スピリット オブ ヤーパン


にちようび

二人になって初めてのお互いの休日だ、どうしたものかと花なりに
色々と考えていた、そもそも自分は前々日に気まずい雰囲気を作った上に
その翌日は寝過ごす失態、なんとかしようと色々考えたのだ、が
そんな気遣いは無用だった
女子高生はなんだか忙しそう、伊達や酔狂で武専を名乗る学校に行ってない
休日は休日で、それなりに学業があるらしい

力が抜けた、花はそう思って普段を取り戻した
そして昼少し前

「なんで休みの日に勉強してんだこいつは」

台詞の詳細は違えども、その言葉は3度目になる
八重歯ロリータ娘が、実に面白くなさそうにそれを見ている
暇だったのか、ひょいこらと花のところに遊びに来ていた

「つーまーらーんー」

「うるさい初、勉強の邪魔すんなって」

花は適当にあしらいながら、ソファで本を読んでる
それまでの生活からは考えられないような事態なんだが
ともかく、健康な生活をしている余裕からか、優位な気分を味わいつつ
初をあやすようにして、あしらう

「なんだよ、つまんないー、ゲームでもしようよー」

「黙れ、なんだよ、朝帰りついででウチ寄ったくせに、本でも読んでなさい」

「イヤダよ、あたし文盲だもの」

「嘘つくなお前、少女漫画大好きっ子のくせに」

「だって、それ漱石だろぉ?読めるかよ、そんな薄ら寒いもん気がしれない、イタイイタイ」

なんだかんだ騒いで、決して勉強に適した環境になってない
そんな珍妙な来客にも、常ににこにこというか、無害な顔をして
むしろ、自分が今勉強してることが、悪いことなんじゃないかとか
初に対して非常にいらん気を回してる感じがある、よくない、保護者として排除せねば
花は決意を胸に、ソファから腰を上げる

「初、どっか行こうか、買い物でも」

「おおっ、ようやくその気に♪、うれしいな、どこ行く」

「新京極でいいだろ」

「いやだ、あんな田舎者臭いトコ」

「お前、全ての都民に謝れ」

台詞途中から、着替えの為に部屋を移った
適当に服を選んで、いちおうよそ行きの体裁を整える
そういう気配りが重要、しないと、なめられる
もう世界は、女だから劣っているというような、俗物的倫理は排除されている
まぁ、残念ながら根絶やしというわけにはいかないため
まだまだ、根底の重要なトコとか、マイノリティの形だとか、愚物の間でだとか
そういう所で必死にへばりついているが、今世界は人間として美しいかどうか、それが
一等の判断基準だ、着飾ったり、雰囲気を作るというのはステータスだ

「よし行こう、四条河原町でいいだろ」

「ん、それだったら、アレだ、馴染みがあるからそこ行こう、おい、女子高生お前も」

「なっ」

「若い女が、一人で勉強してるなんて恐ろしい状態を大人の女としてほうっておけません」

「何云ってんだお前、あのなぁ」

「いや、いいですよ、その・・・・・お願いします」

驚きは、花だけだ
初の申し出をすんなりと受け取った、どういう意図なのか
気を悪くしないようになんて思ったからなのか、ぐりぐる考えたが
そんなもん吹っ飛ばすような、好い笑顔で春が立ち上がった
乗り気な様子で、少し喜びで浮ついている感じすらある
花は思う

こんなにきれいに笑う子だったかな、と


四条通
八坂神社前からずずいっと伸びる一本の道
祇園と呼ばれる例の場所を包括しつつ、様々な年齢層を
直角に交わる各通りで分けている
四条に交わる、東大路、花見小路、先斗町、木屋町、高瀬川、河原町
それぞれが面白いようにそれぞれの顔を持つ、上(かみ)と下(しも)でもその内容は変わる
刺激が溢れてると、上ってきたばかりの人間は皆思う

初について、二人は歩く
石畳を蹴って、すいすいと狭い道を通っていく
どこもまだ、時間が早すぎるから提灯が出ていない
京ほど、夜と昼とで風情が異なる町は無いだろう
観光とか、ビジネスとか、歓楽とか
その表情の変化は、土地それぞれよりも、時間の方が大きいかもしれない

平安から続くのか、はてまた、江戸の頃に貼り替えられたのか
応仁をどう過ごしたのか、全てはもう今にまで伝わっていない
この町一つ一つに見られる、古そうな建造物、口を揃えて古いと言われる
人工物の全てが、そういう歴史にまみれてる、この一枚石だって
ひょっとしたら、遮那王が踏んだのかもしれない

