鬼斬り
「カビが生えそうだわ」
「だな」
雨が降り続いている
止む様子はまったくなく、桜子達の
行く手を遮るように、川は増水し先へ進む事を許さない
宿場に来てから、3日は経つ
依然として雨は降り続き、川の水は増すばかりだ
「やるかたないわね」
「だな」
「おいおいねーちゃん、暇なら俺達の酌でもし」
どがしゃーん
普段から落ち着きのない桜子、三日も同じ所に居るせいか
すっかりストレスが貯まっている様子だ
地元のヤクザ者が絡んできたのをいいことに、シャイニングウイザードからエルボースタンプをかまして
溜飲を下げたりしている、どっちがヤクザかわかったもんじゃない
「梅雨なんてだいきらい」
「だな」
ぽん、と投げるように桜子は言うと
つまらなさそうに畳に倒れた、うじうじと転がったりして
なにか持て余した体力を、無駄に消費しようと躍起になっている
良夫は相変わらず、何も考えないでぼーっと雨を見ている
元来、のんびり屋さんなんだろう
ごろごろごろごろ、どしっ
「われぇっ、なにしとんじゃい、ぼけぇっ!!」
「ごろごろしとるだけだわよ、邪魔、ごろごろできない、去ね」
ごしゃーん
「よく降りますね」
「だな」
喧噪など気にすることもなく、お茶を持って宿の店主がやってきた
すらっとした長身の優男、まだ若いのだろうに
宿場の主をしているらしい
良夫はあいかわらずの返事をして、差し出された茶を飲む
いい香りがする
「お客さんは、どちらまで?」
「特にあては無ぇんだ」
「ぶらり二人旅なんですか?うらやましいかぎりです、こんな綺麗な方と」
「綺麗?兄さん、あんた、目が・・・・」
真剣に気の毒そうな顔をする良夫
桜子はなにやら後ろで、投げっぱなしジャーマンに忙しいらしく、幸い聞いてない
主は柔らかい笑顔でそれを受け流す
うすうす良夫は気付いていたが、ことさら、桜子の事を気にしている様子なのだ
不思議というか、少しずれた男だなこいつ
良夫はそうやって見ている
「旅の目的もないんですか?」
「あるよ、あたし鬼斬りなの、この名前を全国にとどろかすのよ」
急に桜子が会話に入ってきた
ちらりと良夫が後ろを伺うと、また得体のしれないヤクザ者が
不規律な振動をしながら、ぷるぷる投げっぱなされている、儚げだ
「鬼斬り・・・・・・なんですか?」
「そう、驚いた?」
にやり、そうやって笑う
するとどうしたことか、主が、卒倒しそうなほどへろへろするではないか
いや、敢えて言おう、萌えているではないか
どこをどうしたらそうなるのかわからないが、先の台詞とバカづらで告げる姿に悦びを覚えている
おそらく彼には、いたずらっぽい笑顔とか、もう末期としか言いようがない変換がなされているのだろう
良夫は実に冷たい目で、主を見つめているが
一向に気にした様子なく、桜子と色々話をしだした
「どこで斬ったんです?」
「ふふ、最初は山の中で、この間も、高山で一匹斬ったわ、さっくりばっさりちょっきりと」
得意そうに言う桜子、恍惚の表情でそれを見守る主
危ない・・・・
なんとなく良夫は尋常でない視線から危険を感じ取って、処置を施そうと
会話に入ろうとする
「おい、桜子、そろそ」
「お客さん、かわやは向こうです」
ばしっ
火花が飛び散るかというような、鋭い視線が主から放たれた
か、会話の、会話の前後に規律が微塵も無ぇっ
驚く良夫だが、優男とは思えないような男気に思わず気圧されて
そそくさとかわやに向かってしまう、弱し、鬼
気を良くしたでもないが、さらに主は桜子と話しをする
「これからどうなさるおつもりで?」
「あー、そうね、とりあえず名声を高めて仕官とゆーか、とりあえずお金貰って戦うのよ、なんたって鬼斬りですもの」
「・・・・なるほど、仕官の口を・・・・ああ、それなら」
人の良さそうな顔で主が一つ思い出した声を出す
ちなみに、騙すとかこのまま桜子をどこかに連れていって
どうこうとか、そういうやましさとは違う
あくまで、桜子を愛でたくて仕方ない気持ちで溢れてるが
真っ直ぐに応援している、そういうスタンスだ
解りづらい?アレだよ、見返りを求めない愛、彼は純粋ですヽ( ´ー`)丿
「・・・・付近で、最近盗賊が出るんですよ」
「とうぞく?」
「ええ、なんでも虫を使う妖しい呪術師がいるらしく、随分役人も手を焼いているような輩で」
「虫・・・・・キモいな・・・・・それが?」
「いや、この雨で少し前から、ある旅商の方がいらっしゃるんですけどもね
