鬼斬り
長い道中
桜子父娘は歩みを進めている
伊勢へ寄り、諸処諸々を回り、なにやら父親の都合というか
仕事風景を見せられつつ、半月ほどかけて国への道を取っていた
「仕事のパパーわー割と、ちがぁうぅ」
「やかましい上に、中途半端に違うし、なによりも色々面倒になるから、やめろ」
娘の冷たいつっこみにもめげず、立派な父親像を見せびらかそうと必死な父親
会うまでは覚えてもいなかった娘なのに、会ってみたら随分と入れ込んでいる
この男が心中どこまで、娘のことを想っているのかはわからない、わからないが
ただ、喜ばしいとまでは感じている、それは雰囲気でわかった
山深く、渓谷や台地が連なる、複雑な地形を行く
それも少し続くと
音を立てるように、視界は天地左右に広がった
「なにこのだだっぴろい所わ」
「平野だ、あの真ん中にぽつんとあるのが我が家だ」
「丸裸のお城なの?なんでこんな不便なトコに、コンビニとかないの?」
「聞いて驚け、こいつはな隠れる所が無い場所に建ってるから攻め込まれにくいのだ」
「・・・・・・・・・嘘くさい」
しかし、実際歩いていくと
あまりに身を隠す所が無いため、不安を身に積まされる
大きな原は、背の低い草木ばかりで、砂礫(されき)が多く
殺伐とした風景を作っている、無味乾燥な形に
ただただ、蒼い空は抜群に映えている
近づくにつれ実家の姿ははっきりとしてくる、桜子は一つ気付く
「・・・・・・・垣が、城郭なの?」
「当たり前だ、防衛を一番に考えたら当然だろうが」
おとうちゃんは、誇らしげに言う
桜子は少し違うことを思った、囲いのある居住区というのは
先日無くなった、本当の故郷とよく似てる
黒い集団は飲み込まれるようにその城郭へと入った
隔絶された内側、そこは、里と思わせるほどの大きな生活が営まれている
人々は、皆がにこにことしながら
おとうちゃんの方を見ている、またバカなことをしているのかと
娘は心配するが、そうではない、ただ人気があるだけのようだ
隣を歩く桜子にも当然のように視線が飛ばされる
でも、今度こそ奇異は無い、ここの人々は本当に寛容だと伺わせるほど
瞳が温かい、桜子は驚いてばかりだ
追い出された故郷とは、まるで人間が違う、根底から性質が違う
「・・・・・・・・・」
「どうした、おとうちゃんのあまりの人気っぷりに涙か?いいぞ、泣いても、ドラマティックでおとうちゃんはそういうの好」
「口臭いから、あんまり近くで喋らないで」
泣くのはいつも、父親の方さ・・・
哀しみはひとしおだが、そんなことは関係がない
歓迎のムード漂う中、大路を歩いて城へと向かう
城は城郭を取り込むようにして、この城邑の西の端に鎮座している
外門をくぐると入り組んだ狭い通路が続く
敵の侵入を防ぐ、実に古典的な建築だ
全て、防衛を前提に作られている、守ることから始まっている
「何にやにやしてるんだ、いいことでもあったのか?」
「別に、それよか、これからどうするの?」
「おう、そうだな・・・・」
城へと近づいてきた
おとうちゃんは、意味深い顔をして前を見た
城門が開く、奥は薄暗い、中から誰か出てくる、迎え?
そのわりには、随分と鼻につく雰囲気を野放しにしてる
「・・・・・・お帰りなさいませ、国長」
「おう、留守、変わりなかったか?」
「別段」
黒い瞳の男は、無表情のまま国主に向かい
報告と連絡を行っている、その視線は全く桜子を通らない
意図的に視界から外している、生理的に嫌悪感を抱くほど
その動作は、ロコツでむかつく
しかし、それ以上に父親へと向けている視線も酷く黒い
「あたしはともかく、あんたら『も』相当仲悪いの?」
「・・・・・桜子、そういうわけじゃ」
「困るのよこれから、あたしら仲良く過ご」
「お帰りなさいませ、御長子様・・・・・・・・・宴の準備が出来ています」
びり
桜子の声は途中で遮られた
前にもそんなコトがあった気がする、不快感は拭えない
儀式は、言葉だけでたんたんと進められる
目の前の黒い瞳は、ただ仕切っていく、無味乾燥
まるで歓迎の意志なぞ持たない、やらされている感を漂わせて
無機質な声で告げていく、桜子がそんな待遇に異議を唱えぬはずもない
ばちんっ!!!!!
