斬り


ざばぁぁっっっんっっ
更に激しい水の音、良夫が着地した拍子に上がったものだ
続いて、小さい音が続いた、桜子も着地したらしい
宿屋は泳げないのか、舟にへばりついて心配そうにしている
芥子屋は泳いでいる、ああ、逆方向っ、しかも相当訓練を積んだ古式泳法、波も立てずに消えていく
そこまで確認してから、良夫はじっくりと前を睨み回した

「良夫っ、一気に進みなさい」

「わかってる、黙って後ろに居ろ」

桜子が後ろから声をかける
偉そうな言い分だが、しっかり矢盾に良夫を使っている
さっきから、かんかんと、甲高い音を立てては
飛んできた矢があちこちに跳ね返っている、今の良夫は岩のようなものだ
矢を文字通り跳ね返す男を見て
あからさまに陸の上は動揺している

「岩のくせに水に沈まないのね」

「岩じゃねぇ、鬼だよ、俺わ」

ざぶざぶざぶ、腰くらいまでの深さになった
体の自由がずいぶん戻ってきた、陸の奴らは矢玉が尽きたのか
どっから集めてきたかわからないような石や木ぎれを投げ込んでくる
子供の喧嘩みたいだ

「ふん、矢は終わったのね」

「んあ?」

「金300の分、働くのよ、踏み台、しっかり踏ん張りなさい」

「なにいって、おま・・・」

ざばっ、魚が跳ね上がったように
桜子が水を腰にまとわせて、脱皮するようにするりと水面を抜けた
波紋が奇妙な形に広がった、良夫の肩を支えにして逆立ちに上る
そしてすぐに、良夫の頭を踏んづける

「頭踏むな、阿呆っっ!!」

「うっさいっ、いくわ、あたしをあそこまで飛ばしなっ」

無茶を言いやがる
良夫は思ったが、桜子が自分一人でも跳びそうなので
慌てて支えを、力を桜子にあずける
どんっ、良夫が飛沫をあげて水面に上がる、続けて勢い良く桜子が跳び上がった
二段ジャンプの要領で高く遠くへと、刀を構えた女が飛び出した
陸の奴らは逃げるばかりだ

「一匹たりとも逃がしゃしないわよっっ」

ずんっ、どん、ざん、

着地と同時に刀が旋回する、どれもこれも峰打ちにしているから
鈍い音がテンポよく岸の上で奏でられる
意表を突かれたせいか完全に賊は浮き足だっている
そこを逃さず縦横無尽に桜子は駆け回る
スピードがあがる、桜子が踊る、盗賊が逃げる、悲鳴が上がる、誰も逃げられない

がこ、どてぽてぼこがすがすがすがすがすどこばきどこずがっ

「うらうらうらっ、死ね、死ね、今すぐ死ねっ!!!」

後半、斬るのが面倒になったのか、パンチや蹴りを交えて
狂犬のようにして桜子が暴れ回っている
ああ、そこまでせんでも・・・・・
良夫も遅れてようやく陸に上がったが、桜子が凄まじいスピードで追い散らしている
目の前の光景になんとなくデジャヴを感じるが、気のせいだと頭をふる
良夫がするべき仕事はすっかり残っていない、完勝だ

「はんっ、くちほどにもない」

「まぁ・・・・確かになぁ」

苦笑まじりに良夫も相づちを入れる
あたりには郎党が10人、いずれも命はとりとめているが
生きることに疑問を覚えた顔をしている

「それよか、さっきの水柱、何よ、大筒?派手な名前つけてんじゃないわよ、恥ずかしい」

「るせぇな、かっこいいだろうが」

「ださっ、センスがニワトリ以下ね、どうせだからほら、青春の握りこぶしとかにしときなさい、超ウケるって」

「ウケてどうすんだよ」

くだらない会話は余裕から、
安全を確認したからか、舟の方は漕ぎ手が船着き場への誘導を再開
ずるずる浅瀬に流され座礁するのは免れたようだ

ごん、音がして一度大きく揺れた
舟は無事に反対岸についた、桜子と良夫は歩いてそこまでやってくる
いそいそと降りる人々と、降ろされる荷物
宿屋は無事の様子、ふんどし一丁で荷物の確認をしている芥子屋が
にこやかに声をかけてきた