「随分行くな・・・・・・しかも、こっちはお前」

花が少し警鐘を鳴らす、自然と気を張ってしまう
河原町よりも少し鴨川に寄って下がる、四条というよりは五条に近い
五条は不安定な地域だ、それ故に気が張る
地元の人間でも、道を選んで、決して近づかないようにしている
そういう場所に、随分近づいていく

「大丈夫、越えやしないよ、それにこの辺りは色街ってわけでもない」

「けどなぁ」

すたすたとそれについていくしかない、話の内容から
どうも不安になってしまう女子高生、しかしそれでも、脅える様子は無い
警戒をしてか、左手はやや力を通して添えられているが
うろたえているわけでは無さそうだ、肝も座っているらしい
初が止まる一軒の木造平屋だ

からから

「女将、初だ」

ぎしぎし
床を鳴らして、躾のいい女将がやってきた
この時間の来訪にも別に文句の一つもない顔をしている
すすっと玄関先に来ると、静かに迎えの姿勢を取る

「これはこれは原田様、こんな早くにどうなさいました」

「いやなに、早い時間から金落とそうってな・・・・・・小鈴は起きてる?」

言うと、静かに頷いた
それを見て、どかどかと初が上がる
続くように花と春が敷居をまたぐ、女将が丁寧に挨拶をする

「いらっしゃいませ」

「悪い・・・・アレのツレなんだが」

「はい、かしこまりましたすぐにお持ちしますので、どうぞ奥へ」

花が腰の二本を女将に預ける、しきたりだ、靴を脱ぐような事と同じだ
習うようにして春も二本を渡す、ぎこちない所、どうも緊張する癖があるようだ
静かに案内されて、奥の部屋とやらに進む、ぎぃぎぃと、うぐいす張りが鳴く
よくできてる、いい店だ

「ま、座りなさいジョシコーセー」

「私は無視か」

からからと笑いながら、花が座る
女子高生も姿勢正しく、座布団に腰を下ろした
少しして、床の鳴き声が酒と肴を運んできた

「お前・・・・・・・・・・・・かなり入れ込んでやがるな」

目の前には、時間外とは思えないほどの膳が並んでいる
最上級のもてなしと見て相違ない、花は感心して箸をつける

「こいつが可愛くてな・・・・・・・・ほら、自己紹介しなさい」

「小鈴と申します」

生粋の京言葉じゃない
どうやら売られてきた娘のようだ、華奢な体つきと透き通る白い肌
年の頃は14,5だろうか、半玉とも思うが、初の様子を見るかぎり
水揚げも済ませているようだ、しかしそれにしては
行き届いている、こいつは、高い、な

ちん、とん、しゃん

運ばれてきた酒をあおり、妓は様々な余興を見せる
芸者がどうして高いのか、それは芸が備わっているから
幼い顔立ちだが、振る舞いは相当熟練されている
厳しい稽古を経て、いっぱしの妓になるために頑張ってきたんだろう
人生の後ろに何があるにせよ、今輝くその様子は、ことさら美しい

ちん、とん、しゃん

ゆっくりとした時間が過ぎる、遊ばせ方が巧い、1時間もしないうちに
初がしたたかに酔っている、小鈴に酒を注がれ実に楽しそうだ、花も無論
こんな席が嫌いじゃない、なんだかんだとアルコールが回れば
気持ちがいいものだ

「ジョシコーセーも呑みなさい、ほらほら」

「え、で、でも・・・・・・まだわたし、18前ですし」

「バカ言ってんじゃないよ、今日日18まで待てるかどうかわかりゃしないってのに、ほらほらほらほら」

初がどこぞのおっさんのようにして、ジョシコーセーに酒を注いだ
花は立場上止めないといけないはずだが、既にこっちも出来上がっている
保護者失格だ、おろおろと注がれるままに杯を受ける春
仕方なく、そっとそれを傾けた、驚くOL二人

「・・・・・・・・・・・・・・・・綺麗な飲み方するじゃないか」

「あらあら、花ねぇさんてば、女子高生好みですの?」

「しばくぞ、小娘」

からからから
小娘呼ばわりされても、怒るどころか笑い転げる初
目の前では、娘がすいと杯を白に返した
仕草に色香があった、慣れてる?
花は、そうやって疑った、普段はうぶい振りを演じているのかと

