鬼斬り
闇の鬼はこの祠に来るまで
なんともいえない高揚感を抱いていた
もう本当の目的、怒りの諸権化なぞ忘れてしまい、ただ
以前、あの巫女を喰った瞬間の快楽
それだけを貪るために、ここまで来た
その後に続いた、耐え難いまでの苦痛、制御できない自分という姿を晒し
文字通り豚のようにして生きてきたというのに
もう一度それを繰り返しても構わない
そう思うほど、巫女を喰らうことを欲してここまできた
何もかもを忘れてしまっている
闇の鬼は本来、何をどうして巫女を喰うに至ったのか
どんな理由だったのか、解らない
少し前に誰かが闇の鬼に呟いた
巫女はもう一人居る、もう一度浸りたいだろう?あの悦楽に・・・
ささやきは当然のようにして
ぶくぶくと太り醜くひしゃげた闇の鬼を里へと走らせしめた
今は、その高揚感を失いつつある
巫女の気配が消えた、追いかけたいが邪魔な物がある
喪失感に相応しい
目的そのものは忘れ、その物体すらも居なくなった
何しに、どうして、何の為に
何一つ生きる手がかりを失った、だが
目の前の琥珀の女を見る、見るにつけ乏しい何かがうずいていくのがわかる
巫女だ、あの時の巫女がおる
宮司の作戦は間違いではなかった
この鬼にホンモノの巫女を判別するだけの知能が残っていない
桜子を巫女と信じた
実際その血を引くのだから、それは間違いじゃない、いやそれどころか・・・
闇の鬼はもう何も知らない
己の存在理由をすっかり置いてきてしまった
あまりのヨさに、全てをトばしてしまった
哀れ
でもない、耐え難いほどの怒りを抱き続けるより、それすら忘れるような
凄まじい快感を覚えたのは、むしろ救いだ
闇の鬼は脳の縁まで腐りただれている
考えることはできない、答えることもできない
自分が何者かわからない、そんな奴に
目の前の鬼が何者なのか、わかるわけがない
「ぶはぁっ!!!!!!」
良夫が唾を跳ばして大きく息をはいた
腹が、がぼがぼと揺れて止まらない
もう両腕の感覚は無いに等しいらしい
ありったけの剛力をここまで費やしてきた
良夫は不思議と桜子の考えが解っていた、あくまで自分は時間稼ぎが目的
だからこそ、ここまでくだらない相撲にうつつを抜かしてきた
「がはぁっ、がはぁっ・・・・・・・」
ぐい、もろ差しで頭をつける
新鮮な空気を取り込み、凄まじい勢いで吐き出す
疲労困憊、闇の鬼の方はそこまでの消耗が無い
だが、随分と大人しくなった、それなりの浪費はあったと見るべきだろう
「良夫、ごくろうさん」
「うるへー・・・・・この代償ぁ、高価(たか)いぜぇ・・・?」
「まともに喋られるようになってから」
つたっ
桜子が一太刀をまず見せる、振りかぶり飛びかかる
「言いなっ!!!!!」
すぅんっ
鋭利、涼やかな音は水を彷彿させる
波紋がゆらりと水面に立つように、その蒼き刀身は光を放った
鬼は二匹とも桜子の身長を2倍にしても足らないほど大きい
しかし、それ以上に刃は長い、実際は抜き身で3尺を越えるほどのはず
蒼い刀身が振りかぶる度に伸びる、生きているかのように伸縮を繰り返す
妖刀か、神刀か、いずれにせよただの刀ではない
「ってっ、危ねぇっ!!!!俺に当たるだろうがっ!!!」
シュンッ!!!
