スピリット オブ ヤーパン


朝、弱い
だって、26才の女なんだもん

26にもなって「だもん」はねぇだろう
毒づく声がどこからか聞こえてきそうだ
だが女は、26のくくりにはまらない、ややの若さと、余る色気がある
いわゆるいい女だ
だから、「だもん」も許されるかもしれない、姉好きになら

「んー・・・・・」

また朝が来やがった、断りもなく
低血圧のせいか、元々なのか不機嫌そうに起きあがると
自分を構成する内の8割近くが寝ているまま
台所のテーブルに移動する、ふあぁ、なんてだらしないあくびを一つ
昨夜の内からパンをセットされたトースターを起動させる
人差し指で、じじぃー、とスイッチを下ろすと
じーころじーころと、アメリカンな朝を演出する素敵効果音を発しながら
丁寧にトーストを作りだす

ぷちん

テレビをつける、別段何気ない世の中の情勢を憂いている
不況だ不況だなんて騒いでいるけど、実際は、そうでもないだろう?
だって、毎日のように暴動が起きている国だってある
そっから比べたら・・・・・・・・・・・
テレビの言うことはとことんアテにならない、26才はそれくらい考えてしまう

ぽこんっ

相変わらず寝ぼけたまま、トーストが焼けたと知らされ
取り出して皿の上に置いて、バターをたっぷり塗る、ここは惜しんではダメ
ここを惜しむと取り返しが着かないくらい残念な朝になる
カロリーとか気にしないで唯一朝くらい目をつぶるのよ、誰にでもなく言い聞かせ
きつね色・・・・・というか、南米育ちのキツネさんっぽい色に焼けたトーストに
バターとハチミツ、最高の朝飯ができた

はむ

ハチミツが喉を焼くように甘さを主張すると
ようやく頭が働き出す、糖分が人間のガソリンだ
朝からちゃんと補給しておかないと、一日死んでいるようなものだ
咀嚼をしながら、いそいそと会社に行く仕度を整える
女の朝は忙しい、そう、26にもなると、というか、年々月々日々、忙しくなっていく
26ってのは本当、色々考えてしまう

本当に、考えてしまう、今後ってのを

とんとん
何かを考えていても、習慣というのはちゃっちゃとこなされて
床をこづく音を玄関で鳴らし、扉を開く
機械的な動作を、朝の青空が迎えてくれた

「よし、いい朝っ」

日常がまた始まる、気持ちが入れば能動的だ

満員電車に40分閉じこめられて、駅から歩いて10分、
すると働き先である会社に到着する、OA機器を扱う会社だ
彼女はここで、営業担当をしている、営業ってのは戦いだ
外回りをして、いかに品を多く売ってくるか、そういう戦いだ
分かり易く言うなら、彼女はコピー機売りの女だ

「契約行ってきまーす」

「おう、一人で大丈夫か?」

「たかだか3台です、余裕ですよ」

はにかんで上司の心配をささっと振り払う
本来なら相棒と回るのだが、どうやら他の仕事が入っているらしく
隣同士の机の上はがらんとしていた、ぽてぽてと書類の類をまとめて
さっさと駐車場に行く
会社に居候させている愛車、セリカ ST205 WRC仕様、マニア垂涎のアンティークカー
こいつなら取引先まで、15分、近いものだ
火をいれて、駐車場を右に回って、信号をやり過ごして走るのみ

青空が抜けている


日本人は随分裕福になった、おかげで立派な刀が腰に差される
事実、ここ十数年の間に生活水準が向上した
最近では小学校の定番が、ランドセルに1尺7寸となってる
全くいい時代になったもんだ、彼女が子供の頃からは考えられない
彼女の頃は、木剣が好いところだった

「・・・・・・・・・・・さて」

約束通り15分、到着して書類と、愛刀を確かめる、刀は2尺4寸5分
契約書のハンコを貰う、ただそれだけだが
それまでにどんな障害が待ち受けているかわからない
営業ってのは結局、自分の力で注文をもぎ取ってくる商売だ、力はそういう形で試される
ちゃらり、刀を繋ぐ鎖が鳴る、静かにビルに向かう

「では、この契約書に判をお願いします」

「うん、頼むよ、働く奴を回してくれな」

ぽむり
特に何も無いまま、契約は終了した杞憂に終わった
愛刀は飾られたままでとりあえず一段落したというわけだ
取引先は、随分気前のいい顔をして、3台のコピー機について
どんだけ期待しているかを語っていた、正直営業職としてはそうやって
自分の扱うものを褒められるのは嬉しい、彼女は素直に微笑った

