スピリット オブ ヤーパン
「どした?」
「いや・・・・・・」
「ジョシコーセーか?」
「ん、まぁな」
「なんだ、迫って断られたのか?あの手は一度、犯す気分でヤらないと黙らないんだぞ」
「違うよバカ、初はなんでいつもそれなんだ」
「だって、タまってそうな顔してんだもん」
「失敬な」
「で?」
「ん、いや、この前、ココをやられたらしくてな、腐りかけてた」
「ほー、多感なお年頃だからなぁ、まぁ」
「だけどな、突然回復して・・・・・・・・いや、前よりなんていうかな、いい女になった」
「・・・・・・・・・・・よくあることじゃないの?思春期だろ?悟ることもあるだろうさ」
「んーー・・・やっぱそういうもんかな」
「乗り越えたならいいじゃないか、そこで廃人とか落人とかそんなんならともかく、何そんなコト気に病んでんだ」
「んー、まぁそうなんだけど、いきなりだぜ?腐敗を眺めた瞳が、突然蘇るんだぞ?
正直あり得ないと思ったんだけどなぁ」
「・・・・・・・・・・ははーん」
「お?思い当たる節デスか?」
「いや、花にね。お前あれだろ、’私が抱いてやって乗り越えさせてやろう’とか考えてたんだろ」
「殺すぞ」
「またまたー、なんだかんだ言って好きモンだしなぁ、あたしが最近小鈴に入れ込んでんの見てやっかんだな」
「・・・・・・・・」
「たまに責めたくなるんだろう、お前はそうじゃないと生きてけないタイプだ」
「勝手に他人を枠にハメるな」
「ま、潜在意識ってのは得てして自分では気付いてないもんだしな、花は先天性の攻めだから☆」
「もういい」
「怒るなよ、花、今日奢るし」
「ん、いや別に・・・・」
「違うよ、呑みたいんだ・・・・・・んで、多分、抱かれたい」
「・・・・・・・・・・・・・・そう、か」
「うん、ごめんな、いつも’受け’で」
「いや、むしろ好都合だよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「なんたって、タまってる顔してますからナ、先天性デスし」
「なぁ、本当に攻めばかりでいいのか?前から気になってたけど、抱かれたいって欲情は沸かないの?」
「なんだ、今更」
「いや・・・・・・前の、ほら、アイツと付き合ってた時は受けだったって聞いたぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・別に、アレがツいてんだから、受ける方が自然だろ、攻めながら入れられるのはシンドイし」
「・・・・・・いや、ごめん、深追いしすぎだな」
「いや、いい、今晩な」
「悪い、ていうか」
「?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジョシコーセーに惚れてたりするのか?」
「それは、無い」
「ま、ホドホドニ」
「あたしが後手?」
「ああ、花まで回さない、コイツはあたしが殺らないといけない・・・・・・・そうなるから」
だから、抱いて欲しいと思うようになる
そう、初は言葉で続けなかった、思うだけに留めていた
もう、気が入ってる、ちゃらりと籠手の鎖が鳴いた
午後1時37分、三菱本社地下、機械室
だん、扉を開く奥に標的が居る
年は46、老年の男 宮本三叉
三菱の営業部第四課という、主に会計重視の仕事を行う課における長を任されている
驚いた顔をしてすぐに、愛刀をたぐり寄せた
取り巻きに何人かの機械工が居たが、入ってきた二人を見てすごすごと引き下がった
「その顔なら、もう、用件は 」
「ハハ、なんだと言うのだ、この小娘共がっ」
「狼狽ですか?震えておられるように見えますが」
「黙れっ、長坂っ、貴様四課の課長である俺に向かって、そ、そのような口利き!!」
「いや、申し訳ありません宮本課長、お気づきかと思われますが、リストラですよ、不景気ですので」
「・・・・何を貴様らごときがっ、なぁ小娘、お前も偉くなったもんだなっ、ついぞこの前まで名字なんぞ
名乗れる身分でもなかったくせに、原田たぁ、また大層な名字を選んだもんだ
下賤の出のくせにっ、愛知出の兄殺しが」
「てめ・・・・」
「いい、花」
止めた初の目は不思議と落ち着いていた
むしろ花のほうが、気持ちを抑えられなくなっている
罵られた本人が辞めろという、それに従わないわけにはいかない
花は、渋々下がる、初の心を最大限に汲み取る
「私怨ではありません、社命ですよ、本部長の瀬田さんに聞いてください、もっともそれも既に叶いませんが」
「瀬田・・・・・・あ、あ、あの野郎っ、ち、ちくしょうっ、いや、ハメやがったなうまいことやりやがってっ、俺様を
てめぇらに解るかっ!?、新潟藩の顧客開拓をしたのは、この俺様が 」
「それを辞世の句となしますか?、瀬田部長の恩赦、せめてとのことで、詰め腹が選べますが、いかがいたします?
