鬼斬り
ぎぃ
歯ぎしりのような音
良夫は油断無く、女の挙動だけを見守る
他のとりまきは雑魚だ
良夫から、鬼からすれば、人間なぞ何人いようと雑魚だ
わずかに腰を落としてただ見続ける
なるほど、鬼なら・・・・鬼斬りしたってのも頷けるな
女を見つめて、良夫は不意に笑みがこぼれた
随分久しぶりに見る同族
いや同族でも初めて見る女型
当然向こうも、良夫が鬼だと気付いているだろう
お互いの視線が交錯するだけで、およその心持ちが透けて見える
次の一手に、お互いが意識を向ける
どげしっ!!!!
「て、何あんたいきなり身構えてんのよっ」
「っっっってぇっ、何しやがる、このバカ娘」
ばこすかっ!!!
「誰がバカじゃ、このうすらバカっ!!!!あんた鬼のくせに、鬼斬りに逆らうんじゃないわよっ」
げしげしげしげし
桜子が問答無用に殴りちらした
いや今は踏んでいる、酷い、容赦がない、鬼だ
一瞬にしてこの二人の上下関係が周りに浸透する
その微笑ましい残虐行為のおかげか、身構えたとりまきは
すぐに殺意を棄てた、またもとのように
女の周りで隊列を組んでいる
苦笑気味に女が呟く
「そう・・・・・あなたの従者なのね」
「そうよ、鬼を扱えるほどの鬼斬りなのよ、あたしわっ!」
はんっ!
鼻に掛けた言い方で自分のほうが上等だと訴えている
しかし桜子がやると、滑稽にしか見えない
見た目からして、相手の女のほうが遙かに鬼斬りっぽい
桜子はやはり、どう贔屓目に見ても
ただのバカ娘だ
「なんか云ったかっ!!!」
ばちこんっ
「いたいいたたたっ、悪かったって、ごめんなさいって」
情けない
そんな目をした鬼斬り女が、社の階段を降りてきた
二人の前に立つ、近づけばなるほど
かなりの長身だ、容姿は美しく年齢を探らせない不思議な雰囲気がある
「これから寄り合いがあるから、そう、夕方頃もう一度いらっしゃい」
唄うように云うと
とりまきを引き連れてどこかへ行ってしまった
桜子はじっとその後ろ姿を見ている
「・・・・・・・・・どうした」
「あたしより、背が高い・・・・・厄介だわ」
「なんで」
「リーチが長いじゃない、やったら、とられるかもしれない」
割と真面目な顔で桜子は呟いた
驚く良夫、本気で自分の鬼斬りの飾りと、相手の飾りとを
天秤にかけたがってるのか・・・・・
良夫が思っているよりも、ずっと真面目に自分の事を思う桜子
「ま、いいわ、とりあえず時間潰そう、なんか食べようなんか」
「おうよ」
言って、桜子はきびすを返す
気ぃ良く答えて良夫も続いた
つれづれに歩くすがら
「そういえば、鬼の女を見たことないって言ってたけどさ」
桜子が言い出した
良夫は、鬼斬りさくらが鬼だと伝えてない
だから桜子はまだ、わかってない
「あんた、お母さんとか見たことないの?」
少し遠慮がちの声
桜子は僅かに、気を使った
孤児(みなしご)とかそういうのの気持ちは
彼女も微かながら解るのだ
「ああ、親なんて居ない」
良夫はぶっきらぼうに答える
「親が居ない?」
「いや、鬼ってのは・・・・・・・・・産まれた時、たいてい一匹なんだ」
自嘲気味
自らのことを、匹で数えてしまう人間へのまみれが愚かしい
良夫が言うのは本当だ、希に親鬼から産まれる子鬼も居るようだが
大方一匹で沸いて、一匹で滅する
世の中の澱みから不意に出来た、泡沫の類だ
鬼は蔑まれることで産まれる
鬼は疎まれることで産まれる
鬼は虐げられることで産まれる
人間世界の負の感情を色濃く反映されて
異形は産まれてくる、鬼は人型と決まったわけでもない
下駄や鍋でも10年使えば魂が宿る、その魂が荒れれば鬼になる
鬼は、成れ果て
万物の汚濁
苦しみ狂った魂
「人の憎しみや、悪し様の心が、塵を固めて鬼を作るんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「理不尽に作られて、蔑まれる、そして一様に孤独だ」