セリカを走らせ、他に数件の取引先を回って、昼飯に
牛丼の特盛りを食べて出てくる、相変わらず天気はいい、ゴキゲンだ

「・・・・・・・・・・・・無礼者っ」

「っだと、この女っ」

「?」

わらわら
音がするように人の流れがその喧噪を中心に取り巻いて流れる
耳で知る限り、ありふれた路上の喧嘩だろう
急ぐこともないので、興味深げにそこに近づいてみた
セーラーを着た女の子と、大学生くらいの男が言い争いをしている
珍しくもない光景だが、なんとなし、面白そうと野次馬を決め込んだ
どうやら、学生と女子高生の肩が触れ合ったらしい
激昂する女子高生、まぁ、気持ちはわからないでもない、事は簡単に済むはずだったのに
男が面倒そうに、「女が」などと差別単語を吐いた、これは免れない

「尋常にっ!!!!!」

「ったく、くそガキっ・・・・・泣いて詫びろっ」

ざしゃっ
鋭い音が二つ、女子高生は少し短めの刀を抜いた
学生は、身の厚い戦国刀候
ぱっと見た感じでは、明らかに学生に分がある、刃紋が輝く、刹那

「せぃやぁぁあああああああああああっっ!!!!」

っっっっずばっ!!!!
女子高生の声が、ビルの谷間を突き抜ける
甲高い声が空気を揺さぶると、思い切りのいい上段が学生を捉えている、絶命する
初動に最大の重きを置き、その速さ、その鋭さだけをただただ探求し続けた、古来薩摩の剣術
今時流行らない、だが見事にそれが学生を切り伏せた、かなりの手練れだ
刀は脳天からミゾオチの辺りまで深く切り下げて、文句のつけようのない死体を作っている

ばばっ

派手に刀を振って血を落とす、そして懐紙でそれを片づける
様になってるという感じだ、が、これは演技だな、ぎこちない
一介のOLに気取られるようでは、いよいよ

「・・・・・・・・・・・・・いかんな」

尋常を逸した瞳、この女子高生は人斬りに慣れてない
OLはそう感じた、実際、その瞳はだんだんおびえのような物を浮かべてきた
これは良くない、そう感じたら自然、身体が動いていた

「早く仕舞え・・・・」

「!!・・・あ・・・う・・・・・・・」

キチキチ
鯉口と刃が鳴らす音が、なぜかOLを焦らせた
拙い、過ぎるほどに
思って、しびれを切らすよう強引にその手をとって刀を仕舞う
刀に傷がつきそうな具合で始末をつけさせ、さっさと人ごみに消えるように促す予定だった

「おい」

残念ながら、予定はうまくいかない

「・・・・・・・・・・・なにか」

「お前じゃない、そちらの女子高生・・・・・今斬った男、我が同胞にあたる謹んで勝負を受けられよ」

「!!・・・・・・・・なにを・・・」

女子高生が狼狽している、目を見開いて、すぐに柄に手をかけたが
先ほどの張っていた気が無い、空回りしている感じがある、虚勢の匂いが漂う
話しかけてきた連中は、3人、いずれも大学生風だ
確かに今しがた、死んだ男のツレだと言われればそうかもしれないが
OLは、つぶさに感じ取る、絶対に嘘だ、と

「仇討ちは、遠く明治の頃に法度となったが?」

「お前に聞いてるんじゃない、そっちの」

「黙れ学生無勢、先ほどからの、私に対する無礼、そちらを先に片づけたいね・・・・・・やろう」

OLはあおる視線を飛ばす、その様子はあからさまに人斬りに慣れきっている
わずかに学生共が揺れる、バカでも解ることだ、社会人と学生の違いって奴を
それにめがけて、さらに誘う目を投げかける、スっと女子高生の前に立ち
腰を入れた、右手が宙を掻く

「上等だっ!!!!てめぇから血祭りだっ」

威勢のいいことだ、だが言った以上は後戻りできないよ
瞳でそう告げて、OLは気を入れた、宙を掻く右手をピタリと止める
学生共の挙動を刹那に分けて、コマ送りにして見定める、わずかな動きも見逃さない、刹那を撃つ
剣客ってのは、そういうのが出来る、特に彼女は、居合いを得意としている
尚の事だ、コマ送りで動きを看取られる恐怖、だがこいつらは学生の割りに学が足りない、人生の学が
だから、本当の怖いってのを知らない

悟るのは、死んだ時だろう

ざっ!!!
慌ただしく動きがあった、まばたきをするかどうかの時間の内だ
学生三人の内二人が抜く瞬間、白刃が一閃している、一朝一夕で出来る技ではない
鯉口を斬る音が、耳に届くよりも先にOLの刀は鞘を走っていた
本道である、ナナメ下からの切り上げで一人、上段に構えて打ち下ろしてもう一人
二人死んで、三人目はたじろいでいる
喧嘩で気が萎えては、死んでいるのと同意だ、OLは間髪入れずに喉元に刀を伸ばす

ぴたり

「私も甘いね・・・・・・・・・というわけだが、二本目をやるかい?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・い、いや、今日は日が悪い」

