S・A・L
ヴロロロロロロロロロォ・・・・・・・・・・・
エンジンの音が耳を痺れさせる
僕の真横あたりでそれは響いている
鉄の馬、すすけたボディには特殊な仕様が施してある
排気量やエンジンの性能がどんなものなのかは
僕にはわからない・・・・・・でも
BMW
この単語が意味するところのバイクが
どれほどの技術なのかは、わかっているつもりだ
「惣龍っ!!」
僕はサイドカーから声をかけるが
まるで聞こえてないらしい、やや大きめの飛行服に
身を包んでいるライダー、真っ白なスカーフが
深く蒼い空にひときわ輝いてなびく
「惣龍っ!!なぁっ惣龍ってばっ!!!」
「っるさいわねっ!何よ!!」
ドヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ・・・・・・・・
僕の耳にはこう聞こえるのだが、彼女の言うところの
重厚な哭き声が邪魔して、ちっとも
会話がはかどらない、業を煮やして僕が
よろめきながらサイドカーから身を乗り出そうとする
それに「危ないっ」とかなんとか、がなりつけてから
ゆっくりと速度を落として、やがて馬が止まった
「何よ」
「どこまで行くんだよ・・・・・・・・・・あんまり離れたらまずいよ」
敵地なんだここは
僕は、そう目で訴えて、そう苦言を呈した、そうこれは警告だ、注意じゃない
比較的、暇をもらっている・・・・・・いや、暇を持て余している
僕らには確かに狭い中に居るなんて、とても耐えられないほど辛いけども
だけどここは戦場なんだ、僕はぽんとサイドカーの両脇に手を乗せて
すっと下半身を抜き上げるようにしてそこから降りた
「ったく、優等生な事言うのね・・・・・・・・てんで面白くない」
「まだ死にたくないんだよ僕は」
うーんと全身を伸ばす、狭い中に閉じこめられていて
すっかり萎縮した筋肉をいっぱいまで伸ばして酸素をすみずみまで
送り上げる、全身を巡る血が、酸素を乗せた赤血球の円さがわかるような
痺れる感覚に、身体がびりびりと騒ぐ
「バイクも嫌いじゃないけど・・・・・・・・・・・・やっぱり、空がいいな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
バイクにまたがったままの惣龍が
遠く地平線・・・・とまでは言わないけども、空と地上との境目を
見ながら独り言を呟いた、僕は何も答えないけども
同じ位置を見つめた、ただ蒼い、凄まじい空に
想いを寄せた
僕も惣龍も同い年だ、少年兵になる
だけど決定的に違うものがある
僕は純粋な日本人だが
惣龍はドイツとアメリカの血が入っている、混血だ
そのため、彼女は様々な不遇に遭っている
ここに、彼女が言う「こんな辺境の島国」なんかに来たのは
その一端だ、彼女が、それ以上に
比類無き天才であるというのに
「・・・・・・空か・・・・僕も飛びたいな」
「何言ってんの、布張りの赤トンボにしか乗ったこと無いくせに」
「うるさいな、違うって言ってるだろ?」
93式中間練習機、通称赤トンボ
実際のところ、僕はこの部隊に配属されるまでに
あれにしか乗ったことが無い、でもこの部隊に配属されて
「隼に乗ったさ」
「ハンッ!飛んでもないのに乗ったとか言わないでくれる?」
鼻で笑う惣龍、実際そうなのだ
出撃しようかと乗り込んだところで出撃がとりやめになった
つまり飛んで無い
飛行機に座っただけで出撃はした事が無いんだ
僕がいつも彼女に何かしらの劣等感を抱くのはこういう所だ
彼女は腰にあった水筒を手に取り水を口に含む
君とは同い年だというのに
「はいはい、悪ぅございました・・・・・・・・エース様」
「・・・・・・・・・・・」
僕がおどけてそう言って、惣龍が答えなかったから
僕は失敗をしてしまったんだと、ようやく気付いた
ドイツでは最年少エースとして
どこだか知らないが、ある海域の制空権が彼女と共にあったらしい
Fw190、彼女の機体は深紅の稲妻があしらってある隊長機だったらしい
墜とした戦闘機の数は、20を越え、重爆も墜としたらしい
全部聞いた話だ、嘘かもしれない、でもそういう天才、彼女は。
僕は信用をしていないというよりも信じたくないという気持ちが強いらしく
彼女をどこかで、軽んじて見ようという心構えがある
いや、軽んじるわけじゃなく、同い年の少年兵として見たい、同じ視線で、同じ高さで
だけど、僕のこういう所が彼女との差であって
「ごめん・・・・」
「謝るなら最初から言わないでよね」
「・・・・・・ごめん」
「はぁ・・・・・・・・・・・・あたしまで滅入るからやめてくれる?」
「ごめん」
気まずい空気が僕らをすっかり包んでしまった
いつもの事なのだ、僕が調子に乗って何か言ってしまい
この状態になってしまう
彼女を苛立たせる、大きな原因は僕にある
大きな壁が僕と彼女の間にある
乗り越えるにはあまりにも高くて厚い壁が
彼女がバイクに乗り、僕がサイドカーに座るようにし向けている
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・な、何?」
惣龍が僕らが来た方向、基地のある方向を
振り返って見つめた、標準を引き絞るように目をきゅっと細める
習うようにして僕も後ろを振り返る
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・砂煙?基地に?」
バウンッ!!!