「いやぁ、流石桜子様、ありがとうございます」

「当然よ、金300は絶対だかんね」

「もちろんでございます、信用しての値段ですから」

「待て、お前おもいっくそ俺達置いて逃げてただろう」

「なんの事でしょうな、あたしゃあまりの事でいきなり川に落ちて」

「いきなり落ちる奴は、着物を頭の上に縛ったりする暇無ぇよ(怒」

にやにや笑いながら、芥子屋がゆっくりと頭に縛った着物を着直す
悪びれた風がまったくないところが、悪徳商人ライクでステキだ
ともあれ、荷車にまた荷物を載せ直す

「さて、荷物は無事だけども・・・・・アレどうする?」

ちらりと、良夫がさっき打ちのめした賊徒どもを伺う
全員縛られているわけでもないが、全く身動きしない
本当に生きているか疑わしいほど静かだ

「いやぁ、あたしは荷物が無事ならあんなの、沈めてもらっても埋めてもらっても方法はなんでも構いませんよ」

「既に殺す事は決定なのか」

さらりと笑顔のまま芥子屋が物騒極まりない事をいう
本当に興味が無いらしく、いそいそと荷物のチェックに余念が無いらしい
宿屋と二人であれこれと荷物出しのチェックを船着き場の連中としだしたようだ

「どうする?」

「どうするって・・・・」

「埋めるのも沈めるのも、結構手がかかるよね」

「お前もかよ」

「冗談よ、その前にアレよね、尋問しないと」

その前にという台詞が気になるが、嘆息まじりに
桜子が賊に近づいていく、どうやら尋問をするらしい
良夫もとりあえずそれに着くことにする
のびている数人のうち、一番立派そうな奴を締め上げる

ぎゅー

「いや、本当に締めてどうすんだ」

「あ、違うの?」

「・・・・・まぁ、いい、おい、お前」

「こ、これで勝ったと思うなよ、うはははははっ、俺達はただの下っ端だからなこれから鈴鹿の山にゃ・・」

ぼごっどずっっ、ごんごんごんっっっ、ごぎっ、ぷしゃー(噴出音)

「いや、やりすぎだって桜子」

「えー、だって虜のくせに生意気なんだもん」

良夫が止めるのも微妙に遅いのが気に懸かるが
これ以上は口を割らない(注:割れない)ようなので
別の奴を締めることにした、ぐるりと二人が見回すと
すぐに自分たちの運命を悟ったのか、他の奴らは下を向いている
なんか、学校の授業みたいだな

「おい、あんた」

「ひっ、わ、わたしは石、わたしは石、わたしは石、この場にはいない、ただの石なのよ、石、石」

「いや、落ち着け素直に喋れば、あんな事しないし」

「そうよ、石だっつうなら、川に投げ込んで、浮いてこないか確かめるわよ」

桜子の言ってる意味がよくわからないのだが
わからないだけに、凄まじい恐怖を覚えたのか
捕まえた奴が、ころころと喋りだした
尋問とはかくあるべきなんだろう

「あ、あっしらは本当下っ端でして、ええ、本隊というか、頭の衆は鈴鹿の山で、はい、東海三国で
盗みというか、まぁ、色々シマを広げている郎党なんです」

「なによ盗人の集まりじゃない、郎党とか言うな、全国の国人衆に謝れ」

「桜子、問題が悪化するから、しばらく喋るな・・・・・・・・・おい、鈴鹿の頭目っつうのはアレか、蠱使いとかいう?」

「へ、へへへ、そ、そうなんです、む、むしを使って、こう、は、ハチミツとったり、生糸を生産したり、ラッカーの原料に」

「微塵も悪党じゃないわね」

世界三大益虫をステキに列挙してみたりする悪党
やってることは、非常に有益な生産性の高い優れた興業だと思うのだが
実際、さきほど芥子屋の荷物を狙ったのは確か
桜子と良夫は少々戸惑う

