斬り


ずずり、ずずり

ひきずる音が近づいてくる、いや目の前に居るのだ
悠長なことを言ってられるほどの距離は無いはずだ
だのに、桜子と猫又は、その物体が身体をひきずり近づいてくるのを
ただ眺めている

「・・・・・・・・鬼・・・・・なのか?」

「ビビってんの?」

「冗談、桜子さんこそ、少し声が震えてますよ」

「むふ、武者震いよ、余計なお世話、さ、て、間合いとか・・・・・関係無いわね」

でかい?
いや確かにでかい、大きい、凄まじい、がそれは些細なことだ
岩がそのまま歩いてきている
そうとしか見えない、人型をしているのか、そうではないのか
わからない、闇のせいとも言えない、ただわからない物が、
ずずり、ずずりとひきずる音が闇から近づいてくる
激しく追い回す炎の猫も、時折飛びかかっては派手に弾けて消える
強いとか、そういうのと違う、何か別のものだ

「何度も鬼見たけど、どれとも違うわ・・・・・猫又さん、知ってる?」

「いやぁ・・・・・僕も正直、良夫さんくらいしか・・・」

「良夫は鬼とは言えないわよ」

「なぜに」

「バカだからっ!!!!」

文脈は関係がない
桜子のリズムがそう唄った、今飛び込んで切り込む
その後は、その後だ、ただ拍がそう打った、今、切り込む打を刻んだ
どん、闇でも踏み違えることなく、地面を強く蹴って桜子が跳び上がる
猫又がすぐに援護を始める、炎を吐き鬼の足下を焼く
燃え上がる炎で、姿がいよいよ明らかにになる、明らかになればわかる

「鬼っ!!!!!!もらったぁっ!!!!」

ぶ、う、ん
技もへったくれもない、ただの上段がうなりを上げた
いつもの安物刀が、炎の揺らめきに赤く染まり
闇を裂いて、鬼に落ちる
がいんっっっっっ!!!!”””””””
凄まじい音がした、大地が揺れるほどでかい音が響いた
きゅぅんっ、すぐ後に笛のような音がして、どずり、と地面に刃先が刺さった

「う、そ・・・・・折れ・・・・・・」

「あ、ぶないっ!!!!!!桜子さん、下がってっ!!」

ぎにゃぁあああっっ
猫の泣き声がいくつか木霊した、つたっ、猫の足裏が地面を蹴る音
これがいくつも駆けめぐった、桜子は横薙ぎに押し倒される
間一髪でその場を避けた、その場はすでに真っ暗になっている

「い、い、意味がわからんっ、な、なに!”?」

「こいつ・・・・相手が悪い、桜子さん、ともかく一旦下がろう、ハンパじゃ無理だっ」

猫又も焦ってはいるが、桜子よりは遙かに現状を理解している
得体の知れない鬼は、桜子の刀を折り、着地した所に
拳か、脚か、何か攻撃を繰り出した
その場が真っ黒に染まって、夜になった
このあたり、意味がわからないが、ともかく危ないことだけは確かだ
猫がいくつも夜に喰われた、文章ならそんな表現だ

「・・・・・強いとか、そういうんじゃ・・・」

「ていうか、今、あんた押し倒した、セクハラっ、セクハラーっ、金払え」

「僕の猫で包囲しますから、桜子さんできるだけ遠くに逃げてください、こいつはまずいですよ」

「聞けよ、ごーまーんーえー」

「いきます」

五万が高いかどうかは誰にもわからない
闇に向かって、どっから涌いてきたのか黒い猫が
とびかかっていく、目だけは妖しく黄緑色に光る
ぼうぼうと、その瞳が走り抜ける
鬼のまわりを取り囲み、飛びかかってはすぐに離れる
攪乱というにはあまりにも幼稚だが、足の遅いそいつは
それでも邪魔になるのか、しっかりと足止めになる
その場をまた、猫又の炎が焦がす

「火を怖がらない・・・・・・・・、どうしたら」

「とりあえず、あたしに金払いなさいってばよ」

「うあっ、な、何してるんですか邑まで下がってください、引き止めてる内にっ」

「しゃらーーーーっぷ、黙りなさい、あんたねあたしがおめおめと鬼を目の前にして引き下がれるわけないじゃない」

「けど、刀も無くて」

「ふん、刀は何も一本じゃないのよ、ほら、こんなこともあろーかと」

「脇差しじゃないですか」

「刀には違いないのよ、さ、援護して、今度こそ♪」

言い出したら聞かない、猫又は桜子を扱いきれていない
もどかしさを覚えながらも、止められないならば援護を続けるしかない
躍る
猫と桜子が躍る
鬼を囲んで、童歌のように踊る
猫又は、炎を吐き、猫を操り、ともかく桜子の援護に余念がない
桜子はその援護を背に、近づいては離れるを繰り返している
一度刀が折れているせいか、不用意な攻撃はしかけない
ここだと思った時に、突きを見せているが、当然のようにはじき返される
刃先が少しずつ、ささらのようになっていく

