スピリット オブ ヤーパン


りりん、りりん

二度ベルが鳴る
一度押すと二回鳴る、そういうシステムを使ってるから
極当たり前だ、部屋主は扉は空いてるよと、玄関で声をかけた
無論、左手に刀、右手は柄だ

「・・・・・・・・・・・物騒だな」

「か、絣お姉ちゃん」

「特級になったんだろ?おめでとう」

「・・・・・・・・・ありがとう」

「浮かないね」

「・・・・・・・・・そんな事ないよ、少なくとも実家には報告できる内容だよ」

「・・・・・・・損なったのにか」

「!」

「・・・・・心づもりは知らないけど、あのままじゃ壊れるぞ」

「どこまで知ってるの」

「右耳、賭けたんだろう、だけど、それはお前が満足したいだけの結果だ、誰も救ってない」

ずきり
その言葉は、本当だ、真実だと周は気付いた
焦りが滲む、が、目の前の人にはそぶりを見せないでおく、鋭い目つき

「・・・・・・・調べたの?」

「別に・・・・・・・・」

「本家の・・・・・・・そういうこと?」

「本家、本家って、お前が神経質になるほどあっちは、構ってないさ」

「話はそれだけ?忙しいんだけど」

「ああ、それだけだよ」

周の前に現れた、不遜の人はそれだけ言って帰っていった
本来なら会社に居るはずの時間だが、どういうわけか
特級昇進による、身辺整理のいとまを貰った周のもとにやってきた
膳所周は一人暮らしをしている、武専近くには、今帰った姉の絣が住んでいるから
そこに居候することもできたのだが、周はそれを拒んだ
膳所の家というのを、拒んだ

周は名家の出身だ、それが気丈を呼び人を引きつけてる、無論実力もあるが、家柄の威光は不必要に大きい
だけど、その高潔な血と呼ばれるものが流れている自分の身体を
時折疎ましいなんて思っている、だから、同じ血が流れている姉と
周は、親しくしようと思っていない、妹(あまね)は、姉(かすり)をそう言う風に意識している

姉(かすり)が、どんなに妹(あまね)を想っているかを知らずに

数分後、周は春のもとに走った、そして、復帰を叶えた
そういう形で、妹を思いやる、そんな姉が
三菱電器総務部 膳所 絣だ



「・・・・・・・・・・・・・こいつぁ、珍しいな、総務部がなんの用だ?」

「気を荒げないでください、別にいつもいつも小言を言うばかりが、総務の仕事じゃないですよ」

絣が、営業部本部長瀬田の前にやってきた
いや、正式には瀬田が総務の小娘に呼び出されたという感じだ
応接間の柔らかいソファーに腰を沈める瀬田は
いつになく機嫌が悪い、総務という部署をあまり快く思っていないからだ

「人事の話ですよ」

苦笑しながら、絣が話を始めた
絣としては、一言一言が考え抜いた末に発せられる言葉だ
一つでも間違うと、気の荒い営業の猛者は斬ってかかりかねない
そういうパワーが、営業力となるのだから、否定はできない
だいたい、それを統治することこそ、総務の本来の仕事だ
人事ってのはそういうことだ
全てのシステムを円滑に進めるため、何もかもの潤滑を促す
そして妨げは駆除する、そういう仕事だ、彼女は自分の仕事を信じて、信念を貫く

資料をいくつか差し出した、瀬田も大人だ
自分が嫌いだからという理由だけで、むげに断ったり
ぞんざいな態度で聞こうとしなかったりと、幼稚なマネは決してしない
落ち着いてその詳細をまとめられた書類を手繰る

「・・・・・・・・・・リストラか」

「はい」

絣は判然と答えた
そのあまりに透き通った声に瀬田は、心づもりを決めた
決定は覆らない、総務はそう思っている
ならば、為せというままにやろう
こういう考え方が出来る人間は出世ができる、なにより頭がいい
絣は、少しだけそういう目で瀬田を観察する
ロコツだとバレてしまうから、本当に撫でる程度に探る、常に
全社員の性質を見極めておく必要があるから、総務は総務なりに忙しい

