スピリット オブ ヤーパン
まいったな
帰りの際に花はそう思った
雨が降っている、本来ならこの雨に打たれて頭冷やして
なんとか乗り切ろうとか考えてたのに
わざわざ、迎えに来てくれるといういじらしさを見せて
はっきり言ったら、美少女の部類に入る女子高生がうろうろついてくる
2人しか斬ってないけど、久しぶりに気ぃ入ってたからな・・・・・・確実に殺したし
営業で、殺し合うほどの剣戟になることは実はあまり無い、死ぬ事は希だ
様々な技術が発達してるおかげで、一時的に相手を戦闘不能に陥れるくらいが尋常だ
先日の学生殺しのような場合もあるが、営業活動などの本当の死線では、
死ぬという言葉が必ずしも、生物学的に死ぬということに当てはまらないことがある
気を殺(そ)ぐ、というのも一つの形だ、ま、それは置いておこう
今回は、随分気合いが入ってたから、確実に殺った、それが花の血をよけいに騒がせている
ちらりと後方を見る
とぼとぼとついてくる娘、ちょっとだけ不安そうな顔がまたそそる
なんとかごまかせないもんだろうか・・・・・
OLは、世間では大して珍しくもない、殺した後の情事に
まだスれてない女子高生を巻き込んではいかんだろうと、大人の判断をしている
が、身体はそうにもいかない、本気で殺して平常が保てるわけがない
どうしたもんだろう
「あの・・・・・・・・」
「お?」
「いや・・・・・・・・・その、ど、どうしま・・・・・・・・しょうか」
心細そうに娘は呟いた
雨と傘のおかげで、少女の顔は暗がりに灯っている、幸薄そうな表情をしている
ちょっとまて、薄倖の美少女風は反則だろう
花はもう、そういう風にしか考えられなくなってる、自分で自分が少しイヤになってる
なるだけ落ち着くようにして、こう
狙ってるとしか思えないような台詞を吐く小娘を、どうにか毒牙から守ろう(?)とする
「いや・・・・・・・・・別に、普段通りでいいさ・・・・気にするな」
「でも・・・・・・・そんなことのあと・・・・尋常じゃ、居られないと思いますが」
「ん・・・・・まぁ、でも・・・・・・・・・月に二桁くらいは斬るしな、伊達に26じゃないよ」
しとしとしと
濡れる雨の音で、声が柔らかく届くようになっている
だから、少しだけ高ぶって荒ぶりつつある声が、柔和になってる
厄介だ、女子高生はちっとも警戒心を抱かない、それじゃ困る
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・独り身もね、慣れると心配することでもないよ」
「・・・・ぇ」
唐突な話題で、女子高生が面食らう
きょとん、という感じで油断した声があがった、OLは
その間の抜け具合にいくらか安心して、会話を続ける
「斬るなんて、割と日常だし・・・・・・・・・・こんな後どうしたらいいなんて、色々方法はあるんだ」
「・・・・・・・・日常」
斬った後に色々というトコに深い含みがあるが、女子高生はそんな事よりも
斬る、という単語に曇った
ソレを見て、少し不快ともとれる口調で花が呈した
「もう17なんだろう、覚悟をそろそろ、常に留めておいたほうがいい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「必ずやってくる、斬るなんて事は飯を食う事の次くらいに必要なモノだ、この前で解ったろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「事に及んで、怯んでしまうようだと・・・・・・・・・その後の不始末なんかが出たりなんて、人としてあっちゃいけない」
得意、というわけでもないが
少し饒舌になって話した、ようようといつも思っている事を伝えただけのつもりだった
雨が細かくなってきた
「・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしても、斬る、んですか?」
!
