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『二日の戦い』

町の童が唄う、それらにも含まれている
大変有名な一節
二日の後、敵を撃退した
その一文について、様々な戦いが記されている
今、息巻いている部族のそれには、
二日間の進撃により、並み居る敵をなぎ倒して、最後の戦いへと赴いた
そんな勇ましい突撃として唄われている

彼らは実際、その通りに行進を続けた
もっとも、彼らがする前に、敵である神のそれらが同じことをしていたのだ
仕返しでしかない、些末なことだ、一方的な暴虐をお互いがやり合っている
今は彼らの番だ

「しかし、どう見ても二日であの場にたどり着けるとは思えぬ」

「我らに続けばわかる、ある奇蹟が起きる、それが約束されておるのだ」

予言者達は自信たっぷりにそう言って
ともかく、他の部族達を率いて走り続けた
半信半疑なところもあるが、苦戦からの逆襲という麻薬めいた快楽に
正常な判断を失っているのか、そのまま深く考えないで
ただただ前へと進んでいる

「まもなくだ、まもなく、伝説の通りならば、この地で…」

ウソツキの父が場所を探している
それは、大きな平地だと聞いている、そこで伝説の勇者は
地を滑らせて敵地へと移動するのだ

「ここでは?」

「う、む」

予言者の一人が、目を輝かせてよく聞いた風景と同じ場所を見つけた
ちょうど、連れてきた人数ぴったりが乗るほどの平地がある
平地に乗るという表現もおかしいが、これが、敵地への移動兵器だとすれば相応しい
急ぎ伝令を走らせ、遅れがちになっていた部隊全てもそこへと集結させた

「よいか、聞け皆の者!」

ウソツキの父が、知らない内にこれらの頭目となっている
この男が、次代の皇、いや、王となるつもりらしい

「まもなく、この地にて奇蹟が起こる、我らは瞬く間に敵の城都へと取り付く」

宣言の前に、血気盛んな部族達が、大喝采を浴びせる
ちょっとした狂乱集団に見えなくもない、戦意としては実によろしい具合だ
ウソツキの父は、満足そうにその大衆に向かい
さらに、扇動をかけた、何度目かの喚声のあと、その奇蹟の端が現れた

「なんだ!?」

地面が揺れた
地震が、最初は微かに、だが、それが届いた刹那、
森から鳥が逃げ、動物の声が溢れ、空が紫色に染まった

「これは…」

予言者達も、どのようにしてその奇蹟が起こるのかまでは知らない
ただ、その奇蹟の前兆としては、実によくできている
そして、少しだけ恐怖を覚えた、天変地異の前とはいつだってそんなものだ
何か、理解を越えた不安がのっぺりと、あたり一帯を覆い尽くしてしまう

「狼狽えるな、奇蹟が起きる、さぁ、前を、東を見よ!日の昇るあの方向に、敵が居る」

ずずうずずずずずうううううずうずうううずうずずずずず、
地面が、地滑りとは異なる、だが、まるでそのように、
集団を乗せたまま、勢いよく走り始めた
目の前が割れていく、太陽に向かって、大地が割れて、その方向へと
地が大きく移動していく、みるみる、凄まじい速度に達して
荒くれの男共は、ただ、地面にひれ伏したカエルのような姿で耐える

どんどん景色が過ぎていく
男達は必死に前を見つめる、ずんずんと大きくなってくる何か
それは遠くにあるようだが、やがて近づいていくにつれ
凄まじい大きさだと気付いた
そして、それがさらに大きくなっている、いや、

「大地が山になって…」

壁と呼べるほど、大きな山が出来ている
それは、彼らが乗った大地を引きずり上げてできたものだ
全部が繋がっている、だからわかる
絨毯の端を掴んで持ち上げたような、他愛のないことをした
その所作が奇蹟だと映る

「これが、勇者が乗り越えし壁、まさしく伝説の通りぞ!!!」

予言者は叫んで、脅えつつある集団に活を入れる
萎縮していたそれまでの勢いを今一度取り戻そうと躍起になる
しかし、奇蹟と呼んだその事象は、彼ら全ての骨の髄を砕いたかのように
理解を越えた恐怖
たったそれだけで、根こそぎ戦意を薙ぎ払ってしまった

