鬼斬り
良夫は武器として、槍を持っている
ただ持ってるだけで、実際はほとんど使わない
飾りのようなものだ
持ってるだけで、野党なんぞに襲われることがなくなる
万が一本当の戦いになったら、武器を使わなくても
殴ったらいいし、蹴ってもいい
ぼごっどごっ!!!!!
派手な音とともに、竹とんぼみたいに回転しながら荒くれが天高く舞い上がった
比較的手を抜いたとはいえ、影も残さないようなスピードで
良夫の体重がぶつかれば、そりゃ、3tトラックに撥ねられたのと同意だ
二人の荒くれが視界から消えた
「・・・・・・・・・・さぁ、お前もあっち行ってな」
にまり
良夫の口元がそんな動きをする、ただの笑い顔のはずが鬼の顔だ
残っていた荒くれは、四つん這いになって逃げていく
逃げた方向から桜子がくる
「邪魔っ!!!」
どげしっっ!!!
犬のように近づく荒くれを、親の仇のように蹴り上げた
首が取れたんじゃねぇかと思うような角度に頭を曲げて
よたよたと路肩に落ちていった、哀れ
ちゃんっ
「!?・・・・・お、おい、さくらこ・・・」
「頂きっ!!!!!!!!!」
いきなりだ
桜子が抜きはなって跳び上がった
鬼二匹は不意をつかれたらしく、両者共に無防備だ
さくらはもとより、止めに入りたい良夫も完全に虚を突かれている
桜子の一刀がさくらの頭上へイカヅチを落とす
ぶんっっ
「!?・・・・・・・ふぅっ!」
間一髪でさくらは身をかわした、頬を膨らませ息を噴き出した
鬼の力でその息が刀を遮った、その空気を斬る音が乱暴に耳を騒がせる
すわっ、落ち着くことなく桜子の刃が返る
かぃんっ、甲高い音が火花を飛ばす
さくらも抜いて応戦している、すれ違う度にぱぁっと光が散って
夕暮れ時を二人が踊る、陽の加減でどこか重たくなった世界で
コマ送りのように剣舞が起きた
「・・・・・・・・・・・・なにしてるっ、良夫、サポートしろよっ」
「あ、いや・・・・・」
「もたもたするなーっ」
ばちこーん
折角いいリズムだったのに、頭に来た桜子が
うじうじしてる良夫の横面を、またも思いっきり振り抜いた
右肘をコンパクトに折り畳んでのフルスイングだ
内角高めの位置にあった、良夫のこめかみが火のように血を噴いて
頭から地面に突き刺さる、エビ反りになってるあたり、痛々しい
「いかん、こんなことしてる暇・・・・」
思わず殴った事で我に返る桜子
くるりと後ろを振り返る、もう一人の鬼斬りは
体勢をすっかり立て直してじっと見つめている
「このうすらバカっ、あんたのせいで洗剤1パックついてくるチャンスを逃したじゃない」
「千載一遇だバカ」
ばちごーんっ
「バカいうな、ホンモノのバカっ!!!」
きんきんがなりちらす、よっぽど頭にきてるらしい
ウジ虫調で、エビ反りのまま、うじうじごろごろする良夫
桜子は構え直し、ゆっくりと鬼女に近づいていく
「さて・・・・・・どっちが本当に強い鬼斬りか、決着よ」
「・・・・・・・・・・・・・」
さくらは黙っている、多分困惑しているんだろう
いきなり荒くれ者に襲われたと思えば、それを蹴散らす鬼が出てきて
今度はその鬼を蹴散らした鬼斬りが出てきた
しかも出てきた鬼斬りは、自分と勝負をしたがっている
「わたしに得の無い話じゃない?」
「何云ってんのよ、あたしのプライドの問題もあるけど、あんたを斬れって言われてんのよ、得するわけないじゃない」
桜子がことさら相手を見下した調子だ
「頼まれた?誰に」
「爺さん」
「どこの」
「この村の」
「・・・・・・・・・冗談でも、酷いよ?小娘」
「冗談じゃないわよ、あたしゃ何時だって本気よ、・・・鬼を斬るのがあたしの仕事だしねっ」
桜子はべらべら喋りたてながらも、冷静に自分の間合いを確保していた
一瞬、さくらの動きが躊躇した瞬間を逃さない、ぶんっと音がすると
光が三度、四度と縦横に走った
「・・・・・・・・・・わたしが・・・・鬼だと?」
「はんっ、あたしも最初はすっかりダマされたけども、もうネタは上がってんのよっ
とっとと斬った鬼から斬られた鬼になんなさい」
とん、とん、とん
さくらは尋常ではない動きですぐに間合いを外した
驚く桜子だが、切っ先はじっとさくらの方向に向いている
「・・・・・・・・・村人が?・・・・わたしを斬れと?」
困惑した表情はさらに険しくなった
さくらは戸惑いながら、呟く、小さくしかしはっきりと
桜子が一気に踏み込む、やたらめっぽうに刀を振り回し近づく
動揺しているせいか、鬼女は精彩を欠いていた
ぴぃっ、一段鋭い音が走った、同時、赤い液体が飛んだ
「!?」
「え、あ、うそ・・・・や・・・・・・・・・・やったっっ、と、とうとうやったっ!!!!
