鬼斬り
がらんがらんがらん
車の音が響く
一行は既に山を一つ越えて、山科に入っている
木々豊かな道々は、かすかに都の匂いがして
なんとも不思議な風情がある
「もうちょいだな」
「そうですねぇ、いやぁ、よかったよかった、桜子さんのおかげですよ」
「当然、あたりき、到着次第、金300しかと貰うわよ」
「はいはい、もちろんですよ」
にこやかに芥子屋が桜子と喋っている
この悪徳商人のことだから、難癖つけて
金300を値切るんじゃなかろうかと心配だったが
実際は、全くそういうそぶりがない
本当に金300も出して構わない働きと思ったのだろうか
車を牛の代わりに引かされている良夫がじっと見ている
「良夫、遅れてる、早く来いってば」
「重てぇんだよこの荷物、お前も手伝え」
「甘ったれんじゃないわよ、あたしの下人のくせに何、生意気な口聞いてんのよ」
「ちょ、お前、いつ誰が下人なんぞに」
「お黙り、カブトムシなんかと遊んで挙げ句、死に際を見たからってわんわん泣くようなヘタレ
下人にされただけでも、もったいないと思え、崇めろ、ひざまづけ、額をすりつけろ」
相変わらず口げんかになると
低脳っぷりを発揮する桜子だが、そういう光景を
芥子屋はことさら楽しそうに眺めている
この笑顔が、作っているようには見えない時すらある、本心からのようだ
「なぁ、芥子屋さん」
「なにか?」
「いや・・・・・・・・・その、な」
がらがらがら
良夫が車を引いて芥子屋に近づく
桜子は少し先に団子屋を見つけたらしく
そちらへまっしぐらだ
「この荷物、どこで降ろすんだ?」
「・・・・・・・・・・・そうですね」
顔つきが変わった
そういう商人の顔になった、ワイルドだ、悪そうだ
色々思うが、良夫は黙って応えを待つ
あまり深入りしすぎて、捕まってしまうのも笑えない
芥子屋もそれを察したのか、良夫を信用して答える
「上賀茂神社を知っておられますかな?」
「かみがも?」
「ええ、都の丑寅に在する、由緒正しい神社」
「・・・・そんな神聖なトコで・・・・・・・って、そうかだからか」
「はっはっっは、頭がよろしいですな、そういうことです、神事は何人も侵せないのですよ」
芥子屋が改心の笑顔を零す、桜子に見せたのとは違う寒気がするほどのだ
神社に偽って、貢ぎ物として荷を入れて、そこで配分する寸法らしい
神事に関わる一切の事は、帝以外に触れることが許されていない
確かにそうなれば、どんな危険なものでも、ゆるゆると捌くことが出来る
実に頭がいい
「・・・・・・・じゃぁ、そこまで行けばいいんだな」
「そういうことでございます、よろしくお願いいたしますね」
がらがらがらがら
車の音は一定のリズムだ
芥子屋は言うだけ言うと、にこにこしたまま、桜子の方へと向かった
反吐が出る・・・とまでは言わないにせよ、薄汚いというか、悪いコトだ
良夫も物盗りなんぞをしたことがあるが、この手の悪徳には手を染めたことがない
潔癖を歌えるはずもないが、それでも釈然としなかった
数間先、そんな悪徳を、そうとは知らない顔の桜子が笑顔で迎えている
端から見たら、なんと和む絵ヅラだろう
良夫の気が少しだけ重くなった
「芥子屋さん、団子買って、ね、車引き賃ってことでさぁ♪」
「車引いてんの俺だっつうの」
「お黙り、香水振りまく女と遊んでた罰よ」
「な」
「やだやだ、朝帰りで女の匂いをぷんぷんさせて、汚らわしいったらありゃしないっつうの」
「バカ、ありゃ敵の頭目が香りを使う女でだな」
「下手な嘘もたいがいにしなさいよ、喋るなこのヨゴレっ」
ヨゴレはねぇだろう・・・・
呆れて物も言えないというか
ただそんな事を感づかれたのに何より驚いた
桜子に、そんな女の子っぽい所があるとは・・・・ひょっとして妬いてる?