「っっってっ、この女っ!!!!」
「はっ、なにがこのおんなよ、ふざけんじゃないわよ、姉よ、姉、あんたの姉さんよ、ほら、かしづきなさいっ」
ぐいぃっ!!!
「ば、バカ、やめろキチガイっ、何、他人の頭無理矢理下げさせよう・・・・・・っとおしぃっ!!!」
「ふんっ、あんたが生意気だからよっ、やるつもりか?あ?」
ばさっ
鬼殺しは腕をはらった、そのまま刀に手をかける、桜子も呼応して黄金の柄を握る
そこで、初めて神殺しが割って入る、姉弟喧嘩に親が仲裁
そういう図にあたるはずだが
息子、娘、両者共に意気投合したかの如く、迷うことなく父親に斬りかかった
よっぽど仲の悪い家族の図になってる
一応、腐っても守護で国長、この男でなくては死んでいた程鋭い動きを見事止めた
つまり両者本気でバカ父を斬りつけてる、親不孝もいいところだ
「ば、バカっなんだ、お前ら、子供のくせに、お、親に楯突くな、ばかっ、ばかばかっ」
「るさいわね、バカはあんたの方じゃないの、なんでちゃんと躾てないのよ、こいつ姉に斬りかかろうとかしてんのよっ」
「・・・・・・・・っち」
「おいこら、まだ話終わってな・・・・あーもう、最低、超ムカツク、あんた何教育してきたのよっ!!」
ばちんばちんっ
「い、痛い痛いっ、っつうかお前、女房みたいな口利くな、娘らしくだな」
「うるさいわ、この甲斐性無しっ、おかあちゃんの恨みを思い知れっ、阿呆っ!!」
わけがわからないが
ぼかすかと結局父娘の喧嘩になりながら、城の中へと消えた
女中や手伝いや、ともかく城の人間は騒がしいのが来たものだと
やれやれ見守っている、どれもこれも目は優しい
知らない間に、桜子は全員にその性質を見受けられ、認められている
スムーズに浸透した、そんな感じだ、人々の寛容さだけじゃなく、桜子自身の魅力もそれを手伝ったのだろう
「面白くねぇ」
暗い息子は、鬼殺しは一つ呟いた
誰にも聞こえないように
その、桜子がすんなりととけ込んできたコトの感想
薄暗い城内は、息子の心をよく顕わしている、そんな雰囲気の男だ
「・・・・・・」
「ま、そういうわけで、俺の隠し子だ」
「どんな発表だよ、おい」
がははは
とってつけた笑い声が響く中、宴は進んでいる
宴というほどでもない、なんと形容すればよいのか難しいが
城中の人間を集めて、桜子が何者なのかを
こんこんと国長が語る、いたってシンプルな座だ
一応、名目上宴となっている為、お膳には立派な食事が乗せられている
ただ、親父の話が長いので、ちっともありつけない
「まぁ、そもそもこれのかあちゃんとのなれそめはな・・・」
「うるさいよ、もういいから、早くご飯食べよう、ごーはーんーーーっ」
「バカ野郎、お前、かあちゃんのコト聞きたいだろう、どうやって自分が作ら」
「エロいんじゃ、アホ親父っ」
けぽーん
仲の良い親子という姿が、家来の前に晒される
それでなくとも、同じ瞳の色をしているというコトが
随分と家来達の心持ちを違えているようだ
桜子は、闇の鬼に一度やられてから、琥珀瞳が常となっている
どういう作用かわからないが、見た目には色以外の違和を催していない
「ま、なんというか、とりあえず娘ですので、よろしく」
桜子が言って、当面の式は終わった
あとは、本当に食べて、呑んで終わるだけだ
その空気を読みとるや否や、桜子は目の前の膳をさらえ、父親の膳を奪い
家来の膳にまで及んだのは言うまでもない
騒ぐ中、すぐに席を立った男が居る
弟だ
当然だろう、家来達は何も言わない、彼らは彼らで色々思うところもあるのだろう
そりゃ大変な難儀だ、父親もわかっていて何も言わない、大人だから言わない
しかし子供はそういう空気を読めない
「おい、待てよ、あたしの祝いの席だっつうのに、何、いきなり帰ろうとか思ってんだ、座れおとうと」
「・・・・・・・・」
ぴしゃ、ふすまの音
聞く耳も持たずに外へと出た