「・・・・・・・・・・・」
「教えてやろう、鬼は、怒りと、哀しみから出来てる」
良夫は言い放つ、突き放すような具合
口元には皮肉を連想させる仕草
桜子はじっと見る、そして呟く改心の一撃
「・・・・・・・・・バファリン?」
「いや、アレは半分だけだろう、しかも優しさだし」
つっこみにいとまのない良夫
「何よ、なんか悲劇のヒロインぶんじゃないわよ、キモいから今日からバファリンね」
「意味わかんねし」
「バファリンよ、ほら、ジョン万次郎みたいなもんよ、バファリン良夫、きゃ、ステキ」
「安い芸人みたいな呼び名をつけるな阿呆」
けたけた笑いながら桜子は歩く、良夫の嫌味というか影をあざ笑う
気にもかけられない、良夫の顔は少し自虐的に笑った
桜子の目には、ブサイクな笑顔にしか見えてない
男と女の心はいつだって通じ合わないものだ(違う)
確かに悲劇ぶったかもしれない、むしろ良夫は反省してしまう
のたのたと歩く、だけどもだ
良夫は思う
鬼は、怒りと哀しみからできている
それは違いないのだ
良夫の中にもくすぶっている
憎悪や憤怒によった、世間の灰汁(あく)が、澱みが
無論、あの女もそのはずだ
不安がひとしずく、桜子は知らない、どうやって鬼になるのかを
「もし・・・・・・・」
「?」
会話が一通りの時、後ろから声がかかった
二人同時に振り返る、老人が立っている
声をかけたのはこの翁だろう
「旅の方、鬼斬りと聞きましたが、本当かね?」
爺さんが聞き取りにくい声で言った
良夫は思う、いかんよ爺さん、その口のきき方わ
思うや否や、桜子がすぐに跳ね返った
「あ?なに、あんた、信用できないっての?あたしが女だからってバカにしてんのね?
試しに叩斬ってあげるわよ、さぁ、首を出しなさい、どうせ老い先短いんだから
名誉の死亡で、華々しく、ひからびた身体を散らしなさいな」
目が据わってる
桜子の目は本気だし、台詞は本音だ
翁は驚くというよりも、狼狽している、声をかけたらいきなり殺されそうなのだ
そりゃ驚くだろう
「い、い、いや、そう、そういうわけじゃ・・・」
「あ?なに?鬱陶しいわね、ちゃんと発音なさいよ、ぶっ飛ばすわよ、首とか」
「ひ、た、助け・・・・」
「あー、人呼んだ瞬間に死ぬね、間違いないわ、私には見えるわ、
ああ瞼の裏に、お墓が見える、お爺さんの孫が泣いてるわよ、おー、よちよち泣かない泣かない
爺さんの死は立派だったのよ、よよよよ」
「妙なモノを見るな桜子、話聞いてやれよ、あと、鯉口を無駄に切るな」
良夫が見かねて助け船をだす
爺さんは血圧が上がったのか、動悸がしている
死ぬかもしれんな、ま、いいか、老い先短いし
良夫も鬼だ、というか鬼だから当たり前のように思う
ともかく、良夫のはからいで少しゆるみが産まれる
「で?」
「あ、いや・・・・その・・・・・・」
まだ狼狽している、仕方ないなぁと良夫がフォローしようかの先
「お腹空いた」
唐突に桜子は言い放つ
「え?」
「お腹空いたの、お腹、わかる?おーなーかーすーいーたー」
唄うように
桜子が突然アホの子のように口ずさむと
節に合わせてまた、刀抜こうとしてる
翁は流石、年の功か機敏に察して
「あああ、せ、折角ですから、じじぃが案内して差し上げます、名物が多いのですよ高山わ」
哀れな爺さん
桜子はすぐに晴れやかな笑顔でそれを聞き入れる
刀はするするとまた、鞘の中に消えていく
悪党というか、なんというか・・・・・まぁ、桜子だしなぁ
そんな感じで、良夫も悪いとかいいとか言わない、所詮鬼だ
連れられて、陣屋前でみたらし団子を頬張る
にこにこと二本の串をぺろりと食べる桜子
目は、まだ腹減ったと訴えている
爺さんは、作り笑顔のまま、串屋へと案内し
飛弾牛の串焼きを食べさせる
これもなかなか旨い、にんにくと独特のタレが決め手だ
「のどかわいたー」
「ああ、高山はですな、銘酒も多いのですよ、いや、これがまた」
