スピリット オブ ヤーパン


「おはよう、ございます」

「・・・・・・・・・はょ・・・・・・・・」

事件から5日目の朝の事
参ったなぁ、一応ご飯は毎日食べてるみたいだけど
そろそろやばいよなぁ、どうやったら治るかなぁ
なんて、朝は決して巧いこと働いてくれない頭をフル回転させて
色々考えていたOLの目の前に
全てを消し去るような、素敵笑顔の17歳が降臨した

「・・・・・・・・・随分、良さそうだな?もういいの?」

「はい、ご迷惑をおかけしました・・・・・・・」

ぱたぱたと、朝飯をテーブルに並べている
5日前の朝と同じ風景が戻ってきた
少し気が抜けた感じがして、すっかり目が覚めたOLがイスに腰掛ける
目の前には、相変わらず旨そうに作られたご飯とみそ汁

「・・・・・・実は、同級生と立ち合って・・・・・」

遠慮がちに、春は花にそう教えた
たくさん考えて選んだ言葉だったんだろう、花はその事実を
知られたくなくても伝えなくてはいけないという、小難しいジレンマから
力を込めて生み出した結果だと捉えた、だから、深入りはしなかった
膳所という名前を問いただそうとは、しなかった

「まぁ、なんにせよ、良かったよ」

「あ、ありがとうございます」

「いや・・・・・・ほら、春の作る卵焼きってさ、私の3百倍は美味いだろ?朝飯不味いと一日が不機嫌でさぁ」

軽い冗談を飛ばしてみた
おどけた調子でそうやって会話をとった
普段通りかどうかを、ここで見極めようなんて、少し大人ぶっていた、ところが
春は、とても自然に、とても可愛らしく、ころころと笑った

いつだったか、初と芸者遊びに行く時に見せた笑顔とは
比べモノにならないくらいのトビキリだった、その事に、何よりもOLは驚いた


4日ぶりの武専の門
微かに震えている、春は少しの恐怖に遭遇している
だけど、思い直して左手を一度だけ鞘に触れさせて落ち着けた
腰の刀、その覚悟が人を強くする
そう信じて、教室へと急いだ

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

案の定、よそよそしくそして冷たくなったような空気がそこにある
編入から一週間という一番重要な時期を欠席していたのだから
仕方がない、なによりも、膳所という刺客に狙われたというところぐらいまでは
知れ渡っているんだろう、厄介者というレッテルが
まことしやかに学校から突きつけられている、そんな生徒としてしか既に写らなくなっている

席につく間にも、いくつかのひそひそとした声を聞いた
言葉の中身までは、判然わからないが、大方そんな事だろう
イヤだな
思っても仕方ない事だと、ぐっと堪えた
緊張が顔に現れていただろうか、急に声がかかって、はっと我に返る

「・・・・・・・・・・斉藤」

「え?・・・・・あ、膳所・・・・さん」

ざわ
教室の雰囲気が一変する
凛とした、学年筆頭の声が教室を鎮めた
そういう空気を、きっぱりと打破した

「傷はいいのか?」

「はい」

「そうか・・・・・・・・あなたの実力なら、すぐだよ、頑張るといい」

「ありがとう・・・・ございます」

素っ気のない会話、会話というよりは示威行為
クラスの人間は、膳所が春の実力を評価した、その事実に
恐ろしいほどの価値を見出している
春を疎む理由と同じ理由で、膳所を尊敬している
学校に信頼されている膳所の言葉は、まさに、神の言葉のように思っている
単純なもんだ、この程度で覆る意識者は、雑魚だ

無論、毅然とした声色がそう見せている所もある、心内で膳所もそれを意識して放った
その態度と、久しぶりに発せられたらしい美しい声は
一部学徒を、骨抜きにしたようだ、ざわざわの質が明らかに変貌している