見た?みたみたみたみたみたみたっ、おいっ、良夫っ、よしおっぅ!!!斬った、あたしゃとうと」
「騒ぐの後にしろっ」
どぅううううんっっっ!!!!
地面が揺れた、衝撃音があたり一帯を地震のように揺さぶった
一瞬のことで、何が起きたかわからない桜子、ただ重たい衝撃が内蔵を揺すった
良夫が桜子をかばった様子だけはわかった、それでも衝撃波がはらわたを騒がせた
鬼女の一撃が桜子の首から3cmの所でぎりぎりと震えている
間一髪で良夫が間に入ったらしい、良夫の槍がぎぃぎぃとうなる
鬼女の力はハンパじゃない、めきぃっ、踏ん張る足が地面に食い込む
「きぃ・・・・・・・・・きぃ・・・・・・・・・きぃ・・・・・・・・・・・」
ふすふす
やかんから湯気が上がるような音、それが鬼女から漏れている
凛々しい女らしい顔が激しく憎悪に歪んでいる、歪む?とは違う
歪むというには、均整がとれ過ぎている、正確に描かれた輪郭、ただその造形は
憤怒というのをこれでもかと表し、瞳は大きくぎょろりと、鬼のそれになった
「さくら・・・・・・・・・タガがハズレやがったな・・・・・」
ぎぃぃぃぃ・・・・・・
良夫が押し返すが、相変わらずびくともしない
剛力と剛力が、みしみしとお互いを押し合い、今にも潰れそう
雰囲気からして人外魔境だ、桜子はへたりとして
良夫の後ろあたりで、腰を抜かした
「桜子っ、動くなよっ」
言うと、良夫の背中が大きく膨れた
いや背中じゃない身体がだ、いつかの、熊の時のようだ
桜子はそれくらいまでは見ていた、が、スチームを浴びたような
全身を包む熱気に当てられ、目を一瞬伏せた
「とりあえずっ、ぶっとべ女ぁっっ!!!!!!」
鬼が吠えた
ごぅごぅとした声は、言葉とはとても言い難い怒号に似ていた
良夫の上体が、機敏に動く、ねじり混むように右の拳が唸る
さくらの腹あたりで、それが炸裂する
ぼっっっごぅぉぉぉっっ
炸裂音と衝撃波が球体になってハジケ飛ぶ
桜子は、良夫の背中側だから、なんともないがあたり一帯に
行き場を失った波が広がった、あおりをくってアバラ屋が二、三軒がひしゃげて壊れた
ローンがっっ!!!!、遠い声が聞こえた気がするがそれどころじゃない
直撃の鬼女は社に向かってゴム鞠のように弾んで消えた
遅れて、音と煙が吹き上がる、たまやー、声が聞こえた気がする
「・・・・・・・やったの?」
「いや」
良夫が元の大きさに戻っている
桜子は背中ごしに社を見た、社に向かって地面がごりごりとえぐれている
巨大な地虫かムカデが走ったような跡だ
それが社の入り口をぶっ壊し、奥から凄まじい煙を上げさせている
「ふん、まぁともかくアレね、私の一撃のおかげで今の決まったのよね」
良夫の派手な活躍が気に入らないのか
桜子がとりあえず牽制気味に言う
「それよかだ、桜子、どうすんだ?」
「なによ無視すんなよ、斬ったの見たろ、あまりの痛さにあの鬼泣いてたろ」
「いや、嘘はいかん嘘わ・・・・でなくて、お前が飛びかかる前に聞いときたかったんだが」
「ひーん、もうしませーん、うえーん、て言うかな、いや、言うね、嗚咽するね」
「だから、人の話聞けお前・・・・・どこまでやるつもりだ」
「何を今更・・・・・・・・・・・・・て、そうか、斬るのは斬ったし・・・・・用は済んだか」