「ち」
「何舌打ちして・・・・・・ああ、くそっ!!!」
ごぁんっ
言ってる間に、また次の攻撃に移る
「お前はでかいくせに動きだけはいいわね、疲れたなんて嘘だね?」
「てめぇ、本当に、本気で俺を殺す気なのか、頼む教え」
「無駄口叩く暇ないっ、さぁ、行くわよ、というか、イケっ、良夫っ!!!」
どげしっ
桜子が蹴り上げると、力無く良夫が前に出る
もう脊髄反射で動いているのか、闇の鬼はそこへ
単調な攻撃を繰り出してきた
ぐあんっ!!!!!拳は十字にブロックする、それでも重たさは伝わる、防いでも顔が歪む痛み
豚のように太っていたのは、少し前までの話だ
今はそれを消化して、実に美しい体つきをしている
ただ、脳の大半は壊れたままらしい、良夫はそれを身体で感じる、攻撃に意志が挟まれない現状が語る
「しっ、しぃっはっ!!!!」
良夫が掌打を何度か混ぜる、そして突如背面蹴りを見せる
ぼんっ、蹴鞠のように闇の鬼が浮いた、絶妙の瞬間を捕らえた
それでも浮いた状態から、闇の鬼は器用に反撃を繰り出す
武術の全てを嘗め尽くしたように、その流動は神の域を覗き始めている
地に足がなくとも重心を失うことがない、呆れるほどの体術の妙
バカ強い
相変わらず良夫はそればかり思う
良夫の馬鹿力だけでは太刀打ちができないほど
この鬼は強くなってしまった
この鬼が強くなりたがっていたことを思い出す
この鬼の怒りの理由を思い出す
心内に声が響く
畜生、度し難い、しとね、えにし、ゆかり
「因果っ」
ぶぉんっ!!!!
仏教用語を突然叫んで、良夫が大筒をかました
不意打ちぎみに水月を撃ち抜いたが、その程度びくともしない
それどころか撃ち抜いた腕を握られ、ぐあらんっと大きく振り投げられた
叩きつけられる感触、内蔵から何か沸き上がる、だけども不思議と苦痛は遠のいている
良夫の内側からふつふつと力が涌き始めた、沸騰するように何かが迫る
唐突だ、良夫の内蔵のどれかが爆発した
内蔵じゃない、こころ、それが爆発した、起爆剤はなんだ?
俺はどうしてこんなに怒ってる
夜狂いが、じくじくと、目の前の鬼を見て、じくじくと
怒りを思い出している、じくじくと、明確な形ではないが体中を熱くしている、じくじくと
じくじくと、共鳴する記憶と怒り、じくじくと、じくじくと、闇の鬼との出会い、じくじくと、じくじくと、じくじくと
ぐるるぃぃぃぃぃいいいっっっ
良夫の声が、息づかいが獣の様相を帯びてくる
ふすふす、やかんの音がする、熱湯が沸き上がる、あの音がする
戸惑いはなくなった、憤怒だけが昇ってきた
目の前の鬼の姿を見ていると、その背後にある関係をひもとくにつれて
怒りの引き金が絞られる、ゲキテツが起きる、そんな絵が浮かぶ
ぐ、お、ん、っ
目に留まらない、ずばぁっ!!!!!水しぶきが上がったか
もしくは、巨大な水風船が叩きつけられたような、液体が破裂する音がした
良夫の一撃は雷(いかづち)を奔らせた、闇の鬼の肩口が消えてなくなっている
流石の鬼も、その一撃には大きく揺らいだ、良夫がほくそ笑む、怒りはなおも収まらない
コロスっっっ!!!!!!
「よしおっ、下品っ鼻息っ!!!!!!」
「っ!」
ふい、良夫のそれが去った
その刹那に桜子が闇の鬼に斬りかかっている
闇の鬼は巧みにそれをかわす、目の前の女をエサとしてだけ捕らえ
近寄るのを幸いに、あれこれと手を伸ばしている
傷口からはまたも、大量の桜が散り荒び、あっという間に塞いでしまった
桜子必死で逃げる、桜に紛れて逃げまどう、叫んで走って悲鳴をあげる
「た、たすけてっ!!!いやーーーーっ、ち、痴漢ぽい、痴漢ぽいわっ、やめて、マジで、やめてっ!!!」
桜子を壊さないで捕らえようとしているから
闇の鬼の姿は、言うように痴漢に似てないこともない
追われる少女は、良夫の方向へと奔ってくる、にたにた笑いながら近づいてくる
合図を送ってくる、わかってるよ、誘ってるんだ、闇の鬼はイチモクサンに近づいてくる、3,2,1
「くたばれっ、大筒っ!!!!!!」
ばごぉっ!!!!!
