スピリット オブ ヤーパン
りん
音がした、軽やかで不思議な感じがする音だった
詳細をうまく説明できないけども、らりるれろ、この音が
冒頭にやってくるんだから、なんか、浮世を少しだけ離れたような
そういうイメージが涌く
朝、身動きひとつしないOLの、呼吸と拍動をしっかりと確かめて家を出た
静かに起こさないようにと、気を利かせて、身を滑らせるようにしてきた
いつもの通学路をたどり、電車を使い、石畳を蹴る
武専の門をくぐる前、まだ学び舎が見えない所で、その音を聞いた
春は、ぼんやりと、涼しいとか綺麗とか艶があるなんて
音について感想を持った、だけど、それはイメージとは少しだけ異なる実体を持っていた
斬撃
春が今まで見てきた斬撃と、ほぼ同じ光景だ
人が斬られて死ぬ、そういう動きが披露される
だけど、流暢な動きは舞を連想させ、残酷な風景を違うものに見せた
殺すとは違う、斬るという意味
肩にかかるくらいの黒髪を、さぁっと躍らせて
両腕を備えた刀が、縦横を一度だけ駆けた、3人が死んだ、斬られて死んだ、斬り手は柳のようにしなやかだ
ぴぃ
血振りの音がして、刀が納められる
春の方を振り返ることなくその背中は、何事も気にした風なく
見慣れた門をくぐっていった
委細はわからない、けど、言い得ぬ感情を覚えた
春も同じ門をくぐる、武専の門をくぐる
この国でもっとも厳しい、理想の女子を作る学校の門をくぐる
「おはよー」
「はよー」
挨拶から始まる朝
同級生達がそれぞれ、なんとしたことのない話題を持ち寄って
楽しそうな、学園風景を作っている
無論、春もそこに座っている、少し落ち着いたというか、ひっこんだ感じの
いち女子高生姿だ
「斉藤さん、宿題やった?」
「うん」
「あのね、ここがわかんなかったんだけど」
数学のノートを持ってきた一人のクラスメートと
数列の話をする、春を含めた彼女達は、武専でも下級クラスになるので
比較的、安穏として、世俗的だ
確かに授業内容は厳しいが、高度なことをやる学校という程度の
クラスに所属している、武専内にもランクがあって
上級のクラスでは、それこそ、規律と厳粛と勤勉とやらが入り交じった
大変苦い授業が行われるらしい
「おおー、流石斉藤さん・・・・・ありがとぉ」
「うん、いいよ」
問題の解答をすらすらと教えると
手放しに喜んだ、春は随分と照れた様子でそれを受け止める
相変わらず人との接し方が、おぼこい(幼いに拙いを足したような意味)
クラスメートは、そんな春と雑談などをすることもなく
するりと居なくなる、利用しているだけ、そういう感じもするが
春の性格上そうされても仕方がないのだろう、今をときめく女子高生には
彼女の重たさようなものは、煩わしいのだ、だが仲が悪いというわけじゃない
「斉藤さん、道場行こう、剣術だってさ」
「うん、いこう」
声をかけてくれるクラスメート、春も女子高生として女子グループの一つに属している
こんな彼女でも、受け入れる集団はあるのだ
春を疎むような事はしない、そういうグループにお邪魔している
さて、授業に変更があったらしく、いそいそと全員が道場へと向かった
座学など智を学ぶ時間と剣術など武を学ぶ時間と、二つの授業が高校生には課せられる
更衣室の自分のロッカーから、道着を取り出して着替える
竹刀と木刀をそれぞれ持って、さっさと道場に入る
「なんか、半日コレだってさぁ」
「うえー、あたし剣術より、柔術とか無刀とかの方がいいのになぁ」
不平を漏らす声もあるが、教師が道場に現れるとシンと静まった
教師からは、主に、気組み、心構えのような精神面について教えられる
技術に関しては、それぞれの流派がある以上、さほどの指摘をしてこない
ただ、基本については、本当に五月蠅い
そういうわけで、基本の打ち込みが、えんえんと行われる
えい、やぁ、とかけ声とともに木刀を振るう、10分もすると、全身が汗でべったりとなる
「・・・・・・・・・・・・・・・・あれ」
1時間も振り回しただろうか
もはや、剣術稽古というよりは、精神鍛錬に相違ない荒行の休憩後
今度は、道場を広く使っての乱取りが行われる
ぱんぱんっと、渇いた竹刀の打ち据えられる音が辺りから上がる
乱取りは3分の実戦稽古をする、当然道場を広く使うために
交代で稽古に入るので、休む人間と動く人間ができる
今は、春が休む側の時、休みながらも稽古の様子を眺めていると上の声が出た
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの?」
「あ、あの人・・・・・・」
「ああ、膳所(ぜぜ)さんよ・・・・・・・・・同学で一番強いって噂の、風紀委員に任命された人」