春の声が、イヤに冷たく透き通る、声が耳に入るとみぞおちの辺りが冷めるように思えた
はっと気付くと花は、少し丸まっていた背筋を伸ばした
わずかに歩調を乱したが止まるわけではない
振り返らないで、慎重に言葉を置く
「斬ることが、割り切れない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「殺さないで死なないで、活きる方法を、ただ居きることを目標にできると思ってる?」
そこで二人は黙った
小雨になりつつもしとしとと、注がれる水滴が重く沈黙を飾る
思いの外冷たい、温度の感覚だけが研ぎ澄まされてる
この子は、勤皇か
OLはぼんやりと、なるべく頭に上った血が一気に吹き出さないように細心の注意を払う
そして、事実をゆっくりと飲み込む、頭に浮かんだ単語を静かに染み込ませる
勤皇
それは、遙か昔に攘夷の方法についた思想を指す単語だった
だが今は少し違う、世界は複雑なアップダウンを越えて時代を作り
オトコとオンナという垣根を壊した代わりに、新しい枠組みを創作した
それが、勤皇と佐幕
勤皇は、志道(しどう)
佐幕は、死道(しどう)
士道(しどう)を、そうやって解する人たちに分けられた
死にたがりか、生きたがりか、そんな基準で世の中は二つに、とても簡単に整理された
土地柄か、勤皇の多い土地や佐幕の多い土地ができた
今では、佐幕の多かった土地、勤皇の多かった土地
そんな程度の意味が一般的だ、出身地を指す言葉として用いられる
だけど、時折本当の意味を受け継いだ奴もいる
教育にもよるが、花ぐらいの世代は学校で思想を教育されている
だから、意味を知って、受け継いでいる
ところが春ぐらいの世代では、思想を教育しない方針が進んでいる
だから、意味を知らないで生きている「はず」だ
「・・・・・・・・・・・・・・・目標に向かいがむしゃらに生きる道が美しいって、思ってる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」
本当の信奉者というのは、自分が信じているもの以外とは相容れることができない
融通が利かなくて、とても不器用だ
なしくずしで、なぁなぁとやる事が、それだけは我慢できない
どくり
心臓が撥ねた
お互いが自分を貫き通すためには、殺し合うことも視野に入った、そういう宣言だ
花は、今でも抜く、そんな気持ちを刀のサヤに込めた、左手が緊張している
しかし
「・・・・・・・・・・・・は、はなさん?・・・・やはり怒ってらっしゃるんです・・・・か・・?」
「え?」
振り返る、少し疲れた顔で女子高生が立っている、台詞の後半は震えている
呟いた言葉をもう一度訊ねようとOLが口を開いたが、言葉は続かない
そして、大変な失敗に気付いた
女子高生は目を伏せるようにして、ついてきている
傘の中も雨が降ってるみたいに、鬱蒼としてる
とんだカンチガイをしてた・・・・・・
OLは一人頭をこちりと叩いた、天を仰ぐようにして、自分を呪った
少女は、ただ人を殺すことをためらう、殺す意味の重さにまだ耐えられないという
お子様だったらしい、だから、いきなり殺気を纏ったOLに脅えた
意味がわからない内に怒られるようなモノだ、そりゃ竦(すく)むはずだ・・・
とんだ茶番・・・・・いや、はた迷惑だ、カンチガイの独りよがりは、一番迷惑がかかる
そう、悪いのは私だねぇ・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一気に何かが冷めていくのがわかった
やっぱり人を斬ったことで、冷静な判断ができず、頭に血が上りがちになってたんだ
とことん戒める、そして、一息吐いて、体内のくすぶっていた熱を吐き出す
しゃんとして、そっとセーラー服の肩を撫でてやる
「ごめん・・・・・・・違う、怖がらせるわけじゃなかった・・・・・やっぱ、ダメだね、斬った後わ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
女子高生は黙ってついてきた
それにしても悪いことをしたという気になる
善意で雨の中傘を持ってきてくれたのに、そこに対して、喧嘩ふっかけるとは・・・・
自分がほとほと情けなくなった、電車に揺られている間、なんとか取り直す声をかけたが
彼女は、けっこう傷ついたんだろう、曖昧な返事で過ごされてしまった
ぱたぱた
玄関をくぐって、さっさと風呂を促した
先に入ってもらって、とっとと寝てもらおう、失敗にいつまでも執着なんて
それこそ大人のすることじゃない、しかし、こんな些細なことで
二人で過ごすことが苦痛に代わらなければいいけど
気がかりができてしまった、シャワーの音が聞こえる
知らんウチに、私もスれたんだな
OLは、随分と長い一日だと振り返る
思えば、朝から、自分と女子高生との間の若さという大きな隔てを見せられ
仕上げに、こんなざまだ、すっかり歳を食ってしまったんだと、嫌々思い知らされた