「なぁ、お前らあの荷物の中身わかってんのか?」

「あ、いや、あっしらは・・・・その、頭目に言われただけなんで、そ、そんな難しい事言われても」

「あれ、うどんこなのよ、大陸渡ってきた」

「う、うどんこ・・・・そ、そんなうどんこの為に、お、俺らの命が」

青ざめる気の弱い盗賊、後ろの方では
息絶えたかのように安らかな顔をした仲間達が、ごろごろとしている
命の危険は、荷物を襲ったことよりも、桜子を相手にしたせいな気がせんでもないが
なんにせよ、うどんこの為に、出した犠牲としてはあまりに大きい
本当にうどんこなら

「おーい、お二人さん、手続きも済んだからそろそろ出るんだがー」

「あいよー、てわけだから、あんたらは生かしておいてやるわ、感謝なさい」

「は、ははー、ありがとうございますっ」

平服する気の弱い盗賊
本当に怖かったのだろう、涙を流して地面に額をすりつけている
気を良くしたのか、桜子は得意満面で振り返る
そして、背中で語る捨てぜりふ

「あたしは鬼斬り桜子、覚えておきな、後生の宝になるぜ」

「お、おにぎりさくらんぼ・・・・こらまた、旨そうな」

カッ

何かが光ったのだけは解ったが
それ以上は語るまい
さて、呼ばれるままに、荷物の所に戻る二人
芥子屋と宿屋が荷物を引いて、ゆっくり鈴鹿の山を目指すことになった

「なぁ、こっからの道順は?」

「ええ、鈴鹿を越えて、近江に入ります」

「おうみ?」

「ああ、滋賀ですよ、滋賀の国、忍者と琵琶湖とブラックバスが有名ですな」

芥子屋は流石、旅慣れているのか
非常に的確に滋賀という国について語る
桜子は知識にないのか、物珍しそうにその話しに耳を傾けている
静かになって大変良いことだ

「どうでした?」

「ん?・・・・ああ、この山にアレの本隊が居るってよ」

「そうですか・・・・・・・桜子さん、本当に強いんですね、でも、心配だな」

独り言なのか、会話なのか
判別がつけにくいが、宿屋がやや離れて歩いている良夫に話しかけた
面倒そうに良夫が答える、それをわかっているのか
宿屋もあまり本身を入れずに、会話を続ける
ざすざすと、草鞋で地面を踏む感触が音になって身体を揺する
整えられた道が、今は続いている

「なぁ・・・・・・桜子のどこがそんなに」

「名前」

「は?」

「いや・・・・・・・・なんとなくですよ、ほら雰囲気とか癒されるじゃないですか」

「俺ぁ、疲れて仕方ねぇがなぁ」

良夫は素直に感想を告げる
宿屋の顔は随分にこやかだ、うさんくさい顔する奴だな
良夫は全くもって信用してないが、どこか影のあるような
不思議な表情をして宿屋は歩いている

「なぁ、あんた昔っから、あそこで宿屋してたのか?」

「いえ、たまたまですよアレ始めたのも、半年くらい前でしたから」

「・・・・・・・・・・・何モンだあんた」

「宿屋ですよ」

にや、笑ってそれ以上の会話は無かった
良夫は黙る、いや、黙らされた
芥子屋にしろ、宿屋にしろ、どうも胡散臭い、違う、黒い
人間の俗悪たる所をふんだんに見せていて
鬼としての彼には、少々煙たい感じすらした
それに気付いているのか、気付いてないのか、桜子が素直な反応をしているのが
なんだか危なっかしいように思えている

