斬り


五十鈴川、という川がある

御裳濯川の異名もとり、古代よりその存在は世に知られてきたとされる川だ
別段、広いとか綺麗とかそういうわけではない
普通の川だ、だが、三重銘菓「赤福」に刻まれるほどの格だ

五十鈴川が凄いわけではない、それを起点とした
伊勢神宮が偉いのだ
志登茂川がそう言ったとか言わないとか(言わない)

実際、古代に思いを馳せた文人歌人によって
伝説とされる川を、仕方ないから再現してしまえなどと
さも昔から当然の如くそして偉大で優雅で清澄なると
造り上げられた人工の川が五十鈴川の正体だ、信仰の対象でもあり、
人々の意識にこれはよいものだ、と教え込ませ今に至る

ともかく、伊勢の神宮と最も親密なのが
この五十鈴川である
今、それを眼下に三人が橋を渡る、欄干には規則正しく
擬宝珠が並んでいる、人の往来も激しく
京都に負けない盛りを見せている、渡る先の広大な土地は
見渡す限りが神域であり、毎月1日にはお餅が配られる為
朝早くから、近くの学生どもがわらわらと集まってくる
そんな暇があれば、勉強しろ貴様ら(ぉぃ

「それよかさ、宿屋さんはなんで前の時、逃げたの」

「ああ、僕、人見知りするもんですから」

「嘘を吐くな、それまでずっと一緒だったじゃねぇか」

「まぁ、ぶっちゃけ恥ずかしかったんですよ、ほら、猫だってバレたのが」

宿屋が前同様の人懐こい笑顔で言う
よく言うな、嘘ばかり
良夫は気付いても言わない、黙って宿屋の声を聞いている
異形が正体を知られるコトは恐怖だ
人間が跋扈する世界では、自分が異形というだけで殺される理由になる
生物的にも、社会的にも
桜子はそんな側を知るわけなし、興味深げに質問を繰り返す

「・・・・・・・じゃ今はなに?克服したの?セミナー参加したの?」

「そんな枕殴ったりするような集会出ないですよ」

「そういう偏見はよくないと思うぞ」

「まぁ、でも・・・・啓発されたのは確かです、凄い人に出会いまして」

「凄い人?」×2

得意そうというか少し照れながら語る宿屋は
確かに以前とキャラが変わってる印象がある
それはそうと、凄い人と聞いて馬鹿二人がぴんとくる
声を揃えて宿屋を見る

「ええ、名前は伺えなかったんですが、偉いお坊さんのような」

「あー、そう」

桜子が途端に興味を無くした顔をする、おそらく衣夢だろう
立ち去った金づるには、価値を見いだせない
すたりすたりと橋を渡る、ひたり、足音が二つ止まる
桜子は少しして気付く、振り返る

「さて」

「?どしたの?ヘタレの良夫と、いい男の宿屋さん」

「・・・何度も言うけどな、お前は俺に喧嘩売ってどうしたいんだ」

「いやぁ、そんなぁ桜子さん、やだなぁ」

「お前も照れるな、こいつの男基準は金持ってるかどうかだけだぞ」

「お黙り、オケラ野郎の役立たず、で、何?」

「ああ、僕と良夫さんはこれ以上近づけないんですよ、ここに」

「??」

「この橋の真ん中くらいから向こうは、神域なんだよ、鬼や猫又の類は入れない」

「なんで、京都の時ふつーだったじゃん、あんた」

「そりゃそうだが・・・・ここは・・・・」

「ホンモノの神の宮ですからね、というわけで、ここからは桜子さんお一人で」

二匹は既に桜子から遅れた位置に居る
橋の真ん中で立ち止まるのは、迷惑極まりない行為だが
橋は広い、好んで真ん中を通る輩は意外と少ない
日本人てのはハジッコが好きな民族だ
橋の下は、波立たぬ流れがある、五十鈴川は光を受けて水面が輝いている

「じゃ、いいや、行くの辞めよう、別に神宮とあたし関係ないし」

「おいおい、お前の生家とやらがあんだろ、この中に」

「何云ってんのよ、あたしゃ山の出だよ、こんな里には来たことないよ」

「じゃ、お前、何しに」

「観光に決まってんじゃない、あーあ、宿屋さん居ないと伊勢うどん食べらんないじゃない」

「ごめんなさい」

「いや、謝るな猫又、っつうか桜子、お前な」

ぴん、

ざわりざわり、いつもの喧噪が人の垣根が
一定の方向で統一感を持ち出した
割れるようにして、道が拓かれる
橋の真ん中に居る三人は自然取り残されたようになってしまう
下界の方から、神域に向かって
一団が来る、宿屋と良夫の表情が強ばる