「・・・・・・・本当に、いいの?」

「うん、大丈夫だよ・・・・・・ありがとう、周」

小声でそう交わした
このやりとりは、誰の耳にも届かない
膳所を周なんて、ファーストネームで呼び捨てにするなど
今は、赦されない状況となっているから

かつりかつりと靴を鳴らし、事が済んだかのように学年筆頭は颯爽と立ち去った
襟元には、真新しい赤の襟章が光っている
膳所は、春が居ない間に「特級」にクラスを上げたのだ
それ故に、彼女の神格化は一層進んでいる

話はそれるが、武専には、現実社会と同等以上の
厳しい規律と、階級が存在している
武専では、最も重きを置く事柄を「実力」としている
それでは計り知れない部分を「学年」で判断している
つまり、学年が下でも上の階級のモノは上位になり、また
同じ階級でなら、学年が上下を決めている、実に分かり易い、短絡だ
ただ、学年は、年齢とイコールではない、昇級できないモノが留年ということもある
年長者を敬うことは、基本精神としてたたき込まれるが、敬う事と位を定める事は別問題だ
特に上級の実力階級は、不遜という言葉を主軸に立てる節がある
つまり、礼節は最低限わきまえるが、己が正しいことには屈服する必要は無い
という教え、難しいが、年齢という下克上はその階級ならば行うべきだ、という感じだろうか
ともかく
膳所は、今、その上の階級にコマを進めていた
先日の春を斬った事件、それが推薦理由となっている

だから、二人は、敬語を使い使われる関係を続ける義務がある
定められた、何人も破る事が赦されない義務だ

「・・・・・・・・・・斉藤さん?」

「え?」

「膳所さんと、その・・・・・」

遠慮がちに、先の所作を見守っていたクラスメートが聞いてきた
権力の風に従順とは言わない、こういうレベルの話は
女子高生という脆弱な集団の中では、むしろ自然だ、疎むことじゃない
春は、少しだけ大人だからわかっている、そういう態度を咎めたりしない
だけど、いつものような「遠慮がち」な笑顔で答える

「立ち合っただけだよ、強いよね・・・・・早く、追いつきたいね」

クラスメートは、ぎこちなく春に接し続けた
その内慣れる、ともかく、阻害の壁はわずかだけども
平生を脅かすほどの厚みを持たなくなった

ありがとう、周

心の中で、親友に感謝する、自分を救ってくれた、親友に


前日の話

その時は、まだ真っ暗な部屋だった
既に体の具合は、随分良くなっていた、むしろ良好だ
だが、熱がひかない、そういう気がしていた
朝にまた、花が心配そうな顔を少しだけ覗かせて
行ってくるよ
なんて、声をかけていった

全てに対して面目無い、そうやって自分を責めて、ぎりぎり精神を保っていた

気怠い、外の空気を吸っていないせいだろうか
病を患った部屋に居るから、新しい病を招いている
そういう匂いすら漂っている
浅く眠り、久しぶりに起きあがる、ずしりと身体が重い
多分、寝疲れだろう、人間は或る程度休憩が必要だが、或る程度の負荷も必要なのだ
全てから解き放たれていると、やがて壊れてしまう、形を保てなくなる
その前兆のような、全身を襲うだるさがあった

「・・・・・・・・・・・・・・まだ、振れるかな」

立ち上がる、それまで全く考えもしなかった事を
ぼんやりした中で呟いた、多分、心の底にまだあったんだろう
刀を持つ自分という存在が
最後の拠り所のようにも思われた、静かに愛刀をたぐる
足を床につけ、ぎしりとベッドを鳴らした
立ち上がると、目眩のようなものを覚えた、寝過ぎだな

鏡に自分が写った
驚くほど、病的な女がそこに居る、健康とはほど遠い
そういう顔色、表情、姿をしている
左手に持った刀が、随分重たく感じた、本当に重いからなのか
精神がそれを重く感じさせているのか
少し難しく考えてしまった、ふと、刀にすら拒絶されるんじゃないかと
戦慄した、恐怖した

きん、じり

鯉口を切って、ゆっくりと刀をずらす
砂でも噛んだようなイヤな音がしたが、気のせいだったか
その後はするすると刃が解かれた、寝ていてもなお
その輝きは変わらぬまま、むしろ、冷淡な気がした

