斬り


きしきし、きし、きし、きしし

音がする、サンは祠の奥
ご神体にそっと耳を当てている
音はご神体の内側から産まれる

こぽ、こここ、ここき、きしきしきし

「・・・・・・・・・・騒いでいらっしゃる」

独り言
サンは耳を離した、薄暗い祠の中で
じっと外の喧噪を知らぬまま、堪えている
ご神体は、夜に一筋伸びた光の如く
真っ直ぐに立っている

この邑の、この社の神は、一本の木だ
凄まじく太い、杉の木だ
何千年も前にこの地に根を降ろし
たくさんの子供を、三重の国の山々に振りまいて今に至る
大きな木だ
どんなに古くなろうとも、その生命力は衰えない
耳を当てれば聞こえる、不思議な音
泣くような、さえずるような、静かで安心を呼ぶ波長

「神様・・・・・」

八百万の内の一神
信仰の対象たりうる、その凄みは
帝を揺するに充分の姿
だからこそ、今、鬼と鬼殺しを呼んでしまっている

きしきししししきし

「宮司様・・・・・・・」

祠の中、巫女は呟く
木は黙している?いや、何かを訴えている
ただ、その声は耳を当てただけでは聞こえない
きしきしきし、巨木のいななきが続いている
外の様子は、わずかしか解らない
祠の戸は閉ざし
じっと薄暗い中に身を潜める
宮司の身を案じる、もっとも大切なものはそれだ
もし、何かあるようならば

「・・・・・・・・・・・・・神様、力をお貸しください」

巫女は、神降ろしのよりしろである

・・・・・・・・・・・・・・・・

「さくらこぉっ!!!!!!」

馬鹿でかい声を張り上げて
鬼が一匹走り込んできた
まだ邑には入っていない、手前の森の中だ
ぶすぶすとところどころが焼けこげているのだが
不思議と火の手は上がっていない
いぶしたような不快な臭いが立ちこめていて
感が鈍る、鼻をやられる

「くそ・・・・・・・こんな」

一瞬、跡形もない、桜子はもうこの世にいない
そんな不吉なコトを脳内に催すほど
森の惨状は凄まじい
焼けこげた木々が増えるにつれて
臭いがきつくなる、やがて、その木々すら無くなる
爆心地
そういう言葉があるならば、多分このことだろう
平地に出てしまった
ついぞ、数刻に満たぬ以前には無かった野原

「何があったら、こうなるんだよ・・・・・・・」

がらり
何もない平地は、真っ暗で寂しい
夜目が効くからある程度は見える
けど、その夜目すらかすむほど、濃い闇がたわっている
不気味に濃い夜がある、なんだろう、わけがわからないが
身の毛がよだつ現象だ

良夫はぐるぐると辺りを見回す
これだけ広がっていれば、隠れる所などない
すぐに見つかるはず
声をかけ、足を動かす、走らせる

「さくらこっ、さくらこぉっ!!!!」

ぽ、う、

「!・・・・さくらこかっ!!」

がさがさっ
爆心地のちょうど縁にあたる所
木々のくすぶりが残り始めた所
薄明かりが灯った、弱々しい火だ

「・・・・・・僕の心配もしてくださいよ・・・・」

「ね、猫又か・・・・」

心配をしていなかったわけではない
そう言葉にしようと思ったが、口は動かなかった
闇に喰われた躰、その損傷は筆舌に尽くしがたい
過剰な惨たらしさが、腐臭を伴う
近寄るが、不用意には触れない、いや既に触っているのかもしれない
ただ、どこからが猫又でどこからが夜なのかまるで判別が付かない

「・・・・・・・・」

「酷いですか?もう、自分でもわかんないんですけどね・・・・と、桜子さんは、近くのはずです、探してください」

「お、おう・・・・・すまん、何も」

「して貰わなくて結構ですよ、僕も妖怪のはしくれ、この程度時間が治します、それより桜子さんを」

「だが、お前でその傷じゃ・・・」

「大丈夫、最悪の事態は免れてるはず、最後は庇いましたよ、僕もバカじゃない・・さぁ、早く」

ふぅ、一匹の火の猫が良夫を案内する
さきほどの灯りだ、弱々しいが、すたすたと
少し離れた所まで歩いた、そしてまた、元の火に戻った
良夫はそこに駆け寄る

「さくらこ、さくらこっ!!!」

くたり、
四肢にまるで力が無い、こんにゃくみたいにだらりとしている
肉の塊という感じがする、もっとも猫又のように原形を留めていないわけじゃない
立派に桜子を形作っているが、あまりにも手応えが生き物と異なる
不安になる良夫、幾度か呼びかけるが全く返事はない

