s.a.l

恋に落ちる


「っっっっっったくぅぅっ!!!!!、海軍何やってんのっ!!!」

キィィィィィィィィィィィィ

ダイムラー・ベンツ製の液冷エンジンは、他の機とは比べモノにならないほどの
素晴らしいフケ具合で、ぎりぎりとコクピットを揺さぶる
海上の戦闘空域、味方の輸送船団の護衛に、3機も零戦が出ているというのに
たかだか、一機のB24と二機のP38に苦戦を強いられている
要請が入って、わずか5分、初速からして他の機体から群を抜く
三式戦「飛燕」が、後ろに一式戦「隼」を2機連れてやってきた

「後続1機は、輸送船の上に、残りはアタマを潰しにっ」

隊長機から、雑音の多い無線が後続に送られる、飛燕の両翼がひらひらと上下すると
それを合図に散っていく隼、スピードを緩めずに飛燕は戦闘空域に突っ込む
目の前で、P38にあおられている零戦がふらふらと飛んでいる
尾翼に、見覚えのあるハンモックナンバー

「ったくっ!!!!!!!!」

バガガガガガガッッ!!!!!!!!

舌打ちと叱咤、下唇を噛んで言うを拒んだその言葉は「忌々しい」
飛燕の12.7mm機銃が火を噴いた
瞬間被弾した敵が火だるまになって墜ちる
突然の新手に、敵はあわてふためいたのか
すぐに後退しはじめる

「逃がすかぁっ!!!!」

隊長機の飛燕が高度を上げる、B24の後ろにつく
待っていたように凄まじい機銃放火が、空を紅く魅せる
後ろをついてきた隼が墜ちる、それでも飛燕は突っ込む

「そんなおデブちゃんで、このあたしが振り切れるわけ無いのよっ」

飛燕が追い抜いた、そして大きく弧を描き
左翼のエンジンを狙う、鐵のつぶてが確実にそこを打ち抜く

ズババババババッッッ!!!!バゴォッ

「よっしゃぁっ!!!!・・・・・・・・・・・・・・」

機銃は確実に左側のエンジンを捕らえた、数秒遅れて
コンソリ(B24)のエンジンが火を噴く、撃墜か・・・・と思った刹那
消化剤がばさっと振りまかれると、翼についた火はするりと消えて
そのまま空域を離脱にかかった

「損じた・・・・・・・・・・・このあたしが??」

唖然とする飛燕、彼女の12.7mmでは、米軍機の分厚い装甲を撃ち破れなかったのだ
悠々と逃げていくB24の後ろ姿をうらめしそうに見送り、帰ろうと翻った時
爆音が響いて取り逃したそれは、藻屑と消えた
入れ替わるように太陽を背にして、1機の戦闘機が飛んでくる

「レッドサン(日の丸)?・・・・・・・なんでこんな所に居るのよ、陸軍の最新型が」

四式戦・疾風、2000馬力発動機を搭載した日本の決戦機






「あ、あの、アスカ・・・・・・」

ばきゃっ!!!!

近づいてきた、役立たずだった海軍のパイロットを殴り飛ばした
それもそうだ、明らかに陸軍扱いの飛燕や隼よりも優秀な零戦に乗りながら
ただの一機も撃墜出来ないようなパイロット、しかもそれが
自分が良く知る相手であるならなおのこと、彼女のプライドは許せなかった

「・・・・・・・・・ご、ごめん」

いきなりの一発で、全てを悟ったのか、機嫌が悪い令嬢を置いて退去しようと
パイロットが後ろを見せる、そそくさと兵舎から出ていく所で
ぽつんと声がかかった、ぎくりと背筋が凍る

「ねぇ、シンジ・・・・・・・・・・・・・・あの四式はここに居るの?」

彼女の声は澄んでいた
怒りは既についえている感じだ、それにやや驚いて
慌てて質問に対して頭を働かせるシンジ

「え?・・・・・ああ、新しく派遣されてきたらしくて・・・・・・でも、アスカは明日陸軍基地に帰るんだろ?」

「そう、居るの・・・・・・・どんな奴?」

「え・・・・・・同い年の、可愛い女の子だったよ・・・すごいよね
同い年で大東亜決戦機に乗れるなんて、僕、尊敬しちゃ・・・・・・って、いたたたたっ」

言葉半ばで、鼻の頭をいきなりつまみ上げられて黙らされた
無言で彼女は、兵舎を後にして滑走路へ向かった
辿り着いた所、先の疾風の前には思った通り
その、派遣されてきた「可愛い女の子」が居た
ライトに暗幕をかけて手元のみを照らしている光が見える