かくして三人目は脱兎となった
謝りもしない所は、少しだけ感心してやれる、虚栄こそが生きる最後の砦
若いながらに解ってるようだ、ガキを脱いで、大人になるにつれて、謝る事の重大さに気付く
三人目は気付きつつあるらしかった・・・・しかし、人生教訓を悟るようでは、いよいよ歳を重ねすぎだと
やれやれため息をついて、振り返る、女子高生の目は戸惑っている

「茶でも、飲もうか」

「え・・・・・あ・・・・・・は、はい」

野次馬は散開している、街はもとの姿を横たえた
女子高生に事態を飲み込ませるというか、そういう物だと理解させるまで
それくらいの面倒は見てやろう、老婆心というのかな
嫌な単語を脳に浮かべて、さっさと最寄りの喫茶店に滑り込んだ
ここはOLがさぼりに来る時に、利用する気のいい店だ

「マスター、コーヒーと・・・・・」

「え?・・・あ、紅茶を」

「後、ケーキ二つ頼むよ」

奥の席に移動する、いつも使う席、万年リザーヴ
座るように薦める、女子高生はかなりぎこちなく右手の刀を立てかけた
思い詰めたような顔をして、まごついて

「あの、あ、ありがとうございました」

不器用
第一印象は、これだ
愛想のふりまき方を知らない、そう伺わせて、その下に澱みが無い
だから、逆に愛着が沸く、難しいけどそういうもんだろう、演技じゃない下手さ
天然なんだな、そんな事を観察する、返事は適当に手を横に振る程度
紅茶とケーキがやってくる

「ま、食べて飲んで、奢るし」

「あ、い、いただきます」

かすかに震えているらしく、紅茶の器が少しだけ泣いた
ま、緊張もあるんだろう、OLは適当にそれを解く事にした
話をしていけば、いわゆるお上りさんで、まだこちらについたばかりだとか
人を捜してるとか、他愛のない事を聞いた

30分くらい経ったかな、ほぐれた笑顔を見て
静かに席を立つ

「じゃ、あと適当に出ていくといいよ・・・・・私は、仕事があるから」

さばさばとそこを後にした、からんからんと扉のベルが心地よく鳴る
長く止めておいた愛車にまた乗り込む、残りの営業廻りを少しやって
会社に戻って17時、終業のベルが定刻通りに鳴らされる

「がんばってんな」

「そうでもないですよ」

声をかけてきた上司に、ひよっこぶりを見せつけて
さっさと帰ることにした、隣の同僚は少し前に帰ったらしくこの日は
会うことが無かった、まぁ、忙しいのは良いことだ
久しぶりに早く帰れる、そう思うと真っ直ぐ帰るのが惜しい気がしたが
飲む相手もいないとなれば
OLは、せっせと自宅を求めて歩く、一人で飲むなら本当に一人が一番いい
迷惑が誰にもかからず、そして、一番リラックスできる

肝心なのは、一人という所だ

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・あ、あの」

「いや、いい、ちょっと黙って・・・・・うん・・・・そのなぁ・・・・なんというか」

OLのマンションのオートロック玄関脇
一人寂しそうに佇んでいる、ポニーテールが一人
描写はそんな所だが、備考として、昼間のあの女子高生
とかいうのが着く、OLは困窮する、そう、困った上に窮するのだ、それほどだ

「お昼の子だねぇ」

「あ、はい、あの時は本当に、お世話に・・・」

「いや、それはいいんだ、たまたま手ぇ出しただけだし、いつもあんな事しないし
なんていうかなほら、気まぐれって奴、君は若いからまだわかんないだろーけど
ねぇ、女も26くらいになると、色々その日の気分で、ほら、化粧のノリが好い日とか悪い日とか
そういうので、一日がいいか悪いか占ったりとか、そういう気分だと、人助けとかしても
いいかなーとか、ちょっと一人だけいい気分に浸ったりとか、世界に感謝する日だ・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・え、あ、ど、どうされました?」

ずらずらと、いったい一人で何喋ってんだろう
OLは現実から逃避しようとしている自分を必死に現実に返す作業を行う
眉根を寄せて、困惑の表情を作り、どういう言い訳が一番正しいのか
手っ取り早く、この子を他にやれるか
というのを考える、その目の前に

「?・・・・・・・あ、あたしに?」

「はい」

手紙
ご丁寧にOLに宛てられている、表に「花へ」などと名指しだ
なんでこの子がそんなものを、不思議に思いつつも、さらさらと文を取る
背筋が凍るような、実家からの手紙

『私の姪っ子、つまり、あんたの従姉妹です、しばらく預かりなさい 母』

そして始まる、一ヶ月の同棲生活
私、OL26才 長坂 花(はな)
この子、女子高生17才 斉藤 春(はる)

まずは、出会いの件

つぎ

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