「・・・・・・・さくらこ・・桜子っ!!」

ぐい、心臓の辺りに耳を当てる
音が、音がしなければ死んでいる
意識を耳に集中させる、良夫自らの鼓動がうるさく
しっかりと聞き取れない、緊張からなお、良夫の拍動は増していく

「くそ、聞こえない、うるさいっ、俺の心臓っ!!」

無茶言うなよ
良夫の心臓はそう思ったかわからない
ただ、わずかだが弱まった、おかげで捕らえられる

とく・・・・とく・・・・・とく・・・・とく

「!・・・・生きてる、よか・・」

「ぅ・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

ばごぉああっっ!!!!!

眩い光が闇を照らし返した
瞬間のことで何もわからない、いや、わかる
良夫は、桜子に殴られた

「ぃやあああああっっ、この変態、どすけべやろうっ!!!恥を知れ、恥をっ!!!!さいてい、さいあくぅっっ!!」

どご、どごどごっ、どごっ、どむっ

「ちょ、ば、ち、違・・・い、痛っ、だ、ぐ、ぶぼぁ」

「ああっ!?ふざけんじゃないわよ、うら若い乙女の胸元になにすり寄ってんのよっ、死ねっ、7回死ねっ、7度生まれ変わって償えっ」

「ぼ、暴力は、反対っ、た、たすけ」

「そういや、あんた、うちのおとうちゃんどうしたのよ、どこ?」

「あ・・・・・・」

「何、忘れてきたみたいな顔してんのっ、腹立つわね、はなっからあんたもこっち来ておけばよかったじゃない、役立たずっ、甲斐性無しっ」

「ご、ごめんなさい、ひ、ひぃっ」

どがむっがむっがむっ・・・・
あんまり構成上の不備でいぢめないであげておくれ・・・・わ、悪いのは・・・
天からの声が聞こえそうなほど、凄惨な暴行が働かれたが、行数の都合上カット
ともかく桜子は無事だった
どうやら、最後の一撃が決まる直前に、猫又が桜子の足を払っていたらしい
だが、それでもわずかに鬼の攻撃が桜子をかすめて
凄まじい衝撃を残し、死ぬ一歩手前まで連れていったようだ
闇の中、なんとか再会する一人と二匹

「すまん、俺が奴をみくび」

「じゃかましぃわりゃぁぁっ!!!」

どがむっ、ぼてぼて、ごろごろ

「あーもう、すげぇ腹立つ、むかつく、ご立腹よっ、あの鬼、絶対ぶった斬ってやるっ」

ざしゃっ、先のダメージをものともせずに桜子が立ち上がる
ふら、しかし足下がおぼつかない、そりゃそうだ
だが、それでも邑の方を睨み付け、脇差しを右手に持つ

「桜子さん、無理をしては」

「無理ですって?なわけないでしょう、百万倍返しにしなきゃなんないのよ、それに邑あんなにされたらお金貰えないっ」

きぃん、刀を振る、幸いそれには問題が無いらしい
相当頭に来ているのか、さっきから左目は琥珀の輝きを失わない
二匹は、この状態ならやるかもしれないと、うすうす感づいているが
それでも、不安が残る
あの鬼は、次元が違う、鬼なのかどうかすら危うい

ぐああああ、んんんんん

耳鳴り、重たい耳鳴りがした
顔をしかめたくなるほど、不快な感触
邑の方角からそれがやってきた
爆発みたいなもんだろう
ただ、あまりにも異なる、重たい感じが伝わってきた
重たさに躰が引きずられるような錯覚を催す
空間の質量が、拡散が、偏光が何もかもが
摂理を無視して狂ってる、だがそんな難しいことを
小学校も出たかどうか妖しい3体にわかるわけがない、一言