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見事な腕前ね」

「!・・・・・・・・・・いえ、とんでもないです・・・・陸軍のエース、惣龍さん」

ちっ、癇に障る奴、彼女はこの一言で好きになれない奴と決めつけた
実際見た目も、どこかきゃしゃな体つき、短くまとめた髪に、妙に愛くるしい顔
気にくわない、これが第一印象だ、その後これが全てとなるだろう
そして同時に、その「可愛い女の子」の不透明な素性が気になっていた

「いい戦闘機ね・・・・・・・・さぞかし乗り心地がいいんでしょう?」

「・・・・・・・・・・あなたの飛燕ほどじゃないですよ、運動性能は落ちますよ」

少女は整備を続けながら背で惣龍と喋る
惣龍の顔は、冷たく怒りに満ちている

「そうね、攻撃力以外は・・・・・・・」

惣龍は、苦々しくそう言い放つ、怒気を含んだ言葉

「・・・・・・・・・・用はなんですか?」

すくっと四式の搭乗員が振り向いて立ち上がった
背もほとんど同じだ、可愛い、惣龍を形容する言葉もこれだが、性質が違う
惣龍は、得体の知れない怒りを覚える
いや本当は解っている、その怒りの正体が
彼女が四式に乗って、惣龍が三式に乗る理由が

「名前は?」

惣龍が聞く、同時に発散される敵意

「南方面単独戦闘部隊所属、霧島マナです、本日付けで派遣されてきました、どうぞよろしく」

笑顔が可愛い、だから気に入らない
彼女は、敵としてアスカの中に残った

二日後

「凄いね、霧島さん・・・・・・・僕、尊敬しちゃうな」

「そんな事ないよ、シンジくんだって、ボーイング(B17)をやったじゃない」

「・・・・・・・・・・・・・・」

楽しそうな談笑が兵舎から聞こえる
がつがつと食べている白い飯に黄色い玉子、肉だってある
なんでこんなに差があるのかしら・・・・・・・ただ一人陸軍のアスカは
いつもとの格差に愕然とする、本国じゃこんな差無かったのにっ
バイクに乗ってた頃が懐かしいと、しげしげ、白いご飯を頬張る
それは、楽しげな雑談の位置からやや離れた所に在る

あの翌日、アスカが居た陸軍基地は重爆の攻撃に遭い壊滅
次の転地が決まらないのでこの海軍の不時着用基地に居候をしている

彼女の性格からして、肩身が狭いなどというような思考は生まれないが
イライラが募っているのは確かだった、何が悪い?考えるまでもない!
アスカは苦々しく、遠くで談笑している二人を睨む、特に男のほうを

「・・・・・・」

「どうしたの?シンジくん」

「い、いや・・・・えっと、そろそろ戻らないとね」

気まずそうにシンジが逃げていく、その態度もムカツクのよ
心の中でそう思う、もっとも彼女は思った事がそのまま顔に出ているので
言葉にするよりも凄まじい威力を示しているのだが
それとは別にして、どうも引っかかる事があった
「霧島マナ」彼女の素性に関して、だいたい聞いたことも無い部隊の名前
もっとも、おそらくは特殊部隊なのだろうが、仮にもその特隊の人間がいきなり派遣されるにしては
こんな末端の非常用飛行場に大東亜決戦機の名を持つ「疾風」とともにやってくるという事が
不自然だと彼女は感じた、違和感を覚えるという奴だ

「あの女には何かある、絶対に気を許すんじゃないわよバカシンジ」

再三、注意を促したアスカだったが、いつもの如く

「アスカは心配しすぎだよ・・・・・・大丈夫だって」

シンジの笑顔、時折、全てを包んでくれるような錯覚に陥って
彼女の心が酷く乱れる、これは癒しではない、反吐が出るような薄汚いナニか
だけど、その薄汚いはずの笑顔が、自分以外に向けられる時の強烈な憎悪が否定出来ない
感情だ、薄汚い反吐が出るような、許せない、自分自身が
荒むアスカの見えないところで、あの二人は過ごしている

「マナ・・・・・・・・ど、どうし・・・・・」

「いいから・・・・・・・・・・シンジ・・・・・くん・・・・・」

マナが不安をたたえた瞳を魅せ、そしてそのままシンジの背によりかかる
慣れないことに狼狽えるシンジ、そこになおも「少女」はよりかかる
赤くなった頬、閉じられた瞳、そこにある睫毛
女の子の甘い匂いじゃない、ただの人の匂いだけども、彼女からの匂いは
自分とは違うものだとシンジは感じた、淡いという表現が適当な感情がうずく

