スピリット オブ ヤーパン


OL、長坂花が帰宅して
一番に驚いたのは、同居人の女子高生の様子だ
重たそうな顔つきをして、それでも台所に立っている姿は
女であるが故の、あれが始まったから?
若い娘だけにそう思ったが、実際はそうではなかった
確かに紅いイメージは違いなかったし、重いのにも他ならなかった、けど
生理現象というには、少々他意が介入しすぎる
手の平に一本の刃の痕、かしこに在る擦り傷、なにより脇腹の刀傷

傷はまだマシだ・・・・・・が、精神(こころ)をやられてる、こいつぁ、重い

OLは、無理をして笑顔を作る痛々しい生き物を
そっと寝所へと連れていき、休ませた
特に何を聞くわけでもなく、そして、簡易で一人で行ったのであろう
手際はいいが緩い処置を、しっかりと施し直し
安静を諭した、疲れているんだろう、ともかく休め、と

朝が来て、静かに女子高生の具合を探った
熱を出してるようだった
わずかにうわずるような声をあげるが、眠っている
しばらくは目を覚ますまい、学校には風邪だと言って休みを取った
どうやら、風邪の理由を学校も知っているらしく
文句無く休みを与えられた

・・・・・・・・・・武専様ねぇ・・・・・

花は、苦しむ女子高生にどんなことがあって
刀傷を負うまでになったのかわからないが
不快だと感じた、そういうシステムになってる武専を、不潔だと思った

今、自分が生きている社会と同じシステムに嫌悪を抱いたのだ、錆び付いたシステムに


「?・・・・・・・・・花、機嫌悪い?」

「んあ?なんで、別に」

「嘘だ」

八重歯ロリータ娘がだしぬけに、花の違和感を指した
午前中の取引先巡りの最中の事だ
この日は、初の愛車でぶんぶんと移動していたのだが
取引先でも、移動中でも、ただただ黙っている相棒に初が不平をぶつけた形だ

「なんかあったのかよ・・・・・・・・別にどうでもいいけど、仕事に支障は困るぜ」

「わかってる・・・・・・・・・悪い・・・・・だけど、そんなにじゃないさ・・・・」

ぶろろろろぉ
エンジンが、ぬるい音をたてている
信号を二つほどやり過ごした所で、また次の取引先に着いた
ベルトを外し車を降りようとする花を、初が止めた

「いい、待ってて」

「なんで」

「邪魔なんだよ、今日の花だといける話もダメになる、留守番決定」

きつい一言だが、実際そうなんだろう
初は、言葉を飾らないで本音を正直に言う、素直でいい娘だ
友人だからという事もあっての忠告だろう、花は自分が思ってるよりも
ずっと機嫌が悪いんだと改めて思い直し、素直に従った

「悪い、頼むよ」

「いいよ、けど高くつくぜ」

ぴらぴら
手を振ると、初はさっさとビルに入っていった
小柄だけどずいぶんと頼もしく見えるその背中を見送った
さて、しばらく時間を潰すのにどうしようかと考えた
窓の外は、随分ときれいな空が高くなってる
雲は無く、ともかく青一色だ
少しだけそれを眺めて過ごした、ぼーっとするのも悪くない
いっそ昼寝でもしようかなんて、思ったが

「来客か」

そうもいかなくなって、静かに車を降りて身体を伸ばした
ばたん、優しく扉を閉めたつもりだったが、随分と大きな音を立てて車が揺れた
外の風は思った通り心地良い、そして、相当機嫌が悪い自分にもやっと気が付いた
ぱちん、既に鯉口は切ってる

「・・・・・・・・・・・・・・相方は居ないのか、ちょうどいい」

「・・・・・・・・あんたわ?」

来客は、静かに独り言なのか話し言葉なのかわからない風で近づいてくる
初とコンビだという事を知っているらしい相手
花は、油断無く、間合いを測り静かに迎える
身長160p半ばくらい、下半身がしっかりした印象がある
女だ、腰つき、足運びからして、居合いの心得がある、そこまでは解った

