鬼斬り
「ぅは・・・・・・・・・」
息を吸った声
ぱっと目を開くと光が飛び込んでくる
血脈がどくどく打つ、今、息をした瞬間に「心臓を動かさなくてはいけない」
そういう焦燥感と脅迫感を覚えた、もとから動いていたのだろうに
脈を感じて初めて、全身にようやく力を漲らせるような心地がする
必要以上に呼吸をする、たくさんの空気を入れる
そして生きていることをなんとか確認する、じゃぁ次は?
「・・・・・・・・・腕は、あるな」
良夫は上半身を起こした、作務衣のようなモノを着せられている
傷の治療痕なぞは見られない、どうもそのまま快復したようだ
自分の身体を殊更細かく観察する、記憶は確かだ
瀕死だったことも覚えている
しかし思った以上に頑丈らしい、とりあえず大丈夫そうだ
「・・・・・・・・さて」
続いてやっと、周りを見回した
8畳ほどの個室に居る、障子とふすまで仕切られて
板張りの壁が二面ある、間取りから察するに角の部屋らしい
明かり取りからは表からの光が射している、外は明るい、昼くらいだろう
屋敷のようだ
部屋にはツボが飾ってある、どうも高価(たか)そうな趣がある
「・・・・・ここはど」
どたどたどた、しゃー(ふすま滑り音)
「あ」
「い」
「う?」
「バカか、桜子」
どごぉっ!!!!!!
・・・・・・・・・・・・
ちゅんちゅんちゅん、とってつけたように雀の声がする
「・・・・・・・というわけでー」
「いや、お前、説明してねぇよ」
「うっさいわね、ともかく助けて上げたんだから感謝なさい」
「何云って・・・・」
(うまいこと言いつくろったのよあたしが、この人達にバレないように・・・・)
最後の台詞は小声で言った
この人達と呼ばれた人たちは、じぃっと良夫を見ている
大柄な男が珍しいのか、ほうほうと眺めている
いや、違う、なんだろうこの視線、前にも感じたような・・・・
「で、そなたは、桜子殿のなんなのだ」
またか、というかいきなりそれか
にゃー、と鳴く生き物を思い出す良夫
どうしてこの小娘にこんなに・・・・
ほとほと困り果てるが、とりあえずいつものように適当に答えておく
目の前の人たちは、納得いかないようだがとりあえず頷く
寺院ではないようだ、神社でもないようだ、だけど目の前の人たちは、そういう感じだ
「気がつかれたようですね、しかし、あまり深酒しすぎるのも考え物ですよ?」
すーっと脳味噌が透析されるような声
静かにその場所にやってきたのは、先日の僧侶「衣夢」だ
なるほど、どうやらここは衣夢の関係する屋敷らしい
そして見張っている野郎共は、当然、衣夢の従者だろう
よく見れば、前に見た武者風も混じっている
「・・・・・・って、ふ、深酒?」
「ええ、なんでも二人で飲み比べをした挙げ句、乱闘になって大けがして路傍で倒れていたと・・・」
くるりと振り返る良夫
その視線の先には、さも、そうに違いありませんという面の桜子が
ほうほうと頷いている、なんて頭の悪い、しかも体(てい)の悪い言い訳なんだ
もう少し気の利いたことが言えないのか、このバカ娘
きぃっ
「どうされました?」
「い、いえ、なんでもないのです衣夢様♪」
と、桜子がなれなれしく様づけで衣夢を呼んだ
いぶかる良夫、どうも寝ていた間に随分と親好を深めたらしい
現状としては有り難いが、どこか腑に落ちない
なにか、心持ちがおかしい、早い話面白くない
「さて、今しばらくは私達もこちらに滞在しますから、どうぞごゆるりと」
言うと衣夢は席を立った
続いて従者が外す、どうも信用という言葉を
良夫に置いていない視線だ
じっと睨み付けるようにして、目を離さず一人ずつ消えていく
全部で3人、だが廊下に5人待っていた、従者は8人らしい
すと、最後に障子が閉まる音がし
ばごぉっ!!!!!
