鬼斬り
全く世の中ってのは仕様がねぇ
理不尽が凝り固まって出来ている
誰彼構わず我慢することで、ようやくなんとかなってる寸法だ
おかしな話だが、我慢出来る奴ぁ、でかくなる
そんな事を確か考えていたはずだ
良夫は頭の中で、色々と思い浮かべた
随分酔っている
だから、突然説教じみた事が頭に浮かんだんだ
落ち着け、落ち着け良夫
自らに言い聞かせるようにして、脳内で必死になだめる
どうしてこうなったんだ
確か、桜子と芥子屋と楽しく飲んでるんじゃなかったか
そうだ、そこで俺は便所に席を立ったんだ
気兼ねなく、小便してからまた戻るつもりだったはずだ
だのになんだ
「・・・・・・・・・・・ワッパが、俺に楯突くたぁ、なかなかどうして、おつむが足らんのう」
「るせぇ、爺如きに遅れをとるほど、俺ぁヤワじゃねぇよ」
ゴロンゴロン
空が轟いている、暗雲が立ちこめてきている
さっきまで星空が覗いていたが
今はすっかり曇っている、今にも落ちてきそうだ
いや、落とそうとしている、そう、天を司る目の前の野郎が
雷神
「たく、獄卒鬼ずれの天邪鬼か?・・・・・・下っ端のくせに、いきがってんじゃねぇぞ、頭下げろ許してやる」
「バカ言ってんじゃねぇ、鬼が誰に頭下げるっつうんだよ、人間に拝まれてるからって弛んでんじゃねぇのか?あ?」
良夫が精一杯に威嚇する
正体を最大に解放している、相手が相手だけに隠す必要がない
いや、隠しているような余裕が無い
雷神は、高位の鬼だ
こいつはその中でも、賀茂別雷神だ、別格中の別格
神代の昔から、都を鎮護する神なのだ
ただの鬼如き、良夫が楯突けるはずもない
だが、男には譲れないものがある(注:酔っているため見境が無い)
ばちぃっっっっ
空気が爆ぜた、紫の光が飛び交う
雷神は随分本気らしい、よほど頭にきているのか良夫如き低俗に対して
あまりに力を入れすぎている
良夫も良夫で、引けばいいのに一歩も下がらない
二匹は睨み合う
-かわやの前で-
お互い一歩も引けない
便所の順番は、古来譲れないものなのだ
「ボケが、てめぇこんな所で正体晒してどうするつもりだ?」
「てめぇこそ、何、神のくせに、便所なんぞ借りにきてんだよ」
「神だから道ばたでするわけにゃ、いけねぇんだろうが、頭使え、ワッパっ」
「がたがた言うな、俺が先に並んでんだ、譲れるかよっ」
「年長者にこういうもんは譲るって、世の中キマってんだろうが、あああぁ!?」
幸い人が来ていないので
このような異形戦争は誰の目にも触れられていない
が、実際の所、見られたらコトになる
鬼は疎まれる
これは、良夫にかぎることじゃない、雷神も当てはまる
畏怖は、友好とは異なる感情だ
人間共は結局、怖いから崇めているだけだ、鬼には変わりない
凄く黒い話をしているんだが、シチュエーションのせいで全く伝わらないな
まぁ、ともかくそういうことなのだ、鬼は人間の世界ではともかく生きづらい
既に我慢の限界なのか、雷神が先に構えた
事態は急展開だ、良夫も当然構える、が実力が違いすぎる
譲るべきではないのか?疑問もよぎったが
雑念は全て棄てた、酒のせいで頭がおかしい、喧嘩をする気になっている
「ったく、時間がもったいねぇ、中の奴が出てくるまでにケリつけんぞ」
「あたぼうよ、吠え面かきやがれ」
ぞそっ、地面がえぐれた
ちなみに昔の建物なので、かわやは母屋から随分離れた所にある
そのおかげで、このカチコミ騒動も気付かれないで済んでいるのだ
もっとも、中で用を足している人がいるのだから
バレてないとも言い難いが、まぁ細かいことは気にしない
ばぢぃぃっっ
爆ぜた、雷神の拳が伸びた
十字にして良夫がそれをガードする、ガードした腕に
雷撃が炸裂する、びりびりと全身に電気が奔る
しかし、その手の攻撃は鬼にはさほど痛みが無い、派手なだけで
実際はパンチ一発分のダメージだ
器用に腕をはずして踏み込む
「ぬぅああああっっっ」
良夫が反撃にでる、いや、すでに勝負に出ている
ありったけの力を込めて、ガチンコの接近戦を挑む
