斬り


「きぃもぉっ!!!!」

「あんだって?」

「気持ち悪いって言ったのっ、なにあれ、鬼?ざけんじゃないわよ、あんな生き物初めて見るわよ」

桜子が狼狽えている
目の前の手が長い男は、鬼の正体をさらけ出した
げはぁげはぁ、そんな声、音だろうか
息をするたびに、何か苦しそうな鳴りがしている
喉がなっている、顔は醜悪極まりない
異臭を放ちそうな面だ

「ありゃ出来損ないだ・・・・鬼でも人型になれ損なった奴だな、本来ならカマドウマみたいな・・・」

良夫がテリーマンよろしくお話をしている最中
黒い男が先に動いた、着ているものが黒いというだけで
別に黒マントとか素敵仕様ではない
すっ、影が、奔る

野次馬がざわざわとしている間だ
桜子と良夫の他に、これを見たのは極少ないはずだ
素早い、訓練された動きに見えた

「速い・・・」

「・・・・・」

桜子の声、良夫は黙っている

ばっっ!!!!!
じゅわっ、何か粉のようなものを撒いた
ふりかかった鬼が、絶叫とともに
全身から煙を吹き上げる
まるで燃えているようだ

「な、何アレっ!!!!」

「野郎・・・・鬼殺しは、ハッタリじゃねぇな」

じゅぅじゅぅ、肉が焼けるような音がして
鬼がのたうち回る、ふりかけられた粉がそうしているのは間違いない
その傷は想像以上に重いらしく既に決着がついたも同然だ
速い、何が起こったかわかっていない野次馬が
現状にようやく気付きはじめた、ざわざわと
歓喜が伝播していく

「お、おお、流石鬼殺し・・・・・なんたる早業っ」

「流石だ、鬼殺しっ」

「鬼殺し様っ!!」

讃える言葉、衆は次々にそれを口にする
ただ、良夫に限っては薄気味の悪い言葉
鬼殺しなんてのは、人殺しと何一つ代わりない
そんなコトをまるでわかっていない
ただ、はやし立てる野次馬どもは、英雄を見たかの如く
黒い男を崇め、敬っている
全身に詠嘆を浴びる黒い男

ぐぅ、ぐぅ

鳴っている、まだ生きている
ぶすぶすと全身を焼かれているのであろうが
それでもなんとか動こうとしている、ずるずる引きずるようにして
その場を脱しようと、黒い男は逃さない
真っ黒な瞳でそれを睨み付けている

笑ってはいない、だけども、心の底から侮蔑しているのがわかる

する、抜いた
黒光りする刀のようなものだ、金属では無い気がする
黒く研ぎ澄まされたらしい、刀のようなもの
それをゆっくりと振り上げる
野次馬の声が更にヒートアップする、求められている
鬼を殺すことが
見せ物のように、求められている

「っち」

「あによ、何舌打ちしてんのさ」

「なんでもねぇよ・・・・」

良夫が柄にもなく苛ついてる
黒い男はもったいぶるように振り上げた刀を降ろさない
なんとか逃げようと必死にはいつくばる鬼の後ろを
ゆっくりゆっくり構えたまま着いていく
時折、あざ笑うように尻を蹴ったりする
酷いものだ
喜ぶ客も、酷いものだ
醜いものだ
度し難い、良夫は苛立つ

「よしなさい」

「?」

ざわ、
水が入った
折角盛り上がってきたのに邪魔が入った
修学旅行の夜の枕投げ大会に教師が踏み込んできたような戦慄
曰く、邪魔すんなよー
そんな感じ、黒い男は面白くなさそうに止めた男を見る

「なんのまねだ、袈裟掛け」

「殺生をどうこうは言いませんが、衆人を煽るような行為は慎みなさい」

「どけ、鬼が逃げる、逃げると厄介だぞ?手負いだ、間違いなく人を喰う」

ざわりざわり
衆の声がまたざわついた、喰われるという単語に怯えたのだ
止めに入った「袈裟掛け」は、良夫がかわやですれ違った僧侶だ
きっと結んだ口、凛々しい視線で鬼殺しを射抜いている