「・・・・・・・・うちがやるのは、この6人か?多いな」

「そういうことになります、異存がありますか?それを今回は伺いたいのですが」

「・・・・・・・いや、無いな、確かに老害だ、どういつもこいつも、過去の栄光にすがりつきすぎてる」

瀬田の肯定的な意見に少し安堵を漏らす絣、それを見て
まだ若い証拠だな、瀬田はそんな事を思った
実力はあるだろうが、まだ若い、まして、女だ、人間の価値を見定めるだけの器量は「今は」無い
たしか三菱の大株主の家の出だったか?武専の主席だったらしいが、女の臭いが取れてねぇ
口に出した途端、差別だなんだと責められるような事を営業漢は心内だけに留める

「営業ではその6人を粛正ののち、新入社員を5人ほど入れます」

「5人?随分多いな、技術系には入れないのか?」

「いえ、技術系には別に8人が入社予定です」

「ほー、思い切った人事だな・・・・・・・・・若返りを図るか、俺もやばいかねぇ」

「いやぁ、瀬田部長は大丈夫ですよ」

お互い、目が笑わず顔だけ笑い合っている
気味が悪い風景だ、万が一に同席していたら、その
どうしようもないどろどろとした雰囲気に、昏倒してもおかしくないくらいだ
欺瞞に満ちあふれているまま、とんとんと、瀬田が書類をまとめた

「わかった、やっておく、打ち手には俺の直属の部下を使う」

「・・・・・・・・・・・・長坂花と、原田初ですか?」

「不服か?」

「・・・・・・・ええ、不安というのが正しいですね」

仕事の顔が覗いた
瀬田は、総務の顔を見て、弁護というよりは
確信を説明した

「あんたが思っているよりも、あいつらの実力は高い」

「・・・・・・・あまり信用できませんよ、先日やりましたが、どうかと」

「もう一つある・・・・・・・・あんたが思っているより、こいつら(リストラ対象者)はクズだ」

瀬田が、にやりと笑った
花と初の実力が劣ることを否定はしない
実際瀬田も感じている所だったんだろう、だが、それ以上に
低い奴らを協調した、瀬田としてはこの経験によって
部下二人がステップアップすることを望んでいるのだ
絣は、そんな上司から部下への想いを感じ取った、そうなったら
抗うわけにはいかない、人材の育成は各部署長に委ねられる、それをやりやすくするのも人事だ

「いいです、人選は任せます、ただ、失敗したらただでは済みません」

「しねぇよ」

ぶっきらぼうに、そして不満そうに瀬田が答えた
一瞬で殺気が匂い立つ
それに当てられたが、引きつることも応じることもなく
総務はやんわり顔になった

「解ってますよ・・・・・・・一応、仕事柄言わせてもらうだけですから」

喰えねぇ女だ
瀬田は、そのやんわり顔に浮かんだ、澱まない二つの目を見て思った
総務って奴は、どいつもこいつもあの目をしやがる、気に入らねぇ
他人の奥の奥まで見透かしやがる、知られたくないことまで知っていやがる
瀬田が席を立ち、絣が扉を開いた
話は無事終了する、芝居のような席が終わる、緊張がようやく熔ける時間だ

「膳所さんよ」

「はい?」

カーテンコールかしら・・・・・・・、油断なく伺う絣

「気張りすぎるのも考えもんだ、たまにゃ楽にいこうぜ」

「え・・・・・・・あ、・・・・・・・そう、ですね」

思わず、安堵してしまった
部下に最も信頼されている部長、瀬田をここに見た
確かにこの人は、統率の最上に居られるタイプだ、器だ
絣は、少し安心した

「あなたが、慕われる理由がわかります・・・・・・・お願いします」

静かに、最上級の礼儀をもってそれを称した
その礼を、瀬田がどう思ったかは絣にはわからないが
絣にとっては、本心を言えたことが重要で、どう取られるというのは問題じゃなかった
ともかく、一つ仕事が終わり、また席に戻った