懐に飛び込んで全体重を載せた一発
ガボンッ
気圧が下がった
良夫の放った拳の重さが、空気を引きずりその密度を変えた
打突点に全てが集束する、凝縮する、空間が縮む
「お・お・づ・つぅぅっっっっ!!!!!!」
ぽん、
気の抜けたような音、だがそれは一瞬だけだ
シャボン玉が弾けたような、開始の合図
集められた空気が何倍もの威力になって再び膨れ上がる
音は出ない、気圧が狂えば、振動なぞ伝わらない
音が産まれない
無音が襲いかかった
「かははははっっ!!!!面白いが、しょせん、ガキのお遊びだぁなっ!!!!」
笑い声が確かに聞こえた
そんなはずは無ぇっ、声なんざ聞こえるわけがねぇんだよ
良夫が焦る、というかまだ技の発現途中のはずだ
しかし現に声が聞こえたし、手応えが軽い
「は、はずされ・・・」
「坊主っ、力だけなら、護法童子の方が上だぜ?」
ゴ、ヅンッ
地響きが山を震わせた
地震が起きたかのような振動が良夫を伝って地面を揺すった
ただのかち降ろしだ、だが刹那で良夫の頭は
地面に額をすりつけている、あまりの反動で下半身がエビ反りに浮いた
めきめきめきっ
ばばばっっ!!
良夫が足を左右に開く、叩きつけられた頭を軸にして
回転して蹴りを見舞う、辛うじての反撃、不意を突かれたか
雷神が一歩下がる、足は空を切るが反動で起きあがった
起きあがりに一発見舞う
しかし余裕で受け止められる、稲妻が奔る
ばぢぃっ
「ほうほう、手ぇだけぁ早ぇな、小僧っ」
「るせぇ、護法童子だぁ?金剛綱くらい、俺でも引いてたっつうんだ」
「・・・・・っはっ足短けぇのに、無闇に振り回さねぇ方が身のためだな」
何云いやが・・・・
ずるっ!!!!言う前に、天地がひっくりかえった
雷神が消えた、いや、陽炎が見えた
足を払われ、浮いた所を蹴り上げられた
今自分がどこを向いているかわからない、それよりも攻撃に対する恐怖が勝る
「そんなに縮んでると・・・・・」
どこだ!?焦る良夫
相変わらず浮いたまま、全身を固くして全方向への防御を高める
「ダメージ逃がす所がねぇから、痛ぇんだぜっっ、そろそろ終いだ」
ぼんっ・・・・・・・・ぼんぼんぼんぼんぼんぼんぼぼぼぼぼぼぼぼっっっ!!!!
花火の音がした、遠くで鳴る花火の音だ
しかもクライマックス、最後の乱打、それとまったく同じ音がした
全身が焦げてる
脳が揺れるのがよくわかる、ダメージがでかすぎて身体が痛みとして知覚できてない
まずい自分の身体じゃ無いようだ、ゴムのようにだむだむ言うのがわかる
殴られているのに、殴っている方の手応えが伝わる、神経が壊れた
どこに居るとか関係無ぇ
雷撃が、全方向で爆発してやがる
拳が全身に降り注がれた
拳はいちいち、雷を纏っている、爆ぜる音と熱
いやもともとの一発が重たい、やばい、痛い
痛い?それどころか
こいつぁ、死ぬかもし・・・
がちゃ
「あっと・・・・・命拾いしやがったな、小僧」
かわやの戸が開いたらしい
どうやら雷神は結構追いつめられていたらしい
すぐに中へと滑り込んでいった
間一髪だ、べちゃりと地面に落ちる、ボロ雑巾のように薄汚い
「く、くそ・・・・野郎ぁ・・・・・・便所伺いながら、このザマかよ・・・・・」
はいつくばる良夫
幸い漏らしたりとかしてない、小便なんて波があるから
意外と大丈夫なもんだ、膀胱炎はまだ遠い
そういう意味では、俺は雷神に勝った
っつうか、やっぱり最初に譲っておくべきだったんじゃなかろうか・・・
酒のせいで粋がっていた自分を、心底反省しつつ
ゆっくりと力を入れる、全身にやばいダメージが蓄積されている
後、3発も貰ったら、全身が内側から破れてたろう
「・・・・・・あの、大丈夫ですか?」
「おわっ!!!あ、いや・・・ああ、す、すいません」
いきなりの声がけ
驚いて振り返ると、どうやらさっきまで便所に入っていた奴らしい
幸い、ボロ雑巾の良夫は、鬼の姿から元に戻っている
見られていない
「すいません、私が長いもんですから、ご迷惑をおかけしたようで・・・」