老いなんてもんは、肉体よりも、精神の方が大きい
そう考えれば考えるほど、ほとほと自分に疲れた、そう
「今時、思想を振りかざすのがそもそもなぁ・・・・・・」
言葉でそう上面を撫でる
だけど、底では決してそう軽んじることはできない、自分を形成する唯一絶対の考えだ、曲げられない
ぱたん、扉の音がして、若い娘がシャワーから出たのがわかった
自分も入ろうと、着替えを持ってそっちに向かう
「わ」
「あ、ごめん」
とてとてとて
ちょっとまだ早かったらしく、刺激的な姿を見てしまった
女子高生は、慌てて逃げた、そう、まさに逃げた・・・・・・ちょっとショックだ
っていかん、せっかく寝てた子が起きてしまう・・・・
妙なぬくもりを自分の内側から感じて、さっさと済ませようと水を浴びた
「・・・・・・・・・・・寝たか」
出てくる、30分くらい、ざぁっと浴びて
適当に髪を洗ったくらいだ、まぁ仕事の後に一度浴びてるし
なにより今日は全てが面倒だからいいや、明日休みだし
なんて感じで、だらしない26歳が冷蔵庫を開く、残念なことに、アルコールが切れてる
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
真っ暗な部屋に戻った、そのままぱたりと倒れて寝たのだが
厄介なことに、夢に見てしまった、血の音、血の匂い、血の色
ありありと伝わるように、紅い感触が全身を撫でた、そこで目が覚めた
全身に嫌な悪寒が走ってる、汗じゃない、冷えるんだ、内側から冷たくなっていくんだ
「・・・・・・・・・・・・・・・・ヤだな」
結局誤魔化しきれなかった、荒ぶる自分を、脅えている自分を
叩き壊すために、最近じゃ使ってなかった水パイプをタンスから出す
寝床の引き出しを乱暴に引くと、中には、薄茶けた葉っぱが入っている
一人でどうにかする方法だ、ここ最近は、オンナを犯る事の方が多かったが
今回は、仕方あるまい
しゅぼ
火をつける、くすぶった鼻にかかる匂いがあがる
慣れた手つきでそれを整えて、口元にそっと持ってくる
ひゅるるるる、変な音、白い煙、妙な匂い
三つを自覚すると、トぶわけだ
視界が不安定になった、それが何時からか既に解らない
何を見ているとか覚えていられない、それくらい酷くどうにかなる
でもそれくらいしないと、自分が何かから赦(ゆる)されないような不安に駆られる
ハイじゃなく、ダウンでもなく、ただ解放を願う
不安を抱くわけにはいかない、殺される夢なんて見たくもない、花畑で寝転がるのが一番だ
ひゅるるるるる、るるるるるる、るるる
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たろう?」
立ちこめるたるい匂いの中、花が幻覚を見る
昔、別離(わか)れたオトコだ、そう、死別という形で別れた相手だ
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・26になった、迎えはお前なのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「太郎、・・・・・・・・・・どんな顔されても、謝ってなんてやらないよ、むしろ、私に謝れ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前、殺すのと殺されるの、どっちが本当に辛いか考えたかよ・・・」
ぐい
いやにリアルな肉感を花は覚えた
目の前に居たオトコを、その頃していたように乱暴に抱き締めた
いつもなら、ここで手に入らないという現実と、逃げられる孤独を味わって
絶望と、あきらめの適当な所で泣きながら、気を失うのに
どうしてこんなに、温かくて重いんだろう・・・・・
「・・・・・・・・・・・・ん」
「は、はな・・・・・さ・・・・ん」
脳味噌が醗酵してる、懐かしい呼ばれ方だ・・・・太郎もそうしてくれた
花は、すっかりキマってしまっている、だから気づけない
当然抱いているのは、春だ
たまたま不思議な音がしたので、覗いてみたらいきなりこれだ
春はほとほと困っているが、花は気づけない
それくらい、根が深い、今回の人斬りも別に割り切った上でのことじゃないんだ
女子高生は、そんな風にならないといけないOLに、憐憫を抱いた
だけど、太郎という名前と、口走る知らない過去の出来事、そして
どうやらその人らしき写真を入れた写真立て
それらを見ると、鼻がつんと痛みを覚えた
どうして、そうなってしまったんだろう・・・・・
やがて落ちたらしいOLを静かに横たえて
乱れてしまった、寝間着を正し、扉をしめる
ぱたり
その音が、花と春との世界をしっかりと二つに隔てたように思われた
相容れない、花が帰る時に思った言葉、それがなんとなく扉で隔てることに類似する
寝所に戻る春、少し寝付きが悪い、そんな夜だ
寝返りをうつ、OLの事を考える、春の瞳が冷たく座った
吸い込むような、漆黒の瞳
彼女の目がそんな色に染まるなんて、まだ誰も知らない、思いもしない