながらも、パスタをじっくりと味わう
香り高い食べ物は、味は普通なのに美味しいものだと錯覚させてくれる
慣れたもので、少ししたら小人と、痛手を負ったバカ男がやってきた
「グーテン・ターク♪」
「花・・・・・・・・・・・・・、頼むからあいつを躾けてくれ、私の身が持たない」
「言うなよ、ああいうバカだって解って私らチームだろ?」
「問題が違う、あたしは、ああいう物体が大嫌いなの、なんだよ、なんでこれみよがしに見せつけるんだよ
ぶらぶらさせやがって、薄気味悪い」
ぎりぎりと頭に来てる顔をして初は、ワインのボトルにそのまま口づけた
ごいごいと音を鳴らして呑む、よほどショックだったのか、汚物を見た顔は
いらだちをまぶされて、不機嫌な生き物を象っている
フォークを置いて、花は静かに初の頬を撫でる、鎮めるように、優しく包むようにする
美しい光景だが、少し後ろではバカ男がパンツを履こうと、もたもたしている
なんというか
だらしない、そういう風景だ、若者の群像だ
「初さん酷いっすよ、っつうか、いい加減慣れたらどうです?いい年なんだし」
「お前はいっぺん死んでこいっ」
ばごぉっ、鞘のままの刀で思いっくそ殴り上げた
へへら顔でそれを受ける太郎、殴られているけど、どこか楽しげだ
体裁を整えるために、太郎は席を外す、女が二人残る
「ったく、人ってのは解らないねぇ」
「なにが?」
「お前だよ、花っ、なんだよ太郎といい関係になってからの、この堕落っぷりわっ、悲しくないの!?」
「いや、別にー、ほら、なんていうかないい気分で毎日送れるしー」
はぁー、ため息をついてぶんぶんと頭をふる初
せっぱ詰まった顔で、力強く否定する
「ダメだ、そんな花は違うよっ、攻め攻めの花じゃないと、ギラギラしたのが抜けたら、
カルビの無い焼き肉みたいなもんじゃん」
「骨が無いって?うまい事いうな、初わ」
「うーーー、ちがーうーーーー、そういう事じゃなくてぇっ・・・・」
る
「うわ」
初が思わず腰砕けた、いきりたつ所に花が極上のキスを見舞ったから
花は、そうして静かに目を見て、一言、二言と耳に言葉を振る舞った
ぽぉっと紅くなって、聞き分けの好い小娘はおし黙る
初にとって、花は、そういう対象でもある、友達でもあるがそれ以上に
自分を認めてくれる、そういう意味が強い、頼る人、そんな具合だ
「解ってる、少し最近気が抜け過ぎてるのも。だけど、いい気分で居られるんだ、初をないがしろに
してるわけじゃないよ、不安がるな、私はいつだって、初の味方だ」
太郎が静かにその台詞を扉の向こうで聞いている
本当、妬けるほどいい関係だことで
嫉妬を覚えているが、それを超越する何かが初にはある
初を保護するような気持ちは、太郎にもあった、花は無論
理不尽な理由で疎まれる初を、ことさら可愛がっている、固定階級という概念が
ようやくなくなろうかという時勢、そんな優しさは、初にとっては最高だったし
花と太郎にとっては重要な事に思えていた
不条理な世界を、この二人は疎ましく思っている
だから、初に優しいわけでなく、初と対等であろうとする
実力という人間そのものの力を比べたら、三人は並ぶと、三人は信じていた
恋人同士、認め合う仲間、肉体関係
全てを織り交ぜて、社会悪なんてのも考慮に入れながら
三人は仲がいい
不健康な三人組、それが、花、初、そして太郎
三人とも、三菱の営業担当で同じチームに居る
瀬田の下で働く、コマだ、まだ当初は瀬田まで近づけない
ある課長の下に居たのだが
「なぁ、花さん」
「ん」
「俺ぁ、あんまり難しいこと考えないでおこうって思ってんだけどさ」
「あー、お前頭悪いからな」
「はは、その通りだけどよぉ・・・・・・・・・・なんだ、初さんの立場って奴さぁ」
「・・・・・・・・・・・」
花は真摯な目を向ける、おどけた様子はその前に捨ててきた表情