「ほらほら、ぼさぼさしてっと、手遅れになんじゃないっ、今行かずに、いつ行くかなっ」

桜子が、ぶるぶると少しだけ震えるが
ぐっと胸を張って、号を発する
大きな声だが、透き通って気持ちがいい
大将にしたら出世できる声の持ち主だ、才覚だろう
その声が、他二匹を震わせる

「さ、行くわよ、良夫っ」

「え」

「え、じゃない、お前がおとうちゃん連れてこなかったんだからここに居る意味無いじゃない、連れてこないんだから」

「に、二度も言わんでも・・・」

「背中かせ、ほら」

とん、

「て、なんで俺に載って」

「るさい、走れ、あたしの足がわりよ、乗馬みたいなもの、乗鬼、さ、時間無い行くわよ、ねこさんは後方を、やれるよね?」

にや、
猫又は力無くそれに従う
どう考えても歩くことは無理だから、しかしその身体は凄まじい勢いで再生している
当然直視に堪えられないような不気味な姿、残酷な音
だが、そんな鬼すら言葉を失う姿だというのに
桜子は一つも違和感を覚えなかった、その様子を見て、的確な指示を出した
それがうれしい、しょうもないことをこの期に及んで覚えている
すっきりした感じ、その耳に、どだっ、足音が聞こえた
もう居ない、鬼に乗った少女は駆けていった、戦場に向かって駆けていった

「・・・・・・・参るな、結局一番お似合いはあの組み合わせなんだから」

身体の回復に全力を尽くす、もういくつかの気配は
邑の中に消えている、本隊が総て集結する前に止める

「・・・・・・・そもそも、最初から僕が足止めを買えばよかったね・・・・」

にゃぁ
か細い声は、闇に熔けた

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「くそっ・・・・・・・バケモノめ・・・・・バケモノめっ」

罵る
あまりにも拙い言葉で罵り続ける
もう、そんな抵抗しかできない
村人と禰宜、宮司は既に社の正面まで下がった
いや、押し込まれた
幾度と無く放つ弓矢、宮司の神通力
いずれも確かに効いているはずだった、だが、どうだ
目の前の闇は、傷を受ける度に桜を散らせて
闇を少しずつ脱いでいく、形が鮮明になるにつれて
攻撃までもが鮮明になってくる、気付くのがまるで遅い

この鬼、自らの力を制御できていない
制御できない力を、強引に放出して取り込もうとしている

わざと攻撃を受けて
どんどんと体内の力を消費し、自らを取り戻す行為
そうだと気付くのに邑の大半を失った
もっとも気付いたからといって、手だては何もないから
意味はない、ただ、いくばくか最後を遅らせたくらいだろう

「禰宜っ・・・・村人を社の裏から邑の外へと連れ出せ」

「宮司様っ、しかしそれでわ」

「お前もわかるだろう、私如きの力ではこれ以上無理だ、せめて村人を生かす、お前が先導となれ」

「しかし」

「口答えをするな、宮司からの命令であるぞっ」

「・・・・・はっ、しかと、承ります」

すたすたっ
禰宜の足音が消えていった
今は社の正面、鳥居の前で宮司は印を結んで立っている
目の前には、いや、まだまだ奥だが
鬼の姿が見える、懐かしさを覚えるほどその姿形は
以前と変わらない、あの時ですら止められなかったのに、今度ばかりは・・・

「?・・・・・・・守護の勢か・・・・・・ご苦労なことだな」

ちらり、ちらり
黒い動きがいくつか見えた
鬼のさらに後ろの方だ、こちらを伺っている
どうやら鬼が社を、この邑の神を消すことを見届けるつもりだろう

「どのみち、逃れられんな・・・・・」

そうなると
宮司は印を結び、蒼い光を放っている
闇に喰われない唯一の光
その心中で思惑をめぐらせる
思い通りにはさせない
邑は、サンは潰させない、死んだとみせかけて落ち延びよう
その為の算段を練る、いや、ほぼできている
日頃からずっと考え続けていたから大方できている
実行するには、足りないものがあるだけだ
足りないものは、時間

自分が、サンを他へと移してやる時間が無い

鬼は不思議と前に進んできていない
時折思い出したように黒いものを伸ばしてきて
社に届かせるが、ことごとく社の力と宮司の力により弾かれている
もう矢は尽きて攻撃はしていない
まだまだ攻撃を受け足りてないから、誘っているのかもしれない
そう考えれば好都合だ、時間は稼げる
あとは、ひきつけておける誰かが、誰かがいれば・・・・・