「済んだか?」

「はい、営業部はなんとかなりそうです」

「瀬田か・・・・・・・・リベラル派だが、いい感性を持ってるしな、会社が上り調子の時は目立たないが、落ち込みだしたら奴は強いな」

絣の上司がその人物を評した
人事は別命、水鏡(すいきょう)とも呼ばれる
その人物の根底を全て洗いざして、どういった仕事、どういった行動が一番似合うか
それを評することができる、遙か遠い昔に人物評をした仁から借りた
水に写る鏡、という故事になぞらえた呼び名だ
組織を作る上で一番大切な項目である

「人望は相当ですよ、少し話しただけなのに、私も・・・・・」

「いい事さ、ああいう営業がうちには必要なんだ、だからこそ反旗を翻すような事がないよう監視だな」

総務部長はそう呟いて、不敵に笑った
この顔が、諸処諸々の部署から嫌われる所以だろう
だけど、こうなるのが在るべき姿で、身内から嫌われてこその人事
絣は、静かにああなろう、でも、ああなりたくない、そんな背反二律の間に身を置いている
やがて割り切って、不遜こそが正道だと思うようになってこそ昇華できるのだと信じて、今は生意気を気取る
昼休みを終えて、少しいとまが出来た
リストラ通達はおおよそ終わったし、新入社員の選定もだいたい終わった
デスクワークが終わるとなると身体を動かしたくなるのが、摂理で
会社の道場に顔を出すことにした、営業職が大量に、鍛錬を積んでいる

「この活気はいいね」

誰に言うわけでもないが、沸き上がるその熱気を浴びる
勝ち取ってこよう、そういう意志が練習風景に出ている
その内のいくつかは、絣という総務が来たという事で張り切りだしている
アピールは必要だ、パフォーマンスが出来てこそ、初めて上を目指せる
隠遁しようってなもんは、会社に居るべきじゃない
そんな目で、ぐるりと見回していると、例の営業職二人を見つけた

「機嫌悪そうだな、初」

「ったりまえだ、あんな無様なことになって、どうやって落ち着いてられるよ、今日はやるぜぃ」

「あたしゃ、一人でやるよ」

「ok、こういう日は男を叩いてすっきりしたいし」

花と初が、くっちゃべりながら相手を探している
もっとも、必要以上に乱取りの相手を探しているのは初のほうで
花は、落ち着いて鏡の前で、自分の姿と対面しながらの精神修行を望んでいるきらいがある
初が相手を見つけたおかげで、花は一人修行に入った

「ぜいやぁっっっっ!!!!!!!」

「ぅおらぁっっっ」

がしぃっ、竹刀とも思えないほどの音が道場に響きわたる
初がやたらめっぽうと竹刀を振り回し、相手をひたすら防御に回らせている
大した速さだ、得意技は突きだが、練習では主に上段、払い上げの二つを行っている
その連続技から、突きに繋げる、そういうプランが頭の中にあるのだろう
不器用なりに、そういうのをやっている、初の熱心な姿を静かに見守る、絣
もともと槍が本道かな?足運びが、ややもたついてる
僅かな情報も漏らさず頭に入れる、記憶終えた後だろうか、ふと殺気に似たものを浴びる

「・・・・・・・・・・・・・・総務の方がわざわざ一般道場に顔出すとは、よほど暇ですか?膳所さん」

「長坂か・・・・・・・・・・・・いいよ、今、相手を探してた所さ」

めざとく、花が絣を見つけてきた
私怨が鈍い臭いを放つ中、お互いを練習相手に選んだ
当然、花にとっては練習以上の何かを育んでの挑戦状だ
実力差は、先だっての通り明らかだから、絣は少し手加減をするべきかとよぎる
総務として、営業のやる気を殺がない程度に調整する必要があると
考えた、必然だ、仕事上

「やわらはさておき、居合いは私の本道なので、ご教授お願いいたします」

花が、薄く笑う
なぞるように台詞を唱えて、絣の前で、腰を入れた、既にお互いが
間合いに入っている、宣言したから何時抜いてもいいのだが
敢えて花は抜かない、どうやら、借りを返すには
後の先を決めるのが条件だと思っているらしい、絣は戸惑う
花の剣速では、後の先を自分から取るのは難しいと