ばごんっ
「ってぇっっ」
「また、頭の中でくだらない事考えたろ、ムカツクっ、きぃっ、団子あげないっ」
むしゃむしゃ
叱責しながら、桜子があんこののった団子を頬張った
芥子屋は微笑んで見守っている、空が青い、梅雨明けに伴って
暑さと抜けるような蒼さがあった
山科の森は思いの外深い
「おう、このまま行くと五条に出るんだったか?」
「・・・よくご存知で、以前来られたことがあるのですか?」
「ん、ああ・・・・ちょっとだけなぁ」
良夫が口ごもる
その様子を敏感に感じ取った桜子がすぐに噛み付く
「なにあんた、生意気に都なんぞ上ったことあんの?ざけんじゃないわよ、たいがいにしなさい」
「なんだお前はいきなり、俺がどこ行ってようと関係ねぇだろうが」
「っるさいわね、なによその上から物言う感じは、最悪、最低、さいてい、さいてい」
「三度も言うな」
「うっさいうっさいっ、きぃっ、あんたなんか一生車引いてなさい」
何をそんなに怒ってるのかさっぱりわからないが
桜子がまたばたばたと走り出した、少し先に行ってから
とっとと来やがれヘタレどもっ
などと人目もはばからずに吠えている
「いやはや、桜子さんは初めてのようですな、浮き足だっておられる」
「どう贔屓目に見たら、そんな前向きな意見が言えるんだ・・・・・」
「ほっほっほっ、仲のよろしいことで・・・・」
「どこがだよ、あんた大丈夫か?妙な薬のやりすぎで目ぇおかしいんじゃねぇのか?」
良夫が真剣に心配そうな顔をして芥子屋を見る
芥子屋は依然、にこにこしたまま
ただ、ゼロヨンみたいに凄い土煙をたてて桜子の方へと走っていった
す、すげぇ・・・・って
「早く来いっていってんだろっ!!!良夫遅いのーっっ」
「おい、ちょ・・・・お前らそんだけ元気なら、後ろから押すとかだなぁっ」
がらんがらんがらんっ
とこかしこの田圃では、青々としたイネが風に揺られている
道行く人の数も多くなってきた、都は随分近いらしい
+++++++
山間を抜けて、いよいよ盆地に入る
四方を山により切り取られた
天然の要塞、京都
条になった道はそれぞれ武士団が徒党を組んで警護ができるようしつらえられている
要所要所に駐屯所があり、都の治安を確実に維持している
外見だけは実によくできた中央都市だ
「おおおおおおおおーーーーーーーーーーー」
桜子が思わず唸る
道にずらずらと並ぶ多くの商店
ところかしこに乱立する、寺と神社
なによりも黒だかりの人、人、人
桜子がどこの出身だかわからないが、都以外でこのような人手を見たことある者は
まず居ないだろう、まるで戦のような風情なのだ
「ほっほっほ、珍しい物が多いでしょう」
「本当ー、すげぇーーーっ、超凄いっ、何、何かあんの?なんでこいつらこんなにうろうろしてんの?」
「おい、あんまり大きい声で恥ずかしい事言うな、あからさまにお上りさ・・・」
ばごっっ!!!!!!