「・・・・・・猫」

「わかってます・・・・・・桜子さん、少し退きましょう」

「??なんであたしからどかないといけないのよ、あっちに避けさせ」

むぎゅ
ご託を並べる桜子を強引に良夫が取り押さえる
すたこらと三人が端に逃げる、人ごみに紛れる
人垣はずらずらと通り道を見守る、一団が進む

「・・・・・・守護様だ、守護様の軍だ」

人垣が都合良く口々に唄う
黒い衣服の物騒な輩が隊列を組んで橋を渡っていく
統制の整った行軍が軍靴を鳴らすように
軍隊と呼べるそれは、ひたひたと橋を渡っていく
良夫と宿屋はそれを見ている、桜子も見ている
隊列の真ん中あたりだろうか、他と同じ格好をしているのに
明らかに格の違いを見せているのが居る、それに視線を奪われる

それも三人に気付く、視線が交錯する
視線だけではない、殺意までもが浴びせられる
にじり、良夫と宿屋は気圧された、桜子はじっと睨み付けている
黒い男は黙っている、左目だけが黄色く光っている
ちりちり、桜子の脳が疼く、消えた記憶の切れ端が、ひたひたと何かを求める

「・・・・・・・・・おとうちゃん」

「え、なんて」

宿屋が聞いた時、反射だったんだろうか
桜子は通りに踊り出ていた
慌てて止めようと宿屋は動く
いや、動こうとした
しかし、黄色い瞳がそれを許さない、無論良夫もそうだ
特有の、異形に対して特異的な視線
慣れていると思ったが、改めて感じる
蔑視、黄色い目からのそれが二匹をその場に留めさしめた、殺意が酷い
桜子が、たった一人で、一団の横に飛び出した
黒装束の何人かがそれを見ている、他の輩は黒い瞳だ一人だけ黄色
無論、その黄色い目も桜子を見ている、見ていて、そして、微笑んでいる

「お、おとうちゃんっ」

「いい、先に行け」

黄色い目はその場に残った、他の黒いのは全て先を急いだ
黄色い目と桜子が対峙する、桜子は言った、自分の父だと
寝ていた記憶が、感応した
桜子の髪がちりちりとなびいている、離れて見守る二匹からは
桜子と男の表情は見えない、だが、なんとなく
なんとなく、同じ顔をしている、そうやって思う

「・・・・・・・・・・・鬼斬りか」

こくり

「私がわかるか?」

「お、おとうちゃん」

沈黙した
衆目はじっとその父娘を見守っている
誰も声を立てない、この黒い男は守護の大将だと知っているから
知らないのは、おそらく時勢に疎い良夫と桜子のたった二人だけだろう
今、目の前に居る男が、敵か味方か判然区別できるのは
彼らの仲間では、宿屋だけだろう

「・・・・・・・・・・良夫さん、どういうことなんだ」

「いや、そう言われてもな・・・・・・」

「皇族の、鬼殺しだよ、あいつわ、相手が悪すぎる」

「皇族の・・・・・・・?」

良夫が黄色い目から視線をはずす
思わず宿屋を見てしまう、その言葉にそれだけ強く衝撃を受けた
皇族とは、人間を統括する、もう一つ違う種族だ
支配する側の異形、鬼や妖怪などただの異形を下層へと追いやった
根幹の種族、つまり、敵

そこまで脳味噌が伺った
良夫の驚きは尚増していく、しかし、過ちが一つあった
理由はどうあれ、20歩の間合いで黒い男から視線を外したこと

致命的なミスだ、宿屋一人の視線では留めおけない、黒い異形はすぐにその性質を解放した

「!!!!!」

ざくっ!!!!!!
橋が叩き切れた、間一髪で
猫又が鬼を攻撃範囲から外した
橋はえぐり取られたようにして、焦げ跡を残して消滅した
二匹は宙に逃げた、動揺する鬼はまだ敵の姿を認めてない
猫又は超跳躍を見せてじっくりと、その瞳を猫のそれに変えている