「それより、今度は僕から質問ですよ」

「ん?」

瞬間的に心が構えた
鬼だと感づかれたか?そんな事をなんとなく気にする良夫
今更という気もするんだが、鬼だとバレると
桜子の立場が悪くなるように思えてならない、少し伺う表情を見せる

「桜子さんにちょっかい出してないでしょうね」

「なにかとおもえば・・・」

「出してたら、殺しますよ、すべからく、痛むように、泣き叫ぶように、目もあてられないほど」

「いや、してないから、そんな目で怖い事言うな、その目、やめなさい、目」

良夫が後込みするほど、ステキな視線の宿屋のようだが
とりあえず呑気なもので、気付いたら鈴鹿の山中に入っている
相変わらず道は綺麗に作られていて、思いの外歩きやすい
特に暗くもないので、盗人の心配も無いようだ

「さて、少し休憩しましょうか」

「そうだね、休もう、あたしも疲れた、いうか、おなかすいた」

相変わらずアホの子口調で桜子が喋る
そのまま昼飯という事になった
木陰で思い思いに腰を下ろす、宿屋が用意していたらしい弁当に箸を付け
しばしの休憩を取った

「疲れはどうです?」

「んー、ちょっとくたびれた感じかなー」

「ですか、一気に元気になる薬をあげま」

「いや、なんていうか芥子屋さん、頼むから、な?高値(たか)いだろうし」

良夫が懇願するような顔で、芥子屋が「うどんこ」の箱に手をかけるのを止める
疲れがとれるらしいが、これ以上桜子の頭のねじが取れるのも困る
宿屋も随分くたびれたらしく、飯をつついて少し昼寝のような感じだ

「芥子屋さん、次の宿場までどれくらいなのん?」

「ああ、結構ありますね、まぁ、陽が落ちる前には着くだろうと思うんですが」

曖昧なのは困るな
良夫は思ったが、特に口に出さなかった
どこか弛んでいたせいだろう、山道で暗闇が訪れる恐怖
鬼である彼には、ピンとこない事だが
それだけに、人間である、桜子に危険だと気付かなくてはならなかった

「暗っ」

案の定、日暮れが一気に訪れて山中深くにて
前後が不覚になる一同
いや、芥子屋と宿屋は、鬼の良夫並に夜目が効くらしいんだが
桜子が全く見えないといった具合で、先を進むのが困難となった
そもそも疲れが出てきたのもある

「仕方ない、野営にしましょう、野営に、ほら、良夫、薪集めなさい、薪、わかる?渇いた木ぎれよ」

「人を小バカにした指図するな・・・・っつうか、なんで俺が」

「あんた夜目が効くじゃない、ほら、ぶつくさ言うな、叩き斬るぞ」

「へいへい」

適当な返事で仕方なく良夫が荷車から離れた、宿屋も続いた
二人、薪になりそうな枝を探しに行く
慣れたものか、芥子屋は器用に野営の準備をしている
野営つっても、薪で火を焚いて、荷物と自分達の寝床の確保ぐらいだ

ちぃちぃちぃ

スズムシの鳴く声が聞こえる
夜の山は、小動物の小さな息づかいがよく聞こえる
ブッポウソウなんかの声もする
自然が溢れかえっている

ちぃちぃちぃ

「スズムシか・・・・いいね、涼しげだね・・・・・・・・?」

ちぃちぃちぃ

桜子がそっと、手元に刀を手繰った
バカだけど気付いた、スズムシの鳴く季節、今は水無月
早い、早すぎる
この時期に聞けるのは、京都の鈴虫寺だけだ(違います)

静かになった、桜子が注意深くあたりを伺う
芥子屋がまた居ない、危険を誰よりも先に察知するらしい
宿屋と良夫も見あたらない、一緒に薪探しだ

厄介

静かに思う
何も見えない、闇、黒い絹を被せられたように
光りが吸い込まれる世界

夜、蠱は目を醒ます

つぎ

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