「俺達は仲間だと思ってるだろ、でも、その意識って奴もさ、初さんが追いやられてるのと同じ意識じゃないかってさ」
「変な所で、お前は賢いな」
「そうかい?」
「結局さ、仲間意識っていうのは共通意識だから、ほら、分かり易い奴を信じてしまうんだ
だから、初が愛知の血筋ってだけで疎む仲間と、初を疎む奴を憎むって仲間と、そんなくだらない理由で
あたしらは、囲い込みを測る、広すぎる世界は生きるのにしんどいから、或る程度囲っておかないとってさ」
「ふーん」
「納得か?」
「ん、ああ・・・・・・・・・・・・・・・・・狭いねぇってさ」
「狭い?」
「ああ、頭で考えられるだけの領域に結局居ようとしてるから、ややこしいんだろうなって」
そういう考えが出来る奴は、あんまり居ないんだよ
花はその時、苦笑でしか答えていない、言葉にはしなかった
そういう考えが、彼を、この男を孤立させてしまう、囲い込みの外にやる格好の的になると
解っていたから、3歳上というのは、そういう機微までわかってやれる
この男の年上でよかった、この男より先に世界を知っていて良かった
花は、いつくしむように、この男と、初とを、好きだってくくった
だけど
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・仲間意識か?花さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なぁ、花さん、はみ出たのか、はみ出されたのか、俺には解らんぜ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・そうだな、俺ぁ陳腐だったね、安い正義を振りかざして大局が見えないバカ野郎だったからな
だけどよ、大好きだぜ、死んでからもよ!花さん」
ガタ、イスを鳴らした
知らない内に、うたた寝に入っていたらしい、嫌な場面で起きた
どうせなら、最後まで見せて欲しかった
自らの手で、自分の男を殺す瞬間を、あの真っ赤に染まる取り返しの付かない現実を
夢を司るとかいう、バクに説教してやりたい
花は、やれやれと酒をまたグラスに注いだ
もう、そんな場面を思い出したって、一人鬱に入れるほど若くない
26の女は、静かにまた酒を呑む
泣かなくなった女は、大人の女だ、女はタダで涙を流しはしない
がちゃり
「あ、ただいま帰りました」
「おう、お帰り」
時間は過ぎた、誰のもとにも平等に
太陽が見えなくなった頃、うれしそうな女子高生が帰ってきた
真新しい刀を腰に差している、どこか誇らしげだ、初々しい
「あの、お金を・・・・・・・・」
「だからいいんだってば、小遣い小遣い、たまには世話をしてやってるって思わせてくれ」
もじもじと、どうしようもないくらい困った顔をするが
渋々それを受け取ったようだ、おそらく春は花が渡した金を使うことがないだろう
後生大事に取っておくんだろう、でも渡したという事実だけで花はお腹いっぱい
「あ、ご飯を・・・・・」
「ああ、たまにはな、ほら、お前のより全然劣るけど、あたし、大好きなんだ、つきあってくれ」
「はい」
素直な笑顔が花を照らす
目の前には、ペペロンチーノ
コップには充分に冷えた牛乳を注ぐ
「美味しいですよ、花さん」
「ああ、ありがとう」
感謝する
台詞は、春に向けたものであって、太郎を想定した物じゃない
分別は出来ている、誰かを代わりにしようとか、そんなんじゃない
花の中で、春は特別になりつつある
そんな心の動きを、初は知らないし、春も気付いてない
花は、幼いこの娘を、立派な女にしたい、そう思っている
いつかの、幼い男を、立派な大人にと思ったように
秘められた想い、春の志を、花は知っている
だからなおのこと思う、この娘を一人前にしてやれるのは自分だけで
それが自分に与えられた天命だろうと
二人は、関わり合わねばならない