「くぁ・・・・・お、お決まり・・・・・・」
「っっっっっっっっったく、あによあんたわ、いつまで寝てんのよ、ぶっ殺すわよっ」
「お前、俺、けが人・・・・」
「どこに怪我があんのよ、なんか、わけわかんないうちにあたしに添い寝なんかしやがって」
「は?」
「とぼけるのもたいがいにしときなさいよ、あの時何があったの、いや、あんた何したの?外で!いやらしいっ」
・・・・・・・・・・・・・・・
良夫の脳内を様々な憶測が飛び交う
1.桜子がバカになった
2.桜子に痴呆が始まった
3.桜子のおつむが弱った
「しまった、全部元からだ」
「??なんか知らないけど、めっぽうムカツクわね」
怒りを露わにする桜子
まてまて、落ち着け良夫、よく考えろ、さっきの答えは全部一緒だ
とりあえずじっと見つめ返す、奇妙なコトに気付く
「??・・・・桜子、お前、瞳・・・・」
「なに?写ってる気色の悪い物体はあんたの顔よ?」
バカのくせに本当、他人を小馬鹿にするのは天才だな
ぐっと堪えて良夫は、よくその瞳を見る
うっすら、いや、意外と顕著に色が変わっている
漆黒ながら、わずかに茶色を帯びる、日本人ならではの瞳の色が
左目だけ
「黄色い?」
「??救急車?バカにしてんの?あんなのよ、はっきり言いなさいよ」
「・・・・いや、その・・・・」
「判然しないわね、なんなのよ、っつうか話途中、実際の所、あたしゃなんであそこに居たの?あんたなんかと」
「は?」
「は、じゃないの、ねぇ、あんたあたしになんかしたんじゃないでしょうね?」
ぎろり
目が、眉が、瞼が
どれも薄く良夫の命を脅かすようにして貫く
なんか誤解をしているらしいが、乏しい情報から察するに
倒れた事情を覚えていないらしい
「なんかおかしいのよ、昔のコトもなんだか、大切なコトも忘れたくさくて・・・」
「そりゃ、お前もともと都合の悪いコトは覚えないタチじゃねぇか」
「あんですってっ!!!っつうか、今回違うのよ、まるで無くなってるのよ、脳味噌が食べられたみたい」
「・・・・・・・食べられ・・・・なるほど」
「なに?」
食べたんだ・・・・・その後遺症か、じゃぁ瞳の色は?
もう一度目を見る、驚く、今度は元の色に戻っている
「あれ、戻った」
「ちょっと、なによ、さっき言いかけたのっ!!!」
怒る、すると、また目の色が琥珀になる
不思議だ、なんの作用だろうか
琥珀だとか、作用だとか、純文学が好みそうな単語が並んだ所
例の如く、ガチンと音が鳴った、良夫の脳味噌が上下に揺れる、死ぬ、死ぬからやめて
「ひとの話を、きけっ、何言いかけたのっ」
「いや、聞いてる聞いてるから・・・・・・、その前にだ、何を覚えてないんだ」
「う?・・・・覚えてないんだから、言えるか、バカ」
「そりゃそうか」
「ていうか、驚いたじゃない、最初は随分な傷があったわよ、何があったの本当」
「ん、ああ・・・・・・・」
お前に斬られた
とは言えない
言ったら説明がややこしくなる、良夫が鬼の本性で人を喰いかかったなど、言えるわけもない
とりあえず言いつくろおうと、色々と頭をめぐらせる
「あの鬼殺しとだな・・・」
「鬼殺し?・・・・・・ああ、黒い・・・・??・・あれ・・・んん??」
桜子がこめかみを押さえる、頭痛の時みたいに
しかし違うらしい、記憶のひっかかりができたのか
顔をしかめて、痛みに堪えるように
少しずつ、壊れ物を触るように、記憶をなぞっている
そういう仕草をしている
「どした?大丈夫か?バファリンが要るのか?」
「違うわよバカ、それにバファリンはあんた・・・・くそ、思い出せない」
「何を」
「いや・・・・なんだろう、黒い男、解ってるのよ、覚えてるのよ、鴨川で会った」
「ん」
「だけど、違うのよ・・・・あの顔・・・・どっかで見たことあるような・・・くそ・・・何、不気味、気持ち悪い」
桜子が苛立つ
見たことがあるような、そう呟いて憎々しげに口汚く