「アスカのせい?・・・・だったら・・・」

「ち、違うの・・・・・・・・そうじゃ・・・・・・ないの・・・・・でも」

「でも?」

「シンジくん・・・・・・」

ウーウーウーーーー

「警報?敵!?」

静かだった昼過ぎの熱い日差しを受けて、敵の襲来が報告される
すぐに兵舎を飛び出して、自分の機へと向かう、それぞれの操縦士

「哨戒は何してんのよっ!!!、もう始まってるじゃないっ」

爆撃音がする、それを聞き及び足が早まる
アスカの飛燕は無造作に置いてあるだけなのだ、隠蔽を施していない、滑走路に丸裸だ
多く配属されている飛燕はたいていが、液冷エンジンの不調で泣かされている
それを回避するべく、彼女は細心の注意を払って整備を施し、しかもわざわざ独逸製のエンジンを
用いている機体を選んだ、こいつは空以外で死なせるわけにはいかない、誰かが彼女の機についてそう言った

「無事っ・・・・・・・・っと、空以外で死ぬって・・・・・・・」

ばさっと、マフラーをなびかせて乗り込む、計器を少し確かめて
すぐにかかるエンジン、キンキンという音が耳に鋭く突き刺さる
ペラが即回り始めると、一気にピッチをあげて滑走路に出る

「どこでも死ぬ気は無いのよ、あたしはっ!!!!!」

ガウンッと、独特の加速を見せて空へと浮かび上がった
急上昇は不慣れだが、低空から誘い込むように敵をひきつけて
その運動性に任せて叩き落とす、二、三機そうやってやり過ごす

「っと、雑魚を潰しても仕方ない・・・・・・・・・・重爆は・・・」

機影を追う、両軍が入り乱れる形で
空は非常に狭いという印象だ
目に付く機体はどれも小者ばかり・・・・戦闘機ばかりだ
不用意?いや違う・・・・・・・何か別の考えが浮かぶ
これはこんな「一時着陸用基地」爆撃の戦隊じゃない
むしろ、空母から来たような・・・・・もしくは、もっと大きな任務を遂行するための

「おかしい・・・・・・・戦闘機の数がものものしすぎる・・・・まさか」

旋回する飛燕
海の方向を向いた刹那、アスカのさらに下を地面を嘗めるようにして
日の丸が奔っていった、他に比べて桁外れのトップスピード、そう
この戦域のレッドサンで唯一2000馬力エンジンを積んでいる機体

「特殊部隊エリートの霧島マナ様じゃない・・・・・・どこいくつもり?」

アスカがマナの後ろに着くかとすると、ふいに自分の機体が
大きな影に覆われている事に気付いた、雲の下に入った?
一瞬そう思ったが、はっと気付いて空を見上げる

日を背にして大きな機影がいくつか流れていく
この後、これはクジラと呼ばれることとなり
今落としている戦闘機どもは、イワシと呼ぶようになる
ボーイングB29 スーパーフォートレス

「B29!?・・・・・そうか、こいつの護衛戦闘機が・・・・・」

B29を包括する事から敵戦隊の目標はここでないと判断した、が見逃すわけにもいかない
アスカは迷った、彼女の飛燕、12.7mm機銃では奴を落とすことは限りなく不可能に近いと
だからといって、仲間に知らせたところでろくな迎撃機がいない
この基地では成す術が無い、惑いが目に現れた時
霧島機は更に加速を強め、この地域を離脱を始めた

「あの女っ!!!!!」

敵前逃亡
紅い少女の唇がそう刻む前に、耳慣れたエンジン音が横を突っ切っていった
深い緑の機体、その運動性は大戦初期において無敵と言われた三菱の傑作
零式艦上戦闘機、シンジだ

「バカっ!!!!、ゼロであの高度に届くわけないじゃない」

アスカは焦燥感ともどかしさを覚えた
バカシンジはカンチガイをしている、私が食堂で睨んだのは
手柄がないシンジが調子に乗ってたからじゃないっ!!!
だったら何故?それは

妬いていたから

と、考える事は無い、彼女の中にそんな感情を受け入れる部分は無い
イライラする。あの女が来てからわずか三日でこの不安定
思い通りにならないのがムカツク
あの女の笑顔が、シンジの挙動が、自分自身のふがいなさがっ!!!