「愚か者!!これは、我らの、我らが天より与えられ…」

彼の言葉は虚しくかき消される

「力の者も葬った」

「千里眼の及ばない一つが滅んだのですね」

「そのとおりだ、私を脅かすそれを討ち滅ぼした、またお前を使ってそうしたんだよ」

兄は悲しそうな目で妹を見ている
妹は悲しそうな目で兄に見られている
城都にはいくばくかの市民がいる
どれもこれも、千里眼により制御された弱いそれこれだ
そうならなかった貴族や、力の者達は
ほとんどが前線に出ていき、そして、敗れた

巫女が放った、偽りの予言者の力によってだ

「仕上げよう、片づけるのだ、全ては整えられた世界を手に入れるために」

シャロムは決まり切ったことだと表情で言い尽くした
それまでの全ての事象と同じ
譜面は全て、シャロムが以前から思い描いたそれなのだ
ただ、その夢想のようなことを叶える力を得た
だから、やすやすと実行した、そして

「全ては、意のままとなる、いにしえの神と同じだ、神の意思の配下でしか、
全ての民は居きることができない、そうすれば、何もかもがうまく、とても綺麗になる」

「…でも、兄様は楽しくなさそう」

巫女の言葉は鋭利な刃物に似たそれだった
シャロムは、小さく呻く、神も悩むらしい
一人と一柱は向かい合っている
お互いが椅子に座り、まわりはずっと静かだ

「皇族として、世界を平和に、整ったものにするのが正しいと思った」

「だから、兄様は父上を殺した」

「何もかもの不純物を取り除いて、全てが理解できる範疇にさえすればいいと思った」

「だから、兄様は姉様を殺した」

「そう、だから、あと一つを…」

「兄様…」

巫女は言葉を濁した、彼女の中でもう一つのターゲットを呼ぶ言葉が
神を呼ぶ言葉と同じだと気付いたせいだ
どちらともなく、巫女は同じに呼んできた
わざと呼称を変えることもしたし、何かしら手だてを考えた
けれども、今、真っ先に浮かんだのは兄様という単語だけだ
巫女の頬がまた濡れる、涙が滴となってアゴから落ちる

「思えば、サワンが居たからこうなったのかもしれぬ」

シャロムはおもむろに立ち上がると、外を見つめた
強い視線、力の解放、震える空気
大地を寄せる、壁を作る、神話を一つなぞっていく
シャロムが千里眼ではない力を使い奇蹟を起こした
南西の広い土地全てを引きずり上げるように
どのような理屈となっているのか、カーペットをまきとるようにして
ずるずるとひきずった、みるみる目の前に壁が出来上がってくる
城は高いところにある、そこに届くかというほど
大きな、途方もない坂道を作る

「サン、ご苦労だったな、あの者どもは私が片づけよう」

サンは顔を覆って泣いている
それを知っていて、シャロムは強く言い放った
彼女が彼ら哀れな男達をこの場に引きずり出した
シャロムの手を汚さずに、様々な物を片づけさせるために

「神の言葉を信じず、嘘を本当だと思いこんだ、哀れな生き物」

烏合がふきだまっている
連れてこられたと知らず、何か一匹だけ威勢良くわめいている
それからまずは片づけよう
シャロムが千里眼を放つ、思考をいじるのではなく
生物としての根幹の部分に攻撃を加えるために

シャロムという意識が、存在が、彼らに染み込んで崩壊をいざなう

「サクラ止せ」

「でも」

「そうだよ、今は、もう…」

カブラが近くで言葉を飲み込んだ
馬の背に乗った、いや、ひっかかったような姿で
予言者は血みどろになっている
カブラの手は、彼の背中を触っただけで、真っ赤になった
サクラが掴みかかろうか、そんな気配を見せていたが
思いとどまらせている