良夫も己の記憶を辿る、桜子の魂を喰った刹那、腕を吹っ飛ばされるに至ったその後
野郎が言っていた「女、お前」、取りようによれば、奴も桜子を知っているそぶり
いや、桜子をじゃない、桜子の本質をだ、なんだ、この
「薄っぺらで、ありがちな展開わ」
「ああ?なんだ、あたしの胸のコトか?」
「いや、それはそうだけど、ちょと違くて・・・」
ぱこんっ
軽々しい音がして、桜子の空っぽのおつむはよく鳴るわねっ
という罵声が続く、さっきからこればっかりだ
そう思っているのは、何も読み手ばかりじゃない
(・・・・・・・・・・・どういう関係なのだろう)
(わからぬ、だが、油断できない・・・・あの男、強い、衣夢様も仰っていたろう)
ふすまの向こうで小さく、決して中の二人には聞こえないように
盗み聞きを敢行している、よくない素行だ
だが衣夢の従者である以上、どのように道義的に汚れようとも
衣夢に危害が及ばないようにしつらえる必要がある
彼ら従者は、衣夢という正義にのみ従っている
衣夢は彼らにとって信仰の対象らしい、となれば
鬼は悪でしかない、仏事神事ともにそうなのだから真っ当だろう
「ともかく鬼殺しとなんかあったのね?」
「ん、まぁそうだな、軽い喧嘩だな」
「その割りに、奴は居なかったわね・・・なんで?」
「それは・・・・・」
良夫にもわからない
よっぽど傷が深かったとも考えられるが
もう少し事情がありそうな雰囲気だった
以上の会話で大方納得したらしく、肝心要の「喰われた」件についてまで
桜子は知恵が回らないらしい、次の話題へとそのまま移る
「??・・・・・・ねぇ、あんたなんか機嫌悪いの?」
「お?なんだ急に、お前ほどじゃねぇよ」
「あたしの何処が機嫌悪いのよ、いつだって笑顔でステキなアイドルよ、おならをしないのよ」
「はいはい」
言われて、適当にあしらうが内心はぎくりと冷えた
鬼殺しを殺りそこねた、だからだろうか
どうも、力を解放するまでに上り詰めた不快感が、拭えないまま
ずぶずぶと体内を躍っている
もともと良夫は無愛想な顔だが、殊更、不機嫌が常という顔立ちになっている
自分でもよくわからないが、何か気に入らない
「一緒に居ると不快になるからやめてよね、機嫌直しなさいよ、悪かったわよ、あんたのご飯まで食べて」
「な、そういや、俺の飯って・・・・・食べたって、手前っ」
ヽ( ´ー`)丿
そんな顔で、桜子が逃げていった
起きあがって追いかけるほど大人げないことはしない
桜子が消えた部屋、事情は起きた時よりは解った
次をどうしようか
「失礼」
迷っている間もなく
客が来た、むしろ良夫が客なのだが
相手に向かい、会釈をする
「お世話になっています」
「いや、倒れている方を保護するのは当然のことですよ」
にか、と笑う比較的油断を催す顔つき
従者の一人らしい、喋る「善意」は衣夢の信条を代弁しているのだろう
身のこなしに隙が無い、さきほどの他7人もそうだったが
いずれも兵法者の可能性が高い、ボディーガードなんだろう
「すいません、身体は存外大丈夫ですから、すぐにでも・・・・」
「いえいえ、別段、なんてコトはないですよ、折角回復されたのですし、それよりもどうですか?」
「どうって」
「今夜、一緒に食事と、お酒でもと思いまして」
そいつぁ、なかなか気が利いてる
良夫の胃袋はそうやって思った、胃袋が思ったのだ、胃袋が思ったってコトは
良夫は容認せざるを得ない、胃袋の判断は常に正しい、腹が減ればそれが第一だ
ご託はさておき、これも「善意」なんだろうか、良夫は胃袋の指令に逆らえない
「じゃぁ、折角・・・というのも変ですが・・・」
「いやいや、大丈夫です、桜子殿はお呼びいたしませんので」
何を心配しているのだ、良夫は目前の気のよさそうな顔を少し不満げに見る
時折居るのだ、自分が好いことをしていると思っていて、それが押しつけがましい悪意に転ずる奴が
