斬り


「↑カエルみたいよね」

「何云ってんだ?」

「随分、静かな所なんですね」

一人と二匹は、人目を忍び里を離れ山へと来た
だいぶ奥だ、木々が茂り鬱蒼とした森の中を歩いたこと数刻
この邑(むら)に来た、城郭というほどでもないが堀と柵と土塀に囲われた集落
文明の光は通っている、が、どこか長閑で
貨幣の価値よりも、物々交換での方がうまく経済が回るような感じだ
桜子の生家はこの邑にあるらしい

「・・・・・・・・」

「どした、懐かしさに泣きそうか?恥ずかしいからはじっこで泣いてきなさい」

「ぶっ飛ばすわよあんた、違うのよ、よく覚えてないから、思い出せないかって」

冷たい横顔が良夫にそう云う
良夫は黙るしかない
宿屋は興味深そうに色々と邑を見て、人を見てはしゃいでいる
結構人好きがするのかもしれない、まぁ、猫だからそうか
一行はのしのしと歩いて、邑の奥へと進む
すれ違う人々は来客を珍しいとは思っても
それを敵とは判断しないらしい、この閉塞的な環境ではなかなか珍しい

「さて、ここのどのあたりなんだ?」

「んー、近くにでっかい建物があった気がせんでもないような、そうだったような」

「誰かに尋ねてみてはどうですか?」

そう思うが、村人はにこにこしているだけで
決して桜子達と話をするそぶりがない
さっきは人がよさそうと思ったが、ガイジンから見た日本人の
作り笑顔みたいなものかもしれない

「というか、ひょっとしたら、良夫さんが食い逃げしたコトがここまで伝わってんじゃ・・」

「待て宿屋、なんで俺だけが」

「主犯はあんたってみんな言ってたじゃないの」

真犯人がそう言う、本来なら色々と揉めるところだが
その暇を与えずに、話は先に進むこととなった
童が三人の前に現れたのだ、じっと桜子を見て、にまりと笑った
薄気味悪い笑顔だ

「人の顔見て笑うなんざ、教育がなってない子ね、おしおきしなきゃ」

「真顔でそんな台詞吐きながら、ムチを取り出すな、キャラ変わる」

良夫が冷静につっこむ、桜子が冷たく怒っているが
そんなのを気にしたこともなく、童はにまにまと笑っている

「桜子だね、あの女の娘、忌み子だね」

「はぁ?」

怒気の強い調子で、桜子が聞き返した
にまにま笑う童は、相変わらずその顔のままだ
そして、怒る桜子をそのままにして、他二匹を見る

「あとは、鬼と猫又か、さすが忌み子だね、こういうのをひきつける才能があるよね」

「おいこら、坊主・・・・・言っていいことと、悪いことが、というか、このお姉さんを怒らすと怖いんだぞ」

言うてる側から、桜子の目は氷河の如く冷たく透き通っている
うっすらと口元にだけ笑顔を讃えているあたり、またステキだ
良夫が子供殺しなぞしないようにと、一応間に入っている
が、内情はむかついている、生意気な口を叩くガキほど、神経を逆撫でする生き物はない
にまにま笑う生き物はさらに続ける

「宮司様が呼んでるよ、話したいことがあるってさ」

「あにがよ、ガキがいきがってんじゃないわよ、そっちから来なさいよ」

「知ったことかよ、ガキじゃないさ、こう見えて、おいらは禰宜だよ、お前なんかと違って偉いんだよ、この低俗、捨て子」

くぁっ
桜子が本領を発揮する前に、さっと禰宜は消えた
なかなか勘の鋭い子だ、ちょっと感心するが、怒り狂う桜子を置いていったコトは
万死に値する、良夫は当然のように八つ当たりを受けつつ、その宮司とやらが待つ社を探す
いや、探すまでもない、すぐに解った、大きな建物