「・・・・・・・・・・」

「どけ、すぐに始末する・・・・それでいいだろう、そんな目で見るな」

どん、
言って鬼にトドメを刺した
ぶしゃ、ひしゃげるような音がして液体が吹き上がった
赤くない、醜い液体が吹き上がった

「・・・・・・・・・おい、行こう桜子」

「アレ、何でできてんだろう」

「さくらこ?」

言ってる間に良夫の肩から飛び降りて屍に走り寄っていく
まだ野次馬がやんやとその周りを囲んでいる
屍に向けて、石でも投げつけようという所作も見られたが
僧侶が睨みをきかせた、それだけでそそくさと衆人は去っていく
僧侶に睨まれると、どうしてか、良心が恐ろしくうずくらしい

人垣が崩れた、それをいいことに

ちぃんっ、がきっ

「っっっっっつっ・・・・・か、堅っ・・・・・何でできてんのよコイツ」

いきなり死体に斬りかかる小娘
端から見たら危ない人にしか見えない
黒い男が桜子に声をかける、大方、鬼を仇と思った輩と勘違いしたのだろう

「お嬢、やめときな、そんな汚いもんに触るんじゃねぇよ」

「おだまり、あたしは鬼斬り桜子、あたしに断り無く、なに鬼殺しとか名乗ってんのよ」

「は?」

「それよか、刀見せなさいよ、刀、どんな細工してんのよ、あんな簡単に切れるわけがない」

黒い男は面食らっている、以下黒い男脳内
いきなりやってきた、パっとみた所は普通の女の子が
鬼の死骸に斬りかかって、次の瞬間に因縁をつけてきた
こいつはいかん
流行の病に脳を冒されている、違いない

「お嬢・・・・・気の毒に・・・・・・」

「なにとーとつに気の毒がってんのよっ、はったおすわよっ!!!」

「やめんか、言葉がまるで足りてねぇんだよ、おい」

がし
一騒動の所で、ようやく良夫が入ってきた
鬼、鬼斬り、鬼殺し、僧侶
とんだメンバーが揃ってしまった
良夫は警戒しながら、とりあえず保護者らしく桜子を捕縛する

「あ?保護者か?幼い子はしっかり見張っておかねぇと」

「誰が、幼いかっ!!!!」

ずばっ!!!!!
言うが速いか、いきなり桜子が抜いた
流石に焦ったか、黒い男も刀を抜いた
ぎんっ、鈍い音がして黒い刀の破片が飛んだ

「え?・・・・・脆い??」

「な、何するんだ、このバカ小娘っ!!!折れたらどうしてくれんだよっ」

「・・・・・・石?石でできてる??」

桜子、まるで聞いてない
ただ目の前に晒された男の刀に見入っている
顔が写るほど磨かれている、真っ黒な刀身
桜子の刀を受けた部分は、脆く刃こぼれしている

「こいつはな、黒曜石でできてんだ、ったく、作るの大変なんだから妙なことするな」

「こくようせき?・・・・うそ、そんな磨製石器紛いのもんで、鬼が・・・・」

「石器扱いするな、由緒正しい魔殺しだよ・・・・・あんだよ、お前も鬼斬りなんだろ?それくらい」

「知らないわよ、あたしゃ普通の刀で鬼斬ったんだから、それよかあの粉は?」

「あらぁ、黄粉だよ、きなこ」

「きなこ?・・・・・・そんなもんで、あんなに」

「昔から鬼ってのは大豆に弱いんだよ、大豆に」

ふーん、そうなのかー
そういう顔をして、納得したのか、はたまた飽きたのか
とりあえず黒い男から興味を失ったらしい
もういいや、帰ろう、そういう顔で良夫を見る

「帰ろう、良夫」

「おう、そうだな、芥子屋が待ってるぜ」

用意していた台詞で、さも保護者風に繕って
さっさとその場を退散しかかる
しかし

「よしお?・・・・・・・おい」

「・・・・・・・・・」

「こら、おい、大男・・・・」

「なんですか?」

今まで見せたことがないほど、素敵な笑顔で振り返る
芥子屋と長くいたせいか、そういう顔が出来るようになった
完璧な作り笑顔でにこりと見返す
黒い男がじっと、その顔を見る