桜子が思案に曇った
一応名目上の手柄は立てたわけだし、いいのかとも思う
けど、なんか足らない気がする・・・・・・・・あ
「ダメだ、刀要るんだ、刀」
「かたな?」
「ほら、あの女の刀、それ取り上げないと、この世に鬼斬りは二人も要らない」
「いや、お前そんな、勝新じゃねぇんだから・・・・」
「かつしん・・・なに?」
「いや、ほら、昔あったろ、影武者の黒沢と」
「今時の若者知らないわよっつうか、そんなのと一緒にすんなばかちん、松竹に小津は二人要らないと同意よ」
「いや、それも」
桜子が、またホンモノのバカに諭す調子でいらない事を言う、時代考証はどうした、おい
まぁ、そんなのには慣れたんだが、正直これ以上あの鬼と関わるのはまずい
良夫の勘がそう言ってる、どうにか止めたいのだが
「とりあえず、刀取り上げるとこまではやる、さ、決まり、アクション」
なぜか映画監督風に言いながら桜子が良夫を蹴り上げる、先にイケと促しているらしい
なんだかんだ保身は気にしているようだ、だが、それでも名誉欲は強い
がらがら、がらがら、がらがら
不気味な音が社の奥から聞こえてくる、奥でどうやら起きあがったらしい
「桜子、ちょっと待ってろ、こうしよう、説得しよう」
「はぁ?」
「いや・・・・・えっと・・・ほら、へいわてきかいけつをだな」
「何平仮名で喋ってんのよ、相手は鬼なのよ、わかってんの?話してわかるわけないじゃない、バカかお前」
「待て、俺も鬼だ、鬼同士ならほら・・・・な、だいたいさっきの見たろ、あんなのをもう一度斬る気か?っつうかバカ言うな」
桜子の顔が分かり易く変わった
戸惑った風で、足が止まった
流石にさっきのステキ空間を目の当たりにして、また斬りかかろうとは
思わないほどの良識はあるようだ
良夫は逃さない、すぐに桜子を置いて社に向かった
「あ」
「待ってろ、話つけてくる、絶対に来るな、巻き沿い喰うぞ」
言い捨てて全身に力を漲らせたまま、油断なく、一分の隙も見せずに
良夫は社殿の入り口を睨み付けて走り寄った
もうもうと視界は煙で塞がれている、古い家屋が潰れると
どうしてこうも、ホコリがいっぱいでるのかわからない
煙の奥、瞳が見えた、殺意だ、ばきっ、足下の床が割れる
「・・・・・・・・・まて、話に来た」
「・・・・・・・お前達のせいだろう」
「?は?」
「お前達が来たせいで、私が鬼だと村にばれて、こんな目に遭ってるんだろう」
ぶすぶすぶすぶす
焦げる臭いがする、鬼女の所からだ、やがて火がつくかもしれない
声は涼やかとはとても言い難い、岩と岩をすりあわせたように
ごりごり、ざらざらとした音で響く
まだ喋るだけの理性を保っているようだ
だが、瞳は憎悪でまみれて、とても美しい赤だ
「・・・・・・・お前」
「村人を守ることで、私はここでゆるやかに、人の間で生きられたのに、お前達が来たせいで
全てが壊れた、どうしてくれる、ここに居たいから、村を守るという役を得る為、親を斬った私の苦労を」
「・・・・斬った鬼ってのは、そうか」
良夫はようやくガテンがいった
鍛冶屋に飲ませた血は、こいつの親鬼の血
話も見えた、よくある童話と一緒だ、良夫は次の言葉を選ぶ
が、それより先に事は転がりだした