「でかい宮だな、村の規模にしてはあまりにも」

「そうだね・・・・でも、神域と同じ匂いがするね、僕ら大丈夫だろうか」

「なにぶつくさ言ってんの、ほら、入った入ったっ、あのガキここに居るのよ、売られた喧嘩は買うものよ」

一人、目的を間違えているが
怯える異形二匹をひきつれて、宮に三人はどかどかと上がり込んだ
しん、音が無くなる、間違いなく神域だ、居心地の悪さというか
張りつめた空気が、痛いほど肌を刺す
桜子が、その雰囲気に思わず黙った、他二匹は当然、喋ることなどできない
しゃん、しゃん、しゃん、錫杖の音がする
衣夢の時とは違う、だが宗教色は強い、神の宮の荘厳が三人を包む、覆い隠す
真っ暗な廊下を抜けると、広間に出た、板張りが規則正しく伸びている

「ようこそ、桜子」

若い男が立っている
くだんの宮司なのだろう、ぴりぴりとした空気は依然弛むことがない
衣夢と同じ側の人間だと解った、だが、性質が異なっている
あくまで厳(いわを)を感じさせる、柔和とは違う強さと神聖さが溢れている
仏式に対する、神式という程度の差、どちらも天の風情がある

桜子は黙っている、全身に緊張が奔った
その場に張り付けられたように、棒立ちになったままだ
苛立ちと、わずかな恐怖が心をくすぐった

「ふ、二人をどうしたのっ!」

「入ってこられなかっただけだろう、ここは神域だ、奴らに侵せる領域じゃない、
まぁ、流石母娘だな、母と同じく、鬼を連れてここにくるとは」

「おかあちゃんの悪口を云うな、馬鹿、痴呆」

「口が悪いところもそっくりだ、ただ頭は良かったからな、馬鹿さは父親譲りか、忌み子よ」

宮司は薄ら笑いを浮かべている
二匹が消えた、確かに暗い廊下を歩いていた時は居た、それなのに
冷え渡るように梳いた視線が桜子の顔を射す
というか

「いちいち云うことが頭くんのよ、あんた、なんか恨みでもあんの?」

「別に・・・・お前は聞いた話をつてに、鬼退治に邑を出た、一度邑を棄てた奴に優しくする義理は」

「嘘つくなよ、あの話は、あたしのお母ちゃんの話じゃないかっ、ていうか、嘘教えたのお前か?」

「・・・・・・・・なんだと?」

「覚えてんのよっつうか、思い出したのよっ、あたしゃ瓶の中でおかあちゃんが鬼に喰われるところを見たってっ」

「・・・・・・」

「だけど、一部っつうか、色々思い出せない所があるから思いだしに来たのよ、おかあちゃんのコトとか」

「・・・・もう戻ってこないようにと、邑の記憶を封印しておいたのに、困ったものだ」

「記憶を封印した?・・・・・あたしの物忘れの原因は、お前かっ」

「物忘れは元々だよ、桜子、お前は子供の頃からおつむが弱かったからね」

「いちいち五月蠅いわねっ、だいたいお前誰なんだよ、さっきからっ」

「・・・・・覚えてない?まさか、お前、また喰われたのか?」

「なんでどいつもこいつも、そういう、作ったような台詞吐くかなぁっ」

ぐあんあんあんあんんぁんぁんぁん・・・
桜子の吼えた声が空気を震わせる、ホールのようにして共鳴する
そういう現象もひっくるめて、全てにむかついている
なんなのよ、何、超常現象風にしつらえてんのよ、子供だましをっ
怒りで頭に血が上る、にじり、瞳の色が変わる、琥珀瞳が発現する

「その瞳・・・・・・封印が・・・そうか、記憶ごと封印を喰われたな・・・・貴様」

「ああぁ?」

70年代ヤンキーの顔で思いっきりメンチ切る
足はどういうわけか、動かすことができないので
こうなると口と顔で攻撃をするしかないと
小学生のような答えで、必死に応戦する、ある意味可愛い
必死に「ばか」「あほ」「まぬけ」「おたんこなす」等々、まくしたてる
無論顔は顔面神経痛の疑いがあるほど歪めている、女の子というコトを棄てている
しかし男は屁とも思わず、桜子の封印が解けているという事実に、狼狽を見せた
そしてすぐに、煮えたぎる血が顔面を赤く染めた、今度は男が怒りを催している