「気持ちの悪い顔をするな・・・・・それより、お前さん、産まれわ」

「いや・・・・・・なに、京都の田舎ですよ、いや、本当なりばっかでかいだけで、本当、俺ぁ・・・」

「京都・・・・・・・か、三重のあたりに居たことないか?」

「いや、そんな所にゃ、産まれてこのかた・・・・・」

「何云ってんの、通ってきたじゃない」

「ばか」

桜子の余計な言葉に思わず良夫が叱りつける

「質問変えよう」

黒い男が声色を変えた
ぴん、桜子が鯉口を切った、良夫の背中側だが臨戦態勢になる
思わず殺気を浴びせ返す、恐怖するほど、黒い男の様子が邪だ

「三重の藤原岳に、悪鬼が住んでたらしいんだが、そいつが最近山を降りたらしい、なんでも
若い娘を浚っては食い散らかしてたんだが、山にとんと人が来ないから、自ら求めて降りたって話だ
岩のような背中、気のよさそうな若い顔、のっとでかい背丈・・・・」

じり、近い
桜子、良夫、同時に思う
さっきの男のスピードを考えるに非常にまずい

「桜の花を散らして歩く、エセ風流が得意らしいって聞いたんだが・・・・名前が、確か・・・・・・」

我慢の限界だ、これ以上はまずい
良夫は力を解放へと導く、距離が近すぎて
黒い男の攻撃が桜子を巻き込む危険がある、それだけは避けたい
良夫の殺気が目に宿る、確信したように黒い男が言う

「夜狂いの子音(よぐるいのしおん)」

ず、ずばっ!!!!

「物騒ですね、やめましょう、ほら人がまた見ていますよ」

ほぅ、柔らかい声、そして差し出される掌に
覚えず、黒い男と良夫の動きが全く止められた
しかし、その後光は桜子には届かなかったのか
ヌキはなって、なぜか良夫の横面を棟で叩いている<その音→ずばっ!!!!
刃を当てなかったのは偉いが、酷いに変わりない
例の如く頭を抱えてうずくまる良夫、哀れ

止めたのは、例の僧侶だ、顔全体からにじみでる功徳が殺気を雲散させた

「喧嘩なんぞ得にもなりません、さぁ、折角の風流、無粋ですからこのあたりで」

優しく諭す声が心に響く
なんともいえず、温かい気持ちになる、こればっかりは
ホンモノを聞かないとまるでわからない、ただただ
感謝せずに居られないほどの、ありがたさがある