「いや、そういうわけじゃないんだ、いい、すまねぇな」
優しげな男が良夫に手をかす
差し出された手を握ろうと伸ばす
???こいつ
しかし、良夫は空を握って、自力で起きあがった
目の前の男を確認する、装束をよく見る
「どうなさいました?あ、手は洗いましたよ」
「いやでなくて、・・・・・・あんた坊主か?」
「??ああ、僧侶・・・・のようなものをやっておりますが」
静かに答えた
澄んだ声、真っ直ぐな背筋、優等生らしい
全身に法力がみなぎっているのがわかる
こういう輩は、良夫では触れられない、それこそ火傷をしてしまう
「ようなものって・・・・・・・新興宗教って奴か?」
「いや・・・まぁ、どちらかというと、仏教なんですが」
はにかんだような困り笑いをする
悪い奴じゃない、人柄の良さが鮮やかな色として見える
人間は数多いが、こういう立派なのはなかなか見られない
しげしげと良夫は眺める、善側の存在、相当高位のホンモノの坊主だ
がちゃり、またかわやの戸が開いた
そちらに視線を移すと、普通のおっさんに化けた雷神が居る
ほっとした表情で、ようようと戻ってきた
「おう、じゃぁ、ありがとうよ」
良夫は僧侶に謝辞をのべ雷神とすれ違う
雷神が、にやりと笑う
-小僧、命拾いだったな
-うるせぇ、クソじじい
そんな感じで、視線がすれ違った
がちゃ
「・・・・・・・・・・悪いな、急かしちまったかい?」
「いえ、そんなわけでは・・・・・・あまり、喧嘩なぞなさらない方が良いですよ」
「違いねぇ、違いねぇな・・・・ご忠告ありがとうよ、僧侶サマ」
「どういたしまして・・・・・・・賀茂別雷神様」
しれっと、何喰わぬ顔で僧侶は言った
雷神は、歯を見せて笑う
言葉は出さない
「・・・・・・・僧侶だろ?なんで神職でもねぇ、お前が俺のこと」
「いえ、ご高名ですから・・・・・・おっと、連れが待っておりまして、お先に失礼」
ほほぅ
雷神はアゴを撫でてそれを見送った
妖しいとは思わなかった、背中から功徳がにじみ出ていた
相当高位の僧侶だろう、神も仏も、よくよくは似たようなもんだから
まぁ、知っていてもおかしくねぇ
そう結論づけて、雷神も店に戻った
っつうか、神のくせに居酒屋で酒を飲むな
「遅い、良夫」
「悪い、悪い、めちゃめちゃ混んでてな、もう、大丸のバーゲンみたいでよぅ」
「どこよ大丸って、マッチャカヤじゃないの?」
地方限定の話題で盛り上がる二人
席ではすっかりお膳も揃っていて
桜子もかなり出来上がっている、芥子屋は少し席をはずすと言って
さきほど懐をじゃらじゃら言わせて、別の部屋へと入っていった
「それよか桜子、これからどうすんだ?」
「そうね・・・・・・おっちゃんともお別れだし、とりあえず都で鬼の情報を集めるわ」
「えー、とっとと出ようぜ、こんな人間が俗悪な所」
「あんたなんて存在自体が俗悪じゃない、都なのよ?全国の情報が集まるのよ?押さえたら天下が狙えるのよ?」
「そりゃ岐阜の関ヶ原だよ、無学」
どすんばたん、すかぽんたん
とりあえず、前の時とまったく同じ、ひねりも無い展開で
酒が終わり、水菓子が出てきた、懐石もこれで終わる
相変わらず芥子屋は戻ってこない
「あれ、あんた水菓子食べないの?」
「ん、ああ・・・俺ぁ、甘いもん嫌いなんだよ」
「嘘つきなさいよ、さんざん高山で酒シャーベット食い散らかしてたじゃない」
「それはお前だろ」
「・・・・・なに、ひょっとしてきなこ嫌いなの?」
「るせぇな」
ぶっきらぼうに首を横にふる
それだと言わんばかりではないか
水菓子は、わらびもちの贅沢な奴だ、黄粉と黒蜜がかかっている
いかにも涼しげで、また甘さも程良い
桜子が二口目を頬張る、余談だが女はどうして甘いものを食べる時
最高に幸せそうな顔をするのだろう
あむあむあむ
「??・・・・・・・・・きなこが嫌い・・・??」
っち
思わず良夫が舌打ちする、気付かれるか
そう思った、忌々しげにわらび餅を睨む
「あんたひょっとして、大豆・・・・・・」
ばたばたばたっっ!!!