無意識の悪意、始末に終えない
別に俺は桜子に怯えて生きているわけではない
力強く念じるが、言い訳がましい、とかく真実をつかれると怒るものだ、良夫はその辺りを直視しない
現実から逃げてる(言い過ぎ)
「あいつ、俺だけ喰ったって言うと五月蠅いから・・・・・なんとか・・・」
「・・・・・・そう、ですか」
残念そうな顔、どうも良夫と、飲みたかったという感じらしい
なんだか気の毒をしたかと思うが、すぐに顔が明るくなり
従者は席を立った、夕餉の時間に、とだけ言い残してまた暇がたわる
散歩でもと思ったが、まだ眠気が残っている、時間までは寝ることにしよう
良夫は再び、横になった
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「怪我は?」
「幾分」
「手柄は?」
「大分」
「じゃぁ、話というのは」
「親父、前に妾を囲っていたと言ってたな・・・・」
「?なんだいきなり」
京都よりほど近い、ある国、規模としては村とした方がよいが
国主がいて、手下が居て、軍事に備える組織がある
国と称して構わない、そういう勢力がある
今は、そこで国主とその息子が話をしている
息子は、随分な深手を負っている、傷は鬼によって被った、櫻の鬼に刻まれた
息子はあの鬼殺しだ
「確か囲っておいたが、櫻を散らす鬼に喰われたとか言ってたな」
「ふん、伊勢の女のコトか、確かにあったが・・・・なんだ、お前も囲うつもりか?」
「・・・・・・子供は居なかったか?」
「・・・・・・・」
息子が父親を視線で射抜く
父親はその不届きをただ浴びる、生意気が鼻につく、この息子を好いていない
しかし威勢がいいのは良いことだ、今はそれで殺しを重ねればよいと
父親は黙っている、黙りながら遠い記憶を探る
触れたくない過去、というほどではない、なんとなく囲っておいた田舎の女の話だ
国主にしては、どうでもいい女だった、しかし
「質問を変える、その女を囲ったのは、俺が産まれる前か、後か」
「前だが・・・・・・・お前、何を見た?」
ようやく父親の顔が引き締まった
語気が強くなる、身体が大きく見える、暗がりならば熊と紛うほど
それを前にしても、当然のように臆すことはない
息子は随分と太くできている、それもそうだ
息子は長子にあたる、一番最初の子供だ、家督を、国を、名声を継ぐ権利を有している
全ては、「長子」だからだ
「・・・・・・・・・・・・・・・女を見た」
「その傷は女からか」
「鬼にやられた、櫻を散らす鬼に」
「・・・・殺ったのだろう?」
「いや、俺じゃないのが手を出した」
「お前じゃない?」
「その女だ」
がさ、息子は袋を差し出した、ずしりと重たい
国主は無造作にその口を開く
中から、ず太い腕が出る
「・・・・・・・・・・・・・斬ったのか、その、女が、この鬼を」
国主は、その斬られた腕を見ている
おおよその大きさと強さが、それだけでわかる
口には出さないが、今の息子の実力では敵う相手じゃない
だが、それを斬った奴が居る、しかも、女で
「あんたと同じだ」
「なにがだ、これくらいはお前でも覚えれば」
「奴は習ってない、しかも、覚えるだけで「ただの人間」にできるわけがない」
「・・・・・・・・」
「琥珀色だったんだ」
「何を・・・」
ぎぃっ、音がするほど歯を噛んだ
鋭く睨みつける、血走る目はただ黒い
国主はこの瞳を嫌う、だから息子を好いていない
だが、息子も国主を好いてなどいない、特にその瞳を
「あんたと同じ、左目だけが琥珀色だったんだっ、あの女わっ」
獣のように吼えた
声だけじゃない、目つきも雰囲気も、人より劣る
黒い瞳の男は、憎々しげに、その琥珀色を睨み付ける
琥珀色は黙る、何とも言わない、ただ、黒い瞳を見つめ返す
琥珀の瞳に息子が映る、不機嫌な生き物が映る、映す親は黙る、睨み付けて沈黙する
親子は、帝に仕える「鬼殺し」の家系である