「いいのか?自信無くすよ?」

「上等」

わざと、煽る台詞で闘気を引き出した
おかげで、ちょっとやばいかもしれないそんな事を感じた
だが、どこかうれしく思っている

(満ち足りてなかったな、やはり、刀を奮うのが私の本道やもしれぬ)

刀よりも、奮わなくてはならない別の事項を押しつけられた
今の自分の位置を否定するような、そんな事を不用意に考えた
傍らで、うれしかった
武人などとクソ古い言葉に頼りたくないが、刀を覚えた以上刀を振るいたい
自分の感情に久しぶりに素直になるそれだけで、先先の先を取る、という目標を立てた
一刀流ながら抜き打ちで勝負する、知らぬ間に本気になっていた

透けるように読める、相手の動き
長坂花の動きは、まさに手に取るように見える
ここで抜いて、こう斬ってくる、だから私はこう抜いてこう斬るべきだ

ざしゃっ

稽古刀がうねる、絣は踏み込んで一撃を放った、床を蹴る音がぱぁんっと
平手で張ったように高く響く、その振動が弱っていく、二人の居場所が音を振り切るスピードに突入する
知覚が最大まで高まると、全てがゆっくり流れて見える、絣の先読みが冴え渡る
しかし、その先読みの展開はコンマ数秒前と大きく異なっていた、このままでは届かない
色しかない風景の中で予言できた
間合いを測り違えている、いや外されたと、気付いた、気付いた時点で遅い
絣の刀が空を切ると同時に、花の刀が急所に向かってえぐりこまれてくる

ここで、音が世界に追いついた、絣の耳に稽古場であちこちからあがる怒声が届く

ぴたり

「驚いた・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・引き分けかな」

花は奥義の一つで迎えていた、そのせいで、絣の初手は外れたのだ
瞬間に花の刀は急所に向かった、だが同時に、絣の二の手が花にふりかかっている
両者寸止めだが、相打ちという様相だ
ただ、居合い勝負だから初手を判断材料とすれば、花が勝っているのだが

声もなく礼をして、お互いが離れた瞬間に、ようやく汗が噴き出した

アレを相打ちにもっていかれるかな・・・・・・・・計り知れない

改めて格の違いを見せられた、花は、ただ口惜しいと濁った
また一人稽古に戻る、とりあえず借りは返したと言い聞かせた
絣は、自分に油断があったことを顧みた、一人稽古に戻っていくその背中を見送る
その後、適当な相手を捕まえて、乱取りをやった
打ち込まれることは皆無で、ひたすら相手を打ちのめした
やがていい汗をかいたと、その具合で道場を去る
その頃、初はまだやっている、2時間以上乱取りを休まず続けていた、その気力は凄い

二人の実力を測り違えたのは、確かだった・・・・・・・瀬田部長に謝ろうかな

歩くすがら物覚えながら、再びデスクに戻り、
書類をまとめて帰宅することにした
帰路にて、見慣れた自転車姿を見つけた

「周」

妹は見たことのない顔で笑っている、なんていい顔をしてるんだと姉は喜んだ
そして、知らない、いや、先日知った娘を後ろに乗せていた
隠れるわけでもないが、声はかけないでその姿を見守った

そうか、仲直りできたのか・・・・・・・・・よかった

安心と同時に、不安と嫉妬が目を覚ます
妹の心に染み込んだ、その娘の存在が濁って見えた
気丈をただでさえ強いられている、苦しい立場の妹が
その娘のせいで、さらにたくさんの不安を抱えることになったこと
いや、これからもなっていくんだろう予感
もう一方で、あの妹の心にそこまで入り込める存在
それがとても羨ましくて、とても不快だ
そう思ってしまうと

「・・・・・・・・排除しないと、いけないね」

冷たい言葉を呟いた
そういう仕事が長いせいか、姉はそんな事を考えてしまう
結果、自分が嫌われるとしても、周の人生が迷わぬようなるのなら
それも手だろう、最善だろう
なんて考えてしまう、この人もまた、他人との関わり合いが苦手だ

いや少し性質が違う、他人との日常生活はできる
ただ
愛するという事を、うまく表現できない、絣はそういう可哀想な人なのだ

自転車姿は、結局気付くことなく、通り過ぎた

気付くことなく

つぎ

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