斬り


夜に狂ウ

鼻で笑うほどスカした表現
この、わざわざカタカナにしてあるあたり胡散臭い
程度の低い、どうも虫酸が走る、嫌な字面
こう呼んだ、こう書いた奴の脳を疑いたくなる
吐き気を催すほど、くだらない、品が無い、知性が感じられない

鬼はどうも機嫌が悪い

櫻の花びらが散る
闇に紛れて、淡紅の花弁が舞う
随分と洒落た風情で鬼が降りた
鬼はつくづく思う
手前が見えないから、夜目の奴をケダモノだと嘲笑う
バカを言え、お前らが鳥目なだけだ
鬼はつくづく思う
手前と異なるものを認める手段が、蔑みと同意
アホか貴様、お前らが真に下等な生き物だ
鬼はつくづく思う
手前でこしらえた規律を勝手に他にも押しつける
たわけめが、摂理を破ったのはお前らだけだ

うたい文句のように
鬼の頭に言葉がめぐった
久しぶりだ、夜に紛れて自分を改めて覚える、すなわち自覚
随分と押し込めて、我慢していた、どうしようもない不快感

とうとう、タガを外しちまった

ぱぁ、櫻の花びらがまた舞った
夏だ、だけど確かに櫻の花びらだ、百日紅じゃぁない
鬼の身体から零れて散っていく
櫻は命の断片だ、魂が蒸発していく姿だ、鬼は何度か人間を喰った
だから櫻が身体から漏れるのは、至極当然
汗のようなものだ
生気の結晶だ
存在の証拠だ

鬼殺しと桜子は、ようやく気付いたらしい
どちらも鬼が来たとだけ判然した様子
桜子は、この鬼が、知った鬼だとは解っていない
あまりに尋常と異なる
仕方があるまい

ばさっっ

例の粉が飛んだ
反射的に鬼殺しがぶち撒けたらしい
鬼の目の前にさらさらとした粉が広がる
夜の闇でもよく見える、粉の正体は依然としてわからないが
触らないに越したことはない

悠々と鬼は粉の範囲を飛び越えた
二匹の人間が射程距離に入る
今なら、魂を生で喰える、だがしない

桜子を巻き込むわけにはいかない

どんっ

「っっっっったっっ!!!くそ、な、なにす・・・・・きゃっ」

どいてろ
言わない、言えない、言葉を忘れた
鬼はとりあえず邪魔にならない程度の距離を桜子に与える
どん、と掌で一度強く押した
ふわりと、不自然な軌道で街道を端までのかされた
ちょっと強すぎた気がせんでもないが、仕方有るまい

ぎぃんっっぶんぶぅんっ

ちょん、地面を蹴る
黒い男は例の刀を二度旋回させた
いずれも、触れることは叶わない、見えてる
鬼は余裕でそれをやり過ごす
少しだけ、まだ気を散らす
桜子の安否だけを気遣う

「くそっ!!!!っっっったま、来たっ!!!!」

よし、元気だ、無駄に
烈火の如く怒り狂っているであろう桜子を耳で確認した
もう充分だ、鬼はようやく黒い男に意識を移した
見るのも不快な面構え、怯えた様子は無いようだが、焦りは見える
相変わらずへたくそな太刀筋で、黒曜石が空間を横切る
トロいんだよ

どんっ、ぼんっ!!!

横薙ぎをくぐった、そして土手っ腹に一撃
一度肉に吸収された後に、消化できずに膨れ上がる衝撃
打音ではなく、内蔵の音が鳴った
気味がいい、耳に随分心地がいい、苦しそうに男の顔は歪んだ
口からは、真っ赤な血が踊った

汚ぇ

どんごんどっ
続けて、小刻みな拳骨、少々は鍛えているらしいが
この程度、もう奴の身体は半死だ、生き物として死にかけている
はらわたは薄っぺらな皮の内側で、堪えきれないほど膨れたことだろう、もう一つで爆ぜる
一度、大きく地面を踏む、そして吼える

「ガぁああああああっっっっ」

「!!!」

どさどさっ
男が地面を転がった、桜子のような自発的な受け身ではない
ただモノのように転がった、思い知るがいい、
自分ではどうしようもない力に流されるという不快感を。
吼えた声で、桜子の動きも止めた
見るまでもなく、桜子はすぐに下がった
バカだが、「感」は本当に鋭い、自らの危険には決して近づかない
扱いやすいね、鬼は笑う