「喧嘩だ、喧嘩だっ!!!」
「道で、喧嘩をおっぱじめやがったっ」
がやがやがや
突然、会話に割って入ろうかと、外から喧噪が飛び込んだ
川床でのんびり足を水にひたしたりとかしていた客が
みんな店側に振り返る、どうやら表で誰かが喧嘩を始めたらしい
「喧嘩・・・・・?・・・おもしろそ」
「おい、やめと・・・・って仕方ねぇな」
止める間もなく、桜子がぴょんと飛び出して
そちらの方へと駆けていく、良夫も重い腰を上げる
さっき要らぬ大喧嘩をしたせいか、他人の喧嘩も見たくない心境だが
桜子を一人で野次馬させるのも不安
仕方なくついていく
「見えるか?」
「んー、なんか黒っぽい奴と、ひょろっと手の長い奴が居る」
桜子が目を細めて見ている、野次馬の人垣が邪魔らしく
少しして良夫の肩をよじのぼった
今一度、じっと見る、どっちも大して強そうには見えない
いや、黒い方はちょっとヤりそうな感じだ
「おいおい、なんでも、アレだってよ最近噂の『鬼殺し』なんだってよ」
「本当かい、そいつぁ、箔の付いた喧嘩だな、相手はなんだい」
「さぁな、鬼殺しが相手するんだから、ひょっとしたら・・・・・」
野次馬の、凄く分かり易い解説が届く
肩の上の桜子が思わず良夫を見る、当然良夫も見上げている
肩車じゃなくて肩に立ってるから、パンツ見えそうだ
ばごぉっ!!!!
「上見るな、助平っ」
「てめぇが、勝手に上ったんだろうが、バカ野郎、ガキの下着なんざに興味無ぇっ」
良夫が抵抗するが
桜子は聞いてない、こっちはこっちで要らない喧嘩になりそうだ
くるくるくる・・・・
「?・・・・何今の」
「・・・・・・・おい、桜子・・・・・・下がろう、ヤバイ」
「何がよ、っつうかまだ喧嘩始まってないってば、見てから」
「イイから、ありゃヤバイ・・・・」
「は?鬼殺しとかふざけた渾名に怖じ気づいたとか?笑わせるわね、良夫」
「違う、相手の・・・・」
ずぶずぶずぶ
黒い方-鬼殺し-が睨み付ける相手が
変化した、妖怪の類?いや、鬼の姿を顕わした
思わず野次馬の人垣が崩れる、慌てて逃げる人垣
鬼はぎろりと周りを見回す、腕が異様に長い
「な、なにあれ、気持ち悪いっ!!」
「・・・・・・手長・・・?・・・いや・・・蜘蛛か」
良夫も逃げまどう人に紛れて、少し下がる、桜子がじたばたするが
無理矢理肩車にして連れ去る、黒い男は物怖じした風もない
じっと、鬼を睨んでいる
「薄汚い・・・・・人間の世界なぞに入り込むな、邪悪・・・・・死ね」
思いの外若い声だった
黒い男は呪詛言のように呟いた
若い声、だが、濁った憎悪で飾られた声
鬼殺しは、鬼を「殺す」のが商売だ