「斬れるね」

語りかけるようにした、そのまま部屋を出た
眩しい
鬱屈はほど遠い、そんな空模様が窓の外に見える
光りに浮かび上がらされると、さらに自分がそういう場にそぐわないと思いだしてしまう
またひっこみそうになったが、抜いた刀を鎮めて
一番広い部屋に行く、ちょっとした道場になっている
真ん中に立って、構えた、狭いからいつものようなトンボは無理だ

基本をなぞる、正眼に構える

構えて、直面した
目の前に、怯懦という言葉が横たわった
畏れが現実になっている、足が震えて、腰が浮いている
とてもじゃないが、刀は振れない、でも振らなくてはいけない
刀を振ることだけが、唯一自分を活かすのだから

「せやあああああっっ」

ぶわん
鈍い、鈍い、鈍い、鈍い、鈍い
ナマクラ、眠い、トロい、愚図る、泥臭い
焦れば焦るほど、型が崩れた、闇雲に振り回す刀、全身から汗が吹き出る
それも、粘つくような白い汗だ、イヤな汗、まるで全身に毒が回ってそれが
毛穴から吹き出ているような、全身が艶めかしく捕らわれていく
振り払おうと、尚刀を振る、振るほど汗がまとわりつく、焦る
刀を振れないことに、何も斬れない自分に、恐怖がすぐ、その背中に

「・・・・はぁっ・・・・・・・・や、やぁ・・・・・・・・ぃやぁ・・・・・・・・」

まるで棒振り芸になっている、ぶんぶんと、音がぐずってる
死んでしまった・・・・・・・・
ふと、自分をそう評した。こんなに明るいのに真っ暗になって見えた
絶望だ、申し訳ない気持ちのさらに下にずっとうずくまってた暗闇

今まで、試合で負けることは在った
だけど、口惜しくて仕方ないと思って、また、練習に打ち込めた
でも、死ぬ恐怖を味わってしまったら
全てが白けた気がした、そのせいなのかな
身体が、さっぱり動こうとしない、死と恐怖と「生かされた事実」が呵む
殺し合いの中で、負けて尚生き残った事が、春を責める
誰もそんな事言ってやしないのに、死ね、死ね、死ね、輪唱する禍々しき言葉
心の整理がついてないせい、何もかもが不安で仕方ないせい、殺そうとした相手に生かされたせい
最後の、自分の拠り所になってくれるはずの刀が、責める
こんなに切れ味が鋭いのにどうして斬れないのかと、刃に写る、禍々しい冷えた目、いや、脅えた瞳

「・・・ぅく」

急に動いたせいだろう、吐き気を催した
慌ててトイレに駆け込む、もう、酷い有様になっていた
病気だ・・・・・・・・・蝕まれている
色々な言葉で、説明しようと頭が働いていた
同時に、得体のしれない何かが、ずっと責めている、そういう感覚が全身を襲った
嘔吐が繰り返される、目を見開いて、ただ、中身を吐き出す
吐き出している中身は、自分の罪で、闇で、どろどろで

胃液が喉を焼く痛み、染みるような臭い、黄色く濁った排泄されたモノ
浮かぶようにして、これまでに殺した相手の顔がやってきた
それらが責めているように思えてならない、殺す恐怖と、殺される恐怖、なによりも、殺されなかった怯懦
ただ、怖いと一言認めたら、死ななくてはいけない、必死に抗う
弱々しく、細々と、顔を洗い口をすすぐ、生き残る事が正統ではないという言葉から逃げまどう

死ぬのはイヤ・・・・・・・まだ死ぬわけにはいかないの・・・・・・未だ

りんごん、りんごん

呼び鈴が鳴った、規則正しく、もう一度りんごんりんごん
音で、動転していた気持ちが落ち着いた、はっとして
慌てて、正して、正直にその呼び鈴に出た、出る必要は本来は無いなんて忘れていた