「あ、あ、あ、アホかっ、おいちょっと待て、待てつ・・・!」
「いいから、ほっといてやれ」
「るさい、バカ親父っ、あのねぇっ」
「あいつも、思春期なんだよ」
「反抗期だろ、っつうか、『も』ってなによ、あと誰だよ、あんたか」
「年頃の男の子だ、女の扱いが解ってないんだ、勘弁してやれ」
「女の扱いがどうのって話、関係無いっ」
「俺も若い頃はあんなだった・・・・思い出すな、15の夜、夜の校舎、窓ガラス、叩」
「それ歌が違うっ、っつうかだから、そんな・・・・あー、もう」
つっこみを入れる桜子というステキな生き物が降臨する中
結局宴は終始、和やかな雰囲気で過ぎた
終わってから、与えられた部屋へと移り、倒れるように寝込む桜子
長旅の疲れもある、夜は深い、眠る頭のどこかで、何かを忘れようと躍起になってる
なんだったかな・・・・もう、忘れたな・・・・・
泣いたりなんかは、してない、けど、もの悲しいことだけは確かだった
翌朝
「・・・・・・・・・なにこれ」
「新しい服ですよ、正式に本日、城外の人々にもお知らせになるのです」
「何を」
「あなたが、世継ぎに即位なさることですよ」
「即位って単語がおかしいというか・・・・・・・よつぎ?誰が」
「ですから、桜子様が」
「桜子様がー、世継ぎとしてー、即位なさるー、式?」
「そうです、さ、お着替えください」
・・・・・・・・・。
話がおかしい
桜子がようやく違和感に辿り着いた、おかしい
なぜ、ただ美味しい物が食べられそうだし、なんか偉くなれそうな雰囲気だったのは解る
解ったから、へいこらくっついてきて、実際昨日は美味しい物食べたし、偉い雰囲気だった
だけど、なに、世継ぎ?なんで、弟居るじゃない、後から来たあたしがその地位獲ったら怒るじゃない
っつうか
「あたしなら、コロシテも飽き足らないわね」
「なにか、物騒な独り言?」
「や、・・・・それよか、変わった服ね」
「礼服ですからね」
「礼服っつうか、色遣いおかしくない?紫と、銀て・・・・・」
「言われてみれば確かにそうですね、女性の即位着なんて初めて見ますから、よく知らないのですが」
「なんだかなぁ」
ぐいー、見てみるにつけて
紫の衣と銀の飾り付け、派手というか渋いというか、趣味が悪い
不思議な装束が置いてある、桜子は手にとってじぃっと観察する
付けられた女中もそれを見ている
「なんか、センスのカケラも感じないわね」
「そうですね、でも、紫は高貴を表しますし、銀は女性の清楚の象徴ですからねぇ」
「そういうもんか」
「そうですよ、ほら、なんというか、女の人のお葬式って、たいていこの色で飾るじゃないですか♪」
「縁起の悪いこと言わないで、まったく」
悪い冗談を笑いながら
とりあえず袖は通しておく、式の前に一度おとうちゃんにちゃんと言っておかないといけない
というか、もう、なんだか面倒だな、朝御飯はまだか、起き抜けのせいか脳が整理されてない
鏡の前で自分を写す、そして着替えていく、自分の顔、とりわけ瞳を見つめる
「この黄色い目と合うわね、意外と」
「そうですね」
「しかし、なんでこんなに黄色くなったのかな・・・前まで普通だったのに」
「?・・・琥珀瞳じゃないですか、お父上であるお館様もそうでしょう」
「琥珀瞳か、猫又さんが言ってたか、どうだったかな」
「ご存知でないのですか?代々受け継がれる、その、梟の瞳」
「ふくろう?初耳」
「あらあら、一族は梟の系ですよ」
「は?え?猛禽類・・・・なにが、いや、何をおかしなこと・・・」
「昔から言い伝えられているそうです、梟が守護神で、なんとかかんとかって、夜目も利くんだそうですね、羨ましい」
・・・・・・。
あたしゃ夜目なんざ利かないわよ、っつうか、息子の目はびっくりするくらい黒いじゃない
疑問を二つほど抱いたが、ここでは聞かないことにした、なんとなく嫌な予感を感じ取った
聞いてはいけないことは、知らないにこしたことはない