ド派手な音だけたてて、桜子は驚きと笑顔をたずさえて
所狭しと駆けている、芥子屋はそうやってはしゃぐ桜子を
なにやら慈しむようにして見ている
良夫は殴られたおかげで、一瞬意識を飛ばした
本当、都はせわしない(注:都は関係無い)
「で、かみがもってのはどこにあんだ?」
「ああ、ここが五条にあたりますので、鴨川に沿って北上いたします、まだまだあります」
「北の方か・・・・・・行ったことねぇな、流石に」
「以前はどちらに?」
「・・・・・・なんで住んでたって決めつけるかな」
「住んでおいででしょう、でなくては、一度や二度の訪問でこの人手に慣れるわけがありませんよ」
芥子屋と良夫がのんびり会話を続けている
桜子は時折人の波に消えて、見えなくなるが
すぐに大きな声を出して移動をするので
だいたいわかる、そこだけ人の動きが乱れるのだ
いい迷惑だ
「俺ぁ、アレだ、六原って所に居たんだ」
「六原?・・・・・近くですね、寄られますか?」
「いや・・・・・いいよ、何も無い」
がらんがらん
良夫は遠い目をして、できるだけ興味無さげを装った
心内では気が気でない、寺社仏閣が多い
それだけでも、鬼である彼は神経をすり減らすのに
六原・・・・「故郷」と通ずる六波羅まで近づいてしまうのはどうしても、彼には不都合だ
芥子屋はそれ以上聞かなかった
良夫の芝居に気付いているのかもしれない、そのあたりは大人だ、流石悪徳商人
「んーー」
「どうなさいました、桜子さん」
「ああ、なんかこの人が金払えって・・・・」
困った顔で、女の子みたいな口振りで言う桜子
その足下には、もう男か女か、若いか歳喰ってるか
判別できないほど顔を殴られた生き物が転がっている
「あいかわらず、脈絡なく酷いなお前わ」
「違うのよ、だって、試飲していいっていうから、飲んだら、それは売り物だって怒りだして」
「百パーセントお前が悪いじゃないか」
良夫が呆れるが、桜子は倒れた男がいかにも悪いという顔をしている
芥子屋がすぐに金を出す、倒れた生き物に何事か呟いて金を握らせた
迷惑賃を払ったわけだが、仕草に品位がある、なぜか物を慈愛を以て恵んだような感じだ
あまり目立つのは、好ましくないのだろう
素早く、そして自然にそれをやってのけたおかげで
見ていた人々は、さも名のある商人だろうと芥子屋を信じ切った顔をしている、お、おそろしい
なんという芝居だ
「いやいや桜子さん、都はなかなか悪い人も多いですから、離れないで一緒に行きましょう」
芥子屋がゆっくりと諭す、孫娘を言い聞かせるおじいちゃんみたいな感じだ
良夫が同じ台詞を言ったら、卓球のラリーよりも軽快にはり倒されているだろう
年の功とは偉大だ
「んーー、それにしても本当、凄い凄い、驚いたわ流石に」
「お前は何が起きても驚いてるじゃねぇか」
「いちいち反論するな、うるさい下人・・・・それより芥子屋さん、さっきはごめんね」
「はい?」
「ほら、お金払ってもらったから、悪いなって・・・この分はあいつの給金から引いておいてね」
「俺関係ねぇだろ」
一応、つっこみ口答えは欠かさなかったが
良夫は驚いている、なんて素直な事を言うんだろう・・・
確かに桜子が明らかに悪いんだが、金を掴ませたのは違う意図があってのこと
実際、あそこで金を出すことで大商人という印象をつけさせた
桜子がしなくても、おそらく道の乞食に、同じ様なことをして芥子屋は名声を買っていただろう
「いやいや、いいんですよ、あまり気にしないでくださいな」
「そぉ?」
「いや、ちょっとは反省した方がいいな」
「お前に聞いてない」
がらんがらん
都に入ってから、ともかく元気になった桜子に、やや振り回されつつも
順調に車と三人は鴨川を上っていく
まだまだ日も高く、川のあちこちでは、涼をとるための床などが出されている
「あれなに?」
「ああ、川床というものですよ、ああやって涼しさをとるのです」
「へーーーーー、あれで涼しいのかねぇ」
「いや、このあたりの下流では・・・・・もっと上の方までいかないといけません」
「ふーん」
「そうですね、無事終わったら、上の川床へ招待しましょう」
「マジでっ!!!!うわー、ありがとー」
「おいおい、本気かよ、ありゃ高価いんだろ?」