「そんでもって、追い打ちっ!!!!」
良夫のカウンターが決まった所、まだ後ろへの加速が終わらない内に
桜子が振り返って刀を打ち下ろした、峰打ち、棟で殴りつけた、斬撃じゃない
ずあっ!!!波が立った、青海波、そんな単語が似合う
青白い光が間欠泉のように吹き上がった
手応えを両者が覚える、やったっ、確実な一手
闇の鬼は2度撥ねて、なお転がって壁際まで、身体を衝撃にひきずられた
そのまま動かない、気絶(おち)た
傷は塞げても気がトべば黙る、耐えられない程の衝撃を与えればよかったのだ
「よっしゃ、良夫っ!!」
「おうよ、桜子っ!」
ハイタッチの仕草、良夫が慌ててそれにあわせて
手を差し出す、手を避けて脈絡なく桜子が殴る(ぉぃ
最後まで、息ぴったり(・・・・。)
「つうか、良夫さっき、なに鼻息荒げてたの」
「あ、いや・・・・」
「いくつも聞きたいことがあるわ、あんたさ、この鬼とあたしのこと知」
空気が褪(さ)めた
「・・・・・・・・・・・・・・・・・申し合わせみたいだな」
永久(とこしえ)
「・・・・・・・・・・・・・・・・おとうちゃん」
久遠(くおん)
「おうおう、派手にやりやがったな、しかし」
冷えて、凍えて、寒くて仕方ない
「また会ったな鬼くれ、無事お使い果たしたな、娘と俺ぁご対面だ」
喜色満面で喋りかける気さくなおっさん
「猫又をどうした・・・」
良夫が敵意を精一杯向ける
返答次第で開始の合図と取る
桜子の手前とか言ってられない、そこまで気を張った、張らされた
「あ?表でうちの部下散々にしてくれてるみたいだな」
「みたい?」
「ふふんっ、俺ぁ残念だが、森で迷子になって、なんか知らんが今ここに直接唐突に辿り着いたのだ、参ったか」
「おとうちゃん、見かけ通りにバカなんだから・・・」
「父をバカ呼ばわりするな、この親不孝娘っ!!!」
「うるさい甲斐性無し、おかあちゃんに愛想尽かされたくせに」
「な、なにをっ」
「だいたい、あんたのせいであたしとおかあちゃんがどんだけ苦労したか・・・・覚えろっ、このバカ男っ!!」
「うぎぃっ」
親父がクソほど口惜しそうに口げんかで負ける
本当のバカだ、急激に空気は安穏となる
良夫は不安を覚える、こんなバカな話をしているのに
どうして来た瞬間、あんなにも凍てついた
バカを言い続けるバカは、やっぱりバカにしか見えない、もう、バカでバカで仕方ない
だって鼻毛とか出てるもん、どっかで転んだらしくケツがドロだらけで目も当てられないもん、娘に口げんかで負けて半泣きだもん
良夫の思考が壊滅するほど
桜子の親父はバカ面をさらしている
そのバカ親父、娘が可愛いのか顔だけ笑っている
顔だけ、目は二人を見ていない
「ま、遊んでやりたいが、仕事をとりあえず終わらせてからだな」
「ああ?鬼ならもう」
どぐん
「!!!うそっ起きた」
どぐんっ、どぐんっ、どぐんっ
激しい音が聞こえる、心臓が今一度動き出した
いやさっきから動いていた、急に、先の何百倍もの速さと大きさで、心臓が打ちだした
鬼がむくりと起きあがる、顔はまさに悪鬼、怒りにまみれてことさら赤く美しい
「お・に・ご・ろ・しぃぃぃぃいいいいいいいいいっっっっ」
「しゃ、喋りやがった」
良夫が驚く、闇の鬼の瞳は比べ物にならないほど判然としている
見たことのある、懐かしいとすら思うほど
闇の鬼の姿、形、性質が戻った、長く伸びた髪は長尺の針の束
鉄線が折り重なるように、がしゃがしゃと鋼色で多量
瞳はぎろりと大きく、口は裂けるほど、姿形は人型だが、灰色の体色は蠢いて生き生きとしている
「お・お・お・おっっっっ、コロシてっ、残らず食いちぎってっ、二度と孵らぬよう冥府へ引き回シテッ」
がおん、台詞はガラガラとした声の中、微かに聞き取れた
間一髪で桜子と良夫はその場を逃れた
台詞の通りその場は喰い破られ、冥府の臭いを放っている、闇が立ちこめる