「良夫の時と一緒ね・・・、並の刀じゃダメなのかも」

「桜子さん余裕ですね」

「へたってんの?そんなんじゃ、鬼斬りにはなれないね」

「ですね」

猫又の疲労は激しい
桜子の援護という役回りは、尋常の体力ではかなわない
猫又は特に、桜子に絶対的な好意を寄せているから
なおのこと、体力の消耗が激しい、精神を使いすぎる
危なっかしいことばかりするから、気が気でない、だから疲れる
それでも、疲労の色をできるだけ薄めて
幾度とない、猫のロンドを続ける、愛の力だ、桜子を愛してるから為せる業だ(泣くところ)
終わりのない踊りが続いている、鬼は黙ったまま、翻弄されるがままだ
おたおたして、後手ばかりを踏んでいるように見えた

思えば、鬼は見ていたのかもしれない、探っていたのかもしれない、動きに一連の拍子があること

う゛、う、ん
動いた
猫が何十匹も死んだ
辺りに生えていた木々も死んだ
草も死んだ、大地が死んだ、空気が死んだ

桜子と猫又は辛うじて生きた
猫又が桜子をかばった
だから、桜子はなんとかなってる
猫又は傷を負った、酷い、腐肉がぶら下がる、腐臭が鼻をつく
これはまずいぞ
桜子の思考は、わずかにその域を覗いた
だが、それでもまだ、死ぬ気、負ける気がしてない
バカなのか、真実なのか
わからないが、自分が大丈夫だと思う限り、桜子は退くことを選ばない

「猫又さん、ありがと休んでて、その傷の借り、必ずわたしが」

「違う・・・・・本当に、やばいから・・・・桜子さん、あなたは逃げなくては・・・」

猫又も必死だ、死を賭してここを守る気概ができている
深手からはおびただしい血が流れる、真っ赤な血だ
猫なんだから血が赤いのはあたりまえ
じっと自分の傷口を見る、特に酷いところに
炎を吹きかける

じゅぅっ!!!

「ぎ、にゃっ!!!」

「ちょっと、なにしてんの、バカじゃないのあんた」

「血止め・・・・・・うん、これで大丈夫、さぁ、桜子さんともかく下がって、人外は人外に任せて・・・」

どろり
瞳が黄緑色に変わった、猫背はさらに丸みを増す
二本の尾をくるくると振り回し、小刻みのリズムを取り始めた
つた、つた、つた、つた、つた
足音が奏でる、揃って飛び回る猫が躍る
増える猫、駆ける炎、不規則に光が軌道を残し
きらきらと闇に絵を描く

ぽんっ、ぽんっ、ぼんっ

いくつかの爆ぜる音、先の挙動以降
鬼の動きは突然鋭くなった、ずずりずずりと動いているように見えるが
おそろしく長い腕が、するり、するり、と伸びては猫を一匹ずつ屠る
炎の猫も爆ぜていなくなる、猫又にはまだ及ばない
スピードが増す、囲む光は増える、炎の数が増えていく
猫は躍る、猫又も躍る、鬼は躍らされている
炎が、光が、筋を切って暴れ回っている
鬼のフットワークも増してくる、ぼん、ぼんと爆ぜる猫

「ふん、嘗めるなよ、たかが鬼無勢が」

ざんっ、
動きが更に激しくなった、真っ赤な玉がいくつも鬼に軌道を向けた
ぼん、ぼん、ぼん、炎で出来た猫が次々に鬼へと炸裂する
猫又の妖術の類だろう、猫又もそれに加わり鋭い爪をたてる
凄まじいスピードで、爪は闇を切り裂いた