春が朝方に見た、斬り手だ
武具をつけていても解るほど、その太刀筋が鮮明で美しい
明らかに、他生徒より3枚、4枚と上を行く実力を持っている
春は、学内の世情に詳しくない、興味が無いといえるほど情報を持っていない
聞く限り、どうやら彼女は、武専の1年生で一番強く、そして学校からもそれを認められているらしい
「・・・・・・・ひょっとして斉藤さんも?・・・・そうだよね、やっぱ綺麗だもんね」
なんか誤解した声、違うよと春は表情で答えた
ぺらぺらと、お話好きの同級生が、様々な情報を提供してくれた
なるほど、モテるんだ
春は、朝の騒動の時に僅かに見えた横顔を思い出す、確かに美しい人だった
だから、どうしたと思うような事は春には無いが、そうでもない連中は多いらしい
稽古姿をじっと、違う色で見つめる視線がいくつもある
交代の合図で、春が道場の内に臨む、風紀委員とすれ違う
「・・・・・・・・・・・斉藤・・・・・・・春さん?」
「え?」
会話する暇なく稽古が始まった、膳所は休む側に移った
すれ違いざま、不思議なことに風紀委員が春に興味というか、春を知っている風だった
春は少しだけ困惑したが、稽古に入ると、彼女はとても勤勉にとても実直に、そして、冷血なほどに
それに打ち込む習性がある、だから、すぐにそれを忘れた
ぱぁんと、同級生の面を打っている、その姿を、膳所という学年筆頭が見つめているとは、知りもしない
昼休みになった
「ねぇ、血風塵って知ってる?」
「ケップウジン?」
「こう、斬った後の余韻が、音と色彩が殺がれて、ただ紅い霧が、ばぁっと広がるっていう・・・・」
「んな、わけないじゃーん、人斬ってどうやって、そんな血煙が上がるの」
「本当だってば、多分アレよ、ほら、膳所さんとかやるのよきっと」
がやがや
賑やかに女子達の昼は過ぎていく、大半は噂話という奴でできている
しかし女子に限るわけでもないが、噂話という奴は、暇つぶしの一つの手だ
その信憑性は、ある意味、競争のようにしか問われない、どれだけ長い間話題になるかという競争
噂が、本当っぽいなら話題に上る時間が長い、そういう意味でしか
信憑性が問われない、噂話なんて、結局、暇つぶしの一つの方法と、みんながみんな
心の内で割り切っているから、そうなってる
その噂話の一環で、この話だ
食事中の話題にしては、血なまぐさいが、どうってことない
武専に居る以上、彼女たちはそういう話に免疫がある、ただ、春はそうでもない
「あ、斉藤さん・・・・ひょっとして苦手?」
「え?や、・・・・うん、ごめん、私、あんまり人斬ったことないから・・・・・田舎出だし」
てへへ顔で、春がやんわりと言う
囲んでいる他の仲間達は、腕が立つのに不思議とか、斉藤さんは意外とウヴいとか
別の話を展開している、正直、その展開模様だけを見ているだけで
彼女たちの想像力のたくましさと、話好きさには賞賛を浴びせたくなる
春は、そこまでひねくれた事は考えないが、彼女たちの移り変わりの激しい話題には
相づち以上の参加ができないで居た
むしろその方が春には都合がいいんだが、ともかく、話題が絶え間なく流れる
「斉藤さんて、そういえば、どこに住んでるの?」
「あ、今は、歳の離れた従姉妹の家に、居候させて貰ってる・・・・・」
「へー、叔父、叔母じゃないんだぁ、いいなー」
「そうそう、あたしなんかさー・・・・」
突然話題をふられたりもするが、普通の返答で
囲んでいる他の子達は話の転換をしたかっただけなのか、また別の話題に飛び火する
春は、聞き上手、という風にとられているが、ただ単に話下手なのだ
にこにこして、そして会話の場所に居て、話を理解している顔をしておく
それだけで彼女は仲間になっていられる、深くは要らない、真面目でウブな外見から想像付かない程、人と関わらない
ただただ、自分を鍛錬して、より強く、ただ強くを目指す、他はどうでもいい・・・・・
ソレくらいの気持ちが沈殿している。ストイックともとれるが、もっとずぶどろだ、暗い、重い、冷たい
マイナス要因を含んだ想いを心内に秘めている、人の間で生きられない、それは字の如く、人間を否定する
だが、そんな所を別段、問題と感じていない
純朴で、素直ないい娘なのに、身体の芯と心の真ん中がそうなってしまっている
だから、時折凄く冷たい目をする、稽古の様子がどこか機械めいているのもそういうせいだ
「斉藤・・・・・・・・・・ちょっといいか?」
「え?」
「風紀委員の、膳所 周(ぜぜ あまね)だ、悪い、少し来てくれるか」
突然、春の後ろに麗人が現れた
例の風紀委員だ、驚いて思わず惚けてしまう
囲んでいたクラスメートが、慌ただしく姿勢を正した、そしてややうつむく