僭越ながら、介錯は私がやりますが」
花が左を確かめる、居合いの準備は充分に出来ている
もっとも抜く気はほとんど無い、今行われている会話は、全て予定通り
いや、台本の上というのが正しいか、形骸化している、式典のようなやりとりだ
「えら、選ぶものかっ、貴様ら小娘ごときっ、お、俺が斬って捨ててっ、お前らの百倍は役立つと!!!」
しゃり、徹の擦れる音、宮本が刀を抜いた
当然のようにして初が抜く、いつもの厚身とは違う、極薄い刀だ
「あんたの給料で新入社員が3人養える、で、新入社員3人分とあんた、天秤にかけるまでも無かったってよ」
「五月蠅い、新入社員など、お前のような底辺上がりの人間などが、この京都の俺に代わるなどっ」
古いんだよ
小声で花が呟いた、いちいち頭に来る人間だ、そう思うと限りなく殺意は澄んでいく
だが澄み切った殺意はそのまま、一応手を刀にかけておいて黙る
自分の数百倍の殺気を纏ってるのが横に居る、さっきまで伏せられていたソレが充満している
それが前にでる、目が猫のようになった初が構える
気迫は、びりびりと空気を刺激する
その剣気に当てられすっかり毒が抜ける花
初の邪魔にならぬよう二歩下がった
何事かまた宮本が呻いた、だがもう済んでいる
赤い液体が散った、ただならぬ目つきで、初が三度突いた
一つ目で左脇腹、二つ目で右の胸、三つ目を腹の中央
薄刃は、見事に三度の突きのスピードを鈍らせなかった、さくさくと
刺して引く動作に、ついぞ一つの抵抗も残させなかった
腹の傷、それは致命傷だが、すぐに死ねない傷だ
痛みにのたうち回る、転げる度に床が赤く染まり、撥ねるように飛沫が飛ぶ
気が触れたらしく、ぶんぶんと持っている刀を振り回した
かつては確かに凄腕を振るったのであろう、愛刀の輝きはなんだか寂しげだ
花は、冷静に分析することにつとめた、狂気に触れた男のなれを見届ける
残虐な行為が、曇り留まる殺意を、溜飲を下げる
「初」
声をかけるが、初はまだ気が張ったままだ
返り血を随分と浴びている、血で染まる姿が鬼を思わせる
殺気はまだ熔けていない、近づくと斬りつけてきそうなほどだ
仕方なく目の前でまだ、何かをわめき続ける醜い物体に侮蔑を投げかけておく
5分もしただろうか、おもむろに初が刀を振り上げ、頸椎に叩き落とした
ぴしゃりと、意外に軽い音がすると、そのままどばどばと赤く染まり音が無くなった
午後1時56分、ものの10分ほどで一人の命がやりとりされた
初の目はまだ禍々しい
「長坂花、原田初、戻りました」
「ん、ご苦労さん・・・・・いや、すまなかった、ありがとう」
花が一人で報告に部署へ出向いた、結果を報告しに瀬田のもとに行く
先の宮本の他、この日4人を斬っている、1人は詰め腹を選んだので介錯をした
一人で来た花を見て、おおよそを悟ったのか何も言わずに
処理報告と手続きをすませた、ぽんと、瀬田という朱の印が書類に捺された
瀬田は、相変わらずの危機感から遠い所にある表情で
二、三のくだらないコトを花に言って、和やかな雰囲気を簡単に作った
「・・・・・・・・・・・・・・原田を、頼む」
「わかってます」
最後だけ、ぴりりとした顔をして言った
こういう肌理の細かい仕草が、慕われる上司の所以だろう
感覚的な物言いでも、重みがある人間は違うな
花はさっさとデスクを片づけて会社を出ることにした
玄関先には、初がぼーっと立っている
少し酷いかもしれないな
斬ったコトには何一つの負い目も無い、理由があって斬る分には
もう年端の行かない生娘でもなし、割り切れている
「行こう、呑もう、な」
「ああ・・・・・・・・そうだな、暗い顔してちゃ酒が不味くなるな」
初が、ちょっとだけかすれた声でにかっと笑った
日が高いから、そういう理由で花の部屋に行くことにした
「うちでも良かったんだけどな」
「お前の部屋は汚れてるからイヤだ」
「花のトコが綺麗すぎるだけだってばよ」
「へいへい」
ばたむと扉を閉めて、少しだけ静かな時間を過ごした
まだまだ日は高い、昼の3時とかそんな時間に部屋を真っ暗にして
ずいぶんと不健康な行為に、没頭した
特になんとしたコトはない、良くあるコトだ、言い聞かせるような台詞が
なんだか頭に上って仕方なかった
目の前では、くたっとした幼い体つきの女が横たわっている
顔は涙の痕でとてもじゃないが見られない、だが、そこがまた可愛い
「手の焼ける女?」
「何を」
「やっぱり、名字なんて名乗れないの?」
「初・・・」
「どうしても階級上がりは認められないの?まだ社会のカーストは固定なの?