惣龍がバイクに火を入れた、僕も慌ててメットを被ってサイドカーに乗り込む
ガウウウッッ、後輪を滑らせてまるでバイクだけの時のようにして
きれいなターンを見せる、人間業じゃないよな・・・・
「黙って、舌噛むわよ」
グワッ
言うが否や馬が走り出す、またバリバリという音が
僕の鼓膜をどうしようもないくらい揺する、だけど
それは気にならない
前方には砂煙にしては黒すぎるものが見えるから
心のどこかで僕に囁く
やばいぞ、これはキケンだ!
グオオオオオオオオンンンンンン
エンジンの回転数はさらに上がる、ゴーグルを下ろした
彼女の目元は確認する事は出来ない、きらきらと光る
美しい金髪をなびかせて、首のスカーフが躍る
基地から500米のところまで来た
惣龍が腰の銃に手をかける、ルガーP08、精巧で美しいフォルム
鉄の馬はすっかり速度をひそめ、やがて木陰に止まる
「伏せてっ!」
バリバリバリバリッ!!!!!!!!
頭の上を銀色の戦闘機が飛んでいった
P51!?なんでこんな所に!!
僕は驚愕とともに言いようのない恐怖を覚える
「・・・・・・・・・・・・ああっ、あんなんじゃすぐにっ!」
惣龍が叫ぶと同時に、一式戦隼が火を噴いて墜ちた
絶対的なスピードとパワーが違う、グラマン相手でも
苦戦を強いられるというのに、ムスタングとなれば話にならない
陸軍のエース機も、今となっては時代遅れだ
それよりもなんで零戦が一機もいないんだ!?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・チィ」
「わ、ど、どうするつもりだよっ!」
舌打ちをした後に惣龍がまたバイクを起こした
姿勢を低くして凄い加速で滑走路へと入っていく
敵からは丸見えになる、当然確認した戦闘機が
バイクの後ろからやってくる、やられるっ
ズダダダダダダダッッ!!!!!
真横をP51のマシンガンが通り抜けた、僕は恐怖に凍り付く
だがバイクは走り続ける、惣龍・・・・・・・口元が笑ってる?
滑走路を走り抜ける、一時的にやりすごしたのか戦闘機は見えない
満足に隠してなかった機体はほとんどがやられている
鍾馗も潰されてる、ろくなのが居ないじゃないか・・・・・・・
「惣龍!ここはもうダメだよ、逃げようっ!」
「バカ言わないでよっ!逃げるならアンタだけ・・・・・・・・・!?」
バガァァンンッッ!!!!!
「こ、こんんのおおおおおおおおっっ!!!!!」
爆撃が炸裂する、その煙がやまない中へと
バイクがつっこむ、姿勢を低くしたまま器用にバイクを操り
ようやく基地から離れていく、よ、よかった・・・・・・
安堵とそして気遣い(もっともこれは惣龍に嫌われる事なのだが)
言いつくろいの言葉をかける僕
「そ、惣龍・・・・・・・・・だ、大丈夫だよ、なんとかなるよ・・・・」
「一機でも残っててくれれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
歯痒そうに呟く彼女の思考に僕は存在していない
いつものことだと、悲しいのに、同時に喜んでいる、怒らせてないから
「・・・・・・・・・負傷兵」
「え?」と僕は沈み込めていた身体を起こす
基地からはわずかしか離れていないが、鬱蒼と茂った木々の中に
今確かに人が一人入っていった、なんだ?