「は、はい」

「・・・・・・・・斉藤さん?」

膳所・・・・・・・周・・・・・
全てが凍り付くように、何もかもが冷えて無機質に
そういう画面が浮かんだ、なんだろう、モノクロームにすら見える風景
自分が全身を震わせている、恐怖がやってきている
精神(こころ)が壊れそうになってる

「・・・・・あ・・・・・・え・・・・・・・・」

「身体・・・・・・・どう?」

「・・・・・・・ぅん、だいじょうぶだょ」

「・・・・・・・・・・そう、あのね。私、特級になったんだ」

扉を隔てて会話をする、春は、甚だ脅えた顔をしている

「・・・・・・・・・・・・おめでとう」

「・・・・・・うん、ありがとう」

「・・・・・・・・・・。」

「だけど、それを言いにきたんじゃないよ」

ぞくぞく、悪寒が止まない、目眩がする
どんな情けない顔をして今扉にへばりついているんだろう
春は、溺れた人のようになってる、はぁはぁと息づかいが浅い
脳まで酸素が回ってないせいか
何か、とんでもない事を言ってしまいそうになってる
ずっと、頭の中に、殺して、死にたくない、責めないで、壊れろ、とりとめもなく暴力が巡る

「・・・・・・・・・・」

「あの時にも言ったよね、大丈夫、別に武専を辞める必要なんてないよ、私が・・・・・賭したから」

「!」

どくりっ、その膳所の声が不吉な予感を帯びていた、だから
春が慌てて扉を開いた、ぱぁっと本当の光が部屋に入った
蛍光灯とはわけがちがう、暖かみがあるそれが眩しい

「岩戸が、開いた」

「膳所さん・・・・そんな・・・・・」

「大丈夫だよ、心配しないで・・・・・・・・たかが、耳のひとつやふたつ」

笑う彼女の顔の右が不自然にすっきりしている
黒髪がそれを覆っているから、注意しなくてはわからない

彼女は言った、賭した、って
その言葉は、自分の命を賭けるという意味でもあり、その記しに自らの一部を捧げる
極めて古い、忘れられたようなしきたりの事を言う

「もう大丈夫だよ、私ぼっちの賭で、あなたが救えるなら安いものだし」

「そんな、笑って・・・・・・・・・」

「だって、言ったじゃない」

春が自然彼女の顔の右側に手をさしのべた
あるべきものではない感触が少しあった、当然完治してないだろうそれ
撫でることなどできずにいた

「・・・・・・・・・・・・・トモダチになりたいんだよ、斉藤さん・・・・・ん、・・春」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、周ぇ」

絞り出すようにして、春は彼女の名前を選んだ
ありがとう、ごめんなさい、二つの単語が同時に浮かんだ
どちらを取ったらいいのかわからなかった

「・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、戻らないといけないよ、春」

少しだけ黙って
崩れそうな春をぎゅっと一度抱いて
そして離した、綺麗な笑顔だけを残して
足早に階段を降りていった
残された春は、泣き崩れた、そして這い上がる
ぐしぐしと、袖で顔を拭う、こんなんじゃダメだ
鳴き声で、そう叫んだ、蘇る

返魂



校舎の裏から静かに、誰にも見つからないように
女二人は、そっと抜け出すようにして帰宅の路につく
5日前と同じように

「周、自転車通学だったの?」

「うん、乗ってく?二人乗り」

「え・・・・・ごめん、私乗ったこと・・・・・・」

「簡単だよ、私の肩に掴まって、ハヴにうまく足を乗せて、ね」

こぎ出した自転車は、最初うろうろとして
加速がついてスピードに乗るころには
二人は風を随分感じていた、特に春は、強く感じた
結い上げた髪が、さぁっとなびいていく
ひっぱられる感じが気持ちいい
頬を撫でていた髪が後ろに流れる
周も流れている、右側が、やはり寂しい

「・・・・・・・痛かった?」

「ん、全然」

「ホントに?」

「うん・・・・・・・・痛いなんて、辛いうちに入らないから」

坂道を二人がくだった
空が、随分青い、晴れていた

つぎ

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