ばんっ

地面をもう一度蹴る、今度は強く、素足は砂を掴んで離れた
跳び上がって一気に決着をつける
こいつは殺しておく
とりあえず危険は取り除く必要があるんだ
問題は、この後どうやって、桜子に言い訳をするかだ、なぁ

縮まる距離、トドメを刺すために明らかに飛びかかる
喰い殺そうとしている鬼
桜子はじっとそれを見ている
言い訳しようがない
どうしよう、目の前で同族を殺される所を見せられる
怒るかな、なら、桜子も喰ってしまおうかな、何を言ってるんだ、でも一番いい方法か

ひゅんっ!!じゅくっ

「!?」

「鬼がっ、!!!!!殺してやる、はらわたを吐き出して、のたうちまわれっ」

台詞まで薄汚ぇっ
ゆっくり跳びかかると、着地の瞬間に逆転される
セオリー通りだ、まずい、プロレスなら常套手段、理想の展開
左肩が重い、傷を負った、また妙な道具を使ったな
鬼はめまぐるしく自分に状態を説明する、なぜこうなった?

だんっ、ざんっ

ぴぃぃっ、続けて肉が裂けて血が飛んだ
赤い、人間と同じ色の血
油断っ!
心で言葉を紡ぐ、痛みに顔を一層恐ろしく変え
また距離を開ける、男の黒曜石刀が
一度だけ鬼の腕を斬りつけた
鬼の肉は、羊皮紙のように簡単に斬れた、痛みよりも怒りがなお起こる
ぶっ殺してやるゥァッ

「ガぁああああああっっっっ」

咆哮
がさがさと木々が激しく揺れた、まだ本気の咆哮じゃない
あくまで警告程度だ、魂を砕くほどの声は出さない
桜子を巻き込めない
言い訳が多い
言葉が短絡していく
思考が愚鈍
言葉が足りない
鬼の脳内は、ずぶずぶと澱みが続く
ライトが明滅するように、断片的に思い起こされる人間のような思考が
逐一、小娘を気に掛けている、そこまで気にするなら
もうやめておけばいいのに
気付いても辞められない、怒りが湧いて仕方がない
もう、殺すしか、これを治める方法が無い、知らない、わからない

イライラして仕方がないんだ、止められないくらい、殺したい、殺さなくてはならない

ぐら、
身体が揺れた、おかしい、異変に気付くのに遅れた
怒りに痛みと己を忘れていた
ずくずくと、さきほど受けた傷口が、異様な痛みを発している
左肩、左肩に何かが埋まっている、それが全身を蝕んでいく

「う・・・・・うぼ・・・・・・ぐ、はっ・・・・・っ」

嘔吐感
酸っぱいのじゃない、鉄臭い、生暖かい、粘りのある感触
血を吐くのか
上ってくる熱い液体に戸惑う
ふらふらしながら、それでも、かかってくる黒い刀の筋だけは
しっかりとかわしている、本当にこいつは下手くそだ
だけど、その下手くそを殺すことが今は難しい

「鬼がっ、人間の世に迷ってんじゃねぇっ、異形は大人しく闇に帰れっっ」

「が・な・る・な・うぜぇえええええっっっ!!!!」

言葉が出た
丸太のような腕を遣い、目の前を横に薙いだ
黒い男は、慌てて下がる
かわされるようでは、相当キてるな
感覚ではわからないが、事象で自覚を促す
絶対的に不利だ、と

間合いが随分開いた
男の間合いは抜いた、だが
鬼の間合いはまだ充分だ
今なら喰える
今しかない
喉を鳴らす、口を開く、目が血走る

ひぅ

空気が冷たくなった、男が異変に気付く
鬼が魂を喰うというコトがどういうことか知って居るのかもしれない
過去に何度か見ているな、鬼は思った
男は言う

「やっぱり、人喰いかっ、このクソ野郎ぉぉぉ」

叫ぶ口から、また血が散った
威勢はいいが、男もかなりの深手らしい、なお喰いやすい
鬼はそう思った、傷口が痛む、そこから櫻が零れる
人間の命でこれを塞ぎたい、新鮮な命で、目の前の
この男を喰って
鬼は、怒りと痛みとなによりも焦りで忘れている

この場は、一匹と一人だけじゃない

「ガラ空きぃっ!!!!!、貰うわよ、この鬼っ!!!」

すあんっ
バカ娘再登場、だいぶ後方へと吹っ飛ばされて
お嫁にいけないような格好で倒れていたんだが
チャンスを見計らって間に入ってきた、先に言った通り
この娘の「感」は鋭い、勘じゃない、身体で感じる何かが鋭い