バイクを静かにそちらへと寄せていく
「何か見える?」
「・・・・・・・・・・・・・・日本兵だ、仲間だよ・・・・・」
僕はバイクから降りるとそれをすぐに追いかけた
がさがさと草をかきわけて
この小さな林に、一人の男を追いかける
少し遅れて惣龍もついてきたようだ、足音が僕に続いてくる
何か小言を言っているようだが、まだ追いついてないせいか言葉としては届いていない
「・・・・・・・・・・・ここ・・・・・・・・」
突然目の前がやや広くなったと思ったら、小屋が立っている
上からはただの森にしか見えないだろうけども
ありあわせの木々で適当に組み上げた小屋が立っている
そしてその入り口に腹から血を流した兵士が座り込んでいる
「・・・・・・・・・・・・・・・少年兵か?」
「え、あ・・・・・・」
「そうよ」と狼狽える僕の後ろから惣龍が、のっと出てきた
そしてその足で兵士の横につく、傷口を見ているようだが
少しして、優しい顔をして呟いた
「何かある?水とか飲みたい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、そうか・・・・・すまないな」
兵士は苦しそうに一言断って嗚咽をあげた
傷の具合からして、もう長く無いのだろう
人の死を目前にして僕は固まってしまう、彼女は毅然とした
いや、優しくそれを包み込むような笑顔で彼を見守る
水筒を取り出して、口元に注いでやっている
「・・・・・・・・金髪の・・・・・そうか、独逸の寵児か・・・・・・
聞いていたよりもずいぶんとかわいいな・・・・・・」
負傷兵は苦しそうに顔を歪めたがすぐに
無理に笑顔を作って惣龍を見つめた、そして
口がすぐに続いた
「・・・・・・・・最期に君に会えたのは運がいい・・・・・・・この中だ
・・・・・・・・・・・頼む、おそらくはもう終わるが・・・・最後に一矢・・・空が・・・」
言葉半ばだが満足そうな顔をして男は事切れた、呆気ない、こんなモノなのか
惣龍はそれを認めると小さく何か、僕にはわからない言葉でささやきかけて納屋の中を覗いた
僕もつられるようにして中を見る、薄暗いその中で、ひっそりと眠る、荒鷲
「・・・・・・・・・・・・・・・見たことない戦闘機・・・・・・・??川崎の試戦?・・・・・違う」
ごたくばかり並べる僕を後目に、すたすたと中に入り
戦闘機を念入りに調べる惣龍、暗くてよくわからないが
エンジン部分を見つめて、確かに彼女は微笑った
「ダイムラー・ベンツ製・・・・・・・・・・・」
「え?なに?」
バウンッッ!!!!!
惣龍がその戦闘機のエンジンを起こした
僕は慌てて下がる、というよりも腰が抜けてへたりこんだ
情けない話だが、まるで力が入らない
そんな僕を気にする事もなく、彼女はさっと戦闘機に乗り込んだ
しばらく計器を見つめた後に、僕に向かって
「5分でやるわっ、見てなさい!!!」
ピッチがあがった
ガタン、繋いであったコックなどは全て外れてしまった
もともとしっかりと縛り付けてあるわけでなかったし、当たり前なのだが
ペラの回転が早くなるにつれようやく車輪が回りだした、目の前には滑走路がある
この小さな森の地形を活かして、滑走路の天井には、お粗末ながら布の偽装がほどこしてある
トンネルのようになっているのだ、ゆっくりと進み出す戦闘機
木漏れ日にきらきらと輝いて、そして
パタパタパタパタ・・・・・・・・
「惣龍っ!!!!!!!!!」
力の限り叫ぶ僕の声は、
そのダイムラー・ベンツ製の液冷エンジンの音に
もみ消されて届く事は無かった、爆音をはりあげて
バイクとは全く違う速度で滑走路を駆け出す
焦って僕は夢中で彼女を追いかける、離されてなるもんか
突然にそれが現れた、僕は恐怖に悲鳴をあげる
彼女の名前という悲鳴をあげる
「アスカぁっ!!!!!!!」
彼女と僕の位置が、バイクとサイドカーでも辛いのに
蒼い空に浮かぶ君と紅い大地に立ちつくす僕
届かないよ、全てが
「なーに、ふてくされてんのよ」
惣龍が僕をこづく
がたがたと揺れるトラックの中はあまり居心地のいいモノじゃない
だけど、僕が”ふてくされてる”のはそんな所に問題があるんじゃない
「うるさいな、アスカには関係無いだろ・・・・・・・」
「ちょっと、急になれなれしくアスカとか・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・ま、いいけどね、それより・・・・・」
「なんだよ」
「・・・・・・・・・よかったじゃない、ハンモックナンバー貰えて」
戦地を移動する
僕は戦闘機に乗ることになった
零式艦上戦闘機32型
よかった?そうかもしれない
飛行機に乗れば、届かない高さじゃない
「見てろよ、アスカなんかよりたくさん落としてやるから」
だから
「ははーん、無理無理・・・・・・せいぜいグラマンに落とされないように気を付けなさ〜い♪」
届かないのは全てじゃない
「なんだよ、アスカだって慢心し・・・・・」
僕がおどける彼女に
いつもの調子で文句をつけようその言葉半ばのところで
ぴん、と彼女が僕の鼻の頭を指先で弾いた
そして、その指が綺麗だなとか思った時
鼻の頭をつままれて、彼女の唇が僕の口を塞いだ
「・・・・・・・・・・死んだら絶対、許さないんだから」
彼女の瞳は空よりもずっと蒼いんだと気付いた
僕は彼女と見つめ合ったのが初めてだと
こんな近くなんだと
耳に届くトラックのエンジン音は
とても騒々しくて、がたがたと僕を揺するけども
BMWのそれより、遙かに薄っぺらい
それくらいは、わかるようになった
☆