その方が、この盗賊から身を守る為に護衛を探しているんですよ」
「・・・・なる、人助けね、確かにそこらの武士くずれじゃ、手に負えないわね」
ふふり、笑う桜子の背中遠くには、武士くずれが何人も昏倒している
桜子のストレスによる被害者達だ、主人は咎めるわけでもなく放置している
治安もなにもあったもんじゃないが、梅雨だから仕方ない
ともかく、くだんの商人を主人が連れてきた、同じくして良夫も戻ってくる
「この方が、なんでも荷物を運ぶ途中なんだそうで、是非護衛をと」
「はじめまして、芥子屋(けしや)と申します、護衛をしていただけるそうで」
これまた、人の良さそうな初老の男がやってきた
紹介の筋から、良夫はすぐに察したらしく黙ってやりとりを見守っている
「ま、あたしが付いてりゃ、盗賊だろうと蛮族だろうと、全部ムシケラみたいなもんよ、大船に乗った気分でいなさい」
「それはそれは、頼もしいことで」
「・・・・芥子屋さん・・・・旅商って一人でしてんのかい?」
「ああ、共も何人か連れていたんですが、途中で盗賊にやられてしまいまして・・いやはや」
困り顔で頭をなでる、仕草の一つ一つが、なんというか
商人の臭いをぷんぷんさせている、ただ者じゃないやり手だねぇ
にこにことしているが、作り笑顔のような感じもする
商人という人種は嫌いじゃないのか、良夫も気軽に話しかけた
「ところで、商人て何を売ってんだ?」
「ああ、大したことないですよ、この白い粉をね」
と無造作に箱に入った白い粉を見せた、凍り付く鬼
おいおい、白い粉って、・・・芥子屋って・・まんま罌粟(けし)なのかよ
一気にこの仕事の危険度が増したと悟る良夫
気のせいじゃなく、商人の笑顔は作り笑顔だ、目が笑ってない
「なにー、おっさんうどんこの運び屋さんなのね、いいわよー、あたしうどん好きだしー」
「いや、バカ桜子、そうじゃな・・・・」
「お連れさん、かわやは向こうですよ?」
ばぢぃっ
稲光を伴うような凄まじい視線で射抜かれる良夫
こ、こいつもかよ・・・・・・
これまた姿形からは、想像もできないようなドス黒い視線に気圧されて
そそくさと思わずかわやに向かってしまう良夫、鬼、弱し
「こんな物運ぶのになんで盗賊が絡むかしんないけど、引き受けたわ、余裕ー」
「ああ、ありがとうございます、頼りにしていますので・・・・そうですね、報酬は金300ほどで」
「マジで!うどんこ運ぶだけでそんなに貰っていいの?やるやる、なんか悪いから、あんた私の子分にしたげるわ」
「それは結構ですよ、お嬢さん」
素早く胡散臭い笑顔で拒否するのは流石商人
まぁ、他愛のないことはともかく、満面の笑みで桜子が護衛を引き受けたのは
良夫が二度目のかわやから戻る5分ほど前だったという
翌日朝、ようやく晴れ間が覗く、あいかわらず増水はしているが船着き場では、
それでもなんとか舟の行き来が始まったらしく
大勢の旅人が順番を待って並んでいる
「あー、もう、なんでこんなに混んでんのよ、蹴散らしてしまおうかしらん」
「いやいや、できるだけ目立たないように行きたいので、我慢ください」
「そうですゆっくり、ゆったり行きましょう桜子さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・なんであんたが居るんだ、宿屋はどうした」
「あんな店潰れてしまいましたよ、ええ、梅雨のせいで商売あがったりでしたからヽ( ´ー`)丿」
「嘘をつくな、お前、散々繁盛し」
「かわやは、あち・・・・・」
「いや、悪かった、うん、気の毒にな、宿」
なぜか一緒に居る宿屋の主人に言葉で殺される良夫
もうしばらく会話をしたくない風情になるが、ぐっと我慢
胡散臭い商人と、危ない宿屋、バカ娘に、鬼の良夫
端から見たら、盗賊よりも先に捕まえなくてはならない気がするが
長閑すぎるせいか、誰もが気にしていない、船着き場は久しぶりの晴れ間で賑わっている
「ところで、どこまで運ぶの?」
「ああ、都では随分重宝されますんでね、都で一つ大儲けと考えておるんですよ」
「へー、そもそも、どっから運んでんの?」
「ああ、遠く大陸からですよ」
「た、大陸!?・・・・すごっ!マジで!?そんな凄いの、このうどんこ」
「ははは、お嬢さんにも終わったら、少しだけわけてあげましょう」
「あたしゃうどんのほうがいいなー」
平和な笑顔、それ故に怪しまれることがない