桜子は賢い、無駄なことを知って苦しむという戯れ事に興じない
というか、あたしは人間ではないのか、どうなんだ
思ったが、それも思っただけで留めておく、ぐるりと見回し、自分を顧みるにつき、人間でしかない
首がもげて治ったり、シッポが生えてきたり、鬼をでこぴんで殺したりしてないし、できない
よし、あたしはあの辺の変態とは違う
「ま、とりあえず着るけど、おとうちゃんと話がしたいわ」
「今から朝御飯ですから、その時にでも」
「そう、ありがとう」
するり、とりあえず召し上げ
廊下に足を降ろす、お手伝いの女中と
細かく笑い話をしながら、そこを行く、朝御飯は昨夜の宴の席だ
「夜目か・・・・本当だ、暗い所でも目が見えるようになってる」
桜子が、暗い廊下で一つ言った
女中は不思議そうな顔でそれを聞いて
相づちを打つ
「ところで、この服用意したのは誰なの」
「え、・・・・弟君様ですが・・・・なにか」
「そう」
女中は暗がりで目が利かない
桜子は暗がりで目が利く
会話と単語と一つずつ結びつける
「葬式衣装とは、本当、よく言ったものね」
「?桜子様?」
暗がりに動く影
桜子はなぜか、心の中で良夫を呼んだ
次に、おなかすいた、朝御飯なにかな
そうも思った、忙しい朝、そう感じた
琥珀瞳が輝く、慌ただしい朝、まったく面白くないな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ざ、ざ、ざ、ざ
赤い一行、一団はじっくりと京を目指して進軍を開始している
方々でその戦火が、火種が爆ぜて、昨日と全く異なる世の中となった
良夫と猫又は、本隊に属し、大将である衣夢と同行している
率いる人数は500、8人の従者も全てここに居る
戦略上、力が集中するのは賢いとは言えないが、だからこその一点集中配置だと
よくわからない説明がされた
良夫には、そんなことは関係がない、黙ってついていくのみだ
「そろそろ日が暮れます、このあたりで野営をいたしましょう衣夢様」
「わかりました、お願いしますよ」
衣夢が言うと、従者は細かく指示を渡し
設営へと取りかかった、猫又と良夫も自分たちの宿を作る
こういう作業は、手慣れているのか猫又が随分と上手くやる
「大したもんだな、本当」
「生業にしてましたからね、それよか、良夫さんは屋根とか無い方がいいですか?」
「いや、人らしい生活をするさ、混じってんだからな」
良夫は苦笑混じりに答える、猫又はさもあらんとてきぱき仕事をこなす
二人、この集団に居ると息苦しさを感じてやまない
自分たちに向けられる奇異が、苦痛を伴う
仕方がないことなのだが、久しく離れていた、いや、桜子に遮断されていたおかげで
この手のストレス耐性が弱っているらしい
「しかし、参るな」
「ですね」
早々に組み上げると、中にひきこもった
進軍開始から三日、順調に北上してきた、間もなく第一目標に入る
作戦の詳細は知らないが、当面の眼目はわかっている
黒の軍の根城を叩く、今、そこへと向かっている
いくつかの攻城兵器を携えて、戦意は向上の一途だ
だが、来る途中に、何人か、何十人かは死んだ、その倍は殺してきた、戦の渦中に居る
こん
「・・・・衣夢」
「すいませんね、入れて頂いてよろしいですか?」
「どうぞ、衣夢様、このような所にわざわざ・・・・呼んで頂けたらすぐにでも」
「いや、離れたい時もあるんですよ・・・・それに、私がここに来るだけで、幾分かは楽になって頂けるはずだ」
頭の良い答えが帰ってくる
誰も盗み聞きをしようとは思わないだろうが
見ていた物は必ず気にしている、それを仲間内に話す、充満する
それだけで、奇異の目は幾分か和らぐだろう、奇異には違いないが負では無くなる
衣夢と近しいだけで、楽になる、彼はそう言った
「あなた方お二人の目的は私もわかっています」
「・・・・・・・それを、止めに?」