ずだん、がんがんがんっ、壁に足跡だけが刻まれていく、足跡は天井に向かい勢いと大きさを増している
無作為にところかまわず足跡だけが走り回る
社の柱、壁、天井に足跡が涌き溢れる
足跡は奴の軌跡だが、縦横無尽に花でも咲くように増え続ける
奴は黒い男を見て思い出したんだ、怒りは忘れられるほど弱くなかったんだ
圧倒的な力、奴は成就するかもしれない、未だ成就した鬼を良夫は見たことがない
怒りは鬼を形作る命、それがもし晴らされたのならば、どうなるのか
【人間に戻れるのか】、良夫が怒りを封じてから一心に願ったそれは、叶うのか
晴れれば、どんなに、どれほど、心持ちが軽く、解き放たれるのか、重石ははずれるのか
まだ人間だった頃に身体が大きい、見た目が異なるという理由だけで、
生活と家族と人としての尊厳をたちどころに奪われた、理不尽に突然、鬼と決めつけられ罵られた
された後、本当の鬼となった、なるしか無い、なって力を手中に、奴を殺す必要がある、力が欲しい
目の前の強奪者を殺せば、闇の鬼に巻き付いた重い鎖は断ち切られる
闇の鬼の慟哭が木霊する、言霊が黒い煙となり鬼をとりまく、赤く光る怒りが黒い男に届く
闇の鬼は、この男を殺すために鬼となった
「あー、もう、うるせえよ」
べぢんっ!!!!!!
炸裂音がした、
その前後で黒い男のだるそうな声だけ聞こえた
一瞬、一撃、一発
「・・・・・・・・おとうちゃん、今・・・で、でこぴん?」
「後学の為にお前らに教えてやろう、噛ませ犬という言葉を知っているか?」
「噛ま・・・・え?」
「前振りの長い奴ほど噛ませ犬の確率が高い、上質な噛ませ犬を作れば作るほど噛む奴を強く見せる
だから、噛む奴は、噛ませ犬を、実にシンプルに葬り去る必要がある、わかるか?」
懇切丁寧に黒い男は語る、文献からの引用なのだろう、説明口調が様になっている
ちなみに、デコピンのフィニッシュモーションのままでだ
具体的に描写すると、親指だけ曲げていて、中指で弾いた後の姿だ、右手を伸ばして左手は腰
「どんなに強い奴が出てきても最終的には、最強の奴がシンプルにそいつを殺す、オーガは板垣にデコピンで殺られるってことだ」
ようやくフィニッシュモーションを解いた
静かに桜子の方へと向き直る、ちなみにオーガや板垣については深く追求してはならない
「最強のための前座だ、茶番だよ、お前らとこの死骸のお話は」
良夫は声も出ない、とんだ道化じゃないか
冗談のようだが、デコピンで鬼が死んだ、殺された
今の今まで斬っても殴ってもねじっても死ななかった鬼が
おっさんのデコピン一撃で、脳髄を吹き飛ばされ、一面にどす黒い池を作った
派手に散らばった肉片は、怒りの熱に堪えかねて、ぐすぐすとくすぶり灰になっていく
桜の花びらはとめどなく溢れているが、原形を留めないそれは薄紅の花弁を薄汚くするだけ
おぞましい殺害現場が、一発のデコピンで造り上げられた
ていうか、ここ何話分かの時間と行数を返せバカ野郎(ぉぃ
「さて、だ」
黒い男は桜子を静かに見つめる
桜子は言葉を選ぶ、ここは真剣だボケている暇はない、行数もない
手短に話を進める
「お前らがいくら手向かっても無駄だってのはわかったな」
「・・・・・・」
「で、俺がここに来た理由を教えてやろう、一つに、お前のかあちゃんの仇を取ること」
「かたき・・・・・」
「そりゃそうだ、あの女は俺の女だったんだ、当然だ、それともう一つは、お前を連れて帰ること」
ぎゅ、待つのよ、お待ち、ウェイト ア ミニッツ
良夫の袖を掴んで、桜子が制止する
父親の瞳をじっと見つめる、同じ色の瞳をしている
狙った獲物は、どうしても手に入れる、決意と意志が瞳から読める
「とりひきよ、おとうちゃん」
「聞こうか?」
「鬼はまぁ、あたしの手助けのおかげですっかりああなったわ、んで、後はあたしがついていけば丸く収まるのよね?」