ずぱっ、鬼から血が飛んだ

「き、切れた!?」

「桜子さん、本当、マジ下がっててください、巻き込んでしまうよ」

「冗談っ、あんたに斬れて、あたしが斬れないわけにはいか」

「いいから、下がって、本当に」

ぞく、
桜子がようやく下がった
桜子が下がる程、この猫又は凄みがあった

「仕方ない、ここは一旦譲るわよ、覚えておきなさい、あたしが譲ってあげたんだからね、あと五万払いなさい」

「ありがとう、謹んでお受けいたします」

猫又は慇懃な態度でそれを受けた、五万については払うつもりなのかもしれない
振り返る、いや、振り返る拍子でまた稲妻のように奔った
桜子も同時に下がる、予感がした、今この場にいると
凄く厄介なことに巻き込まれるような予感が
それに従い、桜子が下がっていく、とん、とんとバックステップで下がるだけだが
一歩一歩下がる感覚が随分間延びして見える
瞬間が長く感じるほど、猫又の動きが早く、ねぶるようで
鬼の動きを緩慢だと感じさせた

「猫を侮るな、言葉もしゃべれぬ鬼、教えてやる」

ずぅあ、あ、あ
不気味な音が響いた、桜子は全身が粟立つのを感じた
なんだろう、禍々しい、ていうかあたしより目立ちすぎ
いささかの苛立ちも覚えるが、手も足もでない身分である以上猫又を見守るしかない
猫又は踊り狂う、いよいよ動きは直線的で鋭くなり、かまいたちの如く
鬼の四方を切り刻んでいる、鬼の攻撃は確かに繰り返されているが
猫がいくつも爆ぜるだけで、親玉の猫又にはかすりもしない
鬼は完全に翻弄されている

ああ、あ、あ、あああああ、あ、あああ、ああ、あ、ああ、ああ、ああ、ああ、あああああ、ああ

母音だけが響く感じ
ア行の音が、断続的に続いている
気持ちが悪い
理解を越えて、生理的に嫌悪を覚える音が
桜子の耳に届く、届く、響く
なんの声?声なのか?

そう、鬼の声だ、どこかで聞いた気がする

ぎぃにゃぁああああっっ
しかし鬼の叫びにかまうことなく、猫の攻撃が最終段階に到達した
不規律に動いていた猫が、総て、全方向から鬼に殺到する
猫又が一歩だけ遅れる、手当たり次第の猫が突入した後
真っ赤な炎に包まれて、猫又が飛び込む

「回・天・っ・っ・!!!!!!!!!!!!!!!」

猫又が叫んだ
巨大な炎のかたまりが、さらに大きな闇へと突撃する
猫又が焔を纏って、鬼に飛び込んだ、鋭い槍の如く、弾丸はそれを貫く
大きな叫び声は闇の中に吸い込まれた、静寂する

不発??うそでしょ?

桜子は戸惑う、全身におよぶ粟立ちがさらに増している、ただ下がる、ひたすら下がる
猫又が闇に喰われた?最終奥義っぽかったのに、不発で死んだ?かっこわるい?
色々酷いことを考える、桜子がもう一度振り返る、かなり離れたが、それでも粟立ちは消えない

ずぶん、水深い場所で、何かが爆発したような
柔らかいものに包まれた大きな音
ゆっくりだが、とてつもなく大きな波動がゆらりと森を一度揺さぶった
桜子もそれを感じた、時空をねじまげて、今
時間が間延びしている、1秒が長い、感覚じゃない事実として長い、さっきとは違う、躍ってる時とはまるで違う
超重量の衝撃が、時間を歪めた

二度目の波で元に戻る
戻る力が、斥力を越えて、大反発をする
猫又の、まきこんでしまうとは、このコトだったのだ
不発じゃない、大炸裂している

ず、ど、お、お、お、お、お、お、お、お、お
真っ赤な炎が空気を焼いた、四方どれほどか
闇とともに森を吹き飛ばした、派手に弾ける
赤、黄、白にかけて
熱い色が、発光が、もろもろを消し去るように広がった

「ちょ、あたしまでっっ!!!!」

がばっ、反射的にその場にふせる桜子
熱いっ、背中熱いってばっ
恐怖のためか、張り裂けんばかりに叫ぶが、音は全て光りに上塗りされた
誰の耳にも桜子の声は届かない、どだっ、ごごごごごっごっごっごごごろろ

「ぅえ?」

「やったかっ・・・・・・・・・」

「あ、ね、猫又さん」

さりげに、「あんた」呼ばわりから「さん」付けに戻ってるあたり桜子の従順ぶりが伺える
猫又が桜子の場所まで転がってきたらしい
転がったというよりは、吹き飛ばされたという体だったが
そこは猫、うまいこと身体をひねって着地を決めている
爆心地は、未だに明るい
ただ、サラになったのは確かだ、見通しが随分とついた
木々が吹き飛び無くなっている