それとも、女だから?幼児体型だから?童顔だから?」
「初っ!!!」
「・・・・・・・・・・・兄殺しだからかなぁ」
社会の端境期という奴にハマルとどうしても
そこに置いていかれるとか、捨てられたとか、追いやられたとか
そういう類で片づけられる人間が少なからず発生する、そう、発生する
これはガスとか、原生生物とかそういうのと似ていて、ただそこにたまたま存在したロジックに従って
その上で発生してしまうモノだ、仕方がない事なのに、そういう人間は
「まだ、ゴミ扱いかぁ・・・・・・・・・・・」
「んなコトない、40過ぎの、固定階級世代はもうほとんど残ってやしない、あたし達の時代だ
実力と思想があれば社会は動く、惑わされるなよ、大丈夫だ、初」
「思想・・・・・・・・・・か」
こりん、グラスに入れてある氷が鳴いた
横には既に何本かのボトルが空いて転がっている
これも発生したモノだ
「私たちの思想も・・・・・・・・いや、その前に。聞きたい」
「何を?」
「あの娘のコト。ジョシコーセー、どうするつもり?」
「別に」
「それは、自分を否定するよ・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・わかってる」
「辛いな、立場」
「いいよ・・・・・・・・別に、なんだかんだ私たちの生き様だって、少ししたら多分」
「旧体制か」
「ああ、時代は既に、思想でも縛られてないからナ」
「ま、そうなるにせよ、その前に必ずやってくるんじゃないのか?」
「ん」
「あいつ、勤皇なんだろ?」
ブラインドから西日が抜けてきてる
西日が格子に入ってきた部屋は、抽象画みたいな雰囲気だ
女二人が目だけ光らせて、アルコールの匂いと、人間の匂いにまみれてる
がちゃ、表の扉が開いた音がした、続いて「ただいま」という声が届く
「タイムアップだ、服着ろ初」
「3Pは?」
「本気で殺すぞ」
「うはは、3割冗談」
初の笑顔はまだ寂しそうだった
首には、できたばかりの赤いあざがついている
「あ、初さん」
「ようジョシコーセー、一山越えたって?」
「え?あ、いや」
「すまない、こいつに少し喋ってたからさ・・・って、帰れ初」
「へいへい、じゃ、また・・・・・・・・・な」
いそいそと玄関を出ていく、背中を押すようにして
花が後ろについた、小声で囁く
「アレとは、勤皇とかそういうレベルじゃないから」
「やっぱり、惚れて?」
「それも違う」
「ふぅん」
ぱたんと扉は閉められた
思想てのは、この行為の事を言うのかもしれない
何かを型にはめる、何かを閉じこめる
無限で秩序の無い世の中を、どうにか動きやすいようにルールをつける作業
外と中を区別する扉
人が集団で居るために、ルールが要る、思想に基づき作られたルールが
玄関から戻ると、喜びが漏れている明るい生き物が居た
花は、思わず聞いてしまう
「?なんか好いことあった?」
「え、あ、・・・・・明日、あるかもしれません」
微笑んだ、鬱屈を知らないような、綺麗な表情だ