彼女が風紀委員であるからそうしたとも考えられるが
いい人の前では、美しい、正しい自分を見せたい
なんて乙女心が働いた結果と言うほうがしっくりくる
噂に聞く、その美しさを春は目の当たりにする
本当だ、凄く綺麗な人だ・・・・・・
「・・・・・・・・・昼食中悪いんだが、いいかな」
「あ、す、すいません、はい」
はにかんで、催促
その言葉が脳に染みて、慌てて春は、弁当を片づける
残っていた卵焼きをぱくりと食べて、てきぱき仕舞う
鞄に箱をいれると、立ち上がり、麗人の前に立った、春の身長は164cm、膳所は170cmある
「すまないね」
「いえ」
話題がはばかれるのか、そこから春を連れ出す膳所
肩にかかるくらいの髪が揺れる、今は稽古の後だからか少し結っている
のぞくうなじが、たまらなく色を帯びている
春はその気(け)が無いが、そういう人なら、イチコロだろう
春もポニーテールを揺らしてついていく、だんだんとひとけの無い所へと進んでいく
・・・・なるほど確かにこの人はモテるな
行くすがら、春は様々な視線を感じた、その主たるは膳所に注がれている
時折、憎し、という感情を春が受け止めることもあった
何もしていないが、彼女と歩くだけでどうやら、憎悪の対象になるほど
信奉者が居るようだ、いっぱしのカリスマだ
と、て
目の前のセミロングが止まった
習うように、春も足をとめる、揺れていた馬のシッポが風で少しだけ流れる
体育館に近い所で、昼には人がまず居ない
それでも、膳所は気配を探り、本当に居ないかどうかを確かめて
ようやく
「ごめん・・・・・急に連れ出して」
破顔した
「え、いや」
驚く
「・・・・・・・ああ、その、身構えてもらうと困るんだけど・・・・その」
麗人とは思えぬ、うろたえるような仕草が実に可愛いと想った
春は、膳所が何を言おうとしているかわからないが
噂に聞く姿と、随分違う所を目の当たりにする、彼女は普通の生徒だ、噂もなかなかアテにならないと
「・・・・・単刀直入に言うよ・・・・・・・・・・・トモダチになって欲しいんだ」
「は?」
思わず失礼に当たるほど、驚きの声を上げてしまった
慌ててその非礼を詫びるように頭を下げたが、それを拒否して
膳所が続ける
「いやいいよ・・・・・・・・・・・・いきなり、おかしいだろぅし」
随分とさばけた口利き、先ほどと噂との膳所とは違う、が、この顔も魅力に溢れている
意識的に、同年代である事を解らせようとそんな言葉遣いかとも思ったが
そうでもないらしい、優秀で、高品位だが、ざっくばらんな所がある
これを魅力的と言わず、なんと例えるか
「・・・・・・・・・・・・・・・その・・・・・」
「いや・・・・・・ついてきて解ってくれたと思うけど・・・・・正直、ああいう視線に疲れたんだ」
「あ・・・・・・・でも、どうして私なんですか?」
「敬語はいいよ。」
「あ、ごめんなさい」
はにかむ
「いやね、斉藤さんの腕前はよく聞くし、それにそういう気(け)が無いでしょう?だから」
しっとりと濡れたような睫毛が、ぞくぞくと気持ちのよい感覚を走らせた
気が無いって・・・・・・まだ、なだけかもしれないのに・・・・・
僅かにドギマギしてしまう春、戒めるように、深呼吸をして落ち着こうとする
その姿を微笑んで見守る麗人、またドキドキしてしまう
「その・・・・・・・・・・わたしは、いいんですけど・・・・・・・・ほんとうに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
春は少し目線を下げて、何かから逃げるようにして、顔を赤らめて言う
黙ったままそれを見る膳所、どういうつもりか春にはわからない
「ありがとう」
「ぃや、こ、こちらこそ、あ、うん、お、おねがいします」
おかしな会話風景
お互いがそれに気付いて、笑いあった
そんなことすら、どちらも新鮮らしく、おかしさに加えて喜びを感じた
初めて、心を分かち合うという状態を知ったような気がした
噂に聞く、友情という奴なのかな、なんて、短絡だ
クラスに戻ると、教室から出る所を見ていた仲間が
わらわらと集まった、全てが膳所の事だ
知らない顔も混じっていて、そして、危険な視線もたくさん注がれた
「ち、違うよ・・・・・そんなんじゃないよ」
わいわいわいわい
もう羅列するのもはばかれるような、質問の嵐
春は、今更ながらその人徳を知る
大変な事になってしまった
だけど、なんだか悪くない
凍える瞳の少女は、溶かされる
若いから知らない内に、自分が及ばない域で
自分が作用してしまう
この出来事が、新しい噂を呼んだ
いつもの事なんだが
春は、自分がその中心になるということで
何かに初めて認められたような
人の間を感じる