けんけん

「あー、だめだめ、もっと喉で楽しんでからでないと、喉が焼けちまう」

初が、むせる女子高生にレクチュアを施す
顔を少し紅くして、けんけんと、また咳き込んだ
考えすぎだね・・・
花は、なんとなく安堵した、初好みのキツイ奴は、少女の喉を焼いたようだ
息を吸うと気化したアルコールにむせ返る、恥ずかしい仕草なのだが
初い娘がやると、なかなか、かわいらしい

「・・・・・・ご、ごめんなさい」

「いや、いい、それより食べろ食べろ、いつも自分が作ってるのばっかだと飽きるだろう、たまにはな」

「そうそう、このおねーさんは、若い娘っこがウヴいというだけで、もぉ〜」

どげしゃ

酒に任せて取っ組み合う、仲の良い同僚達
やんやとしている内に、静かに芸妓が女子高生に水を薦めた
薦められるままに呑む、口に広がる、冷たい液体

「美味しい・・・・・・・」

「今朝方汲んだ、染井の水ですから」

わずかに京のイントネーションが混ざるが、意図的に
単語を乱さない口調、不思議な感じだが、優しげな声色
小鈴が、たおやかに笑う

「学生さんなんですか?」

「あ、は、はい・・・・・・・・・」

「学校は、楽しいです?」

女子高生は、ほんのわずかに戸惑った
はっきりと断定できない感情が渦巻いた
が、次には別の話題に取り替えられた、客商売のプロは深入りをしてこない、絶対に

「外の世界はあまり知らないから、珍しくて・・・・初様とは、どういうお知り合いですか?」

「え、あの・・・・・・花さ・・・・あ、いや、初さんのお友達の花さんの従姉妹にあたります」

きょとん

「・・・・・・・・・・ふふ・・・・・♪♪♪」

「え?え?」

一瞬目を丸めたかと思うとほころんだ顔がすぐに現れた
芸妓が、思わず素で笑った、ころころと笑う、唄うような声を漏らして微笑う
春は、いきなりのことで驚いている、なんで笑うのか解らない
様子に気付いて、また、不良社会人が寄ってくる

「なんだ、初様以外の女と喋って笑うなんざ、どんなイイ話してたんだぁ」

ごにょごにょごにょ
芸妓は、どうして面白かったなんて説明するまでもなく、戯れにまみれた
もう一人の不良社会人が寄ってきた、ついと袖を引く

「どう?そこそこは楽しんだか?」

「え?」

「そろそろ出よう、ありゃぁ、まだしばらく居るつもりだろうから」

そっと席を立った
ごにょごにょと、だんだんそういう雰囲気になってきていたので
気を利かせるようにして、OLについて女子高生が退席する
すすり、障子が走る音がして、とん、柱にこづいた歌が続いた
刀を受け取り、静かに表に出る

「また、おこしやす」

「ああ、ありがとう」

外に出ると、ようやく提灯が出始めていた
夜の街が静かに騒ぎ始めている
雑踏に紛れているが、どことなく静かだ
京の街の不思議な情景に取り込まれて、女二人が静かに家路を歩いた

「・・・・・・この前は、ごめんな」

「ああ・・・いえ、こちらこそ」

「いや、気が立ってた・・・・・・・慣れたようで、やはり永遠に慣れることがないんだなって」

柳が風で揺れている、川沿いを道なりに上がる

「・・・・・・・私は、子供なんでしょうか」

「・・・・・・・・・どうして」

「人を斬ったり、そういう人生を歩んで、初さんみたいに明るく居られる自信が無いんです」

「・・・・・・・・・・・・・・それは、初を誤解してる」

「ごかい?」

「アレは・・・・・・・・・・・・・詳しくは語れないけど、業が深い」

「業・・・・・・ですか」

「宗教とか、宗旨とかじゃないよ・・・・・・・・・業としか、表せないような事がある」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・アレは、親や身よりが無い身分の出で」

大通りが見えた、少しだけ
周りの音が騒がしくなった、途絶え途絶えに届く、花の声

「兄殺しだ。唯一だった肉親に裏切られ・・・・・・自分の手で殺めてる」

四条の通りは、夜の賑わいを見せている
鴨川すぐ側の小道の南側を横目にする
二人の女とは、別の女がたくさん居る、世界には

自分とは違う女がたくさん居るのだ

花はそう言いたかった
春はそう知ってしまった

つぎ

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