「長坂花だな・・・・・・・・・・・聞いてる」

「そりゃうれしいね・・・・・・・・しかし今日は日が悪いよ?機嫌が悪いんだ」

「そんなのはどっちだっていいよ、少しだけ話を聞きたい」

「その前に名乗れよ、何モンだ、あんたわ」

「同じ三菱の人間だよ・・・・・・・・」

「嘘つくなら、もっとマシなのにしな・・・・・・」

目が鋭くなる、頭に来てるからって冷静さを欠いているわけじゃない
むしろ研ぎ澄まされて、酷く殺す気分になってる、抜かば斬る、今この言葉は心持ちどころか実際だ
二間は離れているだろうか、お互いが1歩ずつ踏み込んだらそれで決着となる
その手前で、女は足を止めた

「営業一課の、いち営業風情じゃ、あたしを知るわけがないよ・・・・・・そんな事は、いいんだ」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・最近、武専の学生と同居してるな?」

なぜ知っている?
会社の人間だとしても、初しか知らないはずの事象だ、部長の瀬田すら知らない
花は警戒をさらに高めた、会話というよりは、何かの駆け引きをするような気分になってきた
情報のやりとり、さらに詰め寄った事をその女は続けてきた

「無事なのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「聞いてる、答えろ、時間が無い」

どこまで知ってやがる
昨日の今日の出来事をなんで?、そこまで考えて
ひょっとしたら、春をあんな目に遭わせたなんらかの関係者かもしれない
よくよく聞けば、武専特級だったかにありがちな口調だ、ぞんざいで横暴
そんな答えが浮かんだ、だからだろう、2歩踏み込んだ、腰の蓄えも充分のままで土を蹴った
いわゆる射程距離に入る、鞘の内が解き放たれる

「・・・・・・だから、忙しいんだよ」

ぶわん
確かに何かが振り回されたような音はした
が、相手はおろか花の刀も鞘の内だ
ただ不思議なのは、花の視界がぐるりと回ったことだ

「な」

「左脚から抜けるのは大したもんだけど、抜きの前に力が入りすぎなんだよ」

こいつ、居合いでも「やわら」の方か
無刀取りの手本のような美しい型を決められて、すっかり地に腰をつけられてる
抜く寸前を投げられた、そのまま極められるかとも思ったが、そんな様子は全くない
なめられている上に、本当に相手にする気が無いらしい

「急いでるんだ・・・・・これから、すぐに会社に戻らないといけない、もう一度聞く、同居人は無事なのか?」

「・・・・・・今日は家で休んでる・・・・」

そうか
花の台詞に、女は顔だけで答えた、用が済んだと身体で表して
さっと翻った、すたすたと来た道を戻り始める
花は、起きあがり、今一度声をかける

「・・・・・・・・・・・春と、どういう関係だ?」

ゆっくり振り向いた、切れ長の目は
落ち着き計らっているが、やはりどこか急いでいるらしい

「・・・・・・・・・・同級生の姉」

「・・・・・・・・?」

「怪我をして帰ったろう、やったのはうちの妹だ・・・・・・・・・・生きてるならいい、すまないな」

さらりと言って流した
事態が判然としてない花には、なんの事かわからない
が、ともかく謝られた事で、不思議と頭に上った血が平常を取り戻した
見送る背中

「そうだ」

「?」

「・・・・・・・名乗るのを忘れたな、総務部の膳所だ。膳所 絣(かすり)」

「総務部?」

そりゃ知らないはずだ
総務部は会社の上層部になる、一介社員ではまず会う事がない
花は納得した、その時だ

「それと」

りんっ

不思議な音がした
それが、刀を抜いてなお振りかざした音だと気付くのに
随分時間がかかった、目の前では相棒がひっくり返されている

「私は、「やわら」もやるけど、本道は一刀流だ・・・・・・・・失礼するよ」

「ってぇっ・・・・・・・・・・・つ、の、こら、このすかし女っ、待てバカ野郎っ!!!」

初が吠えている、その身体はもんどりうって恥ずかしい様だ
いきなり斬りかかった所を、刀で弾かれ、花と同じ様に投げられた
初はどうやら花の仇と思ってかかったらしいが、総務部の女は目を合わせることもなく
さっさとそれを言葉を発しながら片づけた、もう背中は見えない、大した手際だ

「人間業じゃねぇな・・・・・・」

「なんだよっ」

「総務部だってよ、忙しいらしいぜ」

「そんな事聞いて・・・・・・・・・・・・いいや、茶店行こう」

「なんで?」

「あんたの機嫌が治った理由と、あいつの事を聞きに、もちろん、花のオゴリだよっ」

花の怒りはすっかり熔けたが、代わりに初が怒りだした
わるいわるいと、言葉だけでたしなめて、車はまた走り出した
総務部の膳所・・・・・・名前を静かに脳に刻んだ


真っ暗な部屋に
白く目を光らせている
動物のような、特異な光りを放つわけでなく
ただ、白い目が暗闇に浮かんでいる、ようよう慣れてくると
整った顔が、青白く輪郭を浮かべる
不健康な顔をした、女子高生が、どこか疲れた目をして
ただ、暗い部屋に閉じこもっている