「いや、そうじゃないです、逆というか・・・・・・申し訳がないと、謝りに来たのですよ」
仏は静かに語り始めた
二匹はじっと耳を傾ける、傾けるほどに自分たちが酷く小さいと解る
目の前に、仏を置いて、初めてそれを知る、いや、改めて自覚をする
それだけの人物であり、器だが、話の仔細は弱々しいものだった
「情けない話・・・・・私は、今でこそ仏になりましたが、所詮は人間です、たかが知れています」
「何を急に・・・・」
「弱気になられてはいけませんよ、衣夢様」
「そう、私は弱気になってはいけない、わかってます、ありがとう猫又さん」
寂しそうな顔が笑う
「お二方なら思っておられるだろうと、問う、わけでもないですが、訊ねたく」
「回りくどい、なんだよ」
「私を酷いペテンだとお思いじゃないですか?」
「ペテン・・・そのような」
「人を救う、救世を唱えながら、目前の死を止められず遂行させ続けている、まったく、非道」
衣夢は、沈痛な面もちで語り続けた、曰く
人の生き死にを左右することはできない、正直、世を糺すということもわからない
目指したい世の中は確固としてある、だが、それを具現化するのに人が苦しむ
どれほどの矛盾を抱えるのか、犠牲を払ってまでそれを遂行し続けるのか
異端を認め全てを平等とする為、争わなくてはならない苦しみ
その呵みが酷く心をいたぶる、わかってもなお続ける勇気と忍耐
仏とは、随分辛気くさい生き物だ
そんな愚痴だった、二匹は遠ざけることはできない、共感することも禁じた
二匹はわかる、その気持ち、かけられる想いが縛り付ける鎖となる様
人間のかける期待は重い、奇特を虐げる時と同じ重さを持っている
人間はそれだけの苦痛を、平気で相手に与える、与えた上でそれを叶えぬものに
更に重いものを背負わせる、忌み嫌われる鬼や妖怪にかける負よりも
むしろ、持ち上げられるという方法での枷は、ずっとずっと重く避け難く、身を切られるのだろう
「・・・・・・衣夢」
「すみません、このような話は・・・・聞いて頂きたかっただけです、それだけで済まないと
わかっていても、どうしても・・・・・弱い為、申し訳ありません、何より、巻き込むこととなってしまい」
「それについては、利害が一致しておりますから、そこまでお気になさらずとも・・・」
猫又はかばう
良夫は黙る
二匹とも、身体に赤い布はつけたままだ
仲間の証、衣夢を信じるという救いの手だけはしかと持っている
「ありがとうございます・・・・・、利害と申されましたが、明日、くだんの城へと到着いたします、中に桜子さんも居るはず」
ぴり、空気が詰まった
衣夢の弱さは消え失せた
「あなた方は、桜子さんをお救いなさるのが目的でありましょう」
「・・・・・・ああ、そうだ」
「・・・そうです」
「大丈夫、裏切られたなんて想いませんし、止めようともしませんよ・・・・ただお願いを、一つ」
「なにか」
「明日、私と従者は京を先に目指します」
「??・・・・城は?」
「あなた方お二人にお願いいたします、当然兵もお預けいたします」
「そいつぁ、・・・・・」
「そして、その後、桜子さんをお救いになった後、どうされても構いません」
衣夢は凛々しい顔つきで続けた
どういうつもりか、作戦上とも考えられるが
兵を全て預けるという行為は無謀そのものだ
「そのような・・・・どうして」
「状況は一刻を争います、長引くほど苦しむ人は増え続ける、都は、帝は私たちが諫めます」
「・・・・・・・・・」
「都合の良いことを言っています、解っていてお願いいたします、その後のコトはどうしようとなど
取引の対象となるわけがないのも承知の上です・・・・・それでも・・・」
「いい、言うな、心得た、謝るな」
「はい、それ以上は・・・・大丈夫です」
二匹は落ちよう、降りようとする衣夢を止めた
見てられない、そこまで想うほど酷いものだ