「ど・う・し・て・く・れ・る・!・!・!・!・!」
ぐるるるるるる
喉が鳴った音だ、良夫は反射的に身構えたが、ガードは間に合わない
気付いたら左右に大きく頭を振っていた、さくらの腕が二度行き返した
衝撃が頭の神経に届く前に身体はバランスを失っている
「勝手だっ、裏切られたっ、わかってるっ、村人は心を許してないっ、百も承知さっ」
がうんっ
空気が燃えた、蹴り足のスピードが早すぎて
空気中で発火している、まだ社屋には燃え移らない
が、鬼女の動き一つ一つが、空気を焼く、憎悪で焼く、暗闇がずぶずぶ燃える
桜子が斬りつけた傷はとうに治っているらしい
美しい白い腕、暗闇にいやになるほど映えている
良夫はまったく動けない
「・・・・お前達が来なければ、疑われてもなお、人の間に居られたはずなのに」
「・・・・・・」
「鬼と鬼斬りなんかが来たせいで、私は用無しになってしまった」
「・・・・・・」
「・・・・ここに居る為には、わたしはお前(鬼)を斬って、また守り役となるしかない」
「・・・・・お前」
「私はただ・・・・・この村が好きで、ここに居たくて、その為に彼らを守りたい、裏切られても私は裏切らない」
さくらが無造作に刀を振り上げた
目からぼろぼろと涙が落ちてきた、鬼の涙、神々しいほどに美しい
人間からすれば醜さ、卑しさの固まりである鬼が唯一こぼすもの、それ故に
一途で透き通っていて、一等美しい、心持ちは比べるまでもなくずっと真っ直ぐだ
まだ刀は降ろさない
正気の声で突然、さくらは訊ねる
「泣いた赤鬼を知ってる?」
「・・・・ああ」
良夫は朦朧とした中答える
あきらめている、二発喰らった時点で既にからだの機能が
麻痺してしまった、なんぼ回復力がプラナリア並でも
時間が短すぎる、まるでたりない、抗いようがない、仕方がない
「赤鬼は、青鬼の優しさを知って泣いたんだ、話はそこで終わってる」
「いい話だ、鬼の本質を言うよな・・・・俺達は、悪くない生き物だ、奴らより」
良夫は正直に答えた、彼は人間が嫌いだ、さくらの気持ちはそれ故に複雑にわかる
あの人間を好いてしまうという難しさ、哀しさがわかる
ぼんやり、さくらの親鬼とやらを思い浮かべてみる、意味のないことだ
「・・・・・・・・・・・そういうことじゃない、その後を知ってるか」
「その後?」
「青鬼が去った後」
「・・・・・・・・・・・」
「知らないだろう、教えてやる」
さくらの声が小さく聞き取りにくくなった、何かを我慢している
爆発しそうな憎悪を必死にこらえて喋っている、そんな風に聞こえた
「青鬼さんのおかげで、楽しく過ごせる赤鬼でしたが」
諭すように、美しい声で朗読が始まる
「結局、異形は異形のままで、そのうちに村の子供はまた、遊んでくれなくなってしまいました」
とん、床を蹴った音がした
「またも涙を流します、青鬼さんのために流したものとは全く違います、ただとてもとても悲しいのです、だけど」
すわんっ、刀が鳴る
鬼すら斬れる音がする、うすら寒い音だ、斬ることに正直な音だ、次の瞬間
「それでも赤鬼は遊んでもらいたかったのです」
どん、、、、、
着地した音、さくらの四肢は踏ん張っている
構えを解く、闇に振り返る、暗に唄う
「・・・・・・・・・・・・わたしのように」