「お、おとうちゃんっ、ちょ、ちょっと待」

ずががががっ!!!ぎにゃぁっ
続いて竜巻が起きた、正式には螺旋を描いて
黒い獣が空を駆けた姿だ、巻き込まれるようにして
宿屋の姿がその場から消えてなくなった、断末魔が聞こえただけだ
ぴぃっ、幾重もの切り傷が側の鬼にも奔った、ようやく見つけた
超人などという名前で正体を隠す異形の姿
ずぶ黒い中に輝く黄色い光

「・・・・・・・・てめぇだな、うちのガキに手ぇ出したクソ鬼は、左腕はどこの魂だ」

「あに言ってやがんだ、てめぇ、桜子の親父なんだろうがっ、娘の話を」

「知らねぇな」

ぶぅんっ
刀が奔った、鬼に傷がつく、刀は黒曜石のアレではない
玉鋼から出来た、普通の刀だ、業物なのだろうが特異なものではない
着地する、どぼんっ、水の音がした、猫又が川に落ちたのだろう
橋の上からはすっかり民衆が逃げて消えている、きゃー、だの、わー、だの
口々に悲鳴をあげて、戸惑い迷っている

「鬼が人間の世に迷うんじゃねぇよ、さっさと死んで土に還れ」

「・・・・・・・・いつだかの鬼殺しとおんなじ台詞、おつむが足らんなてめぇもよぅ」

じり、鬼はようやく前後関係が整理できてきた
周りの視線なぞ気にしている暇もなく、鬼は正体を零し始める
でないと、危険だ、異形同士ならば仮姿で勝てるわけがない
ごぶ、身体の内側から力が漲る、膨れ上がるようにして
正体を晒す、空気が濁った、それに一瞬だけ黄色い目は意識を奪われた

「良夫さんっ」

「猫っ」

ざばっ
刹那の隙を衝いて、宿屋が猫又の姿で橋の下から跳ね上がった
黄色い目の背中にはりつく、動きを瞬間封じた
同時に鬼は前に出ている、10歩の間合い、1歩ずつ近づくにつれて
正体が明らかになっていく、白昼とはいえ
油断も、手加減もない、本気で襲いかかる

「だから、聞けよ、話」

ばこすかっ

「ってっ、桜子てめ、なにしやが」

ばこすかっ

「お黙り、んで宿屋さんも、離れて早く、ほら、あと、おとうちゃん、動くな、まず人の話聞きなさい」

桜子が場を仕切った
異形3匹はそれぞれ伺いながら、やがて
距離を取った、黒い奴、桜子、鬼、猫又と並ぶ
いや、鬼と猫又は桜子の影に隠れるという感じだ
きぃ、視線をきつくして改めて親子が向き合った

「これは、わたしのツレなのよ、別に悪いことしてるわけじゃないから」

「異形だぞ、わかってるか?」

「なんだっていいのよ、あたしにかしづいてくるんだから、あたしゃ媚びへつらうものにはやさしいのよ」

「桜子、台詞難しいから、平仮名増えてる」

ばこすかっ

「・・・・まぁ、ここはお嬢に免じてやろう・・・・神域に入ったら容赦はせんよ」

黒い男は刀を仕舞った
殺気はまだ漏れているが、だいぶおさまった感がある

「それよか、ねぇ、おとうちゃんだよね」

桜子が、弱い調子で糺した
台詞は、張りが無くて戸惑いが現れている
懇願するような顔つきで、語尾を震わせている
怯えるような感じでもないが、感情がどこかを狂わせている調子だ
男は黙って桜子を見下ろしている、左目は琥珀だ

「悪いな、知らんよ、お前なんか」

「うそ、昔お母ちゃんを訊ねてきたよね、覚えてる、瓶のあるこじんまりしたお家に」

「知らんと云ってる、人違いだろう、私は一人息子しかおらん」

「なんで、うそつくの」

「嘘じゃない、お嬢、わかってないようだから云うけどな、俺ぁ、こう見えて皇族守護職代だ
お前のような下町の小娘と関わりがあるわけがない、お前のような娘は知らない」

ぴらぴら
黒い男はそうやって、手を振った
驚いた様子の桜子、執拗に食い下がろうと表情がおびえをまとった
しかし、すがりつく所を、強引に振り払われる

「う、うそよ」

「しつこい」

「ぃやっ」

女の子みたいな声を出して、桜子が突き飛ばされる
男は見向きもしない、面倒そうに桜子を棄てて
そのまま神域へと向かい始める
いくら下町風の娘とはいえ、大の男が小娘を突き飛ばすのはいただけない
桜子が棄てられた姿が怒りを催す、猫が目を細めるが
一歩が踏み出せない、隣の鬼も同じだ、役立たずのままだ