衣夢の願いは、自分たち二匹を囮(おとり)とし、使い棄てるという作戦を強いることだ
酷い?それは違う、そう思った、そうしなくては前に進めない、心の鎖が衣夢に何重と絡む行為
衣夢からしめている何かを根底から潰してしまうような姿、それを願うことで苦しむ衣夢の姿は
哀れを催す、だから止めてしまった、しかし止められることでも、衣夢はまた別の鎖を身につける
仏とは、まったく割に合わない商売だ
歪んでやがる、何もかもが、人間の世の中は、とかく、生き難い
「明日、俺達が進言する、あんたはそのまま大将として過ごせばいいさ」
「そうですよ、私たちは本当に桜子さんを助けるのが何よりも大切なんですから、今、これは私たちが思いつきました」
二匹はそう言って、突き放した
言葉が悪いが、それは優しさだ、衣夢は賢い
仏になるほど心は洗われている、だから
この気遣いの機微も当然わかる
気遣われることで、いくらか重石を乗せることとなるかもしれないが
衣夢の描くとおりに、彼らは動くと承諾したのだ
苦しみは増すが、苦しむことで先へと進める
静かに頭を下げて、衣夢は戻っていく、背中は酷く小さい、あんなに大きな器なのに草臥(くたび)れている
営の中で二匹は言葉を交わさなかった、思うことはあったがお互い言わない、言う意味がない
夜は更けた、静かに眠った
良夫
「?」
「どうしたの良夫さん」
「いや、空耳が」
「懐かしいな・・・まだやってるのかな、Tシャツ欲しかったよね」
そういうことじゃない、っつうか歳ばれるからやめろ(ぉぃ
良夫の耳に声が届いた
その朝、約束通り二匹と衣夢達は別れた
森から見る目標、城はぽつりと建っている
まるで隙がない、だだっ広い真ん中だから、近づけば矢の餌食だ、500の兵は犬死にする
「どうする?良夫さん」
「ま、なんとかなるさ・・・・・それよか」
ぐい、ぐい、ぐい
軽く身体をほぐす、良夫が準備を整える
がしがしと何度か馬のように足をならした
鬼の目には見えている、前方、林の影に敵影
「先に掃除が必要だ」
ざぁっ、良夫が駆け出した
猫又は見守りながらも兵をまとめる、そして良夫より随分遅れて
その方向へと歩み始める、猫又達が7歩歩く
その間に、良夫は7本の木を横目に数えた
木は規則正しく植わっている、距離を測るには最適だ
良夫は数えていく、あと5本で飛ぶ、助走と目標までの距離が一致する
「・・・・・・・・・3・・・・・・2・・・・・・・・・1・・・・・っ」
どあっ
身を投げ出す、大きく弧を描き、谷間へと姿を落とした
猫又達は12歩進んだ
ばりばりばさばさばさっ
木々が散る音がして、良夫が地面をふみつける
わぁっ、どよめきがあがった、声の中心を良夫は踏みしめている
「そんな、いきなり・・・・・て、敵襲っ、迎えろっ」
「おーっ!」
号が上がる、数は30程度
しかも黒の奴らじゃない、ってことはだ
「敵じゃねぇな、怪我したくなかったら、すっこんでなっ!!!!!」
ぐおあん
さくらから譲られた金棒を振り回す
一振りで3人は動かなくなる、10回振ったら、全てが済む
10回振るころには、猫又達はここに着く
「流石、仕事早いね」
「まだまだ、これからだぜ」
ぐばん
良夫が大きな岩を持ち上げる
そして瞬く間にそれを平野に向けて投げ放つ
どぉんっ、どぉんっ、どぉんっ・・・・・5度音は鳴った
5つの岩が、矢を防ぐ盾が、城までの間にできた
「ちょろいもんだぜ、さ、始めようか」
どぉぉおおおっ
声を上げる、二匹に連れられ兵は走り出す
いくつかの攻城兵器が走り込んでいく
いくらかの矢が飛んでくる
岩間に隠れつつ、機会をうかがい、城を攻める
城を攻めるには倍の兵力がいると孫子は言ってる
だが、与えられている兵力は、半分とない、じゃぁ、どうなる
考えるだけ無駄、ただ前へ、桜子が待ってる
桜子が待ってるんだ
戦が始まる、晴天が続く、蒼い空はずっと高いままだった