考えてみるとうまいこと選んだものだ、良夫は妙に感心している
最初は、運び屋の片棒かつぐなんざ御免だと思ってたが
それまでの、追い剥ぎみたいなマネから見れば、大分マシではないかと終着し
今じゃすっかり馴染んでいる、荷物は荷車に一山という感じだ
舟が混んでいて、なかなか席が取れずに困っている
宿屋の主人が懸命に駆け回って、席を確保しようと頑張っている
「盗賊とかいうの、ずっと一緒の奴に追われてるの?」
「いや、そうじゃないんです、行く先々のシマを仕切ってる悪党に・・・ああ、おそろしや」
どっちが悪党で、どっちが恐ろしいのか
良夫は思うが、人の良さそうな悪商人のもと、宿の主人が席を取ってきた
ようやく順番がまわってきて舟に荷を載せる
えいさ、おいさ、と働く所、役人のようなのがやってきた
いかんよ、いきなり不味いよ
「おい、その荷物はなんだ」
「うどんこよ」
ぶわっ、焦る良夫と芥子屋に宿屋
こういう場合、うまいこと言いつくろうのは、芥子屋が得意なんだろうが
その隙もなく、いきなり桜子が答えたので話しがややこしい
当然のように不審に思ったのか、役人がじっと桜子の前に立ちふさがっている
「荷物を改めさせてもらおう」
「いや、こまるんでさぁ、陽の光に当たると鮮度が落ちてしまうんで・・・・申し訳ないんですが」
すすす、なめらかに歩み寄ると芥子屋がすっと何かを懐に忍ばせた
目にも留まらぬ速さで近づき、にこにこといつもの作り笑顔をすり寄せる
手慣れたものだ、懐に何が入れられたのかすぐ理解して、役人がにやりと笑う
「そうか、なら仕方有るまい、商人、しっかり商売せぇよ」
「へへ」
にっこりと笑う芥子屋、なんてキナ臭い連中なんだ・・・
裏が解るだけに嫌悪を催す良夫だが、桜子は微塵も気付かない
不思議そうに去っていく役人を見ていたが、やがて舟に乗り込んだ
ぎぃぃ、ゆっくりと濁りの深い川を渡り始める
舟には漕ぎ手と良夫の他にも、結構な数の旅人が乗っている
「おい、芥子屋さんよ・・・・ひょっとして、この舟の上にも居たりするのか?」
「いや、それは無いですよ、渡って三重と滋賀の国境のあたりだと聞いてますから」
「それならいいんだが」
増水した流れは結構速く、漕ぎ手も苦労している風だ
よたよたとしながら、それでも竹竿を実に巧妙に使ってすいすいと川を渡っていく
やがて向かいの岸が見えてきた
「・・・・・・・・あれって、おい」
ぎぃぃぃぃぃ、音がするような弓を引く音
一瞬にしてやばいと悟る、渡る岸に何人かの武者風の荒くれが居る
弓を引き絞って、見敵必殺の布陣だ
「桜子っ、伏せろっっっ」
良夫が叫ぶ、同時、うなりを上げて矢が向かってくる
芥子屋はすぐにへりにしゃがみこんだ、宿屋は桜子を押し倒すように庇う
良夫は舳先に移動、狼狽えている漕ぎ手をどかし飛び来る矢を叩き落とす
ずたずたずたずたずたずたずたっ!!!!!!
「んのぅっ、何発撃ってくんのよっ」
「頭上げるなっ」
舟には既に10数本の矢が突き刺さっている
敵の数は目で見える範囲で10人前後、上陸してしまえば勝算はあるが
なにぶん、漕ぎ手が動けないから、ずるずる流されて中途半端なスピードで
岸に近づいていく、ともかく不用意だ
舟の上では、がたがたととんでもない舟に乗り込んでしまったと後悔の念から
法華経を唱える客が何人も出ている、静かにしてくれているのは幸いだ
じりじりと近づいていくが、次の展開がすぐにやってきた
「・・・・・いけない良夫さんっ、火矢だっ」
「火矢?あれが、そうか?」
宿屋が叫ぶ、良夫は火矢を見たことがない、そのせいで対処が遅れた
先と同じように構えた矢の先にごうごうと火が灯った、昼間でもわかる炎が轟音を上げている
10人がいっせいに火矢を構えてきた、あれを浴びたら舟が沈む
「漕ぎ手っ、後ろについて舵を取れっ」
「へ、へぃっ」
良夫の下知に慌てて漕ぎ手が、後ろに付く
同時、炎をまとったいくつもの矢玉が轟音を上げて放たれた
びゅんびゅんびゅんびゅんっっ、ぼぅぶぉぉぉぅうううううぅぅぅぅううううっっっ
空気が焼ける音が耳を焦がす
「上等だ、ボケがぁっっっ!!!!!!!大筒っっっっ!!!」
ずどむっ
良夫が叫ぶ、いつもの道理で鬼の力を発揮
先回、さくらの腹にぶち放った一撃を水面に向かってたたき込む
一瞬の爆音の後、水柱が上がる、炎の矢は見事に潰えた
岸まで、わずか、良夫が舟を飛び降りる
すぐに桜子が続く
火蓋は切って落とされた