白い汗をかきながら爺さんは、桜子を連れる
喉渇いたとか言った瞬間には、刀身が半分くらい晒されてる
じじぃ、本当に気の毒だ
酒屋で、どぶろくと升酒、さらには、日本酒シャーベット(ぉぃ
ステキなデザートを馳走になる
馳走?恐喝?ま、いいか
すっかり堪能する一人と一匹、遠慮がちに爺が言ったのは随分後だった
「・・・・あの、少しお願いしたい事があるんですが」
一通り食べ歩き、ごへい餅とか牛玉とか
さすが高山な物産を堪能した後だったろう
茶店で、抹茶白玉を喫している時だ
遠慮がちというか、憔悴した声で爺さんが桜子の機嫌を伺った
「?なに」
笑顔のままだが、目が笑ってない
桜子から、びた一文払うものかという決意が伺えるが
爺さんはそういうつもりでないらしい、話を続ける
「そのですな、この老い先短いじじぃの冥土の土産に、鬼斬り様の太刀筋を見せて頂けませぬか」
「・・・・・・・・・・いいよ」
どういうつもりだろう
良夫は爺さんの突然の提案に首を傾げる、表情を伺うが
シワがより固まって出来たような爺さんの顔からは
深い思考は読みとれない
桜子はそれくらいでご飯食べられるなら、全然問題無し♪
とでも思ったのか、大して考えるまでもなくいきなり刀を抜いた
「お、お客様・・・・・・」
「黙ってな」
慌てて寄ってきた給仕さんを目で殺し
刀を無造作に振りかぶる
見事な姿で見るモノを圧倒する、バカだが本当に腕だけは立つ
狭い店内だというのに、四方に目がついているように
許される最大限まで刀を伸ばして、振り下ろ・・・・・って
ごいんっっ!!!!!!!どてっ、ごろごろ・・・・・ぼたぼたぼたばた・・・
「どう?」
「ど、どうじゃねぇ、何しやがんだ、いきなりてめぇっ」
速攻で良夫を叩き斬った桜子
不意を付かれて側頭部をナナメに刀が入った
いや、当然のように斬れてないが、鉄の棒でしこたま殴られた感じだ
斬れてないが血が出てる、ゆ、油断した・・・
気のゆるみを悲しむ良夫、ゆっくりと桜子は爺さんを振り返っている
「いや・・・その・・・・・・」
「鬼相手に、いきなり刀ふりおろせるくらい私は凄いのよ、わからないの?」
言ってることがすでに、ダメ満開なんだが
自信ありげに言うと目を据わらせたまま
爺に向かって刀を
「いや、もっとも、凄まじい剣戟でございましたっ、じじい感激いたしまする、ははー」
板についとるのう、爺さんの長生きの秘訣が炸裂する
言葉に満足したのか何事もなかったように桜子が席につく
良夫はまだ痛みにうずくまってる、ぷるぷる震えてるあたり
相当イタイんだろう
「・・・・・その、桜子様の、その腕を見込んで、実はご相談があるのですが」
ようやく本題に入ってきた
でかいコブを腫らせた良夫は注意深く爺さんの話に耳を傾ける
最初についてきた時から、こうなるだろうとは予想できていた
桜子も、若干は察していたのだろう、黙って聞くようだ
ごちそうしてもらった建前もある
「・・・・・・・・・鬼斬りさくらを」
「斬って欲しいのね」
爺さんは、平生開いてるかわからないような目を
はじめて大きく見開いた、バカ娘が先読みをした事が
何よりも驚きだったんだろう、桜子はちょっと得意になってる
「なぜおわかりに」
「ははん、解るわよ、解ってるわよ、解らいでか!私のようなホンモノの鬼斬り様を見て、
あいつが偽物だってわかったんでしょう、あー、わかるわかる、皆まで言わないでいいわ、
ホンモノの神々しさとまがい物のへぼへぼ加減が、こう、」
「なら話は、早い、あの女・・・・・・・賢明な桜子様なら、おわかりでしょうが、あの鬼を」
「な、なんですってっ、あ、あの女、鬼なの!?マジで!!」
すげぇでかい声で驚く桜子、爺さんがまたも、大きく目を見開く
バカ娘がやっぱりバカだと再認識した瞳をしている
良夫は黙っている、桜子の驚きようは尋常じゃない
日頃から、感情を激しく揺さぶらせる性質だが、ことさら大きい