「サワンか…」

「そうだ、どうした、随分な様子じゃないか」

「俺は、予言者じゃなかった、やっぱり、嘘吐きだったんだ、だから」

泣いているのかもしれない
サクラが殺気を解いた、そして、同情の気配を零した
予言者の命はもう消えるところだ
三人ともそれが、よくわかっている、だから
無駄なことは一つとして聞かない

「そんなことはない、そもそも、誰も彼もが信じて貰えるわけじゃない」

「もう、いいのだ」

「喋るな、体力を無駄に使うことはない、お前の声は直接聞こえる」

「…馬鹿な、シャロムですら、我が声は聞こえなかったというのに」

「それは違う」

「あんた、信じて貰いたいんでしょう、そう言ってるようなもんじゃない、態度でわかるわよ」

「…違い、ないな」

笑ったように見える
サクラのざっくりとした物言いは、予言者の耳に染み込んだ
今際の際に、最後まで働く力は聴力だといわれる
暗くなってきている、冷たくなってきている、鈍くなってきている
それでも、繋がりが、会話が成り立つことで辛うじて留まっている

「忘れていた、そうだ、言葉自体が嘘だった」

「そうだ、お前だけが嘘をついたわけじゃない、そういうことだ」

サワンがそっと背中に手を置いた
すっかりと冷たくなってきている、触られたということもわからないかもしれない
予言者は、うめくような声を少しだけあげて
とうとう動かなくなった

「…」

「ありがとうって、殿下に言ったね」

「俺だけじゃない、サクラ、カブラ、みんなに言ったんだよ」

死体をおろして、近くに埋める
安らかな顔といえばよいのか、間際は、もう
力を入れる余裕がなかったから、みんな
こういう油断した顔になるんだろう
そういう理屈で物を考えて、酷く嫌な気分になる

「笑ってる」

サクラがそう表現する
それで十分だ

「馬には、殿下がどうぞ」

「いや、お前達二人が乗れ」

「サワン様?」

「なに、馬に乗らなくても、あっと言う間にあそこまで行ける」

サワンは、急がせるように二人を馬に乗せた
その少しあとだ、約束されていた奇蹟が起きた
馬が、得体の知れないそれに恐怖を覚える

ぶひひひひひひ!!!!

「うわあああっうぅっ」

「しっかり掴まって、いいか、馬の背に全てを預けておけ」

「おけって、さ、サワン様!!!ああ!!」

地面は大きく割れた、馬は逃げる、動き始める地面から逃げ出した
そこに取り残されたようなサワンは、少しだけ腰を落として
衝撃に耐えながら、あっと言う間に

「つ、連れていかれた…」

「ど、どうしよ…」

「追うのよ!!早く、カブラ!!」

「う、うんっ!」

馬を操る、まだ脅えているその動物を
カブラはそっと勇気づけて、確かな足取りを取り戻させる
だが、サワンは凄まじい速さで小さくなっていく
地面が、ずるずると取り込んでいくように
呼び込まれていくのだ、連れ去られたのだ、サクラは大きな声で呼びかける
でも、届くことはない

「神話にも、伝説にも、町辻の全ての童話にもあった、この奇蹟はほんとうだ」

みるみる景色が後ろに逃げていく
不自然というのか、常軌を逸したことだ
しかし、狼狽えるわけもなく、サワンはじっと眼を前に向けている
まもなく現れる、目標のそれが大きくなっていく姿を

左手を確かめる、神器を持っている
相変わらず頼りない姿と重み、とても、城にあった剣と
わたりあえるとは思えない
これは、一撃必殺の武器なんだろう、打ち合って殺陣を見せるようなそれじゃなく
一撃を、瞬間に見舞うだけの強力なそれ
しかし、全ての力を失っている自分にそれを行使する力があるだろうか

鈴、槍、剣
それらが神器だったはずだ
魔を払い、悪を退治し、最後の敵を斬る
そういう役目が与えられている
ともかく、これによって、全ての世界が落ち着きを取り戻す
実際、不可解なことは全て片づけられていっていると思われる
あとは、