「そりゃそうだな・・・・・いや、悪かった・・・・・お前さんも相当のゴロツキだったんだろう?さっきの目」

「いやぁ・・・・・そりゃ、男ですから悪いことくらい・・・・」

「だな、っつうかよく考えてみりゃぁ、鬼がごろごろ居るわけねぇ、悪い悪い」

ぴらぴら、手を振って
僧侶に言われた通り、黒い男は店に戻っていった
よかった・・・・・・殴られたけど、とりあえず良かった
安堵する良夫、ちらりと僧侶を見る

「いやぁ、ありがとう」

「いえいえ、喧嘩はいけませんからね」

「本当、助かった、ありがとう、お坊さん」

桜子も随分素直に礼を述べる
僧侶はただ、たおやかな笑顔だ
ちなみに高僧だとはわかるが、歳は全然いっていない様子だ
若い、まだ20を越えたかどうかくらいに見える

「おおーい」

「お、芥子屋が・・・」

そこへ待ちくたびれたのか
二人を見つけた芥子屋がやってきた
のそのそと、身体をゆらして近づいてくる
満面の笑みを浮かべているあたり、商談はうまくいったのだろう

「おう、こっちだこっち、悪い悪い」

「いやぁ、私もちょっとお待たせしてしまいましたな、いやはや、すいません」

「おっちゃん、ごめん、見せ物があって」

「いや、見せ物じゃなかったろ、おい」

「そうでしたか・・・戻ったら居られないから驚きました・・・おや、そちらは?」

「ああ、なんというか、えっと・・・お坊さんの」

「初めまして、衣夢(いむ)と申します」

高僧がゆっくりと頭を下げた
芥子屋も同じく下げる、そしてお互いが頭を上げて
視線がぶつか

「ぎぃやああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!」

「うおあっ、お、おっさんっ!!!!」

「ど、どしたのおっちゃんっっ」

いきなり芥子屋が発作のようにびくびくと全身を震わせ倒れた
おまけに絶叫をあげている、この世の終わりが来たような反応だ

「おやおや、いけません、大丈夫ですか?」

「うぎゃあああああああっっっっっ!!!!!!」

慌てる二人をさしおいて、衣夢がゆっくりと倒れた芥子屋に手をかざす
しかし、逆効果のごとくますます叫び声は悲壮極まる
死ぬんじゃなかろうか・・・・・そう疑うほど、酷い荒れようだ
気を確かにさせようと、衣夢が芥子屋の手を握る

じゅわぁああああああああっっっっ

「な、け、煙!?」

「な、なに!?」

驚きの二人、じゅぅじゅぅと凄まじい音をたてて
湯気がたつように白い煙が、わんわんとわき起こった
芥子屋の発作はやまない、心配そうに衣夢が見守る
手をぎゅっと握る、またすげぇ煙が吹き上がる

「うあああああああっっっ、ご、ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいいいっっっ」

「おっちゃん、な、なに?なにが、どうしたの?おっちゃんっ」

「うううううううう、産まれてきてごめんなさい、ごめんなさいいいいいっっ、こんなに悪い人で、ごごごごごご・・・・」

白目を剥きながら、芥子屋が
命の限りの懺悔を始めた、唐突だ
涙と鼻水をだーだーと垂れ流して、ただただ
口からは、御免なさい、とうわごとのように繰り返す
どうやら、衣夢の功徳に中てられたらしい、まさに、改心の一撃

びくびく

「お、おっさん・・・・・・」

「うあ、おっちゃんがなんか、ぴかぴかになってる」

「もう大丈夫なようですね、いやぁ、良かった良かった」

他人事のように、衣夢が言うと
ゆっくり、未だかつて存在したことがないほど
清らかな瞳が開かれた、もうこいつは芥子屋じゃない
即身仏に近い

「ありがたや、ありがたや・・・・・・私、今、初めてこの世に生を受けた意味を知りました」

「お・・・・・・おっちゃん」

「桜子さん・・・・・・今日までありがとうございました、明日から私は旅に出ようと思います」

「行商?」

「いいえ、全国を行脚して、己を今一度見つめ直す旅です」

ぴ・かー
光り輝く芥子屋の笑顔
ゆっくりと立ち上がり、やがて良夫にも頭を下げた

「短い間でしたが、お世話になりました・・・・・あなたのおかげで、無事旅ができておりました」

「いや、その、えっと・・・・・・・た、達者で・・・・な?」

にこー
目尻がどうしようもないくらい下がっている
何か、見せてもらうこちらまでにこやかな気分になる笑顔だ
一通り済んだのか、最後に芥子屋が衣夢に頭を下げる

「お会いできて本当に、ありがとうございました、あなたのおかげで・・・・」

「いいえ、これから長く辛い旅になるでしょうが・・・・頑張ってください」

ピ・カー
本家はカタカナだ(何がだよ)
浄化されたらしい芥子屋は旅に出た
見送る背中は、いつになく清々しかった

「ねぇ、良夫」

「うん」

「明日から、どうしよう」

「だなぁ」

二人、路頭に迷う

つぎ

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