どだどだどだどだ・・・・・・・・・

「居たっ!!!!良夫っ、右側に回ってっ、左袈裟をかますっ」

「鬼使いが荒ぇな」

「黙って従いなっ!!!!走れっ、いくよっ」

場違い
そう思うほど明るい声色が急に現れた
闇の向こうから、金色に光る点が近づいてきた
宮司は目をこらす、なんだ、新手なのか?
金色の瞳、奴か

「鬼殺しかっ・・・・・・・・・違う?あの、バカ娘の方か?」

ざっ、良夫の背中で器用に膝立ちとなる
土煙をあげて良夫は鬼の後方から右手側へとまわっていく
鬼は気付いているのかどうかわからない
これだけやかましいのだから気付いていそうなものだが
攻撃はない、ならば近づくのみだ
全身をアンテナのようにして、鬼の動きを探る
少しでも挙動があればかわす、桜子にダメージを与えるわけにはいかない

「角度よーーーしっ、あと三間近づけっ、行くよっ」

「おうさ、しくじるなっ」

好都合っ
宮司は咄嗟に振り返って社の前から消える
なんぼバカでも鬼殺しの娘ならば、しばらく保つだろう
今なら総てがうまくいく、あのバカ娘が死ぬまでの間に
総てを完結させてみせる

「バカなりに役に立つものだ」

呟いた後ろ
宮司が門前から消えたのに気付いた鬼が動き始める
が、社に近づかず、当然のように桜子達に反応をした
闇がとろける、伸びてくる漆黒、良夫は俊足でそれをかわす
あと一間、一跳びっ

「もらっっっっっっっったあああああああああああああっっっっっ!!!!!!」

つぅ、あっ
霧が立った、闇が凍り付いたあとに蒸発した
一筋の薄い氷細工が、光を伴って真っ直ぐに伸びた、まさに一縷
そしてすぐにそれは、はらはらと砕けるよりも優しく、熔けるよりも速く
煙の如く昇った、霧立ち、桜子の一等がここで炸裂する

す、ぅ、んっ

寒気がするな
良夫はすでに走り抜けている、当然背中には桜子が乗っている
闇の攻撃をかいくぐり一旦、戦線を離れる
ただ迂回をして正面に回り込むだけだが、加速を辞めない
まだ、攻撃の如何は見えてない、やったのかダメだったのか
雷撃のごとく、悪魔のような俊敏さで駆け抜けた
寒気は、桜子の技の切れに覚えた、一度身に覚えがあるだけになお、生々しい

くるり、

「はっはーーーーん、見たか、見ましたか、見られましたか、ご覧じたかっ!!!鬼斬り桜子様がぁっ」

「・・・・・・・・・・・おかしい?」

ぴた、良夫が止まった
正面、ちょうど鳥居の前、奇しくも宮司が先ほどまで居た場所に
二人は止まった、離れているからよくわからない
だが、なにかおかしい、桜子じゃない、鬼がだ

どばああああああああっっっっ!!!!

「ぬあっ!!な、なにあれっ」

「!?・・・・・・・・野郎、まさか」

覚醒しやがった
良夫の脳内に浮かんだ言葉
同時に、宮司の脳内にも浮かんだ

「そんなバカな、あのバカ女、最後の最後まで、邪魔を・・・・・」

トドメ、最後の一撃が
奴の許容範囲をとうとう満たした
おびただしい桜の花びらは、もはや美しさとはほど遠い
ぶくぶくと薄桃色の泡が溢れるようだ
それすらも、やがて、薄墨のような色に変わりつつある
悪寒がする、姿が鮮明になってきた、図太い腕
岩肌のような体躯、魂を砕くかの視線、おどろおどろしい目玉

ぶる・・・・ぶるぶるっ

「さ、桜子!?」

「あ、あ、あの、あの目・・・・・・み、観たこと・・・・・あ、る」

震える身体に、思い出される記憶
母の姿
その時聞こえた声

よした方がいい・・・

そうだあの声は、良夫の声と一緒だった

つぎ

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