「・・・・・ったま来たっ!!!!」

ずばっ、ぎぃぃぃんっ
桜子がいきなり斬りかかった
衆目は事の次第を見守っているが、またも悲鳴をあげる
考えてみれば高位の人物に斬りかかっているのだから
忠臣蔵どころの騒ぎではない
ぎりぃ、鉄のこすれる音がする、桜子の刀は脇差しで止められている

「小娘・・・・・・・殺されたいのか」

「ふざけんじゃないわよ、あんたね、私を知らないとか云うってことは、おかあちゃんを馬鹿にするのとぉっ」

ぎぃ、怒りが滲んだ
桜子の左目が琥珀に変わる、二匹と衆目の位置からは
取っ組み合う男女の仔細、表情はよく見えていない
だが確かに黒い男は動揺した、同じ瞳を見て
吸い込まれるように力が抜けたのがわかった

「・・・・・・琥珀瞳・・・を、継いだ娘か」

「あに云ってんのよっ」

ぎぃぃぃ、桜子はなおも鍔迫り合いに力をこめるが
男は黙ってそれを見ているばかりだ、やがて
片手で桜子の手首を握る、そして型通りにそれを極める
かりんっ、軽い音で桜子の刀が手を離れ地を鳴らした

「・・・・・悪かった、お前は娘だ・・・・・・云うとおり、お前の父親だ」

「・・・・・・おとうちゃん、思い出したの?私に似てちょっと物覚え悪いのね、いいのよ、桜子よ、伊勢の瓶の家の」

「苦労したか?」

「・・・そ、そうでも」

「大変だったろう、一人でこんなに大きくなって」

「ひ、ひとりじゃないよ、お、おかあちゃんが」

「それも酷い話だったな」

「ひ、ひどい?」

桜子の顔が怯えた、ずきり、顔に痛みの兆候が見えた
まずい、記憶の無い部分が、良夫が戸惑う
劇的な良しとすべき場面なのに、不安と後悔ばかりになる
なぜ桜子をこいつと合わせてしまったのかと、なぜここに来たのかと

「そうだ、鬼に喰われた所を、お前は見てしまったのだろう」

「くわれた」

「いい女を無くした、しかし、お前は残った」

「おかあちゃんはくわれた」

「忘れていたのか?桜を散らす鬼が、お前の母を喰ったのを」

「桜の鬼」

くる、なぜか桜子は振り向いた
顔を蒼くして、黄色い瞳は相変わらずきらきらと琥珀の様相
ただ、じっとその瞳が、良夫を映し込んだ
良夫の左腕が呼応するようにうずき始める
良夫も怯える、桜を散らす鬼は怯える

「・・・・・・・うん、なんとなく思い出した、そうだよね」

静かに、小さく、落ち着いた拍子で
桜子とは思えないほど理知的な旋律が
良夫の耳をくぐっていった

「どうする、娘よ」

「おとうちゃん、仕事あるんだろ、いいよ、また会いに行く、わたし生家に行くから」

ぷい、云うとあれほど執着していた父親を
簡単に手放した、名残惜しいでもないが、何か言いたげに
父親は娘を見守っている

「・・・・・桜子」

「ん、あとでせつめいするから、ここは」

良夫のもとに桜子が戻った、黒い男はゆっくりと
殺意の視線を二匹に投げかけて、投げかけるだけで、何も云わずに神域へ消えた
桜子は振り返らなかった、猫又と鬼は男の視線から
ようやく放たれた、一幕が降りた

「・・・・おい、あいつら妖怪じゃ・・・」

「しかし、守護様は活かしておいたのだ、違うのでは」

「さっきの動きはどのみち、人間ではないぞ・・・おそろしい・・・」

ひそひそ声が聞こえる
慣れたもので、二匹は忍ぶようにうつむいて周りを見ないようにしている
桜子も流石におもんばかってかすぐに行動に移る
一行は、騒ぎを畏れて、神の宮を離れる
咎人のような気分で、理不尽な視線をくぐって黙って歩く

「・・・・・・あれって、食い逃げの・・・」

全速力で離れていった

つぎ

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