「ほっほっほ、随分お手間をおかけしましたし・・・・今回は随分と、儲けも多いので」
にやり、どす黒く笑う芥子屋
車に積んでいる荷物のどれだけが、「うどんこ」なのかわからないが
凄まじく高価なのだろう、まもなくこれも金子と変えられる
そこからはどんな商売になるのか、正直知ることすら危ういので
良夫は頃合いで、桜子を離そうと思っている
いつの間にか保護者のようだ
「おい、そこの荷車」
がらんがらんがらん
「こらっ、無視するなっ」
「なんですか?」
三人揃って思いっきり無視した男
どうやら検非違使のようだ、偉そうな口振りで
ぺたぺたと荷車に近寄ってきた、権力を傘にして悪事を働いていそうな面をしている
「なに、悪者顔」
「無礼なっ、誰が悪者顔だっ、小娘、口のきき方に注意しろよ、俺様わ・・・」
べちんっ
ああ、やると思った・・・・良夫が止めるよりも、芥子屋が金子を掴ませるよりも先に
桜子が検非違使を平手でぶった、殴らなかっただけいつもより百倍マシなんだが
いきなり叩かれて、こんなうすっぺらなプライドだけ無駄に高そうな輩が怒らないわけがない
「説明長いわっ!!!!」
「何に怒ってんのよ、ふざけんじゃないわよ、口のきき方ぁ?あんたこそ物訊ねる態度知らないみたいね」
「なんたる悪し様っ、貴様武家を語る盗人だろうっ、詮議である、番所まで来いっ」
「頭おかしいんじゃないのっ、なんでいきなりそんな」
確かにおかしな論理だが、武家を語る盗人という所は
いささか心当たりが無いでもない、ちょっとした後ろめたさから
桜子の言動が少し弱った、いつもならそんな事無いが
やはり都という場所が、気持ちを狂わせたらしい
すぐに、芥子屋がフォローに入る
「いやいやいや、お務めご苦労でござりまする、しかして、これは上賀茂の社へと貢ぎ物でございまして・・・」
「な、賀茂別雷様か・・・・・ぬぬ・・・・」
困り方といい、言動の数々といい、安っぽい時代劇風のこの男
絵に描いた役人らしい、自分より大きな権力にはとことん弱いようだ
社の名前を聞いただけで、びびっている
「ふんっ、立派な大陸からきたうどんこを、この人は運んでんのよ、あたしゃその手伝いよ・・・ばーか」
「ぬぬぬぬぬ・・・・・・・・・おのれ、この小娘・・・・」
「いやいやいや、申し訳ございません、この方は長旅の護衛を任せておりまして、はい
少々口が悪いのですが、決して悪い子ではないのでして・・・・・ささ」
得意のアレが出た
遠巻きに見ている町人達からは見えないように、するりと
わざわざそれらしい音を鳴らして袋を渡した
コロリと態度を、いや、表情を変える検非違使
にやにやと笑って、すぐに下がる
「いや、確かにそうである・・・・・その口は許し難いが、長旅の疲れもあろう、よい、先にゆけ」
「はは、ご苦労様でございます」
うやうやしく頭を下げる芥子屋
ゆっくりと、肩をいからせて検非違使は去っていった
桜子がすぐに芥子屋に寄る
「なんであんな奴に、お金なんて・・・・」
「しー、桜子さん、お静かに誰ぞ聞いているかわかりません」
「だ、だけど・・・・」
「大人は汚いものでしてね、ああやって物事がうまくいくのなら、それで良いのですよ・・・」
「そんな、芥子屋さんは何も悪くないのに・・・・難癖つけられただけなのに・・・・」
うーーーーん、難癖というか・・・・バレたら事だからなぁ・・・・
良夫は裏の単純な理由がわかっているから
妙な同情をするうぶい桜子を不憫に見ている
というか、ここの所、桜子の心持ちがおかしい、純粋すぎる気がする
「同じだけのお金くれたら、あたしが、口きけないほど懲らしめてやったのに、爪剥いだりとか」
「いや、具体例を上げるな、バカもの・・・・」
前言撤回、ともかく
疑いが晴れて、また一路鴨川をごろごろ上へと向かった
楽しそうな三人、先ほどの検非違使がやや遠くでそれを見ている
「・・・・・・・・おい」
「へい」
「あの荷車・・・・・・調べろ」
「へへっ」
手下のような奴が、すささっと時代劇走りで雑踏に消えた
検非違使は笑っている、薄汚い笑顔だ、金の光りでますます汚れてる
「・・・・・・・・少し銭が、足らないねぇ」
検非違使が、にたにた笑った
ところで、検非違使が番所にしょっぴくのは
明らかにオカシイが、気にしてはいけない