「せめて、マウザー砲でも積んでたら・・・・・・・なんて、このアスカ様が言うわけにはね」

舌なめずりをするアスカ、同時にスロットルを握り、先に上がった頼りないゼロを追って上昇する
彼女が言うのは独逸製の20mm機銃マウザー砲、「飛燕マ式」という名で一部空域で
戦闘仕様されている、陸軍の数少ない花形だ。現在の12.7mm日本國産とは比べモノに
ならない破壊力を持っているそれ、数が少ないため、こんな辺鄙な戦闘地域にまでは
回ってこないのだ

上昇する機体、高度が上がるにつれ発動機のフケは悪くなる
馬力はずいずいと落ちて、おそらくは1000馬力クラスのモノと変わらないだろう

「頭がキンキンする・・・・・・・・・・冷たい・・・・・・・・・」

意識が飛びそうになるのを懸命にこらえる
ぐっと四肢に力を入れて、下がっていく血液を頭に送る
かすむ視界に、おたおたとする深緑、シンジを捕らえた

「バカシンジっ!!!!!」

「アスカ・・・・・・・・・・」

狼狽した声、また怒られると思ってる声だ
違う、違うのシンジ
思考にノイズが奔る、幾重にも渡って視界が揺らぐ、世界が灰色に見える
マズイ・・・・・・・・・・・・、食らいついていくアスカの目の前で、B29は弾倉を開いた
予定外だったが発見ついでに潰しておこうという判断だろう、あんな小さな基地なら手間もさほどかからない
大きく口を開けるようにして、土手っ腹が左右に開く、あそこに撃ち込まなくては・・・・
だが、あまりにもまだ遠い、高さが届かない

バガガガガガガガッッッッ!!!!!!!
ガギッガギ!!!!ガンガンガンガンタンンダンガンッ!!!!

鐵のつぶてがクジラを襲った、直撃音を耳で感じると巨大なそれは
炎を上げてバラバラに散った、撃破だ
驚くアスカとシンジ、その狭くなった視界に日の丸が見えた

「・・・・・・・・・あの女っ」

「マナっ!!!!!」

しかし、別機がすぐにそれに気付いて応戦を始める、集中砲火が疾風を包んだ





地上

「ち、違うっ!!マナは、手柄に焦ったわけじゃ!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

執拗に食い下がるシンジを、上層部は相手にしなかった
アスカはそれを無言で見つめている、少年の行動がムイミだと知っているから
腕を組んで、背中を壁にもたれて、冷ややかな目でそれを見ている

「ムダよ、シンジ・・・・・」

「アスカっ!!!!、だって、マナは僕らを助けるためにっ」

感情をむき出しにして食い下がるシンジ
アスカは、それが嫌だった
なぜそんなに熱くなっているの?あんたがなんかしたって意味無いのよ
どうにだってなりっこない、あの女は、それだけの罪を犯したのだから
アスカにはわかっていた、だがシンジには解らない
マナが、浮沈空母ラバウルの最後の生き残りだと
彼女が見たことが、國にとって最大の機密であるという事が。

バタンッ

「マナっ!!!!!」

手枷をはめられて連行される少女
その姿は、なぜか可憐に映った、飛行服を着ていなければ
なんと華奢で、色白の女の子なのだろう
疲れた笑顔が、それでもぱぁっと輝くように花開く

「シンジくん・・・・・・・がんばってね」

「マナっ!!!な、なんでっ!!!」

すぐに間に兵士が入った、そしてそのまま連れていく
先には、百式指令偵察機が逗留している
連行される彼女は大きな怪我を負っている、一命を取り留めたが
もう二度と飛行機には乗れない、よたよたと頼りなく
搭乗員は連行される、その姿は、アスカに哀れとして映った
飛べない搭乗員、それは死んだのと同意だ
まだ叫び続けるシンジを見かねてアスカがシンジに怒鳴る

「シンジっ!もうやめなさいよっ」

「マナっ!!!」

ぱぁんっ

「アスカ・・・・・・」

「あの女は、死んだのよっ!!!」

「!!!このっ」

ぱぁんっ

イライラが募る
能動的にその台詞を選ぶ自分に、もっと言い方があるのを知っているのに
敢えて感情を揺さぶる単語で、突き放すように言ってしまう自分に対して

掻き乱したい、自分の存在で、相手を狂わせたい
淡い感情を受け入れられず、それを、激しく持て余す
天才の器に閉じこめられた未発達の少女の魂

お互いを全て理解出来るわけがないという現実が、少女を縛り上げる、少年を切り裂く

もどかしさがお互いを傷つけ合わせる
凶暴に、暴力的に、制御できない感情を振りかざす
相手を傷つけて、自分も傷つけることで
その痛みに咆哮を上げて、涙を流して泣きじゃくる
身体を引き裂いてその内側から、こみ上げてくる熱を放出したいと
血とともに何もかもを出してしまいたいと叫ぶ

剥き出しになった感情が相手を叩き壊したいと泣いて戸惑う

これが「恋に落ちる」ということだと理解するには、彼女はあまりに幼いのだ

つぎ

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