「あの伊勢仕えの、鬼殺しの差し金かっ、一度ならず二度までも鬼を使って、邑を潰す気かっ」

「な、何いきなり怒鳴ってんのよ、っつうか、怒鳴るのはあたしの方なのよ、ああ?ふざけんな、ぼけなす」

「とぼけるな、お前の父親が、この邑をこの社を亡くすために全て起こしたのだろう、鬼を寄越してっ」

「話がわかんないのよ、言葉通じてないのっ!?あたしゃ、おかあちゃんのコト知りたいから来ただけよっ」

「嘘をつけっ・・・・記憶を封印するだけで生かしておいたのが間違いだった、やはり殺しておくべきだな」

男は云うなり刀を抜いた、宮司の腰には太刀が提げられている
それを抜いた、見事な黄金作り、抜き身はやや青みを帯びている大業物だ
桜子も当然呼応するようにヌキ放つ、安物刀だが無いよりマシだ
動かない足に怯えながらも、ぐっと腰に力を蓄える

「その瞳、その血、その面構え・・・・伊勢の遣いが、この、裏切りの血筋が」

「あに云ってんのか、さっぱりわかんないのよ、こいやっ、この阿呆っ!!!」

桜子が吼える、男が一歩を踏む、しかし
ばさ、衣の音がして邪魔が入った

「宮司様!・・・・・落ち着いてください」

「・・・・・・サンっ・・・・・・下がっていろ、こいつは伊勢仕えの娘だ、ロクデナシだ」

巫女が来た、舞女(まいひめ)とも呼ばれる
神式の装束が、よく似合う
宮司を諫める姿が、薄倖という言葉を零す
多分そんな女なんだろう、桜子とは正反対のタイプだ

「神域ですよ、血で汚すわけにはいけないはずです、ほら、双方、物騒なものを仕舞って」

女の声はよく通った、この声質もまた巌の趣を備えている
両者は睨み合ったまま、だが、かすかに音を立てて
しぶしぶという表情で男は太刀を納めた
神域を汚すという言葉が理性を取り戻させたらしい
桜子はどうしたらいいかわからない、足が動かない限り
油断ができないでいる

「あなたも・・・・・大丈夫です、お母様のお話でしたね、私が解る限りお教えしますから」

「・・・・・・・・あんたは?」

桜子が訝しげに聞く
戸惑ったように、舞女は後ろを振り返った
宮司に何かを求めるような視線を飛ばす
こくり、宮司は頷いた、頷いたら憮然としてその場から消えた
舞女はもう一度桜子を見る、足の自由が戻る
刀はまだ、仕舞わない

「サンです、この宮に使える巫女です、大丈夫、敵ではないわ、あなたの母上の跡継ぎですから」

「跡継ぎ?・・・・お母ちゃんは、ただの山の女だった、嘘つくな、お前もっ」

「違うの、それは少し後なの・・・・・とりあえず刀を仕舞って、話したいことはたくさんある、それに」

言葉を途中で止めた、窓の外をちらりと見た
知らぬ間に太陽が傾いているらしく、赤い光が壁を染めている
血のように赤いとは云わない、ただ
暖かみが白壁を覆い尽くしている、社に入ってから随分時間が経ったようだ

「あまり時間が無いから」

桜子には聞こえない音量で呟いた
そっと、舞女は手招きをし
奥へと連れる、不信感を抱きながらも桜子はそれに引かれる
神域から外へ、薄暗い視界に光が戻る、緊張が弛んだ
ようやく、安堵、を得た

「さ、桜子っ、無事・・・・・」

ばごすかっ!!!!!どげどげどげどげっ

「ふー・・・・・・・、まぁ、宿屋さんは一宿一飯の恩があるからいいわ・・・・ふん」

何一つ迷いなく、役立たずに制裁を加え、怒りをまだ持て余しつつ
どかどかと歩いていく、連れ立つ舞女は柔和な笑顔で、仲良さそうねなどと思ったのか
殴られた鬼を気にもとめずに桜子を奥へ、奥へと案内する
宿屋はその場にいる、役に立てなかった事実が彼にとって本当に口惜しいらしい
良夫は死体ごっこに余念がない