きん

つつり、鯉口と棟が擦れる音がする
刀をゆっくりと抜き、その白刃を闇に晒す
ブラインドを抜けて、微かに入り込んだ光が、めざとくそれを見つけて
精一杯に反射している、全てを吸い込み恐怖をのさばらせる
冷たい光を、刃は、ただ放っている

熱があるらしく、ともかく身体がだるかった
そして所々が酷く痛む、熱のせいで関節が痛むのもあるが
ずきずきと、外来の痛みがいくつもあった
意識は、朦朧としたままで、最初は痛みが不安とともにやってきて
どこが痛くて、どこが切ないのかわからないような
嫌な気分だった
無理に起きあがって、鏡に自分を写すと
見られたものじゃない、生気の抜けた女が立っていた
二度ほどトイレに立ったが、あとはただ、眠り続けた
何も考えたくない、考えられない、ただ、だるい、病んでいるようだった

夕方くらいになっているんだろう
今一度目が覚めた時に、刀を手に取った
自分でもその意味は解らないが、刀を取り、そしてそれを抜いた
命を吸う光を、一心に見つめていた
ゆっくりと、昨日の事を思い出そうとする、刀の光を浴びる
美しい波紋を浮かべる刃に、小さく自分の目が浮かんだ、どろどろとした
嫌な目だった

「その瞳が」

膳所の言葉が、自然思い起こされていた
そして、一挙一動が今また起こったように
斬撃刺突、全ての型が思い出された、わずかに身体がそれに反応した
ずきり、傷が泣く

裏切られた?・・・・・・・・・・・・いや、裏切っていたから、招いた結果かな

どんよりとして、答えを導こうとすると
気分が鬱屈しているせいだろう、浮かぶ答えはどれも暗い内容だ
10も考える内は、とりとめもなかったが
30も考える頃には、自虐が酷くなっていた
少しばかりの理性が働いて、刀を鞘に戻した、万が一だが
一時の情に任せて、自分が、死を選びそうな恐怖があった

本当の事を、瞳が冷えると称される、そんな態度の理由を説明するべきだったのかな

結局打ち解けようという上辺だけで、自分の中に
何重モノ鍵をかけた、想い、それを守り続けた結果がこのざまになってる
ちくりちくりと、その事実は女子高生の心を痛めつける
人には言えない事がある
胸の内にただ、一人で抱えて、そして時を待って成就させよう
そんな想いがあるのが、態度として、また道を歪めて、人であらざることとなっていた

膳所さんには悪いことをしてしまった、実際私は・・・・・・外道だ

一方で友達を想った
友達だと思っていたのは偽らざる事実、春は心の底から友達ができた
そういう事実を喜んでいた、それ故に悩んでもいた
だけど、その想いは春だけではなかった、膳所が自ら彼女に告げた
「私もうれしかった」
その言葉が、今、熱の原因になっている

どれだけ彼女は苦しんだんだろう・・・・・いや、今も苦しんでいるだろうか

武専を恨むような事はしない、当たり前の事なのだ
不穏分子を片づけるのは道義上間違ってなどいない
だけど、それをさせられた膳所の気持ちは、はたして平常であり得たのだろうか
冷酷な一面もあるし、任務を遂行する彼女に迷いはほぼ無い
それは完成された女子のあるべき姿であるし、正しい
が、彼女は武専の女であるが、歳はまだ17なのだ
春と同じ時期を過ごしているのだ

友情に対する呵み、それを想うと・・・・・・

傷の痛みが酷くなり、春が静かに一人呻いた
苦しみの嗚咽を上げた、小さくなるように身体を折り畳むと
涙が、流れた

そんな日が、翌日も、その次の日も続いていた
花は干渉をしない、春はそれだけが救いのように思っていた
運ばれてくる食べ物は、最低限だけ、身体が欲しがる分だけを与えた
本当は、くれてやりたくもないなんて思わないでもなかった

部屋は暗闇を作っている、ただ暗い

つぎ

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