その瞬間、鬼は完全に無防備だった

一閃した、鬼が男の魂を喰う寸前で
桜子の刀が鬼を襲った
ざうっ!!!!!、いつになく鋭い音、桜子の顔がよく見える
表情が無い、いや、冷たい目をしている
思考がまったく読めないほど、薄氷の如き静けさを宿している

「桜の花びら、人喰いの鬼、瓶の中」

????????
なんだ?キーワードが頭に写った、わかるか、脳に字が写ったんだ
表情の無い桜子を見て、頭に浮かぶ単語を見て
何よりも、急速に塞がりつつある傷口から散り荒ぶ、櫻の花びら
広がる、甘いような、冷たい、つるりとした口どけ

俺は、桜子を、喰ったんだ

ずあああんっっっ!!!!!
思考が終着した瞬間、凄まじい波動が鬼を襲った
驚く鬼、何かを爆発させたような衝撃が全身を殴りつけたように揺さぶった
鬼の身体から、大地へぐあらぐあらと震動が伝わって逃げていく
伝播するようにして、大地が揺れた
煙・・・いや、霧が発った、桜子の剣筋から蒸気が上った、これはその余波
桜子の剣筋が炸裂したらしい、大きく体を揺らす、身体に異変が起きてる

左腕が飛んだ、斬られた!?桜子に?

切り口から、きらきら光る針のようなものが何本も砕けた
野郎が放った、毒の素だ、全身を蝕む澱みが消える
だが同時に鋼鉄と紛う左腕が肩から飛んだ
桜子の目は、相変わらず冷たいまま
鬼は、かすかに喰っただけだ、全部喰ったわけじゃないから死んでない
だけど、なんだ、まるで別人のような顔つき

「??・・・・・・・女、お前・・・・」

黒い男の声がした、そうだ奴をどうにかせねば
真面目顔の桜子などという、面白くない物体に付き合っている暇は無い
ぐら、魂をかじられたせいか、桜子はそのまま寝顔に変わった、崩れるが熟睡している
こういう所が図太くてステキすぎる、いい女だ
どんっ、と何度目かの跳躍、停止した桜子を飛び越えて
今度こそ鬼殺しを捕捉する、射程に入った、一気に潰す
左腕を失ったが、絶妙にバランスを取る、右の掌を向ける

「オ・オ・オ・オ・オ・オ・オ・オッ」

「ぉっ!!」

ばぁっ、鬼の攻撃が到達する前
噴き上がる間欠泉の如く、あの粉が宙に散った、かわせない間に合わない
全身に粉を浴びた、痛い、熱い、腐る
耐え難い感覚が肌の表面から染み込んでくる、目の前が眩む
ずごぉぉぉおおっ、モノの見事に鬼の攻撃が外れた
地面にドでかい手形が出来た

「ぐおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお」

鬼の悲鳴、苦しさにのたうち回る
先に書いた通り、身体が腐るような風情だ
痛いとか熱いとか、そういう次元じゃない
目がくらむ、身体が朽ちる、意識が絶える
体中から煙が立ち上る、もう動けない、動くのも面倒くさい、どうでもいい

「・・・・・くそ」

小さく呟いたのは黒い男だ
こいつはこいつで、重傷を負っているらしい
憎々しげに言ったものの、刀を杖に立ち上がると
何もしないで鬼に背を向けた
そして身体を引きずるようにして、夜に熔けた
トドメを刺す力が残っていないのか
あるいは、その時間すら惜しいほど命が危ないのか
いずれにせよ、鬼に手を出さず消えた

静かになる、何もなくなる、やがて明るむ、日が昇る

「・・・・・・・うにぃ、もう食べられませんんんん」

桜子の寝言が残る、長い夜が明ける

つぎ

もどる






本来なら、ここまで発表して休載したかったんですが・・・・
というわけで、誰が読んでも続いてるじゃんという感じですが
おいらの中では第一部完みたいなー(古いですよ)

そういうわけでして
結局だらだら続くんですが
はっきり言うと、リピート率がインド人もびっくりな程に低いので
本当、やめてしまおうか、いや、でも書きたいのはこれだしと

書きたいけど読んで貰えないという、いつものアレになってますので
駆け足で書いて、これ終わらないといけないと
危機感は覚えておるのです
辞めることなさそうですがヽ( ´ー`)丿

とあれ、長きにわたり休載しましたことお詫びします
これからも、ご贔屓に