小屋に来た

「?」

「ああ、瓶は割れて無くなってしまったの覚えてないみたいだけど」

「てことは、ここが?」

「そう、あなたの生家、お母様と仮住まいをしていた所よ」

サンはそう云って
ぱたりぱたりと、膳所を使う
今でも人が使っているのか、小綺麗に整理されている
おろおろする桜子だが、やがて何かを思い出したのか
感じをつかんだように、くつろぎ始めた
懐かしさをどこかしこから、ようやく覚え始めたらしい

「あの時は壁が吹っ飛ばされた気が・・・」

「流石に直したわ、今は、当直の人が使ってるの」

「酷い、家賃取らないと、あたしの家なのに」

「ここはあなたも暫く仮住まいだったのよ、宮の一部だから、はいどうぞ」

かちゃ、机に湯飲みが置かれた
中には茶が入っている、桜子は躊躇無く飲む
ここで毒が入ってるとか、そういう疑念を抱かないところが
桜子の優れた所だ、本当に入っている時は
いきなり相手にぶっかける、女のカンで全てやってのける

「宮司様のコトは、ごめんなさい、許してあげ」

「無理、次会ったら、デリケートな部分にキンカン塗ってやる、そんでもって、目薬がわりにタバスコを・・・」

「怖いこと云わないで、仕方がないのよ、あなたは敵だと思われても不思議じゃないから」

「なんで?邑を出たのがそんなに・・・・ってさっきの話だと、出るようにし向けたのあいつじゃないかっ」

「うん、そうなんだけどね・・・・・でも」

「困った顔したら、なんでも許されるとか思ってんじゃないでしょうね、あたしゃ女だから効かないよ、そういうテは」

ぎぃ、桜子が睨み付ける
困り顔をする女は、さらに困る
舞女は本当にそんな気が無い、心底からそう思っている
桜子の凄みを、心底困った顔で受け流す
完全な無抵抗者には情け容赦のない桜子だが
どこか、困った顔の中に譲れない何かみたいなのを感じて、踏みとどまる
追いつめるとまずい気がする、少し会話に間ができた、舞女が訊ねる

「ほとんど覚えてないのね?」

「というかね、無くなってるのよ、覚えてないていうレベルじゃない、さっき喰われたとか云われたけど・・・」

「記憶を食べられちゃったんだわ、きっと」

「誰に」

「それは・・・」

外に居る鬼じゃないかしら
しずかちゃんみたいな調子で思ったが、口には出さなかった
困った眉毛で、そこはわからない、そんな風に見せた
舞女は、特に何か聞いたわけでもないがこの一行の関係を壊す行為を
極力避けた、いさかいを決して好まないでいた

「無い所は補う必要があるわね、順番に説明するから」

「・・・・・・・・やだ」

「なんで?」

「長そうだから、また思い出話になんだろ?いい加減にそういうの飽きたー」

「身も蓋もないこと云って、困らせたらダメだよ」

「誰をだよ」

誰だろう

「お腹すいてるでしょう?ご飯ももうすぐできるから、それを食べながら・・・・それに
外で待ってる友達も、心配そうだからね」

お姉さんのような口調で
桜子を言いくるめた、いや、そういうまねじゃない
本当に優しい、諭す感じで姉の優しさがそう云った
すっと席を立ち、戸をあける、外から鬼と猫を呼び入れた

「あ、盛りつけは手伝いますよ」

「ああ、なんつーか、悪いから、俺も・・・」

二匹が遠慮がちに、不器用な調子で飯の仕度を手伝う
桜子はぷいっと横を向いて座ったままだ
舞女のペースでコトが進んでいるのが面白くないらしい
憎々しげに一言吐いた

「どんくさいっ」

きぃ、二匹を睨みつける、そして外を睨み付ける
天を睨んでぎぃと歯を噛む
晩餐が始まる

つぎ

もどる





どんくさいっ

の台詞は、わたしに向けたものです
申し訳ございません、全ての皆様