「まぁ、そうかな」
「じゃぁ、約束して、あたしがついていくから、良夫と猫又さんには手を出さないで、それと逃げた村人に手を出さないで」
「・・・・・・・・・・・・・」
「呑めないなら、あれよ、決裂、あたしは凄い勢いで逃げるし、おとうちゃんがバカだって言い触れるわよ」
桜子が言い放つ
いつもの通り、わけのわからない自信から優位性を強調する
バカな男は、一つ考えてから、触れ回られることの恐ろしさを悟ったらしく
酷く困った顔になった、なんて単純なんだ
「そ、そ、それは、こ、困るし、なんていうか、おい、もう少し・・・」
「お黙りっ、でないと、もう今にでも凄い大きな声で、おとうちゃんが森で迷子になったってわめき散らすわ
ああ、瞼の裏に見えるわ、嘲り笑うおとうちゃんの手下達が、ああ、そのせいでおとうちゃんは没落するわね
気の毒に、本当に気の毒に、ほらほら、泣かないで、おとうちゃん、全て、因果応報よっ」
朗々と唱える桜子の横顔は迫真そのものだ
というか、高山でも同じことして、老人を脅していた気がする
得意技なのかもしれない、良夫は黙ってそれを見守る
一応雰囲気出すために、神妙な顔つきでうつむいておく、時折うなずくのを忘れない
おっさんはいよいよ、蒼白になる
「ああ、わ、わかった、わかった、俺が悪かった、約束する邑の人間には手を出さないし、そいつらの安全も約束する」
折れた、落ちた、弱い、脆い
また半泣きになってるあたり、本当は弱い人間なのかもしれない
良夫は少し気の毒がる、桜子はしてやったりの顔をしている
なんだか、この小娘の方が悪者に見えて仕方ない
いや、もともと相手もこいつも悪者じゃないんじゃ・・・
あれ、何か忘れてる?良夫が澱む、大事なところに触れる、だが今ひとつ足らない
なんかおかしくないか?
「・・・・・・じゃぁ、良夫、お別れよ」
「ぇ」
「そういう約束だもの、悪かったわね今まで、餞別というか雇い賃は、ほら、あのお堂にあるよ」
「ぇ・・・ぁ・・・そ、そうか・・・・・・」
「達者でね、さ、早く行けよ、ウジ虫野郎、いつも遅いんだよ動きがっ」
桜子が苛立つ
バカ言葉で繕って、飾っているが本心は焦っている
桜子ですら気取れるほど、殺気が満ちてきている
猫又が漏らした客が、既に回りを取り囲んでいるのがわかる
いずれも手練れなのだろう、猫又の安否も実際のところ危うい
良夫を生かしてやる為には、一刻の猶予も無い
しかし、利にさとい桜子が、どうしてそこまで良夫を・・・・・もしや
「お前、俺に惚れ」
「おとうちゃん、さっきの話さ、別にこいつー」
「嘘です、冗談でした、たちの悪いおふざけでしたっ!!!というか、お世話になりましたっ」
どだっ
言って噂のお堂の方へと行く、報酬を受け取るわけじゃない
報酬はお堂じゃない、宝物庫にあるんだ
お堂は抜け道だ、桜子にしては驚くほど機転が効いてる
まんまと逃げおおせる、大丈夫、ありがたい、そうさ、もともと雇い主と雇われ浪人だ
それに娘がただ、父親の元へと帰っただけだ、なんの問題があるだろうか
元々人間と関わるなんぞ自分の本筋からそれる、人間なんてクソ喰らえだ
これを機にまた、昔のようにひっそり一人で暮らすのが最上、私情なんぞ
何も挟む必要は無い
とん、宙に跳び上がるよう
お堂の闇へと身体を隠した、少し先に灯りが見える
いや、明かりだ、夜が明け始めてる
外へ、何もかもから逃げ出して、目を背けて、帰ることはない
還ることは、無い
ふあ、浮くような感じで表に飛び出した
眩い光が目を射す、輝きは一等美しい、優しいぬくもりを感じる
朝日は何もかものハジマリを示す
「?」
外はまばゆい、確かに輝きが辺りを照らしている
だが、どうだろうか、力強い影がそこかしこに落ちて
朝とは違う、影が落ちてるんじゃない