「兄上か、私か、どちらが不要か、それとも」

そういうことではないのかもしれない
それは願望に近い
物思いにふけっていると、あっと言う間に目的のそれが見えてきた
地面は少し手前でゆっくりと速度を落とし、やがて止まった
城にとりつくにはまだ少し距離がある
そこからは走ることにする

「なんだ?」

少し先で、人間のうめき声が多数あがった
不審に思い足を止める、足音をできるだけ消して
少しずつ距離をつめていく、やがて、ぽっかりと空いたような土地が現れる
木の影に入り、そっと覗く

「!?」

そこでは不可解なことが起きている
部族だろう、隠れていたころにいくつか親好を持ったそれら
それらが、なぜか皆争い、殺し合いをしている
その殺し合いを止めようと、一人の男が騒いでいるが
まるで相手にされていない

「あれは、予言者の父親、炎の部族か」

「お前達、やめんか、愚か者、そのような、なぜ」

千里眼の影響を受けている
それまでとはまるで違う、高濃度でシャロムが送り込んだ
だから、炎の部族のほとんどがその配下に落ちて、陰惨な殺し合いを見せる
ただ一人、この男だけはその影響下に入らない
それは息子と同様の力だ、不幸と呼べる

「珍しいのが一人だけ混じっているのか」

「お、お、お、お前が、シャロムか」

「いかにも、皇シャロムだ」

「お前のせいで、何もかもが、世界はどうしようもなく」

「他人のせいにするな、息子を殺してまで手に入れられるそれが秩序と言えるのか」

「親を殺した貴様が秩序など唄うか」

言うと短いナイフのような刀を取り出した
まわりの喧噪はこの二人になんら影響を与えない
正式には、一人と一柱にだが、とりわけ、一柱には影響を与えない
彼らに影響を与える側なのだから当たり前だが、不敵に笑う
そして右手に携えた剣をゆっくりと持ち上げる

「神器の剣か」

「よく知っているな、お前達の伝説にもあるのか」

「当然だろう、我らの記録には短刀とあるがな」

「はは、それは嘘だな」

笑いながら、剣舞を見せるようにシャロムが躍る
かつて虚弱と呼ばれた皇子の姿からは
想像もできないほど、卓越したステップ
剣使いも実に優雅で美しい
暴れるように短刀を振り回す男は
完全に躍らされている、余興としては面白い構図だ
強者が弱者をいたぶっている

「兄上…」

サワンの中に小さな影が落ちた
優しい人だった、礼儀と秩序を重んじる人だった
牢で自分に声をかけてきた時
あれが最後だったろう
その時の面影が、今とまるで重ならない、赦せないという強い憎悪ではない
でも、なぜだろう、多分倒さなくてはならないのだ
それを理解した、千里眼という力を野放しにしてはいけない

兄上の望む秩序は、間違っている、糺せるのは私だけだ

踊りながら、男をいたぶり
男のまわり、くるくると周り続けている
場所がめまぐるしく変わり、次々とまわりの男達は倒れていき
やがて、主戦の舞台だけとなっていく
クライマックスが近い、そう思わせるステップになる

サワンは左手に力を込めた
そして、足腰にも力を蓄えた
仕立てられたように、シャロムは目の前にやってきた

「終わりにしよう」

シャロムがそう呟いた
それは誰に向けた言葉だったのかわからない
シャロムの剣が男をとうとう葬った
その背中が真正面にある、サワンが踏み出す、影から光を得て
左手に最大の力を乗せて、右手はそえる
左足から踏み出す、老骨のそれではない、
純粋な剣技の一つとして、細身のそれに最も相応しい、突き技を繰り出す

「兄上!!!!お覚悟!!!!」

ぱきぃいいいん!

軽い音、金属が跳ね返った時に出す
甲高くて、広がっていく音
全ての注目を集めて、時を止めるような強い力を持ち、すぐに消え去るその音

「弾かれ…」

「終わりにしよう」

シャロムはもう一度呟いた
返す剣が、サワンの瞳に飛び込んできた
自分の左手にはしびれしか残っていない
金属音は遠ざかっていく、手にした武器は敵を求めず
中空高く、光に吸い込まれて、空に消えた

つづく

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(08/07/28)