「・・・・・・・・見晴らしよくなったね、おかげで丸見えだわ」

「え、なにが」

「何時の間に、こんなに下がってたのかしらん」

桜子がちらり、視線を飛ばすと、城邑が見える
邑のすぐ近くまで下がってきていた
いや、鬼に圧されてきていたらしい
まばゆい光で壁が照らされている
どうやら、中の村人がいくつも武器をもって並んでいるらしい

「ところで、あんな凄いの持ってんなら、最初っから使いなさいよ」

「いやぁ、やっぱ奥の手は最後までとっておきたいですしね」

「なに少年マンガみたいなこと言ってんのよ、どうせ一回しか出会わないから、最初から全力が基本よ」

「・・・・まぁ、何度も使えないから・・・・しんどいんですよ、正直ね、これやると」

「多弁無用・・・・・というか」

あああああ、ああ、あああああ、ああ、ああ、あ、あ、あ、ああああ、ああ、あ、あ、ああああ

光がまた落ち着きを取り戻す
闇が光を食い尽くす、夜が広がっていく
中心に鬼が居るらしい、暗くなったから見えない
せっかく闇に慣れていた目では、広がっていく闇は
墨のようだ、幾千年と変わることなく
わずかな青みを持った、漆黒だ

「声がする、まだ生きてる」

「悪い冗談だ・・・・・・・・というか、残念です、僕は万策尽きま」

ぽぉんっ!!!

「な、え、うそ・・・・ねこさんんん、猫又さんっ、ちょ、ま、え!?」

ず、ぽぉんっ!!!!!!!!!!

「・・・・ぅ、、、にぅ・・・・・」

だうっ、何かが当たった
桜子は受け身もとれずに吹き飛んだ
背中を打ちつけ、後頭部を強打する
ぐたり、まずい方向に身体が折れる、まるで骨が無いように
気をやってる、一撃で正気を飛ばされたらしい
うつろな瞳と、とめどなく漏れる唾液がそれをロコツに示している

「さ、さくらこ・・・・さ・・・・ん・・・・・くそ・・・・僕ぁ、結局役立たずか・・・・ちく・・しょ」

っっぱんっっ、!!!!
爆ぜる音がした、猫又の声が無くなった
辺りは闇なので、何が起きたのかは
当の本人達もわかっていない、暗闇はあまりにも光を食い過ぎて
ある種気が利いてるのか、その凄惨な状態を全て覆い隠した
猫又の声は消えた
桜子は、うめき声すら上げられない、ぐたりとして
ただ、全身が弛緩してるのがわかった、何かが壊れたみたく
ずぶずぶして、いっそ懐かしい感じがする、なぜだろう

記憶を辿る、目はあいてない
いや、半目で白目を剥いている、生きた表情じゃない
生きた感覚は無い、だが、辿っていき思い出そうとしている
匂いや、光や、色や、音や、触り心地、痛み、熱
それらとは違うことから記憶を辿っている

瓶の中、暗闇、桜が散る、鬼が、来た

「よした方がいい」

声、聞き覚えのある声がした
だが、それが何かは思い出せない
出す前に、桜子は眠る、死の淵が近い
今度こそ、本当に意識がトぶ

「どうしたっ!!!!」

「いや、なんかぱっと明るくなって、また真っ暗になっただよ、全然、わげわがんね」

「なんでお前は、東北訛りになってるかな、ムカツクな」

「禰宜、光だ、松明を投げろ、照らせ」

無用なつっこみを入れる禰宜に、宮司が命令をする
言われるままに、火が壁から落ちた
だが呑まれた、おびえがますます村人に広がる
これはいけない、焦る宮司だが、そんなのはおかまいなしだ
不気味な闇は、じっとしている
どうしてかわからない、前に来た鬼とは明らかにレベルが違うだが

「・・・・・・・禰宜、こいつは多分」

「ええ、宮司様、前の時と同じ奴、先代を喰って、でかくなったに違いない」

厄介だ
宮司は黙った、壁の上に居る
降りる必要がある、正面から闘う必要がある
力でねじふせる必要があるのか、力、そういえば

「小娘は、どうした、見えるか?」

「それが、まったく」

「所詮、そんなものか」

「期待しておられましたか?」

「バカな」

せせら笑う
強がりか、本性か
判別はつけがたいが、今に恐れを抱いているのは確かだ
闇は依然、滞っている

つぎ

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ペース上げろ、俺

駄文、長々失礼しておりまする