照らされていない所があるんだ、闇の上に光が重ねられている
「まだ、夜は明けてねぇ・・・・・・・・じゃ、あらぁ・・・・・」
良夫の前、ずっと奥、いや意外と近いのかもしれない
輝く柱が、堂々と闇を照らしている
神々しい光は、辺りの廃墟を一等、麗しい物へと移し替えている
眩い光はさらに煌めきを増していく、温かさと心地よさを覚える
光は大きくなる、育つように、山全体から浮き上がるように
そして、里と山とを照らし、浮かび上がらせる
「か・・・・・・・・・・・・・神が、降りたのか?」
ぴん、違和感の居所を突き止めた、ひらめいたように反芻する、黒い男の台詞
『・・・俺が悪かった、約束する邑の【人間】には手を出さない・・・』
「野郎、ハナからこうなるコト知ってて・・・・・・だが、神を相手に?巻き添えが、桜子、さくらこっ!!」
ずあっ、すぐに振り返る
だが、それとは別の方向のベクトルが良夫の身体をさらった
一瞬何が起こったかわからない、凄いスピードで移動させられている
何かに抱えられている、なんだ、誰だ、離せ、俺は桜子を
「子音よ、今暫く我慢しろ、今のお前が戻っても何一つ解決にならん」
「!?てめぇ、衣夢の従者っ、なんでこんなとこ・・・・・おいっ、離せ、桜子を助け」
「あの娘ならとりあえずは大丈夫だ、あの男はおそらく、神すら殺す」
「な、じゃ、というか、なぜ俺を」
「お前だけじゃない、猫又もさきほど救い出した、お前達は私たちの下へ来い、今、無駄に死ぬことはない」
「話が解らねぇっ、何云って、何が起きて、なんだよっ」
「直に解る、今は黙ってついてこい、巻き添えを喰らう前に、ここを離れて、衣夢様の下で機会を伺うのだ」
「機会だ・・?」
「そうだ、今は待つ時だ」
どだどだどだどだどだ
馬だった、駿馬が駆けていく
従者と良夫を乗せて、なおスピードは弛むことなく
まだ明けない夜を駆けていく、光から遠のく、桜子から遠のく、戦場から遠のく
後ろ目に見える大きな光、だが、その光は
従者の言った通り、長くは保たなかった、何が起きたかはもう離れすぎて、良夫からは解らない
惚けてそれを見守る、いや、見物している風情だ
何も抱かない瞳で、ぼんやりとそれを見守る
機会ってなんだ、何を待つというのだ、衣夢が何をするというのだ
「・・・・・鬼よ、帝を我らの手中に納めるぞ、衣夢様の下で理想の国へと、帝を手に入れて新しく作るのだ」
「何を言ってる」
「鬼も人も妖怪も、何もない、あるのは帝とその他の生き物、全てが平等の世界だ」
「そ、そんな演説が聞きたいんじゃねぇっ、てめぇら何するつもりだっ」
どだどだどだどだ
蹄の音は軽やかだ、そして本当の朝日が昇り始める
眩い光、さんさんと輝く雲一つ無い空、闇が逃げていく
「宮に巣喰う、奴らを滅し、我らが宮中へと昇るのだ」
「は?」
「黒い男と、あの一族、公達とともに皆殺しにするのだよ、良夫、お前の力が必要となる、お前の怒りを晴らすんだ」
「・・・・・いかり」
「そう、良夫、お前の源、晴らしたいのだろう」
「晴れる・・・のか」
「そうだ、お前の望む、「上」という存在を殺し尽くすことでだ」
朝日がぐんぐんと昇る、眩い光が照らしていく
朝日は、全てのハジマリを示す
ハジマリを、
示す
なんだよ、何今更、始まるとか言ってんだよ
いい加減にしろよクズ野郎
そんな声が、わかります解ってます、俺もどうかと思いました
長々と、大変長々と前振りを続けております
途中のオーガの話じゃないですが
最終的には、ちっぽけなコトを示す為に
凄い量のゴミを排出しております
それでも読んで頂けることに感謝しつつ
まだまだ、続くのであります
3月に終わりたいのは終わりたいんですが
さて、どうなんだろうか
駄文長々失礼いたします
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