本当に驚いたのだろう、やにわに震えると、にまりと口の端を上げた
「そう・・・・・・ならならなら、まったくもって、私が斬るしかないじゃない、斬る為にいるようなものじゃない」
にやにや
不気味な笑顔をたたえる小娘
爺さんは、それを見て安心の顔をしているが、どこか侮蔑を含んでいるように見える
いけすかないな、良夫はその顔を見て思ったが、取り糺(ただ)すわけでもない
「鬼を斬った女というから、村の守り役として居座らせていたが、実はあの女自体が鬼でありました、
まだその本性を見せませぬが、いつ正体を表すか畏れてなりません、この際先手を取ってしまいたいと・・・・
村のモノは誰も彼もが怯えております、一刻も早く、鬼をこらしめてやってください、ああ、桜子様」
爺さんは弁を並べ立てる
随分手前勝手な都合も色々と付加している、続けて色々と言う翁
聞けば聞くほど、鬼を中傷する単語が増える、良夫は聞かないようにしている
桜子は聞いていても、大して気にしてない様子だ、理解してないのかもしれない
だが、爺の締めの言葉はわかったらしく、返事をする
「受けて頂けますか?」
「もちろん、あたぼーの、こんちきよ」
桜子はにやにや笑う
「ともかく、やるわやってやるわやっちゃうわよ、鬼斬り様の本領を見せてあげるわさ」
言うなり、席を立つ
知らぬ間に抹茶白玉はきれいに平らげられていて、油断も隙もあったもんじゃない
ぱっと翻って店を出る、無論、桜子にお代を払う気持ちはない、堂々とした食い逃げだ
いや、爺さんが払ってるからいいのか
まぁともかく、一人と一匹はゆっくり路上に出た
夕陽は沈みかけ、空は晴れている
雲は細長い
「桜子、本当にやる気か?」
「そうね」
急な話に、思わず良夫は聞いてしまう
答える桜子は落ち着いている
なんつーか、数十分前までただの観光をしてた気がするが
微塵もそんな事を悟らせない雰囲気ができあがってる
どう考えても、好いように村人が桜子を利用している風だが
桜子は、それをわかってか、わからいでか
それ以上に鬼を斬ることに、異常な執着を持っている様子だ
「・・・・・・・・なに、同族だから庇う気?」
「いや・・・・・そういうわけじゃないんだが」
村人とかいう奴の言うことを聞くのも癪だ
良夫は思ったが言わない、言ってしまえば、桜子の言う事と変わりが無いのだ
彼らからすれば、良夫も鬼だし、彼らから見た鬼なんてものは
憎悪以外向ける感情を持たないものなんだろう
諦めるのが利口だ、しかし、鬼女さくらはどう思っているのか
鬼が人間の為に鬼を斬るという行為、その意味と気持ちはどうなのか
「言ってる暇も無いね・・・・・あれ」
桜子がすぅと声を出す
良夫は言葉に促され前を見た、さくらに何人かの荒くれがたかっている
なるほど、爺が雇った鬼斬りずれだろう、実に分かり易い
村人の気配は無くなっている、どういうことだと言うまでもなく
本日さくらを襲うために整えたことだろう、さくらを殺そう
そういう村の総意が見えている、少し先、総意を受けた荒くれとさくら
どん
音がして、荒くれの刀が地面を斬った
さくらは軽やかにかわした、まだ抜いていない
続けざまに荒くれが襲いかかる、人数は3人、所詮3人だ
さくらが本気を出したら一瞬だろう
だが、さくらは、敢えてかわし続けている
「手柄取られちゃう・・・・・行くよっていうか、とりあえずあいつら蹴散らしなさい、バファリン良夫っ!!」
「バファリンって呼ぶなっつってんだ・・・・・よっ」
不平を言う頭痛薬
だが、言うより先に身体はさくらの救出に向かっている
行動は指図の通りだが、内容は違う、爺や桜子の意図と異なる
同族だから、その理由が適当か、わからないが
良夫なりの正義に従って、地面を削る
荒くれ如きに鬼を汚させてたまるか
ぽん、月が丸く出ている
鬼が走る、影は、